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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
2-7 Close to You
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98話 熱波の告白 3


(家……か)

 なんとも俺のようなさして取り柄のない冒険者に、随分と気前の良い提案をしてくれるものだ。

 家賃(宿代)の負担が無くなるというのはかなり大きいし、給料まで。


「自分も一緒に……本当に自分なんかも一緒にいいんですか……?」

 ロングが遠慮がちに細々とエドワードに尋ねている。


「何を言う。昨日の君の活躍に、僕は痛く感銘を受けたのだよ。ロング君のその清々しい心根は、この白美(プリスティン)と並び立つべき素晴らしいものだと感じるよ」


「あ、ありがとうございます……ヤマトさん、かなりの好条件っすね?」


「うん、そうだね……」

 リーフルの事を想えば、エドワードの言うように安全性も高く、約束されたお金も手に出来るとなると、相当に魅力的な提案であることは間違いない。

 加えて『ロングも一緒に』と言ってくれている事で、寂しさや心細さといった、精神的な負担が少ない事も大きい。

 俺の現状と誘いの内容を考慮すれば、一も二も無く前のめりに、むしろこちらから願い出てもおかしくない条件だと思う。


 詳細について考えてみると、エドワードの要望を嚙み砕いて理解するなら、恐らく俺達三人でパーティーを組み、有名冒険者(アイドル)として観衆の前に立つ事を余儀なくされる、という事なのだろう。

 だがそれには対価を支払うという話なので、おいしい役回りだとも言えるが、そうなると俺達には当然従事する義務が発生し、簡単に離脱する事は叶わなくなるだろう。

 となれば、稀有な存在であるリーフルの危険が増すこととなるし、俺も人前に立ち、何かを演じるといった柄では無いので、見返りとして十分かと言うと微妙なところか。


「どうだろうか? ヤマト君。他にも何か至らぬ点があるなら、遠慮無く話してくれ」


「……」

 リーフルを見つめ頭を撫でる。


 ──んぐんぐ「ホーホ? (ヤマト?)」


(サウド……当たり前過ぎて考えた事無かったな……)


 そもそも俺がサウドで暮らしている根本的な理由。

 それは、転移した先がたまたまサウド近郊だったからにすぎない。

 何も持たない俺に師匠が仕事を斡旋してくれ、住処を確保し、細々と手の届く範囲のクエストをこなし、と言わば『成り行き』以外の何物でもない。


(リーフルの幸せ……俺がすべき事……)

 エドワードの心情は理解できるし、同情も感じる。

 それに、こんなにも魅力溢れる提案だというのに、何故だろうか……。


 心躍ることも無く何処か現実味が感じられず、ただ漫然と、知人達がそぞろ歩くサウドの街並みや、定宿であるカレン亭の外観が脳裏に浮かぶ。

 

 成り行きで身を寄せた街ではあるが、今となっては心の置けない仲間も出来、野良達の面倒を見る楽しみもあれば、限定的ではあるが頼りにされているという自覚もある。

 そんなかけがえのない温もりは、がらんどうだった俺自身が築き上げた、この世界における歴史そのもの。

 

「ヤマトさん。自分はどこまでもお供します。ヤマトさんの想い──リーフルちゃんを優先するのがいいと思うっす」

 静かに俺の様子を伺っていたロングは全てを察し、一助となる提案をしてくれる。


「…………」

 

「うん……エドワードさん、センスバーチは流通の拠点ですし、市民以外の活動も盛んですよね?」


「まさに素晴らしい慧眼だ。そう、すなわちアンション国内全域に、我々の評判を広く喧伝出来る場所でもあると言えるね」

 エドワードは俺の問いに対し、あくまでも前向きな解釈でもって答える。


「……」


「なぁリーフル、後で露店通りに行こうか?」


「ホゥ……(イラナイ)」

 

「……はは、そかそか」

 リーフルの頭を撫でる。


「すみませんエドワードさん。やっぱりお受けできません」


「なっ、何故だい!?──そ、そうか! 賢明な君の事だ、給料についての具体的な──」


「──いえ、そうではなく……リーフルが喜ばないからです」


「リーフル君……?」


「俺、今回(第二の人生)はリーフルの為に生きるって決めてるんです。だから、リーフルがご飯を楽しめないこの街には住めません」


「ホーホ (ヤマト)」

 膝の上のリーフルが、伏せる姿勢で俺の顔を見上げ呟く。 


「──くふふ! リーフルちゃんはグルメっすからね!」


「ホ~? (ワカラナイ)」



「……フッ──フハハハッ! いやぁ、本当に君には驚かされてばかりだよ」


「なるほど、理解した! 君は大切な者の為であれば、容赦無く他を振り切れる強靭な精神の持ち主なのだね! まったく素晴らしい!」


「いえ、あの……折角のお誘いをすみません」

 何やら過大に評価をしてくれているが、リーフルが首を縦に振らない以上、俺としては決断するに十分な理由となるだけの事だ。


「いやいや! ますます気に入ってしまったよ! やはり僕は君に憧れる──偉大なる道標()よ!」

 何故かエドワードが今日一番の声を張り上げ盛り上がっている。


「えぇ……? 怖いぐらいっすね……」

 ロングが小声で耳打ちする。


「そ、そうだね……」

 驚く程の前向きな性格と言うべきか、確固たるキャラクターの持ち主だと言うべきか、誘いを断られたとはとても思えない明るさだ。


「そういう事であればこのエドワード! センスバーチにおける食文化の発展に尽くすのみ! 君達が住み良い街になるよう、ミント商会の全力をもって味の向上に努めようではないか! はっはっはっ!」

 拳で胸を打ち、まるで舞台上での振る舞いのように大仰な笑いをあげている。 


「あ、いえ、そういう話でも……」 「ホーホホ? (タベモノ?)」

 

「ありがたい……っすね?」 



「まぁ僕も少々事を急ぎ過ぎたようだし、今回は大人しく引き下がろう。だがいずれ! この白美(プリスティン)と対を成す艶鴉(プロノワール)として、共に観客を沸かせようではないか!」


(あ、諦めはしないのか……)


  

 エドワードの振る舞いには今でも若干の戸惑いを覚えるが、同業者として勇気づけられる出会いだった。

 有名冒険者(アイドル)を演じる事で、間接的に街に貢献するという仕事ぶりは、サウドには見られない珍しいタイプだ。


 実際、エドワードの境遇には同情する。

 誰だって冒険者である事を望んだ者には、満たしたい冒険心もあれば、未知への憧れはあるだろう。

 なので事情の外の所属外で、自由に行動している俺やロングの事が眩しく映るのも理解できる。

 通常であれば敵対心も生まれそうなところを、何の取り柄も無い俺を参考にしたいと言い、目も覚めるような条件を提示したりと、己の不憫をうたうよりも向上しようとするその器の大きさは、まさに賞賛されるべきものだ。


 だが申し訳ないが、俺にとってはリーフルと比べれば些細な事。

 リーフルにとっての一番良い環境を整え、健やかなる成長の手助けをする事こそが俺の人生なのだ。

 

 センスバーチが安全で、魔物の脅威が少ない事は、リーフルと俺にとっては過ごしやすい環境なのかもしれない。

 しかしそれでは、真にリーフルを守り切る実力をつけるには及ばない環境だとも言える。

 それに愛着があり、故郷にも感じるサウドを去るイメージもまるで湧いてこない。

 そう思うと今まで自覚は無かったが、俺は案外、ホーム(サウド支部)というものに誇りを持っているようだ。

  

 俺の暮らす場所(ステージ)は辺境都市サウド。

 今回の告白(スカウト)は、すっかり自分が"冒険者"なのだと改めて認識させられるものだった。

 

 

 

 

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