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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-2 その人の価値
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閑話 初めての指名依頼 1


 センスバーチで雑用をしていた頃も含めると苦節二年。

 とうとう自分にも初めて指名での依頼が来た。


 それもこれも、全ては自分にとっての教科書、目標、生きる糧──とにかくすっごく尊敬してる人、"ヤマトさん"の導きのおかげだ。

 

 初めてキャシーさんにヤマトさんを紹介してもらったあの日。

 あの日の事は本当に自分にとっての宝物で『どうせならサウドへ行って、魔物と相打ちにカッコよく……!』なんて、今ヤマトさんに聞かれたら怒られちゃいそうな、とんでもなく馬鹿で、投げやりだった自分を修正出来た記念日だ。


 そんなとっても優しくて頼りになるお兄ちゃんの弟である自分が、冒険者人生初の指名依頼で無様な仕事ぶりは晒せない。

 ヤマトさんに申し訳ない。

 絶対に依頼者さんには満足のいく結果を提供したい。


 そんな意気込みを抱えて、今朝は宿を飛び出したけど……。



「ロング君、どうかしら? 実績も積めるし、割のいい仕事だと思うわ」

 説明を終えたキャシーさんは、いつもと変わらない優しい笑顔でそう勧めてくれる。


「いや……そうっすけど……」


「気が引けるのね、分かるわ。相手はヤマトさんだものね」


「でもねロング君。"冒険者"である以上、そういった繊細で難しい局面にも柔軟に対応していかなくちゃ。それこそヤマトさん、ガッカリしちゃうかもしれないわよ?」


「う~ん……」


 今回の依頼内容は三種類ある内の一つ、市井の声に当たるクエストで、自分達冒険者はその内容について他言してはいけない、"守秘義務"を負う事になる。

 これでも自分は冒険者の端くれだし、そのルールは当然守らなくちゃダメだけど、ヤマトさんに話せないって事がこんなにも辛いなんて。

 ヤマトさんがいつも言ってる『経験の一は座学の十を凌ぐ』ってこの事なんだ……。


 自分を変えてくれたヤマトさんの魔法の言葉。

 『観察』これは、何をするにも通用する、自分達兄弟の最大の武器だ。

 

 観察はもちろん、ギルドにある魔物図鑑や人づてに勉強する予備知識、困難な状況を想定した具体的なイメージトレーニング。

 座学の大切さはヤマトさんがよく言ってるし、自分もそう思う。

 けど、それでも実際の"経験"って、ある意味で何倍も効率の良い勉強方法なんだって事が、改めて分かる気がするなぁ。 



(そういえばこの間、ヤマトさんもなんだか少しよそよそしかったような……今思えば、あれって何かの依頼に関係する話だったのかも……)


「深い所は当事者のシシリーちゃんから聞いて欲しいんだけどね。依頼主から分かる通り、どうあれ万が一にもヤマトさんを裏切るような事にはならないと思うわ」


「っすね……」


(こんな時こそ観察……)


(……さっきキャシーさんが言ってくれたように、これは仕事。受けるのなら私情は捨てなきゃ駄目だ)


(依頼主はシシリーさんなんだから、多分ヤマトさんにとって()()()のはず……でも、お兄ちゃんに隠し事をするのは嫌だなぁ……)


(ヤマトさんならどう判断するかな……)


「内容からして短期間に解消する依頼ではないけれど、それでもシシリーちゃんの許可があれば、最後にはヤマトさんにも話せるんだし、一時だけの葛藤だと思うわ」


「……」


「……尊敬する"お兄ちゃん"は、弟の成長を望んでるんじゃないかしら?」

 そうキャシーさんは優しく諭すように話してくれる。


「ヤマトさんが……!」



「──分かりました! ちょっと後ろめたくはあるっすけど、この仕事をやり遂げて、一段成長した姿をヤマトさんに見せるっす!」


「うんうん! その意気よロング君! では、正式にクエスト締結となります」

 自分を称えてくれているかのように大袈裟に柏手をし、目にも止まらぬ筆捌きで書類を仕上げてる。

 

「やると決めたからには、全力で取り組むっすよ~!」


「今回はとりあえず一人、細かな指定は無しってお話だから、誰にするかはロング君に任せるわね」


「了解っす! 早速行ってきます!」


 こうしてギルドを後にした自分は、依頼書にある指示に従って、中央広場に向かった。



(そういえば……自分もヤマトさんに付いてたまに買いに来るけど、ちゃんとお話しした事は無かったかも)

 

 依頼書にはこう書かれてた。


 『今回は一人、ヤマトさんを良く知る人物をお願いします。 ※性別は問わず』

 

 詳細はシシリーさんから聞かないと分からないけど、とにかく頭数を増やしたいって要望にあったから、最初に思い付いた、ヤマトさんに縁の深い人を尋ねる事にした。



 軽快なドアベルの音が優しく鳴り響く。


「いらっしゃいませ~──あ、ロング君! 今日は一人なの?」


「こんにちはメイベルさん! 今日はクエストで来たっす!」


「お仕事? そうなんだ」


「そうっす! 突然なんですけど、メイベルさんは、ヤマトさんの事詳しいっすよね?」


「わ、私? う~ん……ヤマトさんってあんまり自分の事話さないから詳しいって程でも……」


「──も、もちろん、今私がサウドで暮らせてるのはヤマトさんのおかげだから関りはあるし、も、もっと会いたくも──」

 何故だかメイベルさんは少し焦った様子で、早口に話してる。


「──あ~! 分かるっす! ヤマトさん、何故か自分の事については話したがらないっすもんね~」


「あは、ロング君もそう思う? でもしょうがないのかも。ヤマトさん、気の毒にも記憶を無くしちゃったらしいし」


「それはそうなんすけど、何と言うかもっとこう……弟を愛でる時間が足りないと思うっす!」


「ふふふ。ロング君もヤマトさんの事が好きなのね」


「大好きっす! 今の自分はヤマトさんが作ってくれたようなもんっすから!」


「ちょっぴり羨ましいかも。私もね、初めは冒険者になりたいってヤマトさんに頼み込んで……」


 その後少しの間、クエストの事も忘れてヤマトさんについて凄く盛り上がった。



「……ところで、私に用事って言ってたけど、どうしたの?」


「──あ! 忘れてたっす! メイベルさん、今晩お時間頂けないっすか? なんでもヤマトさんの事で話があるらしいっす」


「ヤマトさんの事? うん、大丈夫よ。お店が終わった後はいつも暇だし。何処か出掛けるの??」


「そうっす! 向かいのカフェに来て欲しいんす!」


「お向かいのね。分かったわ」


「じゃあそういうことで、よろしくお願いします!」


「うん、後でね」




 外は真っ暗ですっかり深夜の時間。

 噴水の水音がくっきりと響き渡る静かな中央広場で、一軒だけ店内から漏れ出る明かりが安心を誘うカフェに、自分達は集合した。


 自分達が着いたテーブルは半個室のような間仕切りのある空間で、如何にも"秘密の会合"って感じのする、落ち着いた雰囲気だ。

 


「ここはよう考えられてて、上手い事やってはると思うわ」


「あ~、そういえばヤマトさんも『賢いよね』って言ってたっす」


「おぉ~、さっすがヤマちゃんやなぁ」


「ハァ~……うちのお店にも、もうちょっと知恵を貸してくれたら結婚後の生活資金も……」


 あからさまに大きく誇張された咳払いが向かいに座るシシリーさんから聞こえる。


「じょ、冗談やんシーちゃん。今日はそういうのはナシやもんね」


「結婚かぁ~……ブラン達、幸せそうだもんなぁ」

 メイベルさんはカップを見つめ、少し寂しそうに見える。


「ハァ……指定しなかった私が悪いのよね。まさかピンポイントに……」

 シシリーさんがボソリと呟く。



 メイベルさんが働くパン屋さんの広場を挟んだ真向かいに、夕飯時から早朝までという、変則的な時間で営業をしているカフェがある。

 ヤマトさんから聞いた話だと、所謂夜型生活を送っている人達を対象とした営業形態で、店内を照らす魔導具も普通のお店より多く設置されてるらしい。


 なんだか色々と『営業努力が見えて凄いな』って、ヤマトさんは言ってたけど、自分には商売の事はさっぱりだから正直よく分かってない。

 抱く印象としては、夜目が効く自分達獣人にとっては、この店内の明かりは少し眩しく感じられるって事ぐらいだ。



「メイちゃん、初めましてやね。うちはマリン、今度ギルド通りにお店出す予定の商人や。オープンした暁には、どうぞ御贔屓に、やで」


「あ、うん。私は向かいのパン屋さんで働いてるの。サウドに住むのが夢だったんだけど、ヤマトさんが色々と助けてくれて」

 メイベルさんはとても嬉しそうにそう答えた。


「へぇ~……ヤマちゃんの()()()なぁ……」


「そういえば"リーフルン"。あの限定品はメイちゃんが考えたんやったっけ?」


「う、うん。ヤマトさんに少しでも恩返ししたくて、一生懸命考えたの」


「形になるまでは難しかったけど、相談してくれた時は嬉しかったなぁ……」


「確かに目を惹く綺麗な、見た目良し、肉っ気の感じられる、味良しで、あれは優れた商品やと思うわ」


「──むぅ~……可愛らしい猫の獣人の美人さんね……『リーフル命!』の割には……」


「ん、んん??」

 何の事かさっぱり分からないといった様子で、メイベルさんが困惑している。

 そして自分にも、マリちゃんさんの言葉が理解できない。


「マリちゃん、しょうがないわよ。当人に自覚は無いみたいだけど、不思議と周りを惹き付ける魅力? 気配? みたいなものが垂れ流しなんだもの。リーフルちゃんがその最たる例よね」


「分かるわ~。うちも一目見た時『この男は他となんか違う』って、第六感がビビッと来たもん」


「落ち着く匂いもするっすもんね?」


「あ、ロング君もそう思う? マーウとブランも言ってたわ。何なんだろうあの匂い……」


「そうなの? 私は匂いに関しては感じた事は無いわ。マリちゃんは?」


「せやなぁ。獣人さん達は鼻がええから、それでかな?」


「「「「ん~……」」」」

 自分達は何か思い当たる節は無いかと頭を抱える。



「……そ、そういえば、ロング君に呼ばれて来たんだけど、どうしたの?」


「あ~、そうっすね。シシリーさん。今回の依頼、受けることにはしたっすけど、内容次第ではやっぱりヤマトさんに申し訳ないっすから、自分は辞退するかもしれないっす」


「大丈夫よロング君。集まった面子を考えてみて?」


「ふふーん……ヤマちゃんには『秘密』でヤマちゃんを『慕う』面子が集う。この意味するところは!──シーちゃん!」



「冒険者ヤマトを影からひっそりと応援するファンの集い……"ファンコミュニティ"よ!!」

 シシリーさんが堂々とした宣言と共に、一枚の羊皮紙を取り出した。



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