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30 婚約者


「なあ、お前はどっちが良いと思う?」


 俺を見上げながら、トマが言った。

 俺はホールで走り回るウェイトレスたちを目で追いながら「うーん」と唸った。


「やっぱ人に依るなあ。ソフィアを見てたらフリフリのゴスロリ衣装も良いんだけど、ネメシスみたいなスタイルの良いモデル体型だとスーツ系のカッコいい制服も良く見えるし」

「かー。リドル、お前は分かってねぇなあ。逆だろ、逆」

「逆?」

「そうだよ。ネメシスみたいなカッコいい子には逆にフリフリの可愛い系の方が映えるだろ。んで、ソフィアのようなロリっ娘にはピシッとしたフォーマルなのがギャップ萌えになる」

「そ、そういうもんか?」

「ほんと、お前は分かってねえなあ。男の性癖ってのは複雑なんだ。ネジ曲がってんだ。気持ち悪いんだ」


 トマははあと呆れたように首を振った。

 なるほど、と俺は思った。

 たしかに、堂々と性癖を語るトマは気持ち悪かった。


 俺とトマは今、キッチンの扉を少しあけ、縦に並んで首を伸ばしている。

 そして、ホールで新しい制服を着込んだウェイトレスたちを盗み見ていた。

 どちらにすべきか決めきれなかったアスカさんは、結局、"豊穣祭"の前日まで実際にホールで両方の制服を採用して、どちらの評判が良いか試してみることにした。


「ま、なんにしても。今のまんまじゃ決めかねる。決定打に欠ける」

「決定打?」

「肝心のアスカさんが着てないからさ。僕はどうしても、アスカさんの可愛い制服姿が見たい」


 トマは鼻息を荒くした。


「まったく、アスカさんは分かってないんだよ。自分がどれだけ優れた容姿をしているのか。自分は裏方だって思い込んじゃってて、客観的に自分が見れてない」


 ブツブツと繰り返すトマは、いよいよキモかった。


「おい、やっぱり今日、来るらしいぜ」

「だれだれ、だれが来んの」

「フィアンセだよ。アスカさんの」


 と、その時。

 調理場の方からそのような声が聞こえた。


 アスカさん。

 フィアンセ。


 その言葉に自動追尾システムのついているトマは、ほぼ反射的に、ぐるりと首を回した。

 少し笑いそうになりつつ、俺も耳をすませた。


「なになに。何しにくんの?」

「決まってんだろ。視察だよ、視察」

「なに? この店の品定めに来んの?」

「そうに決まってんだろ。結婚相手の店がどんなもんか見てーんだろ」

「そうか。よく考えたら当たり前だな。アスカさんとそいつが結婚したら、これから二つの店は合併すんだから」

「アホ。向こうはうちと比べ物にならない高級な大店(おおだな)だぞ。合併なんてするかよ」

「どういうことだよ。それじゃ、アスカさんが結婚しても今まで通り、この店は独立してやってくのか?」

「本当に物事を知らねーなお前は。あのな、どんな業界にも上下間系ってもんがあんだよ。ヒエラルキーってやつだ。この店と向こうの店の力関係を考えたらどうなるか分かるだろ。五分五分になるわけがない」

「よくわかんねーよ。つまり、どういうことだ?」

「つまり、合併なんて生易しいものじゃなくて、この店は向こうのボンボンに吸収されてしまうってことだ」

「は? 吸収? 無くなるの? この店」

「完全に無くなるかどうかは向こうの裁量次第だな。なんにしても、だ。新しい仕事は探しといた方が良いと思うぜ」

「か。マジかよ」


 コックたちはやれやれというように話し、仕事に戻っていった。


「聞いたか、リドル」


 トマがコックたちの方を見たまま聞いた。


「ああ。聞いた」

「どう思う」

「まあ、そんなに大きくは間違ってないと思う」

「この店、無くなるのかな」

「アスカさん次第だと思うけど」

「そうか」

「うん。どっちにしても、アスカさんがいなかったら、この店はたちいかない気もするし」

「そうか」

「うん」

「そうだよな」


 トマは呟いた。

 俺ももう一度、うん、と呟いた。

 

 そしてその日の夕方。

 本当に、アスカさんの婚約者が店に現れた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アスカさんの婚約者に、やってくる元仲間か……。 在り来りなざまぁ展開に辟易していると言いつつも、ストレス展開があるとなんやかんやと騒いで人が離れると。読者というのは勝手なものでございます。…
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