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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
2-7 Close to You
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96話 湖の怪異 6


 未だ少し霞む視界は、プルグロスの発光によるものか、はたまた、エドワードの纏う純白の鎧が照り返す、眩い自信に満ちたオーラによるものか。

 なんにせよ、間一髪の所を救われた事に変わりは無いので、感謝を述べるべきだろう。


「助かりましたエドワードさん。ありがとうございます」


「フッ……どうやらこのステージのメイン(主演)は君のようだからね。メインが不在では演目は成り立たない。僕は自分の出代を確保したいだけさ」


「アハハ……でもどうしてここへ?」

 

「当然、監督(ギルド)からの出演依頼を受け、はせ参じたのだよ!」

 まるで観客の前、舞台上で、演技でも披露しているかのように、キャシーをも上回る程の大仰なポーズを取りながら、堂々と語っている。


(依頼が……? でも何で……あっ!)

 ふいにこの村にやってきた時の事を思い出す。

 

 そういえば平原での弓の試射を終え、オット村へ向かおうと歩み出した時、俺達と入れ違いにセンスバーチへと走る男性の姿を目撃した。

 恐らく湖の異変に気付いたあの男性が、大事に至る前に調査の依頼をする為、ギルドへと駆けたのだろう。


「という事はご協力──いえ。すみませんが加勢いただけますでしょうか。あれ(プルグロス)は何としても退治しないといけないんです」


「無論だ。この地は僕のホーム。あのような醜悪な魔物をのさばらせているとあっては、この白美(プリスティン)の名折れとなろう」

 プルグロスを睨みつけ、後頭部に一本に束ねた輝くブロンドの髪をかき上げながら、共闘を約束してくれる。

 

()()()()。お前は下がっていろ」

 エドワードが前を見据えながら、男性に指示を出している。


(え……?)

 視野が狭まっている影響なのか、彼の優れた隠遁技術によるものなのか、至近距離にいるにも関わらず、エドワードの後ろに控える男性に気が付かなかった。


「はい。坊ちゃん」

 男性はそう簡潔に答えると、俺達から距離を取り、どうやら傍観に回るようだ。

 

「あの、あの方は……?」


「あぁ、気にしないでくれ。それよりもヤマト君、軽く奴についてご教示願えるかな?」


「え、ええ」

 これまでの戦闘を踏まえた俺の持ち得る情報をエドワードに共有する。

 


「なるほど……では本体へと接近し魔石を砕かぬ限り、あのように再生し続けるという事だね」

 エドワードが視線で示す先に俺も目を向ける。


「えっ?──なっ?! いつの間に……」

 これまで皆で必死に減らしてきた脚が、少しの間を置いただけで再生してしまっていた。

 しっかりとした四本の脚が、こちらを威嚇しているかのように、地面を打ち鳴らしながら本体近くで変則的な動きを見せている。


「どうやら幕間の風情は、下等なゲテモノである奴には理解出来ないようだ」

 

「ですね。詳細に打ち合わせる時間は無さそうです」

 納刀し長弓を取り出す。

 

エチュード(即興劇)は僕の得意とするところ。メインは君だ、君の立ち回りに合わせてみせるさ」


「はい。ではなるべく接近戦は避け、攻撃魔法と弓を軸に攻めましょう。脚の数を減らせた後、本体へと迫り止めを刺します」


「心得た。ではいざ参ろうかっ!──」

 ──派手な動作と共にエドワードが詠唱を始める。


 俺はエドワードの前に躍り出るとともに、魔石のはまっていない長弓に持ち替え、プルグロスの狡猾な目をかく乱する為、相手を追い越すように矢を放ってゆく。


 大きな目玉は不気味に回転しながら矢の軌跡を追っている。

 

 しかし妙に頭の切れるプルグロスは、飛来する矢に構う事無く、その鎮静を解き、二本の脚を伸ばしながらこちらへと振りかぶる。


「フッ……せっかちな奴めっ──ライトニング!」

 エドワードがかざす手元から稲光が走る。


 感電した脚は痙攣を起こし、こちらへと伸びる事無く静止している。


(中心に!)

 弓をコンポジットボウに持ち替え、静止する脚の中心を狙いすましマジックアローを放つ。


 風を纏った矢は中心を貫通、魔法的な刃によって脚が切断される。


 もう一本の脚が、立ち並ぶこの場に振り下ろされる──。


 ──迫るもう一本の脚を左右に飛びのき回避、すかさずエドワードが抜刀し剣を振り下ろす。


「ムッ! 意外にやるっ……!」

 両断しきれなかった事に少々驚いている様子だが、残心し素早い判断で剣を引き抜き後ろに飛びのく。


 間髪入れずにエドワードの開いた切り口へと俺もロングソードを振り下ろす。


 見事両断に成功し、切断された脚が水気を含んだ不快な音を立て、体液をまき散らしながらのたうっている。



「──おぉ! ヤマト君! すごいな君は!」


「えっ。いえ……エドワードさんこそ、魔法も剣もだなんて恐れ入ります」


「フッ──観客の需要に応えるべく鍛錬していたらいつの間にか、ね」


(エドワードさん……俳優業でもやってるのかな?)

 彼の決めポーズとでも表現すればいいのか、拳を突き上げ天を仰ぎ、自信に満ちた表情をしている。


「そうですか……でもやりましたね。残すは二本、新たに再生されてしまう前に叩きましょう」


「メインを引き立てる純白の鎧を着た助演(スーパーサブ)。何とよい経験だっ!」

 俺の言葉を聞いていない訳では無いだろうが、またも身を翻しながら高らかに語っている。


「そ、そうですね、ハハ……」


(ちょっとやりにくいけど、冒険者としての実力は確かなようだし、本当に助かるな)

 エドワードの加勢も非常に有り難いが、マジックアローの威力も想像以上だった。

 しかし備わる魔石の輝きが鈍くなっている。

 恐らくマジックアローを打てるのは後一射限り。

 先程は、恐らくだがリーフルの導きによって、風属性を発揮する魔石を引き当てたにすぎず、現状はこれが最後の魔法矢となるだろう。

 

(いよいよこちらの頼りは剣だけか……エドワードさんの魔法は強力だけど、魔力にも限界があるし……)


 次の手を思案していた矢先、プルグロスが墨を吐きだし、辺り一帯が暗闇に覆われてゆく──。


(──くっ! 同じ轍は踏まない!)

 惜しんでいる暇は無いと判断し、本体目掛け最後のマジックアローを放つ。


 矢は墨を巻き込みながら猛進、本体の一部を抉り取りながら彼方へと飛び去った。


(脚は──なっ!?)


 墨に紛れ、こちらを狙い来るものと推測していた脚が、予想に反しロングとスパイクの居る地点目掛け振り下ろされる瞬間を目にする。

 このままでは疲労困憊で動く事の出来ないロングと、恐怖に打ち震え身をかがめているスパイクに直撃は免れない。

 

「ロング!!」 

 通常の弓では然程効果が無い事を身に染みているおかげか、思考よりも先に己の足がロング達を目掛け走らせる。


「卑劣なっ!!」

 エドワードも瞬時に詠唱を始める。


(間に合ってくれっ!!──)

 他人事のように自分の足に救世主の有り様を願う事しか出来ない。

 

 だが無情にも、情け容赦ない一撃が二人の頭上から降り掛かる──。



 ──轟音と共に土煙が舞いあがり視界が遮られる。



「そんな…………ロング!!」

 



 己の叫びが周囲に溶け込み静寂が場を支配した後、土煙が晴れると同時に、飛び込んできた光景に俺は打ち震えた。


 

「~~っ!!」


「ビビ──ステラさん!?」


「うぅぅ~……手が痺れてる……」

 何とステラが大盾で二人を守ってくれていたのだ。


「助かった! このまま──!!」

 安堵感から一転、ステラの献身に勇気づけられ、大盾に張り付く脚目掛け距離を詰める。


 だが脚は大盾を放しこちらから遠ざかるように収縮してゆく。


「逃がさんよ!──ライトニング!」

 エドワードから雷の閃光が走る。


 感電した縮む脚がその動きを止め、隙を晒している。


 接近し、少しでも深手を負わせるべく、勢いそのままに飛び上がり、真上から剣を振り下ろす。


『ホーホ!!(ヤマト!!)』

 突如脳内にリーフルの声が響き渡る。

 

 声がすると同時に刀身が青白く発光する。


 真下に振り下ろした刀身から斬撃が同時に発せられる──。


 鋭い斬撃の音。


 ──脚が両断され、地面に鋭利な斬撃の跡が形成される。


(またリーフルが……!)

 伏せるビビットの下へ目を向けると、リーフルが翼を広げ、まるで庇い立つようにビビットに寄り添っていた。


 いくら勢いを乗せ飛び上がり、位置エネルギーをも利用しようと、恐らく俺の腕では両断する事は叶わなかっただろう。

 あれは紛れもなくリーフル──神力による斬撃だ。


「なんと……さすがメイン(主演)だ! 君も魔法を使えたのだね!」

 

「あぁ~……えっと……」


「いやいや、分かっている。このタイミング……エピローグを盛り上げる為の、君の奥の手なんだろう? だったら僕はこれ以上無粋に詮索する事はすまいよ。はっはっはっ!」


「は、はあ……」

 慣れれば戦闘中における良いリラックスの材料になるのではないかと思えて、なんだかエドワードに親近感を感じる……ような気がする。


「残す脚は一本のみ! ステージの終幕は近いぞヤマト君!」


「そうですね……!」

 

 このまま再生能力を発揮される前に本体を討つのが得策なのは明らかだ。

 俺達は簡潔に打ち合わせ、エドワードが脚を担当、俺が本体に眠る魔石を狙う流れで攻勢をかける。


 肝心の魔石の位置だが、プルグロスが地球のタコと同様の体のつくりをしていると仮定するなら、恐らくは頭頂部、その中心に魔石はある。

 タコには心臓が三つ備わっているというのは有名な話だが、このプルグロスに関しては、他の二つの心臓の位置には魔石は無いと推察出来る。


 何故なら、ステラが教えてくれた本の内容を思い返すと、核が複数存在したという記述は無く『剣を鋭く突き立て、その()()が止めとなった』とあるからだ。

 もちろん物語に仕立てる都合上、脚色を加えられ、実際には心臓が三つあり、その記述を省いているという可能性もあるが、仮にそうだとしても、もうこちらには一点に賭ける余力しか残されていないのだ。



 まずは本体から脚を引き離すべく、脚を狙い矢を放ってゆく。

 

 無造作にうねる脚を相手に、疲労から集中力が欠け、全てが命中とはいかないまでも、突き刺さる二本の矢をきっかけとし、脚がこちらに向かい来る。

 

「行きます!──」

 ──ロングソードに持ち替え駆け出す。


「任された!」

 エドワードが抜刀し身構える。


 伸びる脚はこちらの思惑通りエドワードに振り下ろされる。


(真っ直ぐ行く!)

 不気味に睨みを利かせる突き出た左右の目玉が、俺の姿を追っている。


 目玉の動向に注意しつつ、注意を引き付けてくれているエドワードを信じ最短距離を駆け抜ける。


 

 もう少しで接敵するといったところで、閃光を放った時と同様に、プルグロスの瞳孔が拡大してゆく様子が見えた。

  

(あの光るやつか?!)

 咄嗟に下を向き瞼を閉じる──。



(──うぐっっ!)

 突如として右肩に衝撃を覚え、鈍痛が走る。

 そのまま横に吹き飛ばされる。


(くっっ……! 再生かっ……!)

 上体を起こしつつ確認すると、色が薄く一回り小さい、生えかけの脚が俺を狙いすましていた。

 

 起き上がる間もなく脚が襲い来る。


「このっ──!」

 迫り来る軌道に刃を合わせ反撃する。


 両断された生えかけの脚が宙を舞う。



 そのまま留まる事無くさらに接近し、胴体下部の頭にロングソードを突き立てると、どす黒い青色の体液が噴き出す。


 突きの攻撃に怯んだプルグロスが距離を取ろうと後ずさる。


 チャンスを逃すまいと、体力の限界を示す震える足腰に鞭打ち、俺は目一杯の力を込め飛び上がる。

 そのまま核となる魔石が隠れているであろう胴体の上側、中心部分に狙いをつけ、剣を突き刺す──。


 ──刃物が何か硬い物に軽く接触したような感覚が伝わる。

 

(くそっ! 届かない──!)

 感触からして恐らく場所は狙い通りなのだが、剣が魔石を砕くには至らない。

 

 深く刺さり、脱力した腕では引き抜けない剣から手が離れ、落下している俺目掛けプルグロスが水を鋭く吹き出す。


「──ぐはっ!!」

 水圧に押され、そのまま地面に叩きつけられる。



「ぐっっ……あ、後少しなん……だ……」

 なんとかプルグロスに近付こうと、腕の力のみで上体を押しもがく。



 こちらに向かい来る疾走の響き。



「どっ──」

 ハンマーを振りかぶり飛び上がる──。

 

「ロ、ロング……!」


「──せい!!」

 ──突き刺さるロングソードの柄に渾身の一撃が叩きつけられる。


 その瞬間、ガラスが砕けたような小さな音が胴体深くから微かに漏れ出る。


 最後の抵抗とばかりにプルグロスが墨を吐きだし脚をばたつかせ、激しく暴れている。

 辺りの視界が遮られ、プルグロスがのたうつ鈍い音だけが響き渡る。


 蓄積するダメージと疲労から起き上がることが出来ず、うつ伏せのまま息を殺し状況を見守る。



(音がしなくなった……)




「ヤ、ヤマトさん、やりましたね。くふふ……」

 自然の風で徐々に散りつつある墨をかき分け、疲れきった表情のロングが重い足取りながら俺の傍までやってきて、誇らしげに呟いた。


「やったなロング……!」


 長い激闘の終幕に、俺達は言葉少なに、しかし互いに手に取るように心底安堵した。

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