92話 如何にも非力
センスバーチ内に複数存在する、中央に向かって伸びるメイン通りの中の一つ、ファーストミント通りへとやってきた。
その名が示すようにミント通りは二つあり、こちらのファーストミント通りは主に食料品店やレストラン等が立ち並ぶ、食に関する通りとなっている。
対してセカンドミント通りは、服飾店や日用品店、雑貨店等が集う通りとなっており、後に向かう予定だ。
ステラにこの街の名物を聞いたところ、取り立てて美味しい物は無いそうなのだが、強いて言えばセンスバーチ特産のサツマイモ、もしくは小麦を使用した焼き菓子が人気があるそうだ。
思わず弓を二張購入してしまったせいで余力は少ないが、最悪手持ちの素材等をギルドに買取りに出し、換金すれば間に合うはずなので、リーフルの経験を優先してやりたい。
「食材も気になるけど、すぐに食べられる料理が優先だな」
「ホーホホ! (タベモノ!)」
「色んな良い匂いがしてるもんなぁ。クッキーはさっき食べたから、ステラさんの言ってた焼き菓子を探そうか」
「ちょっとステラ! 歩きにくいから離れてよ」
ロングが少し迷惑そうな表情を浮かべ応えている。
「あ~。そんな事言って、また黙ってどこかに行っちゃう気でしょ~」
ステラはそんなロングの態度も気に留めず、腕を絡ませている。
そんな二人を尻目に、俺の頭の中では諸々の問題が巡りつつも、通りをゆったりと散策してゆく。
「ホーホ(ヤマト)」
リーフルがとある店を指し訴える。
「お、焼き菓子って、クレープの事か」
薄く焼かれたクレープ生地が積み重なり陳列され、隣には中に包み込む物と思われる果物や野菜等が並んでいる。
「食べてみる?」
「ホーホホ! (タベモノ!)」
「うんうん。野菜は……要らない?」
「ホゥ(イラナイ)」
「はは──すみません、サツマイモのと、ベリとワイルドベリのをください」
「は~い。少々お待ちくださいね~」
店員のお姉さんが注文の物を器用にクレープ生地に包み込む。
「お待たせしました。銀貨一枚と銅貨三枚になります」
クレープを携え、再び次の目当てを求め歩き出す。
「ほら、どっちから食べる?」
肩に乗るリーフルの口元にクレープを近付ける。
んぐんぐ──「ホッ……」
リーフルは迷わずサツマイモの方を選ぶと、サツマイモだけを口にした。
「え~……生地も生クリームも一緒に食べてこそだろ~──」
リーフルの態度に若干の違和感を覚えつつ、俺も一口。
「──む? あんまり甘くない……」
あまり砂糖が使われていないのか、生クリームも生地も、素材そのものの、ほのかな甘みしか感じられず、甘味を期待していた分、手放しに美味しいとは言い難い代物だった。
「匂いとかで分かったの?」
んぐんぐ──「ホッ……ホ~」
事前に感づいていたからサツマイモしか口にしなかったのだろうか。
リーフルはもう一つのクレープも、中身のベリとワイルドベリしか食べないようだ。
(都会価格とはいえ、これで銀貨一枚と銅貨三枚か……)
「ホーホ(ヤマト)」
リーフルが別の露店を指し、翼を小さく左右に開いている。
要求に応えるべく視線の先へ移動する。
「こっちはケーキ?──キッシュか」
見ると、ホールケーキとよく似た円形状の食べ物が並んでいた。
三角形に切り分けられた断面を見ると、中にはベーコンや玉ねぎ、チーズ等が入っており、玉子色の淡い色合いも相まって、とても魅力的な匂いを放っている。
「すみません。一つお願いします」
「はいはい~。センスバーチと言えばベーコンキッシュ! お客さん、お目が高いですよ~」
「ハハ、どうも」
代金の銅貨六枚を支払う。
「今度はどうかな?」
リーフルの前に近付ける。
んぐんぐ──「ホゥ……(イラナイ)」
「えっ。さっきは楽しみにしてたのに?」
少し指でちぎり口元へ運ぶ。
「ホゥ(イラナイ)」
「まさか──」
信じたくないという気持ちが、キッシュを口へ運ぶ手の動きを早まらせる。
「──む~……具材的に不味くはならないはずだろ……」
はっきりと美味しくない。
とにかく味が薄く、塩胡椒その他、何も使われていないのでは無いかというほど風味も何もない。
これではリーフルが落胆するのも仕方ないし、食道楽を期待していた俺としても意気消沈の散財だ。
「ロン君ロン君。私達は何食べよっか?」
「今はリーフルちゃんのお気に入りを探すのが優先だよ?──ヤマトさんもがっくりしてるっす……」
「ハハ……何だか思ってたより微妙だね……」
「変わってないんすね……自分、この街に居た時は、ほぼ自炊してたっす」
「そうなの? 私もあんまり無駄遣いしないから知らなかったけど、美味しくないんだ? 街の食べ物」
「ホゥ(イラナイ)」
リーフルも新しいものへの期待を捨てたのか、一言呟くと店に目を向けるのを止め、羽繕いを始めてしまった。
『お~い! あんたたち~!』
少し遠くの方から、見知った声が流れてくる。
「ビビットさんだ。行こうか」
「そうっすね!」
お互いに歩み寄る。
「いやぁ、あんたたちもこの通りに……!」
合流も束の間、ビビットが二人の様子を目にした途端、脇に抱える袋を落とし、突然走り出す。
刹那に移った横顔は、随分強張っていたように見受けられた。
「二人共! 後でギルド前で待ち合わせで!──」
駆け出すと同時に簡潔にそう告げ、咄嗟に袋を拾い上げビビットの後を追う。
◇
ビビットの後を追い街中を疾走していると、公園と思しき場所までやってきた。
三人掛けのベンチが等間隔に設置された、景観の良い広さのある敷地。
だがビビットの胸中に同調する俺から見ると、随分と狭苦しく、霞んで見える。
俺達はベンチに揃い腰を下ろす。
「ハァ……さすがベテラン……足も速いんですね……」
冗談めかした言葉を投げ、ビビットを伺う。
「…………」
下を向き、押し黙っている。
「ホホーホ……(ナカマ)」
「先に経緯を説明しますね。今朝は別行動という事だったので……」
ビビットが目撃した瞬間や、ステラがどういった人物なのかを伝える。
「……あぁ。大体の察しはつくさ。ここはロングの故郷だからね」
ビビットの硬く閉ざされていた口が、物分かりの良い言葉と共に開かれる。
「すまないねヤマト。情けない所を見せたくないばかりに、つい走り出しちまったよ」
「いえ。放ってはおけませんでしたから……」
「年甲斐もなく、ついはしゃいじまったね」
先程拾い上げた袋の中には、新品の洋服が入っていた。
恐らくロングにアピールする為にと、別行動をしている間に一生懸命選んだ物なのだろう。
「しっかり預かってますので、いつでも仰ってください」
公園の外から微かに聞こえる雑踏の他には、口を挟む者は何も無い。
「……あんたもそいつを使ってるなら分かるだろ?」
俺が腰に帯びるロンソードを視線に捉えそう話す。
「どういうことでしょうか」
「剣ってのは、収まりの良い"鞘"があってこそ日常生活でも持ち歩ける」
「ロングには初めからそれがあったって事さ」
「ビビットさん……」
「……馬車でお話ししましたよね? 俺の剣は不思議な剣でして。条件は不明ですが、形が変わるんです」
「確かそんな事言ってたねぇ」
「ロングにだって同じ事が言えると思うんです。これからどんな形に変化するか、まだ分かりませんよ?」
「……」
「それにビビットさんはベテランタンクです。仲間を包み込み、守る、器の大きい御人です。形がどう変わろうと、柔軟に対応できる力を持っていると思います!」
「ホホーホ! (ナカマ!)」
「ヤマト……」
ビビットが零れる雫を拭っている。
「それにしてもセンスバーチの食べ物はハズレが多いですね? なんだかがっかりですよ、はは」
「そういう事ならあたしに任せな! 今日は美味いレストランに皆を連れてってやるよ!」
「ホーホホ~!(タベモノ!)」
恐らく、まだ発展途上の剣が収まりを定めるには時間がかかる事だろう。
ならば過度な介入は出来ないが、闇の中で足元を照らす街灯のように、俺はそれぞれの寄る辺として、微力ながらに持ちこたえてあげられればと想うばかりだ。