35 妬み
「あー……ムカつく」
勇者アレンは酒瓶を片手に貿易折衝の街「カルスト」を彷徨いていた。
彼はイライラしていた。
彼のここ最近はろくなことがなかった。
まず、戦力の大幅ダウンにより戦闘がとても苦しくなった。
攻撃魔法役も回復役も有能な人物がいたから余裕だと思っていたけど。
やはり、あのテイマー――リドルをクビにしたのが痛かった。
あの醜い男は、思っていた以上に俺達のギルドの役に立っていた。
戦力もそうなんだが、あいつがいなくなってからなんとなくパーティーの仲間たちの雰囲気が悪くなった。
これまで意識していなかったが、あいつのおかけでスムースにコミュニケーションが取れていたのかもしれない。
思い返せば。
すべては"あいつ"を追い出してから始まった気がする。
一気に不運が襲ってきた。
戦闘が芳しくないことから支援が減り、良くない噂も立つようになった。
すると街の人間もアレンたちを煙たがるようになっていき、そうすると仲間内でももめることが増えた。
アレンはギスギスした雰囲気が嫌で、町に入るとすぐに彼らと距離をとるようになった。
今もアーシャたちはこの町のどこかにいるが、彼らが何をしているのかはサッパリ知らない。
そもそも、この町にやってくることも、あいつらには散々反対された。
そんなくだらない理由でカルストに行くなんて面倒くさい。
もうほっとけばいいじゃん。
そんな風に説得された。
正論だった。
俺たちは俺たちの旅を続ければ良いのだ。
"あんな奴ら"は放っとけば良い。
それはそうである。
非の打ち所のない正論。
しかしその正論が。
余計にアレンをイライラさせるのだった。
「クソがっ!」
アレンは路地裏で悪態を吐いた。
するとそれが街のチンピラの耳に届き、前後不覚に陥るほどに酔っぱらっていた彼は、彼らにボコボコに殴られた。
つと目の前を見ると、居酒屋の壁紙に貼られてあったチラシが目に入った。
【"豊穣祭"に勇者様ご一行が登場!】
そのように大袈裟に喧伝されていた。
そこには勇者の姿が描かれていた。
アレンたちとは全く違うパーティーの絵が。
アレンは忌々しげに顔を顰めると、そのチラシを剥ぎ取り、ビリビリと破り捨てた。
腹が立って仕方なかった。
この"勇者たち"が。
この男たちこそ、アレンがこの町にやってきた理由なのだ。
この世界には、勇者が2人いた。
アレンの腹違いの弟・イーサンだ。
イーサンはアレンよりも強くて、清廉で、そしてイケメンだった。
仲間たちもみな洗練されていた。
オシャレで均整がとれていて。
いかにも勇者パーティー然としていた。
アレンは弟に嫉妬していた。
イーサンよりも上になりたかった。
自分たちが影で「偽勇者」と揶揄されていることも知っていた。
だから。
だから、あいつよりも完璧になりたかった。
強さも。
人望も。
そして――見た目も。
そう。
アレンは、だからリドルをクビにしたのだ。
リドルは強さは申し分なかった。
性格も努力家だし優しいし、何も問題なかった。
しかし、あいつがいると。
"ルック"が良くない。
見た目がダサくなるのだ。
だから追い出した。
あいつがいたら、弟に勝てない。
そのように感じていたのだ。
――ぶち壊してやる
アレンはクツクツと嗤った。
この豊穣祭とやらで。
弟たちの晴れ舞台をむちゃくちゃにしてやる。
アレンはそのように呟くと。
持っていた酒瓶をがぶりと呷った。




