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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-5 生業の園
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116話 ひとのいろ


「ホ~」──ツンツン


「ホホーホ~(ナカマ)」


 俺達の円の内を楽し気に練り歩いている。


「うんうん。やっぱり外は気持ちいいな」


「ホ」


 これまでの道程ではパーティーを余裕の空気感が包んでいたおかげか、リーフルは元気を持て余しているようだ。


 リラックスした状況であれば愛想を振りまき自由に行動するリーフルだが、俺が仕事(クエスト)へ動きだすとその緊張をつぶさに感じ取り、決して定位置から離れる事は無い。


 聞き分けがいいという単純な事が如何に偉い事であるのか、動物と生活を共にしたことがある人間であれば反意を呈する者は居ないだろう。


 ましてここは一歩先の感触も知れぬ森の中で、入念な警戒が行く末を左右する。


 共に生きるパートナーとして、リーフルの才知には本当に助かっているのだ。



(順調そのもの……スタミナをそれ程消費しないうちに落ち着けたのはかなり大きいな)


 覆い被さる鍋を窺いながら拾い上げた棒切れで火の勢いを整える。

 

 夕食にはラビトーのシチューを用意した。


 これと言って面白味のない食べ慣れた料理ではあるが、肩慣らしの締めにはこれが適当だろう。


「フッ……実入りはそれなりってとこかねぇ」

 

 ビビットが豪快に皿から直接ひとすすりし、満足げに語りだす。


「多分平均的な様子……ですよね? ヤマトさんと訓練する時もこれぐらいの感じっす」


「うん、でもホッとするよ。多かれ少なかれ、どちらかに振れるって事は何らかの異常を示唆する訳だし」


「まあねぇ。でもあたしとしては、もうちっと稼げりゃ体も温まるんだけどねぇ」


(はは……さすがビビットさんだ。十匹そこそこじゃ、ウォーミングアップにもならないみたいだな……)


 火が弾ける音と淡い光が前方の闇を押し広げている。


 そしてそろそろ熱が蓄積したのだろう。背にする岩壁からは安心を覚える僅かな温もりが感じられる。


 現在地は浅域を抜けた中域との狭間。岩壁の根元に窪みのある、夜を明かすにはおあつらえ向きの地形に腰を下ろしている。


 まだ多少の余力は計算できるだろうが、明日からは中域を進み行く。



「ホーホ (ヤマト) ホ~? (イク?)」


 リーフルが楽し気に問いながら肩に舞い戻る。


「うん、明日もね。でも今回は特に気を付けてくれよ。むやみに飛んだりしちゃダメだからな」


「ホ~──」


 俺の話をしっかりと聞き入れつつ忙しなく地面に舞い降り、皆の周りを楽し気に練り歩いている。


 このところずっと窮屈を余儀なくされていたリーフルにとっては、昼夜を問わず開放的な空気を楽しめる事が何よりも嬉しいのだろう。


「あのぉ……ベルさん」


「ん~? なぁに~?」


「その……生意気な事を言うのはごめんなさいっす」


「けど、もう少しこう……力を入れて欲しいと言いますか……預けても大丈夫な範囲を知っておきたいって感じっす」


「そうねぇ……」


 ベルに向き合い姿勢を正すロングが、機嫌を窺うような控えめな態度で恐る恐る尋ねている。


 だがそれはもっともな話で、浅域を進み来たこの一日の間、ベルからは全くと言っていい程にやる気や緊張感というものが感じられなかったからだ。


 わざわざベル──サウド一の火力と称されるベテラン冒険者──が力を発揮する程の場面が無かったという事情があるにせよ、今後はそのような詰めの甘い事は言っていられない領域を相手取る。


 確固たる自信を背景にした態度であることは理解し疑念も無いが、例えその実力の一端でも把握出来ぬままでは、釈然としないこともまた事実だ。


「じゃあ──」


 何かを閃いたように手を軽く上げると、二本の指を打ち鳴らした。


 すると、突如立て続けに二つの炸裂音が上がる。


「おわッ!」 「ホッ⁉」


「なッ、何事っすか⁉」


 どうやら北東と西方面で爆発が起こったようだ。


「あ~あ、大人しく寝てればいいのに。ご苦労様って感じね~」


「い、今の爆発は……?」 「ホ……? (テキ?)」


「まあ狩猟罠(トラップ)みたいなもんね~」


 軽くあしらうような素振りで気だるげにそう答えている。


「……バカ。そういう事を言ってんじゃないよ」


「ロングってのはねえ、心に従って男を果たそうとする奴なのさ」


「まあその点は危なっかしいとも言えるけど、近頃はそれだけじゃない」


「ヤマト譲りの慎重さも身に付くように鍛錬してるんだ。だからこその質問さね」


「不必要に庇われて怪我を負わせちまう──なんて、あんたも本意じゃないだろう? 真面目に答えてやんな」


 度々目にするじゃれた雰囲気とは違い、ベテラン冒険者然とした風格を以てベルを嗜めている。


「む~……分かったわよぉ……相変わらず説教臭いんだから」


 頬杖をつき不満げな表情で軽い毒を呟いてはいるが、姿勢を直す様からしてビビットの言には意外に素直なようだ。


「俺からもお願いします。以前から興味ありましたし、この際ある程度把握させてもらいたいです」


「あらぁ? ヤマトったら、私に興味津々なんだぁ?」


「……エエ。ソウデスネ」


 折角のやる気を削ぐことがないよう、余計な言葉は捨て置き正解だけを応える。


「ふふ。いいわ、教えてあげる」


 そう言いながらおもむろに焚火に手をかざし、鋭い瞳を向けている。


「はい──」


 ──かざす手を横に滑らせる。すると、つい先程まで頼もしい温もりを放っていた焚火が突如として消失した。


「え……?」


「これが魔力よ」


 対面に座るベルの手元に、はっきりと視認できる七色に揺らぐ光の球が浮かんでいる。


「おぉ……それがおっしゃていた魔力掌握クイーンズ・プリンシプルですか」 


「そうよ~」


 事も無げに魔力の球を操りながら軽い返事をしている。


「しかもその対象は、魔力を内包しているなら()()()だ。自然や生き物、道具だろうと、自由自在さね」


 ビビットがまるで自分の事を説明するかのように、少し誇らしげに語っている。


「えぇっ……凄すぎるっす……」


「さっきの爆発だけどね。その辺の植物や鉱物から掌握して集めた魔力の球を周囲に配置してあったの」


「私が起動させると、その球は魔石を感知して向かって行く。それで、その球に触れた魔物の魔石が許容量を超えてボンッ! って仕組みの魔法なの」


「そ、それは容赦のない魔法ですね……」


「──じゃあベルさんは、噂に聞くエクスプロージョンとかも使えるんですか?!」


 ロングが興奮した様子で耳を張り尋ねている。


「エクスプロージョン? やだ、なぁにそんな野蛮な魔法~」


「あれ……?? ヤマトさんから聞いたすっごい威力の魔法の事っすけど……」


 ロングが困惑した様子で自問している。


「すみません。じゃあ、よければ行使出来る魔法の種類を教えて頂けると、戦術を考える上での参考になるので助かります」


「んっと……ファイアーボール」


 飄々と魔法名を呟くや否や、ベルの手元で浮遊していた魔力の球が渦を巻き、徐々に赤みがかった橙色の火球に変容。


 易々とした所作でその火球を焚火の跡へ放つと闇を照らす灯りが戻った。


「それと~……って言っても、テキトーに掌握したりテキトーに攻撃するから、私が覚えてる一般的な型通りの魔法はファイアーボールぐらいのものね~」


「え……? つまり、その場に満ちる魔力を用いて、臨機応変に最適なオリジナルを駆使してるって事ですか?」


「ふふ、さすがヤマトね。理解が早くて助かるわ」


「まあでも、大抵は魔力を奪っちまえば解決するから、派手な魔法にはほとんどお目にかかる事は無いけどねえ」


(魔法を行使するといっても、純粋な魔法使いに非ず……か)


(──いや、それどころか、魔力という生命の根源が満ちるこの世界においては、反則にも等しい圧倒的な力……)


「火力──サウド随一の殺傷力との呼び声高い理由が分かりました……」


「エクスプロージョンどころの話じゃないっすね……」


「そんな私が気付けなかったんだから、魔力が漏れないような封印術か何か。あの三ページに細工が施されていたのは間違い無いと思うわ」


「あの子、それを破ったのよ。だから気付けたの」


 翼を半分程広げ焚火の熱を浴びリラックスしているリーフルを見つめながら、眉をひそめ語っている。


「でも不思議も無いかもっすね? だってリーフルちゃんはとっても賢い特別なミミズクっすから!」


「そうさねぇ。こんなに知的で愛らしい子も他にそうそう居ないだろうしね」


「あーはいはい」


「じゃあロングちゃん。あなた弟だって言うんなら、リーフルとはどっちが上なのかしら?」


「ムム! それは避けては通れない、未だ決着の付かない難問なんっすけど──」


「──ホ!」


 自分が上だと言わんばかりに右翼を天に掲げ胸を張っている。


「はは、そうかいそうかい。リーフルちゃん? もしよければこのあたしが──」



(封印術……リーフルが何らかの影響を及ぼしたってのは凡その見立て通りだけど……)


(それにしてもさっきの語り口や雰囲気って……並大抵のことじゃないって感じなのか)


(考えられる可能性…………やっぱり神力……か)


 花畑の位置を示す鮮明な情景が脳裏に浮かんだあの現象は、主に伝書鳩に使用される位置記憶(ロケーション)の魔法が発動したからだ。


 だが、リーフルが確信をもってページに穴を開けたとは考えにくく、ベルの言う封印術が解かれた事については恐らく全くの偶然なのだろう。


 先程実際に目にした通り、こと魔力の感知や操作に関しては右に出る物が居ないと言える程の能力を有するベルをも欺く封印術を解除する事が、如何に困難な所業なのかは想像に難くない。


 状況を振り返れば、初めに穴を開けたのはリーフルで、他の二ページについては俺が破り取ったという流れだった。


 ならばこの世界における理の外、”神力”という俺やリーフルや精霊様しか干渉できない力が作用したと考えるのが、持ち得る知見の上では最も腑に落ちる結論か。


 そもそもの出発点すら、突如として自室に謎の花弁が出現するという説明のつかない現象であった訳で、今更確固たる結論を導き出す必要性は薄く、これ以上の思考は悪癖の部類だろう。



(ミラスの花を入手するにはまだハードルがある。でも、とにかく接近しておかなきゃダメだ)


(そんな漠然とした、強迫観念じみた引力……)


(はは……根っからの”冒険”って初めてかもな……)


「またそんな難しい顔しちゃって。説明はもういいの? それともぉ……もっとプライベートなことでも聞きたいの~? ふふ」

 

 ぼんやりと思考に更ける最中、ベルがいつもの挑発的な態度で語り掛けて来た。


「ああ、いえ。今後についてと、綴られていた条件についてを考えてたんです」


「なによぉ、つまんない……」


「この私がこ~んなにも気を許してるっていうのに……あなた、異性に興味って無いのかしら」


 そう言いながらあきれ顔で目を細めこちらを睨んでいる。


「いやまぁ……慣れていないもので。すみません」


「ふん、まあいいけどぉ。全く視えないからこそ魅力なんだし」


「視えない……? 何のことですか?」


「ああ、言ってなかったかしら。魔力の色のこと」


「色? さっきの球みたいに、ベルさんには魔力が常に視えてるんすか?」


「そうよ~。特に人間の魔力はね、感情に沿った色に変化するのよ」


「例えば、リラックスした状態なら青い色。憤ってるなら赤、みたいにね」


 人体の輪郭より少し大きい範囲を手で表現しながらそう語っている。


「……お人形さんみたいな顔立ちに圧倒的な才能まで付いてくる」


「言い寄ってくる連中がいくら口では親しみを並べてても、ベルにはそいつが纏う()()が視えちまう」


「だから昔から関りを持つ人間をとことん選ぶ──いや、選ばざるを得ないのさ……まあ、力の代償ってやつかねぇ……」


 ビビットが少し伏し目がちに遠くを眺めるように小さく呟いた。


(鮮明な結論が視えてしまう……か。あの時の言葉はそういう意味だったんだ……)



 今語られた話を基に、ベルを初めて目撃したあの場面が思い出される。


 リーフルと行動を共にするようになり、しばらく経った頃。


 いつも通りギルドの掲示板を吟味していたあの日、家事を代行するというごくありふれた内容にもかかわらず報酬が銀貨五十枚と、破格の条件が書かれた依頼を見つけた俺は、いの一番に飛びついた。


 珍しく割りの良いクエストがあるものだと少し浮かれ気分に、指定された家にたどり着いた矢先にそれは起こった。


 突如起こる爆発音と共に扉が吹き飛び、頭髪が炎に包まれた男性が慌てふためき室内から飛び出してきたのだ。


 唖然とその光景を眺め頭を巡らせていると、室内から気だるげに肩を落としたベルが現れた。


 まだハプニングに対する経験も浅く依頼主に関する情報も持たない俺は、そんな殺伐とした現場に背筋を凍らせ、ただ茫然とベルを目で追う事しか出来ずにいた。


 そんなこちらに気付いたベルは、俺と視線が合うなり驚いた様子を見せ『あなた……人間なの?』と不躾に問いかけて来た。


 冒険者としての責任を負う俺は事態の報告等に奔走する羽目になった訳だが、顛末としては、所謂ストーカーまがい──パーティーへの強引な勧誘──を撃退したという正当防衛の事案に落ち着いたらしく、件の依頼に取り掛かれたのは、すっかり陽も暮れ蝋燭が主張を強める時間となってしまったのであった。



「ベル、その点今回はあんたの冒険心を素直に満たせるメンバーで良かったじゃないか。特務依頼以外でパーティーを組むなんて、まあ稀な事さねぇ」


「ま、まあね。たまには運動しなきゃって、ちょ、丁度思ってたところだったし」


「それにあなただけじゃあ、私の専属人の身が心配だし~」


 焚火の明かりが反映した色だろうか。ベルが少し動揺した様子でビビットに棘を呟いている。


「ほぅ……このあたしの守りじゃあ心許ないってかい。上等だよ! 模擬戦でも何でも今から──」


「ふん! 魔力に満ちたここで私に喧嘩売ろうなんてそっちこそ──」


「ちょ、ちょっと! 夜の森で勘弁してくださいっすよ~!」


「ハハ……」 「ホー? (イク?)」


 もはや見慣れたじゃれ合う巨頭達の姿。


 ある種の安心感すら覚えるこの二人の迫力は、闇が支配するこの森においてはいい塩梅の活気に感じられる。


 そしてベルの振る舞い。その全てが性根に起因するものでは無いと判明したのは大きい。


 未だ彼女に覚える畏怖が消える事は無い。


 だが事情を鑑みれば、これから検討出来るコミュニケーションの幅はより豊富なものとなった訳だ。


 遊興の趣とは程遠い俺達のキャンプ場。


 開放的な空気と雰囲気というものは、地球でも異世界でも等しく、緊張や綻びを紐解く格好のフィールドなのかもしれない。

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