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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-4 片寄せる振り子
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114話 きっと明日 4

 

 外壁に足をかけ爪を研ぐ猫や、縄張りの確認に忙しなく鼻を働かせる犬の姿から得られる癒しの風景。

 闊歩する野良達の姿も増え始める、ギルドを後にした昼食時前。

 紹介のメモ書きを片手に訪ねた初々しいあの日も、今や何度となくお世話になるような得意先になり、時の経過の早さに想い馳せる路地裏を行く。

 

 何の成果も捻出できず、ただひっ迫した焦りに視界を奪われていたこの頃に、とうとう訪れた前進の兆しを追い求め、意気込み十分にベルの案内の下行き着いた先は、拍子抜けするような感覚すら覚える馴染みの魔導具店だった。


 現在俺達は、嗅覚が鈍らされるような鋭く鼻を衝く薬品の臭いが充満する工房で、一先ずベルのお使い──精製されるポーション類を瓶に詰める手伝い──を優先している。


(こういう作業は性分に合致してて、何の苦も無くこなせるからいいなぁ)

 完成した液体が満ちる大瓶から、携帯用の小瓶へと規定量を充填してゆく。



(それにしても……やっぱり見守ってくれてるって事だよなぁ、これって)


 たまたまロングが目に留めた掲示板の依頼、それをもたらしたのが気まぐれな性分の人物、そして図られたかのようなタイミングで入庫した触媒。

 予感に従い調査を切り上げ、ギルドへ収入を求めた結果が織りなした、情報と報酬が同時に得られる可能性だ。


(──あ……)

 作業に集中する最中、ふと隣で恐々と作業をこなすビビットの姿を目にし、申し訳のない気持ちが沸き上がる。


「すみませんビビットさん。ロングの鼻の事をうっかり失念してまして」


「──あぁ。気にする事はないよ」


「あたしこそ、ヤマトが十本仕上げる内に、二本そこそこで。情けないよ」


「いえいえ。損失を出すよりは堅実で素晴らしいと思います」


「はは、ありがとね。あたしもあんたを見習って、これからは自主的に戦闘以外の依頼も受けてみるかねぇ」


 ポーション類の代入や細々とした雑用等、この魔導具店に足を運ぶ機会は多く、今では店主のフォトンとは信頼関係にあるが、ベルの事については初耳だった。

 あの癖の強い彼女がフォトンに『おばさま』と親しみ深く接している様子から、密接な関係にある事は容易に察しが付く。

 だが苦手意識からか普段のように情報収集に努める意欲は湧かず、深層については興味が湧いた折でいいだろうという程度だ。


「ねぇおばさま。よかったわね、ヤマト達で」

 ベルが手持無沙汰にフォトンに話しかけている。


「ん~? はいはい。お手柄だねぇ、ありがと」


「でもベル。探し物はどうしたの? 飽きて暇してんならあんたも手伝いなさい」


「え~、むりよぉ~。損失出してもいいんなら付き合うけど」


「ハイハイ。だったら大人しく探しに戻りなさい」


「手を差し出した以上、しっかり協力してやらなきゃ。放り出すなんて私は許さないよ」

 フォトンがまるで子供をしかりつけるように諭している。


「分かったわよぉ~……」

 不服そうに肩を落とし隣室へと戻って行った。



「……ヤマト。あの子、面倒かけてないかい?」

 ベルの後姿を見送りながら、フォトンが呟く。


「──え? いや……有り難いお得意様の一人ではありますけど」


「そうかい……だったらいいんだ」

 フォトンがそう呟き、安堵したような表情で精製作業に戻った。


(う~ん……だからって……)


 ──工房手前の売り場。店の入り口が開く気配と共に、元気な声が響き渡る。


「ベルさ~ん! 買って来たっすよ~!」

 ロングが買い物袋を掲げ工房へと戻ってきた。


「おかえり」


「ただいまっす! そろそろ終わりそうですか?」


「うん。お昼時を過ぎない程度には終わりそうだよ」


「そうっすか! なら自分はベルさんの方を手伝ってきます!」


「うん、頼むよ」


 薬品の臭いに窮するロングはベルの探し物を手伝いに蔵書の積もる隣室へ。

 俺達は依頼遂行に再び集中し時は過行く。



 依頼を完遂し、当面の需要に応えられる量のポーションが立ち並ぶ光景を脇に昼食をとっている。

 すると、ロングがある疑問を口にする。


「……自分、第六感みたいな部分はさっぱりっすけど、ヤマトさんの"判断"は手放しで信じられるっす」


「ん? 急になんの話だい?」


「ビビットさん。おかしいんっすよ、この状況」


「ふむ……?」


「確かに普段とは違って、何の確証も無く突き進んで──自分達らしくないと言えばそうなんっすけど」


「それでもヤマトさんの判断が間違うはずが無いんす。断言できます。それは自分が一番──ヤマトさん自身よりも一番よく分かってます」


「ふむ……そうだねぇ、あたしもまあ同意出来るね。現に今まで、ヤマトの慎重さはそれ程の信頼を築いてきているからね」


「うちから依頼する仕事も、一度たりとも失敗した事は無いもんねぇ」


「ですよね? だからおかしいんっす!」


「あの膨大な量の本を調べた一週間。あれが丸々無駄だったなんて、絶対に有り得ないんっすよ!」


「う~ん……信用してくれるのは嬉しいけど、そもそもこの花びらの──」


 ──ふいに隣室への扉が開いた。


「──見つけたわよ~」

 昼食も後回しに、隣室で探し物をしてくれていたベルが一冊の本を携え戻ってきた。


「お、ホントに記憶は正しかったようだね」


「ふん、当たり前じゃない。これよ、ヤマト」


「ありがとうございます──」


「──ん? 児童書……?」


「そうよ。昔おばさまが見せてくれた、冒険の素晴らしさを説いた絵本よ」

 そう言いながら髪をかき上げ自信に満ちた表情を向けている。


(…………ハァ……やっぱりアテには出来なかったか……)


 案内された場所が魔導具店だったということで、勝手ながら期待を寄せていた物は、ヒントとなる花弁の種類やそれに付随する情報が記されている何らかの資料だ。

 だがベルが提示した物は、子供に読み聞かせるような挿絵のある児童書──ただの絵本で、到底前進の気配の見い出せない落胆の代物だった。


「──どれどれ……」


「ああ、懐かしいねぇ。あたしも昔見た事があるよ。結構有名なやつだね」


「でも絵本っすか……何かに繋がりそうな感じはしないっすね……」


「……なるほど。この挿絵の事ですか」

 

 内容を軽く流し見しつつめくっていくと、恐らく物語終盤であろうところに二ページに渡り描かれた、何とも見応えのある花畑の絵が広がる見開きがあった。

 確かにその花は件の花弁に似ているのだが、モノクロなので色は判別できず、あくまで絵本──()()()の中の描写である以上、その場所や花が現実に存在するのか、今のところ落胆の結果しか思い浮かばない心持ちだ。


「ふふ。どう? 何か繋がりそう?」

 まるで何かを期待するかのような微笑みを浮かべ、俺の肩を撫ぜている。


(ムゥ……自分への絶対的な自信がそうさせるのかな……役に立った事を微塵も疑ってない目をしてる……)

 

(でも協力してくれた事には変わりないし、邪険に返すのも忍びないか……)


「ハハ……何かのヒントにはなりそうです。ベル、ありがとうございました」


「うふ。やっぱり私って優秀ね!」



「……ねぇロング、ヤマトのこの感じ。こりゃあ外れだったみたいだねぇ……」


「残念ながらそうっすね……」

 一人盛り上がるベルを横目に、二人がひそひそと白い眼を向けている。


(ぬか喜びだったか……でも収入は得られた訳だし、マイナスって事はないか……)


 高まっていた期待との折り合いをつけながらぼんやりとページをめくっていると、指先の感覚からある違和感がよぎる──。


(──ん……?)


(……この見開きだけいやに()()……?)


 違和感の正体を精査するべく、指先に集中し他のページとの厚みを比べてゆく。


(…………やっぱりだ。しかもこの左の一枚だけが、向こうが透けそうなぐらい薄くなってる)


(作者の名前は……ゴディ・ボロウ……?)


「あの、みなさん、この"ゴディ・ボロウ"という人は有名な方なんでしょうか?」


「さあねぇ。その本はいつの間にやらうちにあって、私にはこの子に読み聞かせてやってたって記憶しかないねぇ」


「う~ん……お話自体は好きだけど、私も作者の事なんか考えたことも無かったわ」


「ゴディ・ボロウ……ボロウ…………」


「──ああ! そういえば、確か()()()()作家の名前だったかね」


「ビビットさん、何かご存知なんですか?」


「いやね、前にチラっと聞いただけなんだけどさ」


「行商人が言ってたんだ『手広くノンジャンルに書く割りに、たまに理由不明の大人気作を生み出す不思議な作家』だって」


「ノンジャンル……理由不明の大人気作……ですか」


「へぇ~。その人、サウドに居るんすかね?」


「いや、とっくに亡くなってるはずだよ。この絵本が世に出たのは、あたしが六歳くらいのときで、その時点でボロウは老齢だったはずだからね」


(ふむ……特定のジャンルに特化しない、しかも読者の印象としては売れっ子って訳でも無い作家……)


(……作者の素性はともかくとして、この絵本に登場する花畑の花が、ボロウが書いた他のジャンルの本にも登場してる可能性はありそうか……)

 

「残念ですね。既に亡くなられているという事は、作者本人に確認を取る事は出来ませんね……」


「ん? どういう事だい? 何か気になる点でも見つかったのかい?」


「あいえ。俺の勘違い、もしくは製本過程の不備という可能性もあるので──」



「──あーーッ‼」

 ロングが突如として立ち上がり大声を張り上げる。


「ど、どうしたロング」


「ヤマトさん! その人の名前、役所の資料本で見かけた気がするっす‼」


「えッ⁉ 資料本──」


「──あ、待てよ……そういえば、俺も事務所の蔵書で似たような名前を見かけたような……」


「おお⁉ なんだかよく分からないけど、こりゃあ前進の兆しかい?」


「──ベル、たまにはいい働きするじゃないか~」


「ふん! 当然よ!」


「……ねぇヤマトぉ。なんだか面白そうだし、私も一緒にいいかしらぁ?」

 わざとらしく間延びした語り口でそう言いながら手を重ねてくる。


(むぅ……いちいち気取らなくていいのに……)

 

「……ええ、まあ」

 沸き上がる煩わしさを押し殺し、ベルを刺激しないよう慎重に腕を引き一応の同意を返す。


「もぉ……可愛くな~い」


「フォトンさん。この絵本、お借りしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、いくらでも調べてくれて構わないよ」


「それと、助かったよあんた達。報酬の方はギルドで受け取ってちょうだいね」


「はい、ありがとうございました」


「ロング──」


「──はい! 自分は役所から探し出してきますんで、そっちはお任せするっす!」

 

「ありがと、任せるよ」


「それじゃあフォトンさん、お疲れさまでした」


「慣れない仕事だったけど、新鮮で楽しかったよ。また助けが必要になったら、ヤマト共々よろしくね」


「おばさま、ちょっと行ってくるわね」


「みんなありがとうね。ベル、ヤマトの言う事は良く聞くんだよ」


「もぉ、おばさま? 子ども扱いしないでよね」


「試すようなままごとばかりやってるんだから、そんな扱いも当然さね……」

 ビビットが嘲笑した様子でそう呟いている。


「はぁ~? あんたこそ年下掴まえてビクビクしちゃって──!」


「バ、バカっ! あたしはあんたと違って──!」


(う~ん……喧々とするビビットさんにも落ち度はあるような気がするなぁ……)


「フォトンさん。自分は役に立てそうにないっすけど、今後とも兄を御贔屓によろしくお願いします!」


「ああ。ロングちゃんもまた遊びにおいで」


「リーフル? そろそろ行くよ」


「…………ホゥ……」

 寝ぼけ眼のリーフルが肩に舞い戻る。


 路地裏を戻り中央広場でロングと別れ、俺達はギルド事務所へと向かった。

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