霧の中の真実
〜プロローグ〜
ガシャーーーン!!
大きな音と共に黒煙が立ち上った。山の中のカーブを曲がろうとして曲がり損ねガードレールを突き破りそのまま崖に転落した車だった。
数分後、大きな爆発音と共に車は大破した。乗っていた夫婦はその事故で命を失った。
最愛の娘を残して………。
1.
私は松島 莉愛。
大好きな両親を事故でいっぺんに失ってしまった。あの日、両親は私の誕生日プレゼントを買うために山の中にあるバイオリン工房に行っていた。私の名前が入ったバイオリンを注文してあったので、それを受け取りに行く途中に事故に遭ったのだった。その日、私は友達が誕生日パーティーを開いてくれたので友達の家にいた。そんなとき、携帯に警察から電話があり、事故のことを聞いた。最初は信じられなかった。そんなはずはない、何かの間違いだ、と思い、警察と一緒に現場に行った。
そこで私が見たものは、当時15歳の私には受け入れることの出来ない現実だった………。
車は大破し、原型を留めていなかった。大好きな両親は爆発で身体がバラバラになったのであろうか………何処が身体の部分か分からなくなっていた。
そのショックで私はその場で気を失ってしまった。目が覚めたときは病院のベッドだった。なんでここに居るんだろうと思ったが、記憶か蘇り叫び声を上げながら泣き叫んだ。その叫び声を聞いた看護師が飛んできて私を押さえつけた。それでも私が暴れるので、数人の看護師で押さえ付け安定剤の注射を打ち、また意識が遠退いっていった。
目が覚めたとき、私は夢ではないことを悟った。大好きな両親を失ったショックで私は何日くらいだろうか………ベッドから動けずにいた。
でも、ある日ふと思った。
大好きな両親が今の私を見たら悲しむのではないかと………私が頑張って生きれば両親は救われるのではないか………と………。
「お父さん、お母さん、私、頑張って生きるよ。だから、空から見守ってね………」
そして、リハビリを始めた。頑張って生きるために………。
両親の葬式は親族がしてくれた。私が入院している間にすべてのことは片付いていた。ただ、一つ問題があった。それは、私を誰が引き取るかだった。親族は、可哀想ね、とか、辛かったでしょう、とか言葉では言うけど、引き取ろうという話は出なかった。養護施設に入れるみたいな話もあった。
そんな時だった。一人の男性が私の病室を訪れてきた。最初は施設の人かと思った。きちんとスーツを着ていたからだ。でも、その人の口から出てきた言葉は衝撃的な言葉だった。
「はじめまして、僕は犬飼 知己といいます。信じられないかもしれませんが、僕はあなたの実の兄です。ご両親から話を聞いたことはありませんか?」
唖然とした。最初はびっくりしすぎて声も出なかったくらいだ。しかし、両親から聞いたことはあった。両親がまだ若いときに男の子を産んだのだが、生活が苦しく、とても育てる余裕がなく、子供を欲しがっていた夫婦に渡したと………。
両親は大切だからこそ、お金の面で子供に辛い想いをさせたくなくて、その夫婦に自分たちの子供を差し出さしたらしい。その代わり、愛情を沢山注いであげて欲しいと………。だから、二人三脚で仕事を頑張り、そして私が産まれて、沢山の愛情を与えて育ててくれた。
「あなたが、その兄なんですか?」
その人は「はい」と言うと、話し始めた。
兄と名乗る人の話によると、両親は兄を子供に恵まれない夫婦に兄を渡し、引き取ってくれた夫婦に悪いからと言い、一度も会いに来たことがなかった。でも、育ててくれた両親はすごく愛情を沢山注いでくれて幸せだった。だが、母親が身体が弱く亡くなり、父親も後を追うように亡くなったと………。そして、今はその家で一人暮らしをしているということだった。自分が養子だとは聞いていたので、自分の生い立ちを調べたところ、本当の両親や妹の事を知った。そして、私が天涯孤独になったことを知り引き取りに来た………ということだった。
「じゃあ、本当にお兄ちゃんなんですか?」
私は話だけ聞いたことのある兄を目の前にして、信じられない思いとまだ家族がいたことが堪らなく嬉しかった。もう一人で生きていかなきゃいけないと思っていたから、兄が 迎えに来てくれたことが本当に嬉しくて、気付いたら涙を流していた………。
私はリハビリを頑張り退院と同時に兄と暮らし始めた。兄は私の退院に合わせていろいろ準備をしてくれていた。部屋も与えてくれて、新しい生活が始まった。兄はすごく優しい人で私はすごく幸せだった。
そんなある日の事だった。
私が友達と遊んでいて帰りが遅くなったとき、連絡も入れてなかったので家に帰ると兄が仁王立ちで立っていた。
「遅かったじゃないか!遅くなるなら連絡しろ!どれだけ心配したと思ってるんだ!」
兄は相当怒っていて私を叱咤した。当然の反応だ。連絡も入れず、遅くに帰ってきたのだからそれだけ怒ってもしょうがない。私はとにかく謝った。
兄はそう怒鳴った後、急に私を抱き締めた。
「良かった………。何かあったんじゃないかと心配してたんだ………」
申し訳ないと感じた。兄はここまで私を大切にしてくれてるんだと思うと、連絡を入れなかった私がとても悪いんだと思い次からはちゃんと連絡を入れようと思った。そう思った次の瞬間、
ガチャン!!
「えっ?」
手錠を掛けられていた。私は訳が分からなかった。そして、兄に担がれて兄の部屋に連れていかれた。
「お兄ちゃん!ごめんなさい!次はちゃんと連絡を入れるから!だから、許して!!」
私はそう叫んだが兄は私を降ろすと更に手首に嵌めた手錠から壁に金属の鎖を絡みつけて、そこから動けないように固定した。
「お兄ちゃんに心配掛けさせたら駄目じゃないか。もう何処にも行かさないよ?この家で一緒に暮らそう。心配はない、ずっとお兄ちゃんが傍にいるからね」
私は何が起こっているのか分からなくなると同時に、兄に強い恐怖感を抱いた。
兄に監禁されて数日が経った。トイレに行くとき、食事のときとかは鎖を外してくれるが、手錠はそのままだった。家の中でも常に兄が傍にいるという状況だった。それに私を呼ぶときは「ほのか」と呼んでいた。私は困惑していた。誰と間違えているのだろうと思った。最初は反抗してその度に叩かれた。服もひらひらのお姫様みたいな服を着せられた。私は少しづつ精神が削がれ、次第に言う通りになっていった。心の中で亡くなった両親に助けを求めていたが、それは出来ないんだと感じると心を閉じ、本当に人形のようになっていった。
そんな日が続き、ある夜、私は夢を見た。大好きな両親の夢だ。夢の中で私は楽しそうに笑っていた。両親は夢の中で私を優しく抱き締めてくれていて、頭を撫でてくれた。そして、夢の中で両親が言った。
「強く生きなさい」
そこで目が覚めた。私は泣いていた。大好きな両親の夢を見て嬉しかったのと悲しかったこと。そして、今のままじゃいけないと強く感じた。
私は一つの作戦を立てた。数日時間はかかるだろうが確実にこの状況から抜け出せると感じたのだ。その前準備として兄に警戒心を解かせて『私は大好きなお兄ちゃんと一緒だよ』というのを伝わるようにしなきゃいけない。私は覚悟を決め、その作戦を実行することにした。
朝になり、私は朝食の準備をして兄が起きるのを待っていた。そして、兄が起きてきた。
「おはよう、お兄ちゃん。今日の朝御飯はお兄ちゃんの為に早起きして作ったんだよ。お兄ちゃん、パンが好きだから、パンとサラダと目玉焼きだよ」
私がそう言うと、兄は呆然としてしばらくその場に立ち尽くしていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。今まで反抗ばかりして………。これからはお兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くね」
そう言うと、兄は私を優しく抱き締めた。
「やっと………やっと分かってくれたんだね、ほのか………」
兄はそう言うと、抱きしめていた腕を解いて椅子に座り、幸せそうに嬉しそうに朝食を食べ始めた。「美味しい美味しい」と言って、笑顔が溢れていた。私は「これからは私が食事を作るよ」と言った。兄は「こんな美味しいご飯が食べれるなら、よろしくお願いするよ」と言って了承してくれた。
そうやって偽物の幸せがしばらく続いた。私は兄に甘えたり寄り添ったりして、『大好きだよ』というのをとにかく伝えた。兄は始終幸せそうだった。頭を撫でたり、抱き締めたりしていた。そんなことを数日繰り返していく内に兄は私の警戒を解いていった。そして、最後の計画を実行することにした。私は棚にお酒があるのを確認していた。兄は酒を呑むと寝ていくことがある。今までは鎖に繋がれて動けなかったが、今はその鎖はないので、これなら実行に移せると思ったのだ。
ある夜、私は兄に言った。
「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃん日本酒好きだよね?今日の夕飯は日本酒に合うものを作ったから久々に飲んでもいいんじゃない?」
兄は戸惑っていた。そこで、私は更に言葉を続けた。
「私がお兄ちゃんの為にお酌をしてあげるね」
私がそう言うと、兄は「じゃあ、お願いしようかな」と言っていそいそと晩酌の準備を始めた。
数時間後、アルコールが回ってきたのか、兄はウトウトし始めた。
「お兄ちゃん、このままだと風邪を引いちゃうからベッドに行こうね。連れてってあげるから」
そう言って、兄を部屋に連れていきベッドに横になってもらった。
「大丈夫?お兄ちゃんが寝るまで傍にいるからね。だから、ゆっくり休んでね」
兄を安心させる為に私はそう言って手を握っていた。しばらくすると、兄は寝息を立て始めた。私はゆっくりと繋いでいた手を離し、そーっとその部屋を後にした。それから、服を着替えようとしたのだが、私のそれまでの服は全部処分されており、お姫様みたいな服しか残ってなかった。私は洗濯してあった兄の服を着て、静かに家を出ていった。
2.
外に出るとしとしとと雨が降っていたが、小雨だったので、私は無我夢中で走った。途中、ゴミ箱に捨ててあった瓶を拾い、地面で叩き割ってその破片で長い髪を切った。雨は次第に強くなりつつあった。
どれぐらい離れただろうか………。途中で電車に乗りなるべく遠くまで逃げただろうが、何処が何処だか分からなかった。私は息を切らしながら走ったり歩いたりしていたが、どこに行けば良いか分からず、その場に座り込んでしまった。そんな時だった。
「大丈夫?」
一人の女性が声を掛けてきた。年齢は二十代半ばくらいだろうか。私は警戒した。
「あらあら、雨に濡れてずぶ濡れじゃない。とりあえず、このままじゃ風邪を引いちゃうから私の家にいらっしゃい。それに、その格好を見ると何か事情がありそうね………」
私は警戒していたものの、雨に濡れて寒かったのもあったので、その人に付いて行くことにした。家に着くと、温かいお風呂に入らせてくれて、着替えも用意してくれた。お風呂から出て、リビングに行くと温かいココアとお菓子を出してくれた。その人は見ず知らずの私に何かといろいろしてくれた。私は温かいココアを飲むとホッとして気が緩んだのか、涙がポタポタと流れてきた。逃げ出したものの、その後の事を考えていなかったのだ。その人は優しく頭を撫でてくれた。なんで、こんな知らない私に優しくしてくれるかが分からなかったが、その人の暖かさは嬉しかった。名前を聞くと宮野 百合と名乗った。私も名前を聞かれたが、本名を名乗っていいのか分からず、昔好きだった漫画のキャラの名前を取り「要」と名乗った。だが、百合に本名ではないでしょう?と突っ込まれたが、やれやれという表情をして無理には聞き出そうとはしなかった。百合は何があったか話してくれない?と聞いてきたので、私はこれまで兄と名乗る人との経緯を話した。百合は黙ってずっと話を聞いてくれた。全て話し終わりや百合は「今日はゆっくり休みなさい」と言い、布団を準備してくれた。私は布団の中で安堵し、ずっと疲れていたのか、深い眠りに入っていった………。
朝になり、目を覚ましリビングに行くと百合が声を掛けてきた。
「おはよう。ゆっくり休めた?とりあえず朝ご飯にしましょう」
通されたキッチンに行くと、ご飯と味噌汁と焼き鮭が並んでいた。私は「いただきます」といい、ご飯を食べた。食べ終わる頃、キッチンに一人の男性が入ってきた。私がびっくりしてしまい、警戒のオーラを出すと男性は「すまん、びっくりさせたね」といい、キッチンの椅子に腰を掛けた。男性も二十代半ばくらいだろうか、落ち着いた物腰だが、気の強さが伺える男性だった。
とりあえず、朝食をお互いが済ませると男性が話し始めた。
「はじめまして、事情は妻から聞いているよ。とりあえず自己紹介からいこうか。僕は宮野 優弥といって職業は刑事をしているよ」
「刑事さん⁉」
私はびっくりして声をあげてしまった。優弥は「落ち着いて」 といい、驚かせて済まないというようなジェスチャーをした。どうやら昨日の事は百合から聞いているようで、今の状況で家に帰るのは危険だから落ち着くまでここにいるといいよと言ってくれた。兄と名乗っていた人の事を調べて見るから………と言い、優弥はそろそろ時間だからと言い仕事に行った。私は百合が服が無いのは不便だと思うから買い物に一緒に出掛けましょうと言ってくれたので、出掛けることにした。
天気は気持ちが良いくらいの爽やかな晴天だった。大型のショッピングモールに行き、しばらく生活に必要なものを揃えてくれた。百合は「私は一人っ子だったから妹が欲しかったのよね」と、始終楽しそうだった。こんなに優しくして貰っているのに偽名を名乗っている自分が辛くもあった。百合と一緒にショッピングをして喫茶店でランチを食べたりして、穏やかな時間が流れていた。買い物が終わると家に戻り、夕飯の準備を手伝った。よく母と一緒に料理をしていたことを思い出し、涙が溢れそうになり、百合はそれを見て頭を撫でてくれた。百合の温かさが嬉しかった。
夕飯が出来上がるのと同時くらいに優弥が仕事から帰ってきた。穏やかな夕飯時だった。優弥は仕事の合間を縫って調べてくれているらしい。しかし、管轄が違うのもあり調べるのに手間取っているらしく、なかなか進まないみたいだった。
それから数日は落ち着いた日々が続いた。百合のお手伝いをしたり、一緒に散歩したりした。なんだか私は解放された気がして、すっかり安心していた。
そして、ある日。私は百合に誘われて綺麗な花畑がある公園に出掛けることになった。そこに到着して沢山の花を目にして私は感動し驚嘆の声を出した。かなり広々とした花畑だった。私は百合に花冠を作ることにして百合に「ちょっとお花を摘んでくるね」と言い百合から離れた。百合はここにいるわと言ってくれた。
私は広い花畑をウロウロ動き回りながら、百合に似合いそうな花を選んでいた。
そんな時だった。
「ほのか!」
突然現れた兄に私は愕然とした。私はあまりの突然の事でその場から動けずにいた。そして、立ちすくむ私に兄は近づき、ハンカチを私の口に当てた。口に何か薬品のようなものを吸い込み、私の意識は遠退いっていった。兄は私を抱きかかえるとその場を立ち去っていった………。
同時刻。
百合は居なくなった要を探していた。花畑の管理者にお願いして一緒に探したが、一向に見付からなかった。そんな時、百合の携帯が鳴った。優弥からだった。
「百合か?あの子の事が分かったよ。あの子、実は………」
「………え?」
「彼女に伝えたいのだが、今どこにいる?」
「それが………」
百合は要が居なくなったことを話した。頭が混乱しているらしく、支離滅裂な状態だったが、優弥は理解し言った。
「分かった。百合は僕から連絡があるまで家に居てくれ。彼女が戻ってくるかもしれない。それと、犬飼の居所が分かった」
優弥はそう言って電話を切った。
私が目を覚ますと、そこは兄の部屋だった。手足は拘束され、身動きが取れない。視界がはっきりすると目の前に兄がいた。兄は呻くように言った。
「なんで、お兄ちゃんから逃げたの?僕はただほのかと一緒にいたいだけなのに!なのに、なんで!なんで!」
兄はそう叫ぶとポケットからサバイバルナイフを取り出した。私は殺させると思った。ナイフを虚空に掲げ振り下ろす瞬間だった。
「そこまでだ!」
数人の男が部屋に入ってきた。一番先頭にいるのは優弥だった。
「犬飼知己!監禁の現行犯で逮捕する!」
そう言うと、周りの警官たちが兄を取り押さえた。私は拘束されていた手足を解かれ、毛布を被せてくれた。家を出ると百合が駆け寄ってきた。
「良かった………無事で本当に良かった………」
百合はそう言って抱き締めてくれた。私は安心感で涙が溢れてきてその場で泣き喚いた。百合も涙を流していた。そんな私たちに優弥が言った。
「とりあえず、僕たちの家に帰るといい。また後で詳しく話をするよ」
私たちはパトカーに乗りその場を後にした。パトカーの中で私は心身喪失の状態だった中、百合は私の方を抱き締め「もう大丈夫」とずっと言い聞かせてくれていた。家に着いて、私は安堵感に包まれた。百合は「今日はゆっくり休んで」と言ってくれたので、私は横になった。安心からか私は深い眠りに落ちていった。
夢を見た。大好きな両親が私を包み込み頭を撫でながら「もう大丈夫よ」と言った………。そこで目が覚めた。
外はすっかり朝になっていた。私はまだ昨日の出来事が頭の中を横切っていた。布団から起き上がり、よろよろとリビングに行くと宮野夫妻がいた。
「よく眠れた?」
百合が心配そうに顔を覗き込ませた。私はこくりと頷き、昨日の事を優弥から聞くことにした。優弥は「分かった」と言い、話し始めた。
「まずは、君の本名は松島莉愛で間違いはない?」
私は「はい」と言って頷くと、優弥は昨日の出来事を説明してくれた。
昨日になってようやく私の本名が聞き込みで分かったらしく、兄と名乗っていた犬飼の事も調べがついたということだった。まず、犬飼は実名だが私の本当の兄ではないこと。そして、私の両親の事故は事故ではなく、仕組まれた事件だった事を教えてくれた。
「………じゃあ、お父さんとお母さんは殺されたってこと?なんで!」
私は思わず叫んでしまった。優弥は「落ち着いて」と言い、その事件の経緯を話し始めた。
「あの事件を担当した刑事に聞いたんだが、車は大破したとはいえ、ブレーキ痕を調べたらブレーキを踏んだ形跡が無かったそうなんだ。とりあえず、事故と事件の両方で捜査をしていたら、付近の防犯カメラに犬飼の姿が映っていた。そして、今回の事件で調べたところ、犬飼の家庭の状況が分かった」
優弥が言う話を黙って私は聞いていた。その時、兄が言っていた「ほのか」が誰のことなのかようやっと分かった。
「ほのかという子は犬飼の実の妹だよ。近所でも評判の仲の良い兄妹だったらしい。だが、ほのかが友達と遊びに行ってくると言い出掛けたっきり帰ってこなくて、次の日に死体で見付かったんだ」
私はその事実に愕然とした。優弥は話を続けた。
「通り魔にナイフで切り付けられたそうだ。犯人は捕まっているよ。だが、最愛の娘を失い両親は心身を病んで亡くなり、独り残された犬飼は妹が亡くなった事を受け入れられず、妹をずっと探していたようだ。そこで、妹と顔立ちが似ている君を手に入れる為に、あの転落事件を計画したらしい………」
話を聞いて、私は涙が溢れてきた。大好きな両親が一人の身勝手な欲望のために殺されたと思うと許せなかった。復讐できるものならしてやりたい………そんな想いだった。それを優弥が察したのだろうか、優弥が言った。
「もう一つ、伝えたいことがあるんだ」
そう言って衝撃の事実を伝えた。
「君には生き別れの兄がいると言っていたね?その事なんだが………」
「分かったんですか⁉」
優弥は頷いて、そして少し躊躇うように口を開いた。
「………僕だよ………」
「………ヘ?」
私は優弥が何を言っているのか分からなかった。優弥は照れ臭そうな顔をしながら言った。
「僕がその兄だよ………」
私はしばらく頭の思考回路が付いていかなくて、優弥の言葉をすぐには理解出来なかった。沈黙の間があって、私は叫んだ。
「えぇ〜〜〜!!」
そこで、今まで黙って話を聞いていた百合が口を開いた。
「私もその事を聞いたときはびっくりしたわ。でも、言われてみればなんとなく納得できるのよね。優しいのに変なところで気が強いのはそっくりなんだもの」
私は衝撃の事実に唖然として、開いた口がしばらく塞がらなかった。すると、優弥が自分の生い立ちを話し始めた。
「確かに僕は赤ん坊の時に宮野夫妻に養子に出されている。育ててくれた両親には今でも感謝しているよ。ただ、二人ともあまり身体は丈夫じゃなくて、数年前に他界している。僕が養子だと教えてくれたのは亡くなる少し前だよ。でも、育ててくれた両親に申し訳ないと想い、産みの親の事は調べなかったんだ。だから、今回の件で事実を知って僕自身もびっくりしてるよ。こんな形で産みの親と妹がいたという事を知るなんてね」
優弥は一通り話し終えると、こんな提案をしてきた。
「もし、君さえ良ければ良ければ一緒に暮らさないか?百合も承諾してくれている。どうかな?」
私は今度こそ本当の兄に会えたと思ったら涙が溢れてきた。私は涙を拭って言葉を紡いだ。
「………よろしくお願いします」
私はそう言って頭を下げた。優弥と百合は「こちらこそ、これからよろしくね」と言い、百合は私を抱き締めてくれた。両親を亡くしてから、本当に安堵した日だった………。
〜エピローグ〜
数日後、私は優弥と百合と一緒に墓参りに来た。三人で墓を綺麗にして、花を供えた。その時、私は一緒に手紙を添えた。百合がなんて書いてあるの?って聞いてきたが、私は「内緒」と言った。
『お父さんとお母さんへ
私に沢山の愛情を注いでくれてありがとう。
私は今も幸せです。
どうか安らかにお眠りください。
私たちのことから空から見守ってね』
(完)