99話 土産は一方通行
「何せ前例が無いもんだから、少し時間貰うわよ」
「ええ、ありがとうございます」
「ふんっ! いよいよあいつまで抱き込んじゃって、これもキャシーの作戦の内ってわけ?」
「仰る意味がよく分かりませんが、企みなんて何も無いですよ?」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
「うん、エドワードさんは仲間だね。フライアさんは……」
「なによ、私だってあんたの事欲しいんだから。仲間よ、仲間」
素っ気無い言葉でそう言いながらも、手を止める事無く次々に必要書類を処理し、勘定を済ませている。
(有能なのは間違いないんだろうけどなぁ)
フライアの意識は何かにつけキャシーに向いているが、所謂ライバルというものだろうか。
失礼な推察ではあるが、コンプレックスを抱いている事は確実で『あんたが欲しい』というのも、恐らくその延長上の話なのだろう。
想定外のハプニングが様々巻き起こった今回の旅行だったが、そろそろサウドへと戻る頃合いなので、俺は帰り支度を済ませる為にセンスバーチ支部で手続きをしている。
サウドへの定期便の物資は既に整い、残すはプルグロスの件を済ませるのみ。
ステラやエドワードといった新たな知人──仲間が出来、その点では名残惜しさを感じるが、食料の蓄えがそろそろ危ういし、期待外れの部分も多かったので、早くサウドへ戻りたいとも思っている。
主な目的であった弓の調達は期待以上の性能でもって、念願叶った訳だが、ご飯やお風呂、物価高等、肌に合わないと感じる要因のせいで、今回の旅行は心置きなく楽しめたかと考えると、正直微妙なところだ。
それに、もう一つの目的であるリーフルの肩当は、結局見繕う事が出来ないでいる。
サウドと比べ加工できそうな生地類は総じて相場が高く、そもそも『動物を肩に乗せる為の保護装備』という概念が無いらしく、完成品自体も見つける事が出来なかったのだ。
その反面、ロングが故郷に錦を飾る事が出来たのは、俺も自分の事のように仕合わせに感じられる。
激闘を終え、村で開かれた催しの際には『村に戻り村長を継いでくれ』と、ミーロに請われていたが、本人は毛ほども興味が無いらしく『父ちゃんはスパイクの面倒を見て欲しい』と、村を慮った返事をしていた。
やはりロングはよく出来た男だと、尊敬の念を覚える親子のやり取りに、俺も少しうら寂しく思ったものだ。
「馬車の準備は終わった。いつでもいける」
ガリウスが報告にやって来た。
「ありがとうございます」
「お待たせ致しました。こちらが報酬となります」
フライアが硬貨の詰まった袋を取り出す。
「うわぁ……大金ですね」
「何分稀有な事象でございましたし、討伐難易度も相当に困難で、尚且つプルグロスは内地では高く流通されますので、妥当な金額かと存じますわ」
ガリウスが見ているせいか、本性は形を潜め、優雅な所作と口調で話している。
「チッ……こんな化け物まで倒しちゃうなんて」
ガリウスには聞こえない程度の声量で呟いている。
(じゃあ俺にも隠してくれたらいいのになぁ)
若干のやるせなさを抱きつつ袋を確認する。
ざっと計算したところ金貨三十枚相当が袋に詰まっており、突発的なクエストにしてはかなりの報酬となった。
プルグロスがかなりの強敵だった事は身をもって体験している。
実際、ベテラン冒険者であるビビットが居なければ、手も足も出ずに終わっていたし、ステラの献身が無ければ、二人は命を落としていた可能性がある。
さらに言えば、エドワードが参戦してくれていなければジリ貧となり、到底討伐までは至らなかっただろう。
戦闘における実力で言えば、俺とロングは同程度、もしくは種族の差を考慮すればロングの方が少し頼もしいと思われる。
そんな俺達の実力では絶対に不可能だった魔物、プルグロスを相手取れたのも、全ては皆の力があっての事。
やはり冒険者は互いの信頼──助けがあっての職業と言えるだろう。
「後でエドワードさんとステラさんにお願いします」
半額の金貨十五枚をフライアへと差し出す。
「はい、お預かり致しますわ……──あら? 少々過分にお見受け致しますが」
「ええ、構いません。全権を任されているので」
「チッ──そういうところが……」
険しい顔付きに急変し、また呟いている。
「もしかしてあいつ、何か工作して手元に集めて……」
例の如く自分の世界に没入し、ぶつぶつと問答を初めてしまった。
「見てなさいよ……こっちだって方々スカウトして……」
「あのぉ……もう手続きは終わりましたか……?」
「ハッ!──」
「──え、ええ! これで手続きは終了でございますわ。またのご利用をお待ちしております」
「あ、ありがとうございました……」 「ホ~」
「絶対にセンスバーチが勝つんだから……」
(むぅ……気になる。帰ってキャシーさんに事情を聞いてみよう……)
◇
「帰りの定期便と言っても、こうがらんとしてちゃ、やっぱり乗合馬車にしか見えないねぇ」
「またあの虫が出るかもしれないっすから、ヤマトさんは自分が守るっすよ!」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
「もちろんリーフルちゃんも守るっす!」
「ホ~!」
「ヤマトさん、ロングの事をどうぞよろしくお願い致します。頼もしい兄弟が居てくれて、私としては心強い限りでございます」
見送りにやって来てくれているミーロが深々と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。ロングは頼りになりますので」
「ロング、皆さんのご迷惑にならないよう、そしてギルドを尋ねる人達に報いれるよう、しっかり勤めを果たすんだよ」
ロングの頭を優しく撫で、誇りと寂しさの入り混じる、慈悲深い笑顔で語り掛ける。
「うん! 父ちゃんも元気でね。 また帰ってくるから!」
ロングも尻尾を振り、元気よく親心に応えている。
「ステラさん、またね。ステラさんならきっと冒険者になれるよ」
「そうだね。その度胸を武器に、頑張るんだよ!」
「ありがとう二人共」
「自分ももっと訓練するから、ステラも頑張ってね」
「ロン君もね。じゃ、じゃあね!」
言葉少なにそう言い残し走り去る。
「ん? なんだろう……」
「はぁ……ヤマト? 涙を見せまいとする女の意地だよ、あれは。察してやんな」
「な、なるほど」
「ヤマト君! 少しばかりの別れとなるが、このエドワード! 君達を迎え入れる準備は抜かりなく進めておく故、安心して帰路についてくれたまえ!」
「あ、はぁ……」
「パートナーとの再会を誓い合う感動の別れ……! 夕陽が差していない情景はちと物足りないが、舞台とは違いこれは現実! むしろ真実味が増し、説得力があるというものだっ!」
「やっぱり派手っすね……」
ロングが小声で耳打ちしてくる。
「当分見られないのも寂しい……かもね?」 「ホホーホ(ナカマ)」
「来たる再会に備え、互いに切磋──む?」
『──今あのお方の麗しいお声が聞こえなった!?』 『うそっ!? どこよ!』 『あんた、お会いしたい想いが強すぎてとうとう幻聴まで……』
道行く人々がにわかにざわめき立つ。
「──ハッ! 皆こっちよ! エドワード様がいらっしゃるわ!!」
エドワードに気付いた女性達で馬車の周辺に囲いが形成されてゆく。
「キャーッ! エドワード様~!」 「今日もお美しくていらっしゃるわ~!」 「誰かしらあの女。新しく雇い入れたエドワード様の盾……?」
(うわ……まずいなこれ)
「すまないね。後は任せてくれ……」
エドワードがこっそりと俺に呟く。
「──親愛なるエドガード諸君! ここで出会ったのも神のご意思……ならば! 先日僕達が討伐せしめたステージに付いて、この白美自ら語ってしんぜようではいかっ!」
派手な口上と共に、拳を突き上げるポーズを取る。
「キャーッ! 新しい舞台のお話をエドワード様ご自身のお口から!?」 「誰か! 纏めるのよ! 一言一句漏らさないように!」
派手な口上に興奮するファン達を引き連れ、エドワードは街の中心へと消えていった。
「ありゃ、礼を言いそびれちまったよ」
「大丈夫ですよ。エドワードさんは良く出来た御仁なので」
「そろそろ出る」 「ブフンッ!」
ガリウスの呼びかけに応え、バルが脚をひとかきする。
「それではお元気で」
「世話んなったね」
「父ちゃん、これ、ありがとね」
「皆様どうぞロングを宜しくお願い致します。ロング、しっかりな!」
俺達を乗せた馬車は、一路サウドへ向けゆっくりと動き出す。
◇
徐行に務めるバルの曳く馬車は、ギルド通りを過ぎ、守衛の構える街の入り口を抜け、ニコ村へと続く街道を進み行く。
「どうだった? 初めてのセンスバーチは」
「何だか目まぐるしかったですね」
「ホ~……」
心境を同じくするリーフルも、やれやれといった様子で呟いている。
「エドワードさん、良い人でよかったっすね?」
「ちょっと派手だけど、元気が貰える人だよね」
「実力の方もかなりのものがありそうだし、ありゃ人気があって当然だねぇ」
「自分もあのポーズを取れば強くなれますかね!?」
ロングがエドワードの決めポーズを真似ている。
「いやぁ……あんたには似合わないよ」
想像を働かせるビビットが、訝しむ表情を浮かべる。
雑談の最中、ふいに木材が何かにぶつかったような音に気付く。
「──ん? 樽……? 追加の物資でしょうか?」
「いや? あたしは知らないよ」
「中身は何なんすかね……」
ロングが樽に近付き中を検めようとする──。
「──ってうわっ!!」
蓋を開け、中を覗き込んだロングが驚き、後ろに飛びのく。
「えへへ……ばれちゃった」
「ステラ!?」
「ステラさん!?」
少し気まずそうな表情を浮かべるステラが、樽の中から姿を現わせた。
「ちょっ──何してるんだよステラ!」
「だって……もう待ってるだけなのは嫌だし……」
「何言ってるんだよ! サウドはセンスバーチよりずっと危険なんだよ?!」
「そ、そうだね。仕事もすぐに見つかるか分からないし……」
「今なら間に合うから! すみませんガリウスさん! センスバーチまで──」
「──はっはっは!」
突然ビビットが大笑いをあげる。
「ちょっとビビットさん! 笑いごとじゃないっすよ!」
事の重大さを考えるロングが、珍しく語気を強め、ビビットに詰め寄っている。
「いいねぇ! あんたホント肝が据わってるよ!」
「だからって……」
「ロング、ヤマト、心配要らないさ。そういう事なら、このあたしが面倒見てやろうじゃないか!」
拳で胸を叩き、堂々と宣言する。
「ホント!? ありがとうビビットさん!」
樽からよじ出ると、狭い馬車内で飛び跳ねて喜んでいる。
「いいんですか? その……ライバルとしては……」
二人に悟られぬようビビットに耳打ちする。
「それとこれとは話が別さ。ステラには可能性を感じたんだ、冒険者としてのね」
そう答えるビビットの表情は女性のものではなく、ベテラン冒険者然とした逞しい表情をしている。
「今日からあんたはあたしの弟子だ。しっかり叩き込んでやるから、覚悟しなよ!」
「はい! お師匠様!」
背筋を張り、気を付けの姿勢で応えている。
「ちょっとステラ! ビビットさんも!」
「まぁまぁロング、仕方ないよ。 パワフルな女性達を御しきれるほど、俺達は強くない。うん」
「もう! ヤマトさんまで~!」
「ホ~? (ワカラナイ)」
こうして初めての旅行は、新装備や臨時収入、思い出や新たな仲間を得て、無事の結末を迎えたのであった。