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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
3-1 浮上する黄昏れ
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103話 懐かしの味


「ホ~……(テキ)」

 リーフルが呟き見据える先、周囲に湿り気を帯びた真新しい土が不自然に広がる苔の塊が見える。


「効くといいけど……!」

 コンポジットボウに魔石をはめ込む。

 すると魔石は鮮やかな緑色に発光、あてがう矢が魔法の力によって雷を帯びる。


 気取られぬよう膝を着いた低い姿勢のまま弓を引き絞り、苔を狙いすまし弦の緊張を解く──


 ──狙い通り、十分な電荷を蓄えた矢が鋭く突き刺さる。


 耳をつんざく電線が爆ぜるような音と共に、身を潜めていた"グリーンモール"が地上に飛び上がる。

 そして雷撃によって痺れあがる体躯が痙攣しのたうち回っている。


 そのまま間髪入れずに弓を背負い抜刀し距離を詰める──


 グリーンモールはその致命の一太刀により沈黙した。



「ふぅ……ラインさんやエドワードさんの"ライトニング"よりは強力じゃないけど、直撃出来ればかなり頼もしいぞこれは」


「ホーホホ? (タベモノ?)」──ス

 グリーンモールの背に舞い降り、首をかしげている。


「どうだろ? 街で売ってるのは見た事無いよなぁ」


「ホ~? (ワカラナイ?)」


「う~ん……そうだね。重要なのは"苔"の方だし、後で少し焼いてみようか」


「ホ」


「それじゃ、魔石が勿体無いから、後二匹くらい頑張ろう!」


「ホ~!」


 

 二度目の訓練その三日目。

 新たに検証を終えた魔法矢(マジックアロー)を試そうと、グリーンモールの討伐にやって来ている。

 グリーンモールについては前回の訓練で生息域の調べがついており効率が良く、俺程度の実力でも注意深く対峙すれば比較的安全に討伐することが出来る部類の魔物なので、一稼ぎするには丁度いい相手だ。


 現状把握を優先する今回の訓練ではあるが、出発前にこの程苔が不足気味しているという情報を耳にしていたので、グリーンモールだけは必須の討伐対象と定めていた。

 そう言った急を要する納品物については種類を問わず、他の冒険者に先んじてギルドへ卸すことが出来れば、通常の相場よりも高く買い取って貰える為、こっそりと教えてくれたキャシーには何か返礼の土産でも用意すべきだろう。


 グリーンモールを狙う今回に関して言えば、事前に検証を終えた雷属性のマジックアローのおかげでさらに安全性が高まった事も大きい。

 魔石一つが蓄える魔力量は凡そ三、四射分だ。

 交換する手間を考えると、戦闘時の咄嗟に行使可能な回数には限りがあるが、それでも魔法の扱えない俺にとっては相当に心強い武器となる。


 この三日の間、手持ちの魔石を総ざらいに検証したところ、どうやら風の力を発揮するのは、ローウルフとラフボア、更にグリーンモールの魔石だという事が判明した。

 この三種の魔物であれば生息数も多く単独で討伐する事も可能で、風属性に関しては常用していけそうだという結論に至った。


 一方雷属性はというと、所持する物の中で唯一、ストークスパイダーの魔石がその効力を発揮した。

 先程確認出来たその性能については非常に頼もしいものがあるが、ストークスパイダーの生態は神出鬼没かつ、獲物を絡めとる厄介な糸を吐きだしたり、執念深い性格だったりと、魔石の備蓄を目的として討伐するには効率が悪く、あまり対峙したくない部類の魔物なので常用は難しいだろう。


 ギルドで魔石を購入するという選択もあるが、やはりコスト面を考えると自炊出来る物が好ましく、雷属性については虎の子の一手として、慎重に考えているのが無難だろう。

 


 最終日の夕食は贅沢をする事に決めている。

 俺がどこへ行こうと絶対に離れようとしないリーフルを想うと、こんな殺伐とした"訓練"などに付き合わせているのも忍びなく、せめて食事だけは満足のいく物を用意してあげたい。



「まずはステーキから焼こうかな」


「ホ~……」 

 焚火に熱された鉄板の上に上等な赤身を並べると、良い具合に焼き上がった姿が想像出来そうな心躍る音と共に、食欲のそそられる香ばしい匂いが立ち込める。


「一枚丸ごとだぞ~? はい」

 焼きたてを小さく切り分け、リーフルの前に差し出す。


「ホーホホ! (タベモノ!)」

 両翼を小さく上下させ喜んでいる。


 んぐんぐ──「ホッ……ホ!」

 嘴で摘まみ上げた肉を、上を向き頭を動かしながら飲み込んでゆく。


「やっぱりその食べ方は見てて癒されるな~」


 んぐんぐ──「ホッ……ホ~?」


「うん、グリーンモールも焼いてみるか……」

 収納前に少しだけ切り分けたグリーンモールの肉を取り出し、鉄板の上に並べてみる。


 見た目は豚肉とよく似ている。

 そして熱が入り焼き上がる様子に他の肉との異変は見受けられず、漂ってくる匂いも悪くない。

 

「まさかモグラを食べる時が来るとはなぁ」

 一口大のグリーンモールステーキを口に運ぶ。


「ムッ……ん~……?」


「ホーホホ? (タベモノ?)」


「う~ん? 何かに似てる……」


 んぐんぐ──「ホッ……」

 続きリーフルも口にするが、特に喜びも否定も無いといった様子だ。


「何だっけ……──!」


「──ああっ!! 豆腐! 豆腐の味だこれ!!」

 あっさりとした淡白な味わいに、ほのかに感じる大豆のような野菜の風味。

 動物の肉を口にしたとは思えない、日本的味覚を呼び覚まされるような衝撃を受ける。

 

 沸き上がる疑念を晴らすべくもう一切れ口にしてみる。


「豆そのものっていうより……うん、やっぱり豆腐に似てる……」


「ホーホホ? (タベモノ?)」


「そうだよ、俺の故郷の味だ。日本はご飯が美味しいから、リーフルにも食べさせてあげたいよ」


「ホ~! (イク!)」


「はは、そうだなぁ……」

 

 治安の良い街並みや隅々まで行き届いた快適な交通網、そのまま飲める水道水にコンビニ、さらには高度に発達した医療技術。

 衛生観念の高い日本社会において購入する食材をリーフルに与えるなら、ご飯に関して寄生虫や病原菌等を鑑み神経質になる必要も無いだろう。

 こうして改めて比較すると、人間が生活するには日本ほど快適な環境はないと言える。

 

 だが不思議と恨めしさやもどかしさといった感情は湧いてこない。


 学生時代には毎日のように一緒に居た友人とも、就職を機にぱったりと疎遠に。

 毎回食い入るように見ていた漫画も、休載が連続したタイミングでいつの間にか続きを追わなくなったりと、愛着というものは時間の経過と共に薄れゆくものだ。

 なのでこの世界ですっかり冒険者をやっている今では、日本に対する帰属意識はもうそれ程ありはしないが『食』だけは忘れる事が出来ないだろう。

  

 控えめな主張でうま味もそれ程無く、醤油やショウガといった薬味が欲しくもなる食材だが、やはり豆腐は良い。

 口にする物体は肉なのに味は豆腐と言ういびつさはあれど、日本食の一つとこんな形で出会えるとは、非常に嬉しい限りだ。

 見た目は肉そのものなので、味付けの調整は必要だろうがシチューやスープ等に入れてもなんら不自然では無いし、シシリーに不審がられることも無いだろう。


 今回の訓練で得たもので一番の喜びが"豆腐"だというのは些か奇妙な事ではあるが、食事の充実は人生を彩る重要な要素の一つだ。

 自分の食事に関しては無頓着であったが、"楽しみ"の一つとして、これからは少しばかりこだわってみてもいいかもしれない。 

 


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