95話 観光気分
今回担当した定期便の仕事は無事に終了、目的の一つであった弓も購入出来たところで、センスバーチから少し南、後輩のロングの故郷である"オット村"へと挨拶に立ち寄っている。
村長であり、父親でもあるミーロの家に里帰りし、息子の成長ぶりを俺も鼻高々に披露していた訳だが、その中で一つ、大いに興味をそそられる話を耳にした。
なんでもこの村の南側には、生活用水を享受している湖があるらしく、なんとそのオット湖に、名前もそのまま"オット"と呼ばれる動物が暮らしているらしい。
冒険者をしているとはいえ、危険な魔物との遭遇はなるべく避けて過ごしたい。
だが、愛らしい"動物"が居るとなれば、仮に多少の危険があろうとやむなし。
元々故郷であるロングや、現住民のステラにとっては面白みもない事柄だろうが、多少強引に話をつけ、先輩特権を行使し湖まで案内してもらう運びとなった。
「あぁ。北側から見ると建物が邪魔して見えなかっただけなんだね」
村内を南に抜けると、サウドにもある湖を一回り大きくしたような、透明度が高く、陽の光を反射し輝く湖が美しい景観を称えていた。
「水汲み……木の入れ物……うっ……」
苦い記憶が蘇るのか、ロングが呟きながら肩を落としている。
「はは、まぁ徐々に楽しい思い出に塗り替えていけばいいと思うよ」
ロングの肩を軽く叩き、悪い思考の連鎖に陥らないようきっかけを作る。
「ホーホホ? (タベモノ?)」
どうやらリーフルはロングがお腹を空かせていると思っているようだ。
「ミーロさんにはちゃんと伝わったんだ。あんたがくよくよしてたら、また心配かけちまうよ?」
「……そうっすね! 父ちゃんも喜んでくれてたっすから、自分もしっかりしないと!」
「あぁ、その意気さ」
ビビットが親指を立てロングに微笑みかける。
「ステラさん。さっき聞いた話じゃ、祖先かもしれないって話だったよね?」
「ええ。昔、イタチ族の中にオットちゃん達を研究した人が居たらしいんだけどね。その人が纏めた一冊の本から考えられてる説なの」
「へぇ~……そういえば、何でこの村は二種族一緒に?」
「それは簡単っす! イタチ族とタヌキ族のご先祖様同士が仲が良くて、昔から助け合って生きて来たらしいっす!」
「なるほど。それはまた皮肉な……」
「だねぇ」
「……」
「何の事っすか?」
「ううん、何でもないよ」
ガキ大将気取りのあのスパイクという青年。
身長がロングと同程度なので、てっきりタヌキ族なのだと思っていたが、実は身体に恵まれた高身長のイタチ族だった。
ステラにとっては同族の事なので随分と恥じ入っていたが、それも致し方無い。
だが幸いに、あの青年が村に留まっている現状は『恥をさらさずに済む』という意味においては、イタチ族全体にとって都合がいい事なのかもしれない。
「それにしても異様に眩しいね」
陽の光を反射する湖面は、日中であれば多少眩しく感じても不思議は無いが、このオット湖に限っては不自然だ。
光を反射しているどころか、まるで湖自体が光を放っているような、少し目線を伏せておきたく思う程に、眩しくきらめいている。
「あ~。オットちゃん達が暮らしているおかげね」
「ん? おかげって?」
「オットちゃん達が暮らしている場所の水は、何故か綺麗に浄化されて、キラキラ輝く水になるの」
「へぇ~! 不思議な現象だね」 「ホ~」
「あぁ、あれがそうなのかい?」
ビビットが示す視線の先に俺も目を向けると、輝く水面に、のんびりと仰向けになり漂うオット達の姿を捉えた。
(えっ、ラッコ!? あれはラッコじゃないか!)
見ると、水族館等で馴染み深い、愛嬌たっぷりの"ラッコ"が水面を漂っていた。
(──ん? 淡水……だよな。カワウソでも無くラッコ……?)
同じイタチ科の動物でも、カワウソは淡水である河川や湖、ラッコは海水──海と、進化の過程でその生息域に違いがあるはずだが、今俺が目にしている動物は、紛れもなく見知ったラッコそのものだ。
「それにしてもあんたは動物が好きだねぇ。変わってるよホント」
恐らく先程の、皆を必死に説得していた俺の様子を思い浮かべた言葉だと思われる。
「そうですか? 何を考えて生きてるんだろうかとか、気になりません?」
「いや、あたしは別に──あ! リーフルちゃんは別だからね~?」
ビビットがリーフルの頭を撫でる。
「ホーホホ(タベモノ)」
自分に対する態度を察し、おやつが貰えるものと、リーフルが勘違いしている。
「ビビットさん、ヤマトさんだからっすよ! 魔物と動物、ちゃんと分けて考える人なんてヤマトさんぐらいしか知らないっす! 凄いっす!」
(あ~……元々この世界で生まれ育つと、そういう感覚になるんだなぁ)
「う~ん。例えば、このオットに関して言えば『何で水の上に?』とか『モフモフしてて可愛いな』とか、少し考えるだけでも面白くないですか?」
仰向けになり小さな両手をお腹の上に揃え、のんびりと流れに身を任せている。
黒い鼻頭に控えめな耳、愛らしい表情をした毛むくじゃらの生き物。
こういった感想や興味というものは、"キャラクター"というものに馴染みのある、異世界──地球人である俺特有のものなのだろうか。
「まぁ、言われて見りゃそうかもしれないけどさ……」
「他に動物を連れてる人なんて、御者さんくらいしか知らないわ。リーフルちゃんはすっごく可愛いから納得だけど!」
「むむ、"観察"っすね! オットに似た魔物が居ないとも限らないっすから!」
「ハハ……でも何で湖に居るのかな?」
淵まで近寄り指を浸し舐めてみる。
やはりただの水で、塩分を感じないという事は、淡水に間違いない。
「何でこの湖に暮らしているのかは、誰も知らないの。昔聞いた話だけど、この湖の近くに村を起こそうとした理由が、このオットちゃん達だったらしいって事くらいしか」
「あぁ、水が浄化されるってさっき」
「そうなの。ご先祖様かもしれないっていう事もあって、私達の村では、オットちゃん達は信奉の対象なの」
「対岸に見えるあれっす。オットちゃん達の姿を現した像があるっす」
ロングが指差す対岸に、確かに銅像のようなものが見て取れる。
「へぇ~」
そもそも地球を基準として動物達の生態について推測をしても、意味をなさないと頭では理解しているのだが、中々慣れないもので、時折こうして自分の中の先入観が目を曇らせる原因となる事がある。
「ご飯とかあげたりしてるの?」
「うん。毎日交代に食べ物を与えているわ。特に豚肉がお気に入りよ」
(食性についても違和感が……)
貝類や甲殻類を主食としていたような記憶があるが、まさか肉を食べるとは驚きだ。
「俺もあげてみたいんだけど、いいかな?」
「ええ、構わないわ。今持ってくるから少し待っててね」
「──あ、ううん。持ってるから大丈夫」
アイテムBOXから非常食用の豚肉の切り身を取り出す。
「はは、さすがのアイテムBOX。いつでも露店やレストランを開業出来ちまうね」
「ホーホホ! (タベモノ!)」
お腹を空かせたリーフルが、耳元で声を上げ主張している。
「そういえば話に夢中で、お昼食べてなかったもんね」
「折角っすから、ここで皆で食べましょう!」
「そうね。ロン君も久しぶりにオットちゃん達にお祈りしてね」
「街で補充出来なかったし。というより美味しくなかったのが辛いね」
アイテムBOXからサンドイッチやラビトーのスープの入った鍋を取り出し、昼食を取る事にした。
皆の分を用意し、リーフルのご飯もロングに任せ、俺は意気揚々とラッコ──オットに豚肉を示しながら近付いてゆく。
(か、かわいい……それは反則)
オット達は慣れたもので、仰向きの姿勢のまま、可愛らしいその少し湿り気を帯びたモフモフの手を振り、手招きをして催促している。
豚肉を放ると、小さな両手でお腹の上で保持し、器用に噛みちぎりながら味わいだした。
(ロングの事もあったけど、やっぱり村に立ち寄って正解だったな)
冒険者をやっていてよかったと思う瞬間。
様々厳しい現実も多いが、こればかりは"冒険"の賜物だろう。