114話 きっと明日 5
朧げな記憶を頼りに蔵書を再度巡ること半刻程。一度総ざらいしていたおかげか然程労する事無く一冊を手繰り寄せた。
それは役所へと駆けてくれたロングも同じだったようで、僅か先にテーブルに着いていた俺達のグラスが透き通る間もなく合流したのだった。
そして集う現状最有力の導きである同名義の三冊。その内容とはこうだ。
一冊は、ロングが役所から拝借してきた、件のゴディ・ボロウ名義で綴られた彼──もしくは彼女の想像上の物が書き記されているという独特な資料本。
もう一冊は、先程フォトンの店より持ち出した、気付きのきっかけとなった同名義の絵本。
そして最後に。先程蔵書より掘り起こした、ボロウの自伝と思しき内容の小説。
この作者名義のものが他にもサウド内に存在する可能性は大いにあるだろうが、現状心当たりを捜索した結果がこの関連性の薄い三冊となる。
「ねぇ。ヤマトのどこが気に入ってるのよぉ~」
リーフルの翼を軽く摘まみ広げながら、ベルが問いかけている。
「ホーホホ? (タベモノ)」
対するリーフルはベルの前に置かれたショートブレッドを指し訴えている。
「なぁに? 分かんないんだけど。私にも分かるように言いなさいよぉ」
「ホーホホ! (タベモノ!)」
意図が伝わらぬ事にもどかしさを感じるリーフルがベルの指を払いのける。
「もぉ~可愛くないわねぇ……」
「──ああ。リーフル、それが食べたいんですよ」
「ん? これ? なぁんだ、そういうこと」
「なら早く言いなさいよ~」
ショートブレッドを小さくちぎり、リーフルに差し出してくれている。
「ホーホホ(タベモノ)」──んぐんぐ
「ありがとうございます──代わりにこれをどうぞ」
異次元空間を開きマカロを皿に差し出す。
「うふ、気が利くわね。さすがこの私の専属ね」
口角を上げわざとらしい流し目をこちらに向け髪をかき上げウインクしている。
「ハハ……」
(ハァ……ホントにただ興味があるってだけで、協力しようって気配は無しか……)
(……まあでも、混乱を招く振る舞いをされるよりは穏当か)
先程の魔導具店では件の絵本を探し出す事を優先し、昼食用にとロングに遣わせたショートブレッドにベルは今ようやく手を伸ばしている。
恐らく遣いに出した振る舞いは、ロングの嗅覚に配慮した気配りなのだろう。
そういった様子から、多少なり周囲を尊重しようと慮る事が出来る人物なのは理解できる。
それでもベルに対してだけは特別に距離を感じてしまう。
あの日、初対面で目の当たりにした光景がふと頭をよぎるせいなのか。
それとも単にフィーリングの問題か。
いずれにせよ、明確な根拠を並べる事が出来ない漠然とした感覚だ。
そんな軽い憂鬱が頭をもたげる最中、ロングが顔を上げ確信の雰囲気をこちらへと向ける。
「ヤマトさん、絵本っすけど。ベルさんの言ってた通り、冒険譚を分かりやすく噛み砕いて見せてるものっすね」
ロングの報告とほぼ時を同じく、もう一冊を検めていたビビットも視線を上げ口を開いた。
「この資料本『想像上のものである』って注釈の割にゃ、現実に存在する物も多く載ってるみたいだねぇ」
「そうですか……」
「こちらの小説も。真偽の確かめようが無いので何とも言えませんが、不思議と妙なリアリティがありますね」
自らが担当する小説についても二人に共有。テーブル上に広がるメモ書き等を駆使しながら、各々が担当した上での気付きや推察を示し合わせてゆく──。
◇
脇目もふらず続いた話し合いも、夕食時のピークが過ぎ去り片付けの音が鮮明に響く頃には一段落した。
話し合いで得られた個々の気付きを元に記述からの情報を整理した結果、僥倖と言える関連性を見出す事に成功したのだ。
絵本には、件の花弁によく似た花畑の描写以外にもその花が開花する条件が。
資料本には”ミラス”という花の固有名と詳細な全体像。そしてその特徴が描かれたページが。
自伝らしき小説の一節には、主人公が病に伏せる恋人を救うべく特攻薬の原料を追い求め冒険に赴く、といった話が記されていた。
すがる想いが思い込ませる幻想の関連なのかもしれない。
だが、偶然と片付けるには出来過ぎた三つの繋がり。
『特効薬の原料である、ミラスの花を追い求めた先にたどり着く花畑』
まさに今俺達が追い求める答えに酷似した情報が、三冊の内より顕現したのだ。
「……どう思う?」
「ん~……自分は多分、ヤマトさんと同じ結論っすけど、迷いは無いっすね」
「あんたが言わんとすることも最もだ。でも賭けてみる価値はあると、あたしも思うね」
「……ですね。そうなると最後のピースは──」
「──なぁに~? 終わったの~?」 「……ホ~?」
俺達の活気を察知したのか、眠気まなこを向け二人が尋ねている。
「ええ。道は見出せたと思います」
「ただ……肝心の"場所"が、まだ掴めていないといったところです」
「ふ~ん……」
「──あ、そういえば。薄さの疑問は解けたの?」
「薄さ?」
「ああ……そういえばそうでしたね」
絵本を引き寄せ該当のページを開く。
「……う~んどうでしょうか。やっぱりただの製本ミス……ですかね」
「まああんたは慎重な男だからね。その件に関しちゃ勘繰り過ぎただけって事かねぇ」
「でもヤマトさんの気付きに欠片も意味が無いなんて事は無いと思うっす!」 「ホーホ! (ヤマト!)」
「そうは言ってもこれ以上の手掛かりはもう……ベルは何か気になりますか?」
「そうねぇ~……」
「いやねぇただ、内から道が見えたって言うんなら、ガワを検討してみてもいんじゃないかしら、ってね~」
「なるほど……」
(勘や偶然を頼りに進んでいるこの冒険だ。薄さに対する違和感だけを関係の無いものとして無視する方が今や不自然……か)
(……うん、鋭い意見かも知れない)
「──ビビットさん。資料本の中に、特に厚みの薄いページとか。そういった何らかの違和感はありませんでしたか?」
「そうさねぇ……」
ビビットがページを指ですり合わせながら探っている。
「絵本のはこの花畑のところっすもんね~」
「ねぇリーフル。ヤマトの相棒だって言うんなら、あなたも食べてばかりいないで少しは知恵を出しなさいよ~」
花畑の見開きをリーフルへと向けている。
「ホ」──ツンツン
一方リーフルは退屈そうにページをつついている。
(ああ、そうだよなぁ……この所ずっと屋内に缶詰だし、窮屈な想いさせちゃってるよなぁ)
そんなリーフルの姿を目にし酷く申し訳の無い想いが沸き上がる。
「……ホ~?」
手掛かりへの思考をリーフルの現状に向け眺めていると、ふいにリーフルが何かを思いついたのか、ビビットの前の資料本の傍まで歩み寄り眺め出した。
「どうしたんだいリーフルちゃん」
「──ああ、確かにこの本には色んな絵が載ってるから、興味もそそられるのかねぇ」
ビビットがおもむろに摘まみ上げた数ページをめくって見せている。
「ホ~」
その様子が気にいったのかリーフルが翼を僅かに上下させ、楽し気にめくられるページをつついている。
「はは~! ホント愛らしい子だねぇ!──って、んん??」
綻ぶ視線を向けていたビビットが突然指を止め眉を顰める。
「どうかしましたか?」
「……ヤマト、ちょっとあんたも確認しておくれ」
「ええ──」
「……ん⁉」
「明らかに他のページより薄い……!」
「資料本にも……って事は──」
自身の担当する小説を無造作に捲り、視線と指先を集中させる──。
「……あった」
「「え⁉」」
「三冊共、ありましたよ! どの本にも薄いページが!」
「──えッ! 凄いっす‼ これはもう絶対に製本ミスなんかじゃないっすよ!」
「いいねえ! 盛り上がってきたじゃないか!」
「ふふ~ん! 私のおかげ、よねヤマト。感謝しなさいよ~」
ベルが得意げな表情でリーフルの翼を上下させている。
「ホッ……(テキ)」
ベルとは反対の真後ろへと首を向け顔を逸らし、勝手をされている不快感を呟いている。
「うん。これはもう偶然ではすまない同一性ですね」
「でもかといってこの三つのページについてどう考えるべきか……」
「確かに各々のページの記述内容は、目指す花畑に関連した事柄を示してはいます」
「けど得られる情報量は多く無いし、薄いということ以外には特段変わった様子もありませんしね……」
「っすね~……」
「なぁに、確実に近付いてる。焦る事は無いさ。今から穴が開く程調べりゃきっと何かが浮かび上がって来るさね」
ビビットが安心を覚えるような態度で俺達を鼓舞するようにそう語る。
「……はい。ですね!」
「そうっすね!」
これまで幾度もの窮地を制してきたであろうベテランの説得力溢れる言葉に、一度弛緩しかける頭を締め直し、可能性について辿ってみることにする。
(向こうが透ける程の薄さなんだ。この紙の中に何かが内包されてるって事はあり得ない……)
(仮に求める答えが既に記載されていて、例えばフォントの差異から導く隠し文字のような手法だった場合なら、三人がかりで目を皿にして観察している以上、とっくに気付けているはずだ)
(アナグラムとか……攫う範囲が三ページだけで文字数が限られているとはいえ、全くのノーヒントから答えを導き出そうとすると膨大な時間が……何よりそれが本当に”答え”なのか疑念が拭いきれないよな……)
「ホーホ? (ヤマト)」
手元の小説を凝視し考え込んでいると、リーフルが首を傾げ顔を覗き込んで来た。
「…………」
「ホーホ? (ヤマト) ホーホホ(タベモノ)」
「あ、うん。ちょっと待って。今考え中──」
「──ホーホホ! (タベモノ!)」
訴え虚しく反応の薄い俺に腹を立てたリーフルが爪をページに打ち下ろす──。
「──あっ!」
なんと、打ち下ろされた爪が穴を開けてしまった。
「──! ホゥ……(ニゲル)」
恐らく自分の行いの重大さに気付いたのだろう。身をすぼめ枯れ枝の姿勢をとり、申し訳の無さを呟いている。
(そうだ……夕飯も食べずにずっと我慢してくれてたんだもんな)
「いや、気にする事無いよリーフル。ごめんな。そりゃお腹もすくよな」
リーフルの頭を撫で笑顔を向ける。
「ホーホ…… (ヤマト)」
少し安心した様子ではあるが、俯き加減で肩を落とし呟いている。
「そうっすよリーフルちゃん! お腹も空きましたし、一旦休憩にするっすよ!」
元気付けるように明るくそう語りながらリーフルのお腹を撫でている。
「そうだねぇ、何か注文しようか。リーフルちゃん、なぁんでも好きな物頼みな。あたしのおごりだよ!」
「はは、よかったなぁリーフル」
「ホ……?」
『本当に怒ってないの?』といった様子で上目遣いに周囲を気にしている。
「うんうん。ご飯にしような」
「ホーホホ! (タベモノ)」
「やれやれねぇ~。あなた達ほんっとリーフルに甘いんだから……」
「ふん。真の可愛さには、誰もがひれ伏すもんさね」
「お~いマスター! アプリッシュ人数分、それとラビトーのステーキを──」
「──ちょっとビビット? それ私に対して──ん?」
ビビットに何かを言いかけたベルが急に口を閉じ、先程リーフルが開けてしまった穴を見据え難しい表情を浮かべている。
「ん? 何か気になる点でも浮かびますか?」
手元にある小説をベルに差し出す。
「ん~……」
「? どうしたんすか?」
「リーフル、あなた……」
「……ま、いっか──」
「えッ⁉」
「ちょッ⁉」
──一人何かを納得した様子のベルが突如としてページを破り取ってしまった。
「おいおい! ベル、あんたなんて事を……」
「まあそう慌てないの~。こう見えて私だって協力する気持ちは真剣なんだから」
「そうは言っても……ど、どういう関係があるんすか? 折角のヒントが……」
「だからぁ──ほら、ロングちゃん。あなたのお兄ちゃんをよ~くご覧なさい? もう考え出してるわ」
「あ……」
元が地球人である俺の地球基準での考えが目を曇らせ、特定のページが薄いという事実に対するより豊かな推察の不足。
さらには、ベルというベテラン冒険者の出現がもはや必然だという事に、彼女に抱える苦手意識から考えの内より排除していた浅慮の気合。
こんな迂闊な思考では協力を仰ぐ二人に申し訳が立たない。
そして何よりも、追い求める結果へ至る可能性をも自ら下げてしまっている。
と、反省すべきは重く受け止める必要があるだろうが、今は一刻を争う時だ。
詳細については後に説明を乞うとして、ベルがページを破り取った理由については心当たりがある。
恐らく、彼女のユニーク魔法”魔力掌握”に起因するものだろう。
ならば、残された二ページについても大胆に及べば或いは……。
「はは……やっぱりリーフルには敵わないなぁ」
万感の感謝を込めリーフルの頭を撫でる。
「ホーホ (ヤマト)」
「二人共気にせず。責任は全て俺が取るから──」
──リーフルへの敬意を口にすると共に資料本、そして絵本の該当ページを立て続けに破り取る。
「「えッ‼」」
「ホ⁉」
「ふふ……やっぱりあなたって魅力的だわ」
「って事はだ。繋げる──いや、重ねる……のか?」
破り取られた三枚を重ね合わせてみる。
すると、ページが突如として淡い緑色の光を放ち出し、所謂魔法陣のような模様が空中に出現した──。
「こ、こいつは魔法の発動!」
「わッ! 急に紙が光り出して──」
──脳内に鮮明な風景描写が浮かび上がる。
「なるほど、そういう事か……!」
急ぎ異次元空間より手製の地図を取り出し、見えた映像と自身の知見を比較した位置関係を書き記す。
「ヤ、ヤマトさん! どう──何が起きたんすか⁉」
「……ふぅ」
「ベル。本当にお手柄ですね。ありがとうございます」
最後のピースが揃った高揚感も相まり、純粋に溢れる感謝の念から頭を下げる。
「な、なによも~。私が付いてるんだからと、当然でしょ!」
頬を少し赤らめ視線を逸らしつつ、いつもの自信に満ちた発言をしている。
「はは。本当に感謝です」
「──ロング、ビビットさん。分かりましたよ。目的地が」
「なに⁉ そりゃあ本当かい! って事はさっきの魔法はやっぱり……」
「ど、どういう事っすか? 急に色んなことが起きて何がなにやら……」
「うん、詳細は後でちゃんと説明するよ。それより、先に食事にしよう。リーフルもお腹すかせてるし」
「ホーホホ~! (タベモノ!)」
「おぉいいねぇ……ワクワクするじゃないか!」
「まさに冒険者冥利に尽きる過程だ。ロング、あんたもそう思わないかい? はっはっはっ!」
「は、はい! な、何だかよく分かってないっすけど、自分も嬉しいっす!」
「さあさあ何でも頼みな! 今晩はあたしのおごりだ! 派手にいくよ!」
全ての導きが結実した現実を前に俺達は達成感を分かち合い腹を満たし、いよいよ外へと踏み出す覚悟を確認し合う遅めの夕食会は円満にお開きとなった。
ティナに残された猶予は僅か二週間ほど。他の可能性や根源的ミスを憂う時間的余裕など無い。
俺達に残された道は、この導きの行方を信じただ邁進する事のみだ。
己を信じ切る勇気や自信など、平凡で弱い俺は持ち合わせていない。
だが俺には、リーフルやロング、ビビットにベルといった心強い仲間達が力を貸してくれている。
必ず辿り着ける。そう確信した出立前夜だった。