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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-3 類える現実
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112話 準備と接待 4


『──あっ! こんなところにいた!』


 振り返るとそこには、ギルドの番犬ラビィを連れたロングがこちらを指差し、何やら渋い顔をして佇んでいた。


「ワフッ!」 


『ナカマ』 『アソビ』

 忙しなく揺れ動く尻尾と共に、感情が伝わってくる。


「もぉー、ヤマトさん! 探したっすよ~!」


「え~? でもロング、今朝ギルドに居なかったし。何か緊急のクエストでも頼まれたの?」


「ム、ムゥ……いや、それはっすね……」

 ロングには珍しく、何故か視線を逸らし言い淀んでいる。


「?」


「と、とにかく! 予定が変わったんなら、ギルドに一旦戻って、せめてキャシーさんにでも言づけておいて欲しいっす!」


「いや、散歩は夕方以降って話だったよね? まぁ観光案内じゃなくて仕事してたってのは説明と違ってるかもしれないけど、どのみち夕方頃までは動いてるよって言ってたし」


「違います! ヤマトさんは分かってません!」 「ワフッ!」

 語気を強め話すロングに釣られたのか、ラビィがまだ未熟な体躯ながら威勢よく愛くるしい吠え声を上げている。


「な、なにが」


「仕事、早く終わったんすよね? だったら終わり次第自分も誘って欲しかったっす! そしたら予定よりももっとヤマトさんと一緒に居られるじゃないっすか!」


「え~?」 「ホ? (テキ?)」


(また言ってる……最近妙に増えてるような……)

 

「あなたが後輩のロング君ね? ヤマトから聞いてるわ。 初めまして、アメリアよ。ラビィちゃんもよろしくね」

 アメリアが挨拶を口にしながらラビィの頭を撫で、ラビィも心地よさげに尻尾を振り体を預けている。


「初めましてロングっす! でも後輩じゃなくて弟っす! 」


「ふふふ、そうだったわね。弟、よね」


 俺を慕い、懐いてくれている事に関しては、照れくささを覚えるところではあるが、同時に心地良さも感じている。

 共に冒険者として働き、サウドには身寄りが居ないという点も似ているし、わざわざ"兄弟"だと強調する事により心強く感じられる心理もまた、共感できる胸の内だ。


 しかしこの頃、どういった訳か関係性の主張のみならず、何故か妙に俺の予定や行動を気にするようになったのだ。

 例えば臨時でパーティを組み魔物退治に出掛けたいとか、依頼内容を鑑み相談したい事があるといった場合には、確かに俺の動向を把握している方が効率的だろう。

 

 だが特段そういった話をされるでも無く、かと言ってスケジュールを押さえらえるといった事も無いので、その理由の見当がつかないのだ。

 人懐こい性格であるが故の甲斐甲斐しさなのか、はたまた独り寂しく過ごす事への恐怖心なのか、ロングの意図が掴めず、ちょっとした違和感を覚える謎の一つとなっている。

 


「もぉ~、ヤマトさん? アメリアさん、多分すっごく楽しみにしてたっすよね? ヤマトさんと観光するの」


「なのにヤマトさん、意地悪っすよ~」

 何故かロングが指を突き立て指導者のような振る舞いで、俺を嗜めるようにアメリアに対し同情を口にしている。


「あは、よく言ったわロング君! そうね~。あなたと共にする事を楽しみにしてる二人を後回しにして、仕事へ出掛けちゃうなんて。ねー?」


「っすねー?」

 顔を会わせまるで間もない内に異様な連帯を見せる二人が、こちらを非難するかのようにいたずら顔で笑みを向けている。


「うっ……それについてはホントに申し訳なく──」


「──ふふ、冗談よ。ロング君も、お兄ちゃんが独占されて、少し寂しかっただけなのよね」


「その通りっす! アメリアさんは分かってくれるんすね~!」


「──くふふ、何だか初めて会った気がしないっすね!」


(ハハ……『類は友を呼ぶ』って、こういう事を言うんだろうか)

 俺とは対照的な、明るく朗らかな性根の二人はどうやら気が合うらしく、とても初対面とは思えない掛け合いが目の前で展開されている。


(あ~……まあでも、俺にはリーフルが居るけど、ロングにしたらホントに一人ぼっちなんだし、暇な時間が一際寂しく感じられるのも無理ないのかなぁ)


「アメリアさんアメリアさん、見てくださいっす」

 ロングがこちらを窺いながら、アメリアに耳打ちしている。


「うん?」


「油断すると、いつもああやって頭の中のヤマトさんと喋ってるっす。くふふ」


「ふふ、そうね」


「……ロング? 内緒話ならもう少し声落とさないとダメだぞ」


「──ハッ! 聞こえてたっす……」


「──でもアメリアさんとは、共感できる事がいっぱいありそうで嬉しいっす!」


「ふふ──あ、そうだわ! ロング君の口からも聞かせてちょうだい? ヤマトったら……」

 意気投合した二人が話し込み始める。


(はは、楽しそうだなぁ二人とも──お?)


「ホーホホ? (タベモノ?)」

 首を傾げ訴えている。


「ハッハッハッ」


 ふと肩が軽い事に気付き視線を泳がせると、いつの間にやらリーフルがラビィの下に舞い降り『おやつでも食べる?』と、何とも微笑ましいやり取りが繰り広げられていた。


「はぁ~……やっぱりダメなのかしら……」


「可愛いわねぇ……」

 そして、それを眺める女性の後姿が何とも寂し気に見えてしまい、先程一度躊躇した件について再検討してみる事にした。


(女性が喜ぶ宝石かぁ……ダイヤモンド? エメラルド? 仮に存在するとして、そもそも地球と同価値で同名なのか……どこで手に入るのかもさっぱりだしなぁ)


「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」

 どうやらラビィにあげるおやつを催促しているようだ。


「うん。ラビィにはベーコンをあげような」

 今まさに位置する中央広場で展開する露店において、何件もの割合で販売されている、携帯しやすく安価に入手できるベーコン──豚肉の塩漬けを天日干ししたもの──であれば、育ち盛りのラビィも喜んでくれるだろうと、小さく切り分けリーフルに委ねる。


(……でもあの石、二束三文だって言われたんだよなぁ……)


 就寝前や休日等の手隙を利用し、素人仕事にコツコツと抽出した半透明の黄色い石。

 これは、先程アメリアの話にもあった、精霊であるウンディーネ様との出会いのきっかけとなった岩の中に含まれているものだ。


 石自体に然程興味は無いのだが、異次元空間の内に眠らせたままにしているのも惜しいと、幾ばくかの収入を期待した下心で進めた作業だったのだが、買取査定を依頼したキャシーからの返答に、肩を落とし徒労感に襲われた事を覚えている。


「あの、これじゃあやっぱり役不足ですよね」──ボワン

 異次元空間を開き石を取り出し、店主の女性にお伺いを立ててみる。


「──えっと? ああ、お兄さん、石をお持ちだったんですね。どれどれ……」

 石を受け取り陽の光に透かしながら検めてくれている。


「……あ~。"平凡黄色石(コモンイエロー)"ですね。確かにこれじゃ、素敵な彼女さんにはちょっと足りないかも」


「ですよね……それと、今更ですが彼女では無いので訂正しておきます」


「ありゃ、そうなのね。でもエルフさんの方はどう想ってるのかしらね~?」

 目を細め意地悪く口角を引き上げ、茶化すようにそう語る。


「おだてても購入意欲には繋がりませんよ」


「もぉー。案の定財布の紐は硬いのね~」


(う~ん……やっぱり。買取査定に出した時にも言われたのと同じだ)


(でもウンディーネ様は、"イエロートルマリン"だって言ってたんだよなぁ。どういう事なんだろう……)


「──あ、なになに? 綺麗な石ね~。ヤマトのなの?」

 ロングと夢中になって話し込んでいたアメリアが、女性の鑑定姿を目にし興味が湧いたようで、女性の持つ俺の石を覗き込んでいる。


「うん。唯一の手持ちがそれなんだけど、アメリアには相応しくないよねって話してたとこなんだ」


「? どういう事?」


「やっぱりお綺麗なエルフさんですから、相応の……」

 俺の持ち出した石の価値についてやオリジナルブレスレットの仕様について、二人でアメリアに説明してゆく。



「……ですから、残念ながら当店にはエルフさんがお求め──」


「──買うわ!!」

 話を聞き終える間もなく、突然アメリアが逞しい声量で以て女性に真剣な表情を向けている。


「えっ?」

 

「欲しいの。買うわ! ヤマト、この石私に売ってちょうだい? ブレスレットに仕立ててもらうわ」

 そう言いながら半ば強引に女性から石を奪い取る。


「どうしたの? 突然。教えの事はいいの?」


「あら? ちゃんと説明したわよ『どうしても傍に置いておきたい物』だったらお金を使うって」


「でもお姉さんにしろギルドにしろ、確認した限りでは市場価値がそんなに無い石だよ? どうせ買うならもっと価値のある宝石のやつを俺が──」


「──ヤマトさん! やっぱり分かってないっすよ!」

 今度はロングが血相を変え割り入ってきた。


「ど、どうしたロングまで」


「自分も欲しいっす! 買うっす! ヤマトさん、石くださいっす!」


「え~……?」


(急になんなんだ二人とも……説明したように石自体は値を付けても精々銅貨二枚程度の価値なのに……)

 突如として色めき立つ二人の様相を目の当たりにし困惑してしまう。


(ふむ……エルフ族の価値観に立って推察するなら、市場価値──金額よりも、自分の直感が判断した欲求から、買いたくなったってところなのか……?)

 

(ロングの方は……アクセサリーなんて興味あったっけ?)


「くふふ。ヤマトさん、納得いかないって感じでまた頭の中で話してるっす」

 またもロングが俺に筒抜けの耳打ちをしている。


「そういうところを愛らしく感じるなんて、さすがロングはヤマトの弟ね。お姉ちゃんも嬉しいわ、ふふ」


(また丸聞こえだし。いつの間にかアメリアはお姉ちゃんになってるし)


(……まあいっか。二人が喜んでくれるんなら、それに越したことは無いな)


「分かった。だったら俺がプレゼントするよ」


「「えっ!?」」

 二人が互いの顔を見合わせ驚いている。


「お姉さん。オリジナルブレスレット、二人分お願いします」


「おお~! さっすがお兄さん! よっ! 男前!」

 先程までの灰を纏った雰囲気はどこへやら。目を輝かせ腕を捲り、やる気を漲らせている。 


「い、いいのかしら……そんなつもりじゃ……」

 アメリアがしおらしい装いで躊躇いを浮かべている。


「元々何か埋め合わせは考えてたし、そんなに値が張るものでもないしね?」


「それに、喜んでくれるなら俺も嬉しいし」


「ヤ、ヤマトったら……」


「ロングは~……ロングも買わなきゃ拗ねちゃうだろ? はは」


「ヤマトさん……やっぱり分かってるっす!」


「──だ、だったら! ロング? 私達二人で出し合って、もう一つヤマトにプレゼントして、三人お揃いにするっていうのはどうかしら!?」

 未だ若干の戸惑いが窺えるアメリアだが、腕を広げロングにそう提案している。


「──ハッ! アメリアさん……天才のそれっすね?!」

 応えるロングも目を輝かせ二つ返事でアメリアを称えている。


「えぇ……? 腕に飾りがあると剣の邪魔に──」


「──お揃いのブレスレットを付けてれば、"家族の証"にもってこいよね!」


「そうっすね! 早速仕上げてもらいましょう! ささ、ヤマトさん。早くもう二つ石を出してください!」

 ロングがそう言いながら俺の腕を引き急かしている。


「──はいはい。それじゃ、仕上げはお願いしておいて、次は牧場の方にでも行ってみよっか。ラビィの散歩も途中だしね」


「まっかせて下さいお兄さん! 精魂込めて、素敵なブレスレットに仕立てますからね!」

 女性が細工用の小さなハンマーを手に、頼りがいのある返事をしてくれている。


「それと、後で衣料品店にも寄ろう。アメリアに見立ててもらえるいい機会だし」


「あ~! それいいっすね! 自分達、おしゃれには疎いっすからね~」


「……ふふふ。なんて幸せな日なのかしら……」

 アメリアが穏やかな表情でボソリと呟く。



「リーフル、ラビィ。そろそろ行くよ」


「ホーホホ?(タベモノ?)」


「ワフッ!」

 すっかりベーコンは跡形もなく消え去り、談笑めいた雰囲気でお利口に待ってくれていた二人に声をかける。


「あ、でも待って欲しいっす。お姉ちゃんにお兄ちゃん、弟が居て……()()は誰になるんすかね?」


「それはもちろん……リーフルちゃんよ!」

 アメリアがリーフルを抱き上げる。


「ホ?」


「はは、まあそうだね」


(家族の証、か……ちょっとむず痒い気もするけど、リーフルに家族が増えるのは心強いよなぁ)



 きっと、人間のみならず、感情を持つ生き物は、それぞれが抱える様々な隙間を埋めようと、日々をもがいていると思う。


 例えその手段が金銭であろうと空想であろうと、人肌であろうと。

 各々を満たし得る何かを見い出せている者は幸運だ。


 そして俺にはリーフルが居る。

 自分の境遇を鑑みれば、それだけで第二の人生(今回)は十分に幸せなはずだ。


 なのに何故だろうか。罰当たりに思われても仕方のない想いがよぎるのだ。


 俺には持ち得ない、明るく朗らかで、安らぎに満ちた光が俺の手を引いてくれる。

 欲張りだと誹りを受けようと、一度知ってしまっては手放せなくなる。


 ならばその温もりに報いれるよう、自分も光を放つ努力を惜しんではいけないだろう。

 世のため人の為などと、大言を並べられる器では無い事は心得ているが、せめて極身近に感じる人達だけには、我儘な誠意を贈り届けたい。


 そう想えた、脱力の許される余暇のひと時。

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