106話 探偵ミミズクと平凡助手 4
「まず手始めに、私が神の代弁者である証をお見せしたいと思います」
グリフは観衆に向けそう告げると、テーブルの脇に置いてある鞄から何やら模型のようなものを取り出した。
警戒心から少し距離を取り眺めていた俺達は、その物体の詳細を把握しようと間合いを詰める。
見下ろし観察してみると、凡そ三十センチメートル四方の大きさのその物体は、木製の板の上に低い壁が形成された、通路のような構造を成しており、一種の迷路状のミニチュア模型と表現出来る物だった。
だが少し違和感を覚えるのは、通常の迷路であれば入り口から出口まで正当な道筋を辿らないと脱出出来ないような造りになっているはずが、この模型は複数の丁字路が組み合わさったような形をしており通路の先に行き止まりが無く、逆に迷路内を辿れる道筋が一本しか無いような造りとなっていた。
グリフが迷路模型に続き、小さな木箱を取り出す。
そして蓋を開け、皆に中が見えるよう傾ける。
「ホ~」
(お? 懐かしいな)
中を覗き見ると、そこには"ダンゴムシ"に良く似た黒く小さな虫のような生き物が数匹入っていた。
「これより、私が神託を代弁出来る事の証明として、このか弱き生物を導く様子をお見せしましょう」
そう宣言すると、一匹取り出し入り口に据え置いた。
「ご覧頂いている通り、この模型には出口が多数ございます。しかしこのか弱き生き物は、私の導きによって、指定した出口からのみ脱出いたします」
そう説明し出口を指し示した後、グリフが大仰に右手を模型の上にかざし、さも念を送っているかのような振る舞いを見せる。
『そんな訳あるかいな。相手は虫やで』 『ほんまやで。ほら、入ってもすぐ出口やしな』
当然村人達は信じられないといった様子で、半ば呆れたような雰囲気で傍観している。
虫が模型の中を進んでゆく──。
『──えっ!?』 『うそやろ……』 『すごい! むしちゃんいうこときいてる!』
据えられた虫が、途中いくつもある出口から脱出する事無く、グリフの指定した出口より外に這い出た。
「うそ……ホンマに指定した所から出て来た」
一部始終を見ていたマリンも驚きの声を上げている。
「ま、まぁ偶然かもしれんで? 別の出口やったらどうなんや?」
一人の男性がグリフに再現性を求めている。
「ごもっともな意見です。ではもう一度、次はこちらの出口より脱出させてご覧にいれましょう」
グリフは先程虫が這い出た出口とは反対側を指し示した後、 箱の中からもう一匹取り出し、別の入り口に据え置く。
そして先程と同じように手をかざす。
虫が模型内を進んでゆく──。
──宣言通り、虫はグリフの指定した反対側の出口から這い出て行った。
『おいおい……』 『言うた通りに……』
はっきりとその事象の再現を目の当たりにした村人達が呆気に取られ場が静まり返る。
「多少ではございましょうが、ご理解頂けたようで何よりです」
「なっ……! ヤマちゃんヤマちゃんっ。あいつホンマに特殊な力を……」
マリンが俺のシャツの裾を引きながら小声でうろたえている。
「う~ん」
「ホ~? (ワカラナイ)」
「つまりは、私が代弁する神託の導きがあれば、何事も迷いなく推し進められるという訳でございます」
「ですが私の──神の御力は、この程度に留まるほど矮小なものではございませんよ」
ひと披露終え満足した様子のグリフが再び鞄からある物を取り出した。
「ラウスさん、お水をお願いします」
「うむ」
テーブルの上に取り出された物は底の浅い大皿。
指示を受けたラウスが、事前に用意していたものと思われる陶器の水差しから大皿に水を満たしてゆく。
「先程は神託によりか弱き虫を導く様をご覧いただきました。次は、私が神の御力を物体に宿らせる事が出来るという事を証明してみせましょう」
そう宣言するグリフが何やら小さな船の形を模した物を手にしている。
グリフがその船を水の満ちる大皿の上にそっと浮かべる。
『次は船?』 『簡単な形やけど俺達が漁に使うやつに似てるな』
浮かぶ船の模型には動力になりそうな物等は無く帆船の形でも無い為、大皿の中心で静止している。
「無論、動きを見せる事はありません。細工など何もありませんからね」
「ですが私がこうして力を込めると──」
グリフが船を掬い上げ、両手で包み込み目を閉じ力を込める。
そして船が再び水の上に浮かべられる。
──すると、先程と同じ物であるにも関わらず、船が大皿の水の上を縦横無尽に滑り出した。
『うわっ!?』 『な、なんでや……さっきとなんも変わりあれへんのに……』 『おふねさんすっごいうごいてる!』
「ホー……」
リーフルが食い入るように動き回る船を眺めている。
(おぉ~、確かにおもちゃとして見れば面白いよなぁ)
リーフルの反応から、俺も何かおもちゃでも買ってやるべきかという想いが湧き出る。
「ホーホ? (ヤマト?)」──ツンツン
空中を軽くつつくそぶりを見せ、何かを訴えている。
「ん? どうしたリーフル。リーフルもおもちゃ──」
(──違う。何かをねだってる時の感じじゃない。それにさっきからずっと船を凝視して……)
「──!?」
「ヤマちゃん……もしも──あいつホンマに"神様の力"ってのがあるんか……」
マリンが動き回る船を眺め呟いている。
「どうでしょうか? この力があれば、皆様のお仕事もそれは捗る事間違いございません」
『確かに勝手に動いてくれたら、凪の日でも必死こいて漕がんでええよな……』 『もしあの力を借りられるんなら、どえらい革命やでこりゃ……』
村人達は口々に驚きを呟きながら、固唾をのみグリフの次の一手に集中している。
「では次が最後となります。神の御住まいになる神界との──そうですね、開通術とでも申しましょう。その一端を披露させていただきます!」
今日一番の自信に満ちた宣言と共に、テーブルの上にガラス製の、凡そ五十センチメートル四方の大きさの水槽のようなものが取り出される。
「ホーホホ(タベモノ)」
リーフルが水槽を眺め訴えている。
「ん~? お腹空いた? もうちょっと待っててね」
そして立て続けにその水槽にグリフ自らが取り出した水差しで何らかの液体が注がれてゆく。
液体が八割程満たされた水槽はほんのうっすらと緑がかっており、魚類の飼育経験のある者なら『そろそろ掃除が必要だろうか』という連想をしてしまうような様相だ。
「準備は整いました。では、神界との開通を始めます」
グリフが目を閉じ手を胸の前に組み集中した様子を見せた後、おもむろに右手を水槽の中に浸す。
そして何かを探っているかのようなそぶりを見せる。
「これぞ神界より賜りし、神聖なる果物でございます」
水中から引き上げられた手の内に、微かに黄色みがかる透明の果物のむき身のような物が収まっていた。
(──!? 水槽の中には確かに何も無かったのに……)
準備段階からしっかり集中して観察していた自負はある。
だが目の前で起きた現象は、この場を取り巻く観衆の想像を絶するような、無から有を取り出すという摩訶不思議な現象で、皆が揃い呆気に取られる。
「神界との開通術は、何も果物を賜るだけではございません。こちらから神に対し捧げものをする事も可能なのです」
グリフが鞄からガラス製と思しき透明の置物のようなものを取り出し、水槽内に沈めてゆく──。
──手が引き上げられ、置物が存在するはずの水槽内は、まるで元から何も無かったかのように置物の影も形も見当たらない。
『すげえ、一体どうなってんねや……まさかホンマに』 『いよいよこいつは……凄い男かもしれんで!』
数々の現象を目の当たりにしてきた村人達が感嘆の声を上げ拍手が起こり場内が沸き立つ。
「今見せた力って……──ハッ! まさかあいつ! ヤマちゃんと同じ"アイテムBOX"が使えるんか?!」
村人達とは異なり、俺の能力を知るマリンは身に覚えのある現象に疑念を呈している。
「確かに似てるね……」
俺の持つ唯一の権能、アイテムBOX。
これは、神様から直々に授かった"スキル"だと説明された能力だ。
グリフが"ユニーク魔法"として、俺のアイテムBOXと似た能力が発現したという可能性もあるが、仮にそうだとするなら、わざわざあの水槽──道具などを使う必要は無いはずだ。
自分で言うのも憚られる事ではあるが、アイテムBOXに関しては随分と有難がられ、驚かれる事の多い便利な能力だ。
この世界において、もしそんな凄い能力が発現したとあれば、最初に見せた『虫の誘導』や『模型の船を動かす』といったパフォーマンスなど披露せずとも、十分に周囲に評価してもらえる事だろう。
道具があってこそ。発揮できる場面が限られるといった事を考えると、グリフがアイテムBOXを使えるという可能性は無いと見ていいだろう。
だがそれでも、現状では果物を取り出した現象の説明がつかない。
確かに水槽を取り出した段階では中は空っぽで、液体が入れられた際にも何も存在しなかったのだ。
「……ホ! (イク!) ホーホ! (ヤマト!)」
考え込む俺に対し、リーフルが水槽を見据え何かを訴えている。
「うん……ちょっと待って──」
「──ホーホホ! (タベモノ!)」
(お腹が空いた訳じゃない……? そういえば水槽が出て来た時にもタベモノって……)
「……そうか、そういう事か。ありがとなリーフル」
「ホ!」
リーフルが全身を預け喜んでいる。
「え? ヤマちゃんなんか分かったん!?」
「うん。グリフの力の正体、リーフルのおかげで気付けたよ」