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平凡冒険者のスローライフ  作者: 上田なごむ
2-6 外地にて
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94話 変遷 3


 ロングの実家の前まで到着し、ステラが扉を叩く。


「村長、よろしいでしょうか。お客様をお連れしました」


「おぉ、どうぞ入りなさい」

 室内から男性の快い返事が聞こえる。


(村長!? ロングのお父さんはこの村の村長だったのか)

ビビットと無言のまま顔を見わせ感想を同じくする。


「失礼します」


「お邪魔するよ」


「……」

 ロングが沈黙したまま俺達の後に続き入室する。


「これはこれは、冒険者の方々ですね。わざわざ獣人族の村まで、どのようなご用件で?」


「ほら、ロング」

 俺の後ろに付くロングを小声で促し、村長の前へ誘う。


「……ただいま父ちゃん」


「!!」


「村長、ロン君が帰ってきたのよ!」


「おぉ……ロング……無事で……!」

 村長がロングに駆け寄り力強く抱きしめる。


「と、父ちゃん痛いよ……くふふ……」

 父親の必死な様子を目にしたロングの顔がほころび、先程までの強張る全身が和らいでゆく。


「──そうかロング! 皆さん、大変ご迷惑をお掛け致しました、すみません!」

 突然村長が謝罪の言葉と共に深々と俺達に頭を下げた。


「えっ、どういう事でしょうか。 俺達はただ──」


「──申し訳ありません! 旅費や食費等々は必ずお返し致します!」

 村長が再び頭を下げる。

 どうやら盛大な勘違いをしているようだ。


「父ちゃん違うよ! 自分、サウドで本当の冒険者になれたんだ! この人達は自分の先輩、仲間だよ!」


「なに? にわかには信じ難いが……とにかくゆっくり話そう。さぁさぁ、皆様もこちらへ!」

 そう言ってテーブルへと案内してくれる。



 村長手ずから淹れてくれた紅茶を頂きながらテーブルを囲んでいる。

 息子を目にした途端、一身に喜びを表した父親の姿に胸打たれたのか、気が急き、一生懸命に伝えようと話すロングを、俺とビビットで補完しながらこれまでの経緯を説明した。


 話始めこそ訝し気な表情で聞いていたロングの父"ミーロ"も、第三者の言葉もあるおかげで段々と誇らしげな表情に。

 時折瞳を潤ませながら、息子の成長ぶりを熱心に刻み込んでいるようだった。



「そうか……立派にやってるんだな……」


「ホホーホ! (ナカマ!)」──バサッ

 リーフルがロングの頭の上に飛び乗り翼を広げ、仲良しアピールをしている。


「おぉ! 本当に美しい鳥さんだ。ロング、友達が出来てよかったなぁ」


「ううん、父ちゃん。リーフルちゃんは自分の"お兄ちゃん"のヤマトさんの大事な家族。だからリーフルちゃんとも兄弟だよ!」

 

「なんとっ!? お兄ちゃん……お前がそこまで懐くなんて……良い人に巡り合えたんだな」

 ミーロが嬉しそうに、しかし何処か悲し気に視線を落とす。


「すみません、()()()()とは? ミーロさんもよくご存知の通り、出会った始めからロングは明るくて人懐こい、気持ちのいい青年でしたよ?」


「この子は……そう、我が息子の事ながら。この子は明るくていつも一生懸命で、心根の清らかさだけは世界の誰にも負けないと、自慢なんです」


「よく分かります。実際、俺も見習うべき点が多いと感じます」

 

「ちょ、ちょっとヤマトさん……照れるっすよ……くふふ」


「そんな自慢の息子ですが、その一生懸命さが空回りして、至らぬ点も多い幼少期を過ごしていました」


「あぁ。なんとなくだけど話に聞いているよ」

 秘める想いとはいえ、実家の親に挨拶に来ているという状況のビビットなので、真剣な眼差しで話を聞いている。


「村に居た頃は失敗も多く、薪割り一つするのにも手を滑らせ大怪我を負ったり、鶏の番を任された時も、誤って逃がしてしまい、村に大きな損失を出してしまった事もありました」


「うぅっ……ごめんなさい……」


「ロン君、もう昔の事よ。気にしないで」

 

「幾度も失敗し、それを挽回しようとまた一段と励みさらに失敗を重ねてしまう」


「この子なりに村の役に立ちたいと必死だったのでしょうが、他人の目は厳しいものです。娯楽の少ない村の生活の中に、いつしか村の者達は、この子を哀れ蔑み、嘲笑の対象として、ロングの事を一つの娯楽として見い出すようになりました……」


「私も立場上、そんな村の者達を厳しく咎める事も出来ず、ロングには辛い想いをさせてしまったと、後悔の念に堪えません……」

 ミーロが震える手を握りしめ、怒りとも自嘲ともつかない複雑な表情を浮かべている。


(実際に耳にすると、想像の何倍も辛いな……)

 俺が初めてサウド周辺を案内した時、ロングは出自を大雑把にだが語ってくれた。

 あの時にも多少の後ろ暗さは感じたが、まさかそんな生活を送っていたとは……。


 父親であるミーロにしても、村長という立場上、自分の息子に甘い顔をしているなどと風評が広がれば、統率者としての威厳を失い、村に混乱をきたす可能性がある。

 本来ならば果たしたい親の務めを果たせずに、半ば我が子を犠牲にして村の安寧も考えねばならなかったのだ。


 誰が悪いという話でも無く、如何ともし難い状況だった。

 それを知ると、誰にも告げずに単身センスバーチを飛び出した、ロングの勇気を責めるのは酷というものだろう。

 

「いつしかこの子はよく()()ようになりました」


「失敗して罵られ、馬鹿にされようと、無理やりにでも笑顔を浮かべ、必死な姿を見せれば、相手の興味もやり過ごせる。一種の防衛手段だったのでしょう」


「愛想は良く見えますが、その実、分厚い偽物の皮を被った、見せかけの笑顔ばかりでした……」


「あんたそんな事あたし達にちっとも……」


「ビビットさんごめんなさいっす。でも、話して思い出すと、また昔の自分に戻りそうで怖かったんす」


「ロング……」

 ビビットがまるで自分の事のように悔しさの滲む渋い顔をしている。


「なので驚いたのです。この子の"本当の笑顔"を見たのは何年ぶりでしょうか」


(ロングにとって初めて出来た友達──先輩だからこそこんなにも熱心に……"お兄ちゃん"と俺を慕ってくれる理由、か……)


「ロングにとってはステラちゃんの存在も大きかったろうね。この子の事をいつも気にかけてくれて。本当に心強かったと思うよ」


「うん……」


「ロン君ってほっとけないのよね、ふふ」

 ステラが柔らかな笑顔でロングを真っ直ぐ見つめている。

 


「……安心してくださいミーロさん。ロングはサウドで立派に冒険者をやれてます。それに、微力ながら俺達も付いてますので」


「あたし達は仲間だからね」


「ホホーホ(ナカマ)」

 リーフルがロングの耳をついばみ毛繕いをしている。


「おぉ……ロング、ヤマトさんやビビットさん、ステラちゃんに滔々と感謝するんだよ」


「うん!」

 


 異次元空間を出現させる。

 頃合いなので、ロングから預かる両親への土産を取り出しテーブルの上に広げる。


「父ちゃん、これお土産。母ちゃんの分もあるから、後で楽しみにしててね」


「──な、なんですか今のは!?」


「ね? 凄いでしょヤマトさんって! 自分のお兄ちゃんは凄い魔法を持ってるんだよ!」

 まるで子供が自慢の品を見せびらかすように、はしゃいだ様子でミーロに伝えている。


「凄まじいですな……それがあれば物流が肝のこのセンスバーチでは、或いは覇者となれるやも……」


「はは、勘弁しておくれミーロさん。ヤマトはサウドにとって重要な冒険者だ。他所の街にはやれないねぇ」


「ご、誤解の無いようお伝えしておきますが、冒険者として強くはありませんので、ハハ……」


「父ちゃん父ちゃん! ヤマトさんは他にもまだ"魔法"が使えるんだよ?」


「ほう。一体どんな魔法かな?」


「自分が本当の冒険者になれたのは、ヤマトさんのアドバイスのおかげなんだ『よく観察しようね』って」


 ロングの言う『本当の冒険者』とは、恐らく過去の自分の事を卑下しての言葉だろう。

 冒険者証自体を手にしたのはセンスバーチ支部だと聞いているが、依頼の失敗を繰り返すせいで、ギルド内での雑用の仕事を何とか回してもらい、必死に金を貯めたと言っていた。


 確かにそんな状況では『俺は冒険者だ』と胸を張って名乗る事が、ためらわれるのは理解できる。

 俺もこの世界に転移したばかりの時には同じようなものだったし、深く共感するところだ。


「ふむ?」


「一生懸命なだけじゃ駄目なんだ、ただ全力で頑張るんじゃなくて、物事をよく観察しながらやれば上手く行くって、教えてくれたんだ!」


「そうかそうか」

 嬉々として話すロングに、慈しみ深い表情を向けている。


「ヤマトさんはいつもお手本になってくれるし、励ましてくれる。自分にとっては"魔法の言葉"を操る魔法使いなんだ!」


「ロング、あんた洒落た事言うじゃないか。あたしも同感だね」


「確かにいつも自分で言ってる通り、戦闘に関しちゃまだまださ。けど、"平凡ヤマト"の強みはそんなところじゃない」


「鋭い観察眼、冷静な判断力、慎重深く、どんな依頼も完遂する要領の良さ。こと依頼達成率で見れば、ヤマトはサウドで上位の精度を誇るからねぇ」


「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ

 いつの間にかテーブルの中心に陣取るリーフルが、ミーロに向けて翼を広げアピールしている。


「ほぉ~! いやはや、凄いお方だったのですね。そんな凄い方がお兄ちゃんだなんて、お前は幸せ者だなぁ」


「でしょ~!」


「やめてくださいよ皆さん……──そ、そう! 仕事の事で言うなら、俺なんかよりベテランのビビットさんの方が……」

 

 その後も互いを讃え合うむず痒い会話が続いたり、ロングの事で、女性陣二人が探り合いを始めたりと、

 まるで家族の感覚を思い出させてくれるかのような、柔らかな時間は瞬く間に過ぎていった。


 最近薄々思うのだが、俺は何かとトラブルに見舞われる呪いにでも掛かっているのだろうか。

 この心地よい気分のままセンスバーチへと戻れれば、良き思い出だけを土産に、ゆったりと宿で床につけたのだが……。

 この後俺達は、"冒険者"を余儀なくされる事態に巻き込まれてゆく事になる。


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