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 俺は鏡の前にいた。


 目を背けたかった。

 勇者たちに「ブサイクだから出て行け」と罵られ。

 新しい仲間を希望したら「いやあなたはちょっと」と拒絶され。

 そして俺が心から信じているドラゴンであるパチューカから「キミは容姿が悪い」とズバリと指摘された。


 その姿が、鏡の中に写っている。


 なんと醜い姿だろうか。

 こんなにも俺は悪い見た目だっただろうか。

 いや、そうじゃない。

 最近の出来事で、俺は自信を失っていた。

 そのせいで、以前にも増して、酷い容姿であるように感じている。


 ――俺の見た目ってそんなに悪くないよな?


 もはや、そんな考えは微塵もなかった。

 1ミリも、1ミクロンも、1ナノも。

 完璧に、完全に。


 消え失せていた。


 目を背けたい。

 見ていられない。

 鏡の中のこいつのせいで。


 俺の人生は超ハードモードなんだ。


 そのように思うと、今すぐにでも鏡ごとぶち壊してやりたくなる。


 だけど。

 駄目だ。

 目を背けちゃ駄目なんだ。


 ――リドルが駄目なんは容姿のせいやけど、でも、本当のとこは、そこが主因というわけやないんや。


 パチューカはそう言った。

 俺の愛する相棒が、そう言ったんだ。

 だから、俺はそれを信じることにした。


 だから、もう目を背けない。

 俺は鏡の俺を、睨み付けるように、見た。


 少しでも。

 "これ"をよくすることを考えるんだ。


 明日。

 俺はアルバイトの面接を受ける。

 これもパチューカのアドバイスだ。


 でも。

 俺は怖じ気づいていた。


 何しろ俺は、ギルドの面接を30回連続で落ちた男だ。

 しかもその理由は恐らく"見た目"なのだ。

 そりゃあ怖い。

 怖すぎる。

 面接に行くだけで、容姿をバカにされ、鼻で笑われ、そして落とされるのではないか。

 ギルドで駄目なんだから。

 普通皿洗いでも掃除夫でも、無理なんじゃないか。

 そんな風に頭の中で悲観的妄想が吹き荒れた。

 

 しかし。

 俺はパチューカの言葉を信じている。

 彼女は、続けてこうも言っていたんだ。


「ええか、リドル。リドルはこれまで、"容姿"について無頓着過ぎたんや。リドル。キミは確かに、決してカッコいいとは言えへんかもしらん。でもな、それだけでここまで嫌われるなんてありえへん。それじゃあなんで新しい仲間が出来ひんかったか。それはな、"身だしなみ"や」


 そうである。

 俺が面接に落ちた理由は、"生まれついての容姿"だけではなかったのだ。


 俺は清潔には気をつけていた。

 どちらかと言えば奇麗好きなほうだ。

 しかし。

 見た目にはまるで気を付けていなかった。

 俺はテイマーになって、世界を救う修行に明け暮れていたから。

 そんなものは不要だと思っていた。

 これまでろくに鏡を見たこともなかった。

 テイマーとして優秀なら、見た目なんてどうでも良いと思っていたんだ。


 俺は改めて鏡を見た。


 髪の毛は洗ってはいるものの伸び放題でボサボサ。

 頬には山羊髭が生え放題。

 眉毛も不揃いに汚らしくととのえられていない。

 目には覇気がなく。

 口元はだらしなく半開き。

 ぶくぶくと太った顎は二重顎だ。

 

 ザ・出来ない男だ。


「ええか、リドル。人間に大事なんは確かに中身や。でもな、初めて会う人間は、リドルがどんな人間なんか知らへんねや。リドルがどんなに優秀なテイマーだろうと、心根の優しい男だろうと、そんなの初めて会う人間はわからへんのや。いや、もちろんウチは知ってるで? リドルは本当にええ男やって。優しくて頼もしくて、そして実はとってもカッコええって。だからウチは大好きや。でもな、それはウチが長い間、リドルと一緒におるからやねん。リドルのことをよーく知ってるからやねん。初対面の人間はそんなん知らへんから、結局、リドルの"見た目"で判断するしかないねん。話せば分かる? 面接の口頭質問で分からせる? あらへんあらへん。ほんの2、30分話したから言うて、その人間の何がわかんのん? わからへんて。そう簡単には。人の内面なんてな。だから――」


 "容姿を整えること"は大事やねん。


 パチューカの言葉が頭の中で響いた。


 俺が買ってきた就活の本。

 あれには会話の受け答えしか載っていなかった。

 いいや。

 もしかしたら載っていたのかもしれないが、俺はろくに見てなかった。

 とにかく、見た目よりも中身。

 内面をよく見せることだけを考えていた気がする。

 本当の俺を見せれば分かってもらえるはずだ、と。


 しかし。

 俺は考え直した。

 パチューカの言う通りだ。


 よし、と俺は鼈甲櫛(べっこうくし)とカミソリを手にした。

 こんな見た目だけど。

 出来るだけ、()()になるように、努力してみよう。


 §


「遅いなあ」


 次の日。

 夕方。

 すっかり日は傾き、既に外は蒼い薄闇に包まれつつある。

 

 パチューカは安宿の一室でソワソワしながら、リドルの帰りを待っていた。

 上手くやってるかな。

 昨日はちょっと言い過ぎたかな。

 失敗してないかな。

 色んなことが頭に浮かんで、落ち着かなかった。

 もし――もし、また面接に落ちて落ち込んでたらどうしよう。


 ただ。

 うちはイケると思ってる。


 パチューカは一人でうんと力強く頷いた。

 リドルは色々と抜けてるとこがあるけれど。

 人間の世界では受け入れられにくいとこもあるらしいけれど。

 パチューカは、リドルのことが大好きなのだ。

 それは内面だけの話じゃない。

 パチューカは、リドルの容姿も含めて好きだった。


 そもそもが巨体のドラゴンからすれば。

 人間がたかが数十センチ大きかろうが小さかろうが。

 数キロ重かろうが軽かろうが。

 (たてがみ)が多かろうが少なかろうが。

 些末なこと過ぎてどうでもいいのだ。

 どうして人間たちはこんな小さなことに拘るのか。


 パチューカには、理解できない。


 とにかく、リドルのことが好き。

 パチューカにとっては、それだけだ。


 だが、逆に言うとそれだけに。


「大丈夫かなあ」


 彼女は、とても心配なのである。


 パチューカは窓の外を眺めながら、もう一度、はあと息を吐いた。

 上手く行くと思う。

 リドルは決して人に嫌われるような人間じゃないから。


 でも――心配だ。


 パチューカの眺める窓外には、蒼い空に、一番星が強く光輝いていた。


「パチューカ!」


 と、その時である。

 突然、勢いよく扉が開き、リドルが入ってきた。


 その顔を一目みて。

 パチューカは泣きそうになった。


「パチューカ! やった! 合格だ! バルの店長、俺のことを雇ってくれるって!」


 リドルはそう言いながら、パチューカの胸に飛び込んできた。


 パチューカは両手を広げて、リドルを受け止めた。

 そして震える声で、「よかったあ」と小さく呟いたのだった。



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