12話 便利屋
ギルドが管理するクエストの種類は三種類に分かれる。
討伐依頼──文字通り指定された魔物を退治して、証拠としてその魔物の全身、あるいは確実に判別出来る一部分を提出する。
採集依頼──主にヒール草やモギなど、指定された植物や鉱物などを指定数を揃えて納品する。
市井の声──これは、分かりやすく表現すれば所謂便利屋のようなもので、その依頼内容は多岐にわたる。
例えば街のとある地域の組合から路地を掃除して欲しいという依頼だったり、ここからあそこまで何々を運搬して欲しいという依頼だったり。
その中でも一番驚いた依頼に、犬の散歩代行というものがあった。
お金で時間を買うのは納得いく使い道ではあるが、せっかく犬を飼っているのなら散歩は醍醐味の一つではないかと、釈然としない想いも浮かぶ。
ギルド内の三つに分かれる掲示板。今日はその中から市井の声にあたる掲示板を吟味している。
(ふむ、今日中だと……この三件ならこなせるな)
「今日は何件かはしごするからな」 「ホ(イク)」
肩に乗るリーフルはいつも通りに返事を返してくれる。
市井の声の中から三件を受注。早速一件目の現場へ向かう事にした。
◇
裏門側から街を出て広がる草原の端に、木こり達が拠点としているこじまりとした小屋はある。
数段の低い階段の上、建物は地面から離されており、風情ある年季が窺える佇まいだ。
「おはようございます。運搬のお手伝いに参りました冒険者の者です」
「……」
扉を開け挨拶を口にするが何も返らない。
(依頼日って……うん、今日であってるよな)
依頼書を確認するが日時も場所も間違いはない。
「ホー! (テキ)」
面倒だがギルドに戻り再確認する必要があろうかと考えていると、突如リーフルが訴えかけてきた。
『お……向こ……この……!』
静けさの中、木こり小屋の裏手方面から微かな人の気配が聞こえてくる。
草原寄りとは言えここは森の入り口だ。危険も当然あるので冒険者の務めを果たさねばならないだろう。
◇
「やめろッ! 納品する時間なんだよ、あっち行けってんだッ!」
「──大丈夫ですか!」
「ハッ! 冒険者さんですかい⁉ 助かった……! ラフボアが納品する予定の木の皮を食べちまってるんです」
木こりの言う通り三匹のラフボアが積み重ねられた丸太の周りで皮を食んでいる。
ラフボアは草や木の皮をエサとして移動しながら生活する猪型の魔物だ。
この世界には野生動物の猪も存在するが、違いとしては、大きさはローウルフの二倍ほどで牙が左右で四本生えており、何より人間を見ると襲い掛かって来る。
しかしながら猪突猛進と、動きが単純なので危険度はローウルフと同程度とされている。
「任せてください」
「──リーフル、離れててくれ」
リーフルが乗る肩を大きく振り、離れるよう指示する。
そして狙いやすいように丸太の奥側にいるラフボアが射線に入る位置まで移動し、背負っている弓を取り出し狙いを付ける。
「よし、まず一匹」
矢は狙い通り丸太の奥側にいたラフボアの眉間に命中した。
ドサっと倒れたラフボアの音によって状況に気づき、他の二匹が俺を敵として認識したように鋭い視線を向ける。
口から荒い息を吐きながら前足を蹴り、突進する構えに入る。
二匹のラフボアが俺を目掛け突進してくる。
それを確認し真横に走り回避する。
(あの曲芸射ちってやつが出来ればもうちょっと安全になるんだけどなぁ──!)
先日のショートの動きを思い出し憧れも浮かぶが、しっかり直立した後にラフボアを狙い定め、立て続けに矢を二本射る。
二本の矢は一匹のラフボアの側頭部と胴体に命中し、仕留める事が出来た。
もう一匹のラフボアは勢い余って木に衝突し牙が刺さり動けなくなっている。
「魔物だしな……」
動けなくなっているラフボアに蹴られないよう横から近づき、短剣を喉に這わせる。
不意に口をついた自身の言葉は、やはりまだ殺生に慣れていない証拠だろう。
「ホーホホ (タベモノ)」
最初に仕留めたラフボアの上に乗り、嘴でつつきながらそんな事を言っている。
「違うぞリーフル。普通の猪と違ってあんまり美味しくないよ」
動物の思考は単純なものだ。リーフルには癒される。
「いやぁ助かりましたぜ旦那。危うく全部パァになるとこでした」
「間に合ってよかったです。でも数本不良品が出てしまってますね」
「なぁに、すぐに用意しますんで、ちょっと時間もらえますかね」
そう言うと木こりは、別に置かれている枝がついたままの長さが揃えられていない木を瞬く間に加工していく。
その手捌きはさすが本職の技といったところだ。
「お待たせして申し訳ない、終わりましたぜ。しっかしお一人で?」
「ええ、私にはこれがありますので」
用意された木材をアイテムBOXへと収納する。
「へえー! 旦那の魔法ですかい。そりゃ便利なものをお持ちで。その鳥も旦那の?」
「そうなんですよ、かわいいですよね」
羽音をほとんど立てずスッと俺の肩に戻ってきたリーフルを撫でながら、少し得意げに話す。
「ところで旦那、あのぉ……あれ、なんですがね……」
言い淀みながら木こりはラフボアを指差す。
「ん? どうかされましたか?」
「その、お願いなんですが、一匹──いや! 牙だけでもいいんで、譲ってもらえませんかね……?」
「牙……ですか?」
「実は近々娘の誕生日でして。アクセサリーでも作って渡してやろうかと思ってたんですがね、ラフボアの牙は磨いて一皮剝くと、いい光沢が出て真珠みたいに綺麗なんです」
基本的には討伐した魔物は討伐した者の所有物となる。
その事はこの世界に生きる者であれば当たり前の共通認識だ。
なのでこの人は申し訳なさげに言ってきたのだろう。
「討伐依頼ではないですし、構いませんよ。そういう事なら一匹全部どうぞ。毛皮も鞣せば防寒具として優秀だそうですよ」
「ほんとですかい⁉ いやぁ有難い! 助けてもらった上にラフボアまで頂けるなんて。代わりと言っちゃなんですが、こいつを貰ってやってくだせえ」
そう言いながら取り回しのよさそうな小さめの鉈のような物を差し出す。
「よろしいんですか?」
「さすがにお礼もなんも無しじゃ悪いんでね」
「それではお言葉に甘えて遠慮なく。じゃあこちらにサインを頂けますか」
ひと悶着あったが無事一件目の仕事を終えた俺は、次の目的地、街の大工の元へと向かった。