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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
2-7 Close to You
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97話 抗えぬ現実


ロングの肩を借り、この美しいオット湖の景観を損ねる討伐した証を収納してゆく。

 

「お互い今度ばかりは危なかったね」


「自分とヤマトさんなら、絶対に勝てるって信じてたっすから」

 自分も精一杯だろうに、俺の体重を半分受け持ちつつ、一点の曇りも無い信頼の宿る瞳でそう話す。


「……はは、ありがとな」

 むず痒いながら満ち足りた、万感の思いを抱きつつ皆が集まるビビットの下へゆっくりと歩み寄る。



「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ

 リーフルが定位置の右肩へと舞い戻る。

 これまでの不安を体現しているかのように、俺の顔に全体重を預け密着している。


「ありがとなリーフル……」

 片手でそっと抱き寄せる。


「やったね、あんたたち」

 未だ疲労の色が濃いビビットが、手を地面につき上体を支えながら座り、誇らしげな表情をしている。


「なんと感動的なクライマックスだ……! 空想の脚本では成し得ぬ唯一無二の結末……途中参加の身ではあるが、実に素晴らしい演目だった!」

 拳を突き上げその場で一回転、黄金のポニーテールが翻る。


「アハハ……助かりました。エドワードさんが駆けつけてくれてなければどうなっていた事か」


「フッ……メイン自らの称賛の言葉、助演冥利に尽きるというもの」

 エドワードが手を差し出す。


「本当にありがとうございました」

 エドワードの手を握り返し、互いの功績を称えあう。


(──ん? なんだ……?)

 別れた俺の手の内に、何やらメモ書きのような物が残されていた。


「ロン君……うぅぅ~……」

 緊張の糸がほぐれた影響か、それとも無事を確認した安心感か、ステラが零れる雫を拭いながらロングの腕を遠慮がちに引いている。


「ステラさんありがとね、二人を守ってくれて」


「まったく……大盾を担いで走り出した時には、心臓が止まるかと思ったよ」


「自分でも驚いたわ……気が付いた時には勝手に走り出しちゃってて。ふふ」


「感謝しなよロング。急に詠唱を始めたかと思ったら自分に補助魔法をかけて、あたしの大盾を担ぎ上げて……」

 ビビットが自分の目にした感動を皆に共有しようと、身振り手振りを交えながら話している。


(そうか、補助魔法だったんだ)

 例えばビビットの大盾も、未知の緑翼のロットの大盾も、それぞれ盾役(タンク)が装備している"大盾"と呼ばれるものは、かなりの重量を誇り、平均的な男性程度の筋力では、担ぎ上げ、自在に取り廻す事は難しい代物だ。

 それを身体の小さいイタチ族であるステラが、何故持ち運べたのか疑問ではあったのだが、タネが分かれば単純な話か。

 なんにせよあの絶体絶命の状況下で、機転を利かせ、しっかりと間に合わせられるセンスは、ステラの有能ぶりを示す事象だったように思う。


(ロングを恋想う二人の力が合わさり起こった奇跡か……)

 芝居掛かった立ち振る舞いを見せるエドワードに触発された影響か、柄にも無くそんな風な解釈が浮かび上がる。



「スパイク様!」


「スパイク様大丈夫ですか!?」

 取り巻きの二人がスパイクに駆け寄り心配そうにしている。


 スパイクがばつの悪そうな表情を浮かべ、ロングの下へやってくる。


「スパイク……無事でよかった」

 ロングがスパイクに微笑みかける。


「うるせえ! 余計な事すんじゃねえよ!!」

 大声を張り上げ肩を怒らせている。


「…………」

 開口一番の礼を失する発言に、この場に居合わせる全員が閉口し不穏な空気が漂う。


「あ、あんなやつ俺一人で……お前の助けなんていらなかったんだ!」


「そもそも俺の村で部外者が好き勝手しやがって! 頼んでもねえのに余計な──」


「いい加減にしろ!!」

 ──詰め寄り頬を殴りつける。

 バランスを崩したスパイクが尻もちをつく。


「「──!!」」

 俺の突然の行動に驚きを隠せない様子の獣人組。


「──ってぇ……なにすんだ!」


「スパイク! 自分とロングをよく見比べて見ろ!!」

 怪我一つ負っていないスパイクに対し、衣服は破れ全身あざだらけで、疲労困憊の様子のロング。

 見るも明らかな傍若無人な振る舞いに、もう黙ってはいられなくなった。


「どれだけ威勢のいいことを言おうとこれが現実だ! いいか、今の君は、例え戦場に出ても傷の一つすら負えない程度の人間なんだよ。うちのロングをこれ以上馬鹿にするんじゃない!」

 

「──!」

 身に覚えのある指摘だったのだろう、スパイクの頬が引きつり、二の句を発する事が出来ないでいる。


 俺は深く一呼吸置き、淡々と話を続ける。

 

「あのなスパイク……あの暗闇の中、君を守り切ったロングの姿を見てもまだ、残念君だと──過去のロングにすがるのか?」

 スパイクが偉ぶれる要因の一つは、至らなかった頃のロングが比較対象にあればこそだ。

 守られた当の本人がその事実を理解できないはずはない。

 小さな小さなプライド、その一点が己の体たらくぶりを包み隠してくれる部分なのは理解できるが、こちらにも我慢の限度というものがある。


「い、一般人に冒険者が手を上げるなんて! な、なぁ、エドワードさん。ホームのあんたからも何か言ってくれよ」

 今度はエドワードにすがりつく様に訴えかけている。

 

「ああ。通常、冒険者が一般人に手を上げると、規定により罰則が科せられるが……」


「そ、そうだよな、へへっ! ざまぁないぜ!」


「まぁ待ちたまえよ。先に教えて欲しいのだが、君は一般人でいいんだね?」


「そうだよ! 俺は冒険者じゃねえ!」


「ならば先程の『一人で倒せた』云々という旨の発言は、どういう意味なのかな?」


「お、俺が真の実力を発揮できればあんな──」


「──あぁ、もう結構。ならば君を統治官の下へ連行せねばなるまいな」


「なっ!? 何でそうなるんだよ! 殴られたのは俺の方だぞ!」


「何故ならば君のその蛮勇は、冒険者に対する妨害行為に該当するからだよ。例え一般人であろうと、適応される規定は存在する。まさか自分の事をいっぱしの漢であると豪語する君が、その事を知らないはずは無いと思うのだが?」


「なんだよそれ! 俺は……俺も村を守ろうと……!」


「それに先程のヤマト君の行動。あれは冒険者による凶行などではなく『教育的指導』というものだよ」


「そんなの詭弁だろ! お前らも何か言えよ!」

 取り巻きの二人に対し、スパイクが自身を弁護するよう求めている。


「「……」」

 スパイクよりは多少分別がつくのだろう。

 二人は応える事無く押し黙り、顔を伏せている。


「なんだよお前らまで……なんで誰もわかってくれねえんだよ……!」

 両手の拳を握り、怒りに身を震わせている。


「スパイク……確かに自分は、村に居た頃はダメダメだった──ううん、今でもその自覚はあるよ」


「スパイクは運動神経もいいし要領もいい。多分真剣になれば自分なんかより、もっと活躍出来ると思うんだ」


「お前に言われなくたって……」


「もう自分の事は忘れてよ。スパイクはスパイクの人生を生きなきゃ……」


「……」


「ロングの言う通りだ」

 静観していたミーロが口を開く。


「我が息子だからと贔屓する気は毛頭ないが、スパイク、お前も見ただろう? "冒険者ロング"の勇敢さは」


「くっ……」


「ああ、分かるよ。悔しいな? 恥ずかしいな? だがそれは、自らの行いが自らに跳ね返ってきているだけの事。今受け入れないと、本当に取り返しがつかなくなるんだよ?」

 ミーロは努めて穏やかな口調で、優しい眼差しをもってスパイクに問いかける。


「お、俺は……」


「スパイク、村を守ろうと飛び出した君の勇気は、皆にちゃんと伝わってる。その勇気を自分の為に使えれば、本当の意味で尊敬される、村一番の勇士になる事だって出来ると思うんだ」


「ヤマトさんの言う通りっす。スパイクなら出来るよきっと」


「俺は……」

 話を聞き終えると、先程までの殺気立つ身の震えはなりを潜め、悲しそうな表情を浮かべ、俺達に背を向け村に帰って行ってしまった。



「……大丈夫かねぇあの子」


「スパイクの事は私にお任せください。今度こそ導いてみせます……」

 ミーロがロングを見つめながら、悲しそうに呟く。


「ありがとうございましたエドワードさん。ホームの方の言葉は真に迫りますので」


「フッ──なんの。時にじゃじゃ馬には、厳しい鞭が必要な時もあると判断したまでの事」

 罰則や統治官云々等、あくまでも気を落ち着かせる為のちょっとした脅しの言葉に過ぎない。

 ここに居る誰もがそこまでするつもりはなかったろうし、そんな事をしても誰も幸せにはならないだろう。


 俺としては世間知らずの子供を改心させようとか、説教を施そうとか、そういった想いも無く、ただ怒りに任せ殴りつけただけなのだが、心優しい人達がこの場に居てくれてよかった。

 

「では皆さん。僕は先にギルドへと戻り、事の詳細を報告しておく事にするよ。皆さんは村でゆっくり休まれた後、戻られるといい」


「助かります」


「あんたには後で礼をしなきゃね。あたしの仲間を守ってくれてありがとうね」


「ロン君達を守ってくれて、ありがとうございました!」


「助かりました! 後でお話ししたいっす!」


「フッ!──同志たちよ! これ程清々しいステージも久しかったぞ! ではまた会おう!」

 エドワードお得意の拳を突き上げるポーズを一つ取ると、御付きの男性と共に、颯爽と立ち去っていった。

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