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31 キルシア


 その男を一目見たとき。

 人間というのは不公平なんだなと思った。


 彼の名前はキルシア=デミトリ。

 身長は185cmはありそうで、髪の毛は美しい銀髪。

 顔は超美形で、勇者アレンにも負けていない。

 こんな完璧な美形が大金持ちで爵位持ち。

 まったく、世の中というのはどうしてこう理不尽なのか。

 そんな風に思うのは、もしかすると俺が昔より少しは世間を知ったからなのかもしれなかった。


「こんにちは」


 その日の夕方。

 本格的に忙しくなる少し前に、キルシアは右手でタイを直しながら、左手で髪をかきあげながら、カツカツと靴音を鳴らして入店した。


 キルシア=デミトリ。

 この巨大な街のど真ん中。

 もっとも土地の価格の高い一等地に、宮殿のようなレストランを構える大店の跡取り息子。

 彼は――アスカさんのフィアンセである。


 俺たちは鈴なりになってキッチンから首を覗かせて見ていた。

 さすがのコック連中も今だけは手を止め、野次馬になっている。

 ただその中にあって、デイドロだけは不機嫌そうにキッチンの奥の方でタバコを吸っていた。


「やあやあ、ようこそ、キルシアさん。お待ちしていました」


 オーナーが直々に出迎えた。

 その横に、いつもの制服を着たアスカさんがいる。

 気のせいか、少し不機嫌そうだ。


「突然申し訳ありませんね。お忙しいところを」

「とんでもない。本来ならこちら側から挨拶に向かうべきでした。なにぶん零細の繁忙期なもので。貧乏暇なしというやつです」


 オーナーがすいませんと頭を下げると、キルシアは気にしないで下さいと首を振った。


「跡取りとは言っても、私はなにものでもない若輩で。まだ店の一つも任されておりませんから。私から挨拶に来るのが道理です。えっと、そちらがアスカさんですか」


 キルシアは上品に微笑み、アスカさんの方を見た。

 アスカさんはぎこちなく笑い顔を作って、はい、と小首を傾げた。


「これは驚いた。なんと、はあ、美しい方だ」


 キルシアは胸に両手をあて、大袈裟に息を吐いて見せた。

 それからしばらくじっと無言で彼女を見つめ、それからハッとした様子で小さく頭を下げた。


「すいません、淑女(レディー)に対して失礼を。つい、見惚れてしまいました」

「はっは。キルシアさん。なかなかお上手ですな」

「本心ですよ。私は昔からお世辞が苦手ですから」


 キルシアは肩を竦めた。


 まずい、と思った。

 この男。

 中身もイケメンだ。


「このお店も活気があって素晴らしいではないですか」


 キルシアは周りを見ながら感心したように言った。


「ふむ、王族からの締め付けが厳しい昨今、これだけのお店を構え繁盛していけることは、この『パリス』が素晴らしいお店であることの証だ」

「いえいえ。デミトリさんとこと比べたら」

「私たちとは店のコンセプトが違うだけです。大事なのは外観ではなく、各々の社会的な役割ですから」

「そのように仰っていただけると」

「私は見た目には騙されません。良いものというのは、貼られたラベルでは測れない」


 キルシアはいっそうっとりした様子で店内を眺めた。


 そんな彼を。

 アスカさんは満更でもない様子で見ていた。

 先程までちょっと不機嫌そうだったのに。


 うーむ。

 よもやここまで強敵とは。


 ……これ、トマに勝ち目はあるだろうか。

 

 

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