33 約束
「なんだよ。気付いてたのか」
ホールのど真ん中にある大黒柱の陰から。
トマは「かっこわりいなあ」と呟きながら姿を現した。
「ったく、リドル、お前は本当にズルいやつだなあ。僕がいるのを知ってて、アスカさんにさっきみたいなことを聞いたのか」
「この時間、トマはいつもホールの担当じゃんか。誰だって分かるさ」
意地悪なやつだ、とトマは口を尖らせた。
俺は苦笑して肩をすくめた。
「けど、別にトマだけのためじゃないよ。俺だってアスカさんにはここにいて欲しいんだ。ううん、俺たちだけじゃない。ここで働く全員が気になってることだし」
まぁね、とトマは息を吐き、苦く笑った。
ずいぶんと疲弊した笑みだった。
この男は本当に、アスカさんに惚れているのだ。
けどさ、とトマはため息混じりに言った。
「けど、もうみんな、薄々感じ取ってるだろう。僕らがああだこうだ言っても意味のないことだって。お前も見ただろ? キルシア=デミトリ。思ったよりずっと強敵だ。あれだけの人物だ。断る理由なんてない。店にとってもデミトリ家との繋がりは大きな繁栄に繋がる。間違いない。アスカさんは嫁ぐべきだ」
トマはまるで用意された台詞のようにツラツラと語った。
「……トマ。それ、本心なのか?」
「本心なわけないじゃん!」
トマは即答した。
「けど、現実だから仕方がない。世の中は僕たちの思い通りになんてなってくれない。末端の従業員である僕の気持ちなんて、アスカさんの人生には関係ないことだよ」
トマはあははと笑った。
どうにかしてやりたいと思った。
トマは俺の数少ない友達だ。
そして良いやつだ。
だからなんとかしてやりたい。
けど、現実は。
トマの言った通りだ。
これはアスカさんとキルシアだけの話じゃない。
デミトリ家と、バル『パリス』の話なのだ。
俺たちに出来ることは驚くほど少ない。
そもそもトマがアスカさんを射止めたとして、それがパリスにとっていいことなのかどうかさえ分からない。
けれど――一つだけ確かなことがある。
それは、これはトマの恋路だということ。
トマの人生だということ。
ミゲルは恋愛には分相応というものがあると言った。
人を好きになるには資格がいるんだと。
俺はそれに半ば納得しかけた。
現実として、他者から見れば確かにミゲルの言葉は真実かもしれない。
無関係な人から見れば、トマにはアスカさんを好きになる資格がないのかもしれない。
でも。
俺は違うと思う。
俺はトマにはアスカさんにアタックする権利があると思う。
結果なんてそんなものは分からない。
例えそれが失敗に終わるんだとしても。
それが、パリスにとって良くないことだろうと。
トマが想いを伝えること。
そのこと自体は――絶対に悪くない。
俺はぐ、と拳を握った。
分かってる。
これは半分は俺のワガママだ。
俺は。
トマに、このまま引き下がって欲しくないのだ。
「トマ」
と、俺は言った。
「アスカさんに、告白してみろよ」
「またその話かよ」
トマは作り笑いをした。
「笑い話じゃない」
俺は真剣な声を出した。
トマは笑い顔を止めた。
「な、なんだよ。急に怖い声だして」
「トマ。お互いに、覚悟を決めようぜ」
「なんだよ。"覚悟"って」
俺はすーと息を大きく吸った。
そして、トマを見つめた。
それから、言った。
「トマ。お前は豊穣祭でアスカさんに告白するんだ。その代わり」
俺はそこで一瞬、言葉を止めた。
ここに至ってもなお、躊躇いがあった。
「その代わり、なんだよ」
トマが先を急かした。
そうだ。
これは神様がくれたチャンスなんだ。
俺がこれから先、前を向いて生きていくためには。
あいつらと決着をつけなくちゃいけないんだ。
俺はごくりと唾を飲み込んでから、言った。
「俺は、昔のパーティー……俺を捨てた勇者たちに、引導を渡す」




