9話 命のやり取り
辺り一帯を震わせる大きな唸り声。
手前に相対するブラックべアも共鳴しているのか、同時におぞましい叫びを上げている。
「なにッ⁉ もう一体だと‼」
「ヤマトさん! すみませんが当てにさせてください。この状況ではかばいながらだと少し厳しい」
「ええ、構いません! 元より覚悟の上です!」
「やるぞ」
ショートがボソりと呟き、弓を引き絞り手前のブラックベアの眉間を狙い撃つ。
しかしブラックベアは歯牙にもかけない様子で大岩をその大きな爪で粉砕しながらショートへと猛進してくる。
「──チッ‼」
飛び散る岩の欠片、迫りくる爪。ショートをカバーするべく大盾を構え割り入る。
連続した打音が大盾から鳴り響く。
最後に爪のひと薙ぎを受けたロットが少し後退する。
「助かった」
「オウ!」
二人はすぐに態勢を立て直し次の行動に移っている。
『コドモ コドモ テキ』
伝わり来る感情。
(なに⁉ 親子なのか……!)
もう一体の一回り体躯の大きいブラックベアが、先程ショートに迫り来た個体の前に割り込む。
そして俺を目掛け高々と掲げる大きな爪を振り下ろす。
(マズいッ!)
咄嗟にミミズクを抱き上げ飛び込み前転の要領で回避する。
「──うッ」
だが避けきれず爪が頬をかすめ、腰に下げる巾着袋が地に落ちる。
同時にマルクスが俺と親ブラックベアの間に走り込む。
「ヤマトさん、先に鳥を離れた場所へ!」
「頼みます!」
少し走り木陰にミミズクを隠し踵を返す。
「クッ──さすがの怪力だ」
何度も振り下ろされる爪をロングソードで受け流すマルクス。
若干押され気味のマルクスを援護するべく、ネアが詠唱を始める。
「──ファイアーボール‼」
赤々とした大きな火球が親ブラックベアに放たれる。
着弾と同時に巻き起こる衝撃波と熱波。
親ブラックベアは一瞬の怯みを見せたが、爪で防がれた影響かダメージを負っている様子はない。
「浅かったか!」
この機を逃すまいとマルクスが親ブラックベアの右脇を下から切り上げる。
しかし厚い毛皮に覆わるその体には、傷を負わせるものの腕を切り落とすには至らななかったようだ。
「ちッ──‼」
ロットとショートが相手をしていた子ブラックベアが、渾身の体当たりでロットを押し飛ばし親ブラックベアに近付こうと進行上のネアに襲い掛かる。
「くそっ……逃げろ! ネア!」
「行かせない」
ショートが弓を放ち脚に刺さるが、子ブラックベアは尚もネアに迫る。
(マズい………! でも俺の弓じゃ止められない……)
ネアの元に襲いかかる子ブラックベアの猛攻から、必死に頭を回転させる。
しかし他の手札は短剣のみ。距離を埋める事も、勢いを止める事も出来ない代物だ。
(──いや、あれだ!)
ふいに思い出す。
今朝ネアにもらった爆発を起こすというアイテムを取り出し、子ブラックベアへ投げつける。
一瞬の閃光と爆発音。
「──キャッ! ちょっと! 投げるなら言ってよ!」
子ブラックベアは上半身にダメージを負い、その足を止め仰向けに倒れ込む。
「仕舞だ!」
ロットが子ブラックベアの首に大盾を突き立てる。
間髪容れずショートの矢が顔面を射抜く。
『コドモ‼』
その光景を目の当たりにした親ブラックベアが怒り狂い、眼前のマルクスに爪を何度も振り下ろしている。
子を殺され、なりふり構わずといった様子だ。
「──本気ってわけだね‼」
マルクスは凶悪な爪のを紙一重で受け流している。
そして幾度もの攻防が続く中、突如宙を舞う刃の破片により均衡が崩れる。
マルクスは刹那の判断で後ろに跳びのく。
その手元には歪に欠けたロングソード。
「しまった……そろそろかと思ってたけど、こんな時に……!」
「どうするよリーダー。俺達で翻弄してお前が仕留めるっつういつものパターン、できねえぞ」
「何故……ファイアーボールでもあまりダメージ無かったわよ」
「逃げるか?」
「いや、このままこいつを放置したら人間に対して強い敵愾心を抱いたままこの森を彷徨う事になる。そうなると獣人族の村にも被害が及ぶ。仕留め切らないとダメだ」
「でもどうする? こいつ、妙に手強いぞ」
(剣士の剣が、魔法使いの魔法が……手札が通じないとなると、他をアテにするしかないけど……)
「……あの、俺に考えがあります。聞いてもらえますか」
考えをなるべく急いで伝える。
「……確かに。俺達だけじゃ思いつかないやり方ですね。それで行きます、いいなみんな!」
「「「了解!」」」
「援護頼んだぜ!」
そう叫ぶロットが大盾を前方に構え親ブラックベアに突撃する。
「俺が相手だデカイの! よそ見すんじゃねえぞ‼」
接敵したロットが爪の猛襲を大盾で防ぎ続ける。
「ぐっ……まだまだ──‼」
ロットは見事に防ぎ続けるが、しびれを切らした親ブラックベアが、確実にロットを仕留めようと大盾を両手で押さえつけ、鋭い牙で噛みつかんと覆い被さる。
「させない」 「やらせないわ」
ショートの矢とネアのファイアーボールが同時に親ブラックベアの顔面を襲う。
炸裂する火球と深々突き刺さる鋭利な矢。
親ブラックベアは同時攻撃を受け攻撃の手を緩める。
「今だッ!」
俺は号令を発し、ロットが親ブラックベアから距離を取る。
異空間を親ブラックベアの頭上に出現させ、中身を放出する。
ロットが時間を稼いでくれている間に収納した岩のがれき。
地を滑る土砂が起こす地鳴りのような音と共に親ブラックベアが地面に突っ伏す。
「オオォ‼」
マルクスが折れた切っ先部分を首に突き刺す。
「チッ、硬いッ……!」
だが刺さりが甘い刃は致命傷には至らない。
「俺が押し込む!」
ロットが大盾で刃を上から抑えつける。
刃は完全に喉を貫通し、親ブラックベアにとどめを刺した。
『コドモ……』
死の間際に流れ込んできた感情は、只々子を思う親心だった。