26 激励
「わ、私はそんな風には、お、思わないですけど」
ソフィアは胸に手をあて、少しおどおどした様子で言った。
ちょっと顔が赤い。
そして、俺たちから目をそらし、少しどぎまぎした様子で、
「私は、トマ先輩も、リドル先輩も、す、素敵だなって、思いますけど」
と語った。
俺とトマは、どちらともなく目を合わせた。
そしてどちらともなく――首をかしげた。
そして、少しの間があって。
俺は、くすっと吹き出してしまった。
このソフィアという子。
まだ小さいのに、すごく空気が読める子だ。
そして図抜けて優しい。
俺が笑ってしまったのは。
まだほんの幼いこんな小さな少女に、良い大人である自分たちが気を遣わせてしまったってことにである。
情けないというかなんというか。
なんとなく、滑稽だった。
「ごめんな」
と、俺は言った。
「みっともないところを見せちまった。トマ。この辺にしておこう。後輩の前で、これ以上カッコ悪いとこを見せるべきじゃない」
トマは俯いていたが、やがて「……そうだね」と呟いた。
俺はソフィアの頭をゴシゴシと撫で、ありがとうな、と言った。
「なんか、気を遣わせてしまったな。お世辞なんて言わせちまって」
「そ、そんなことないです。私は、本当にカッコいいと思います!」
俺は苦笑した。
本当に良い子だ。
どうにかして、トマを元気付けようとしてくれている。
「トマ」
俺はトマのほうへと振り返った。
「聞いただろ? 人間は、外見だけじゃねーんだ。中見がイケメンのやつは、外見がどうであれカッケーんだよ。俺もソフィアに同意だぜ。俺は男だけどよ。お前はすげーカッコよく見えるよ。新人の俺を受け入れて、優しく接してくれたお前が、それこそデイドロやコック連中よりよっぽど、カッケー奴に見えた。だから俺は、お前がアスカさんに見合わねえ人間とは思わねぇよ。少なくとも、告白する権利もねぇなんて、そんなバカな話はないと思ってる。特に、アスカさんは従業員のことを本当によく見てくれてる人だ。お前のことは、きっと外見以上によく見てくれてるはずだぜ」
俺は一気に喋った。
トマは拳をグーにしたまま、少し唇を噛み、黙って聞いていた。
なんとなく、元気が出ているように見えた。
「……本当に、そうかな」
トマはほつりと呟いた。
「僕、ちょっとは希望を持ってもいいかな」
「ああ。もちろん、上手く行くかどうかは分からねぇけど。でも、アスカさんにそこまで惚れてるんなら、単なる憧れで済ますべきじゃないと思うぜ」
「そうか」
トマは長い間、考え込んだ。
それから小さな声で「よし」と言った。
「リドル。僕、決めたよ」
「決めた?」
「ああ。"豊穣祭"の日に、僕はアスカさんに告白する。好きだって伝える。それから後のことは、それから決める」
「じゃ、じゃあ、とりあえず、明日からは出勤すんだな?」
うん、とトマは頷いた。
そしてそこでようやく――
ベッドから降りてきた。
「そして、これまで以上にたくさん働くよ。そして、豊穣祭の出し物の手伝いも全力でする。もちろんリドル、君とパチューカの手伝いも」
トマは俺を見つめた。
俺はなんだか嬉しくなった。
「そうしてくれると助かる。ありがとうな」
「礼を言うのはこっちだ。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「俺は何もしてない。偉いのはこいつだよ」
そう言って、俺はソフィアを見た。
するとトマは肩をすくめて、そうだね、と微笑んだ。
「ソフィア。今日はサンキューな。キミのおかげで元気が出た。辞めずに済んだ」
ソフィアはぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そんなことないです! 私なんて、何にも。で、でも、元気を出してくれたらよかったです!」
俺とトマは目を合わせた。
そしてどちらともなく、くすりと笑った。
§
「今日は付き合わせて悪かったな」
トマの家からの帰り道。
暗がりの街を、ソフィアと並んで帰っている途中、俺は言った。
い、いえ、とソフィアは頭を振った。
「私がついてきただけなので」
「本当に助かったよ。トマの奴、思ったより重症だった。俺だけだったら、きっと立ち直らせること出来なかった」
「そ、そんなこと」
「ある」
またぞろ謙遜しようとするソフィアを遮り、俺は言った。
ソフィアは驚いたように俺を見た。
俺は苦笑した。
「ソフィア。お前って不思議な奴だな。すごく癒されるよ。お世辞もお世辞に聞こえないっていうかさ。社交辞令でも、素直に励まされる」
俺が言うと、ソフィアは「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。
やはり、顔が少し赤くなっていた。
それからしばらく、黙って歩いた。
俺はソフィアが寝泊まりしているパリスの近くにある納屋のほうまで送り届けてから、自宅に戻ろうと思っていた。
もう夜も更けているというのに、飲み屋街には活気があった。
この少し危なげでなんとなく落ち着かない夜の街の雰囲気、俺は嫌いではなかった。
1日の労働を終えた人たちが、今日の労いをするための前向きな空気が感じられて、なんというか、ちょっとしたお祭り感がある。
そうして歩いていると、遠くにパリスが見えてきた。
もう閉店作業を終えて、店の灯も落ちている。
「……けど」
と、そのとき。
ソフィアは独り言を言っているくらいのトーンで、言った。
「けど、私は別に、お世辞で言ったわけじゃないんです。私は、トマさんのこと、素敵だなって思ってます。それは中身とか性格とかのことだけじゃなくって、ちゃ、ちゃんと、外見もです、っていうか、その、も、もちろん、それはリドルさんのこともそう思うっていうか――」
「ん? なんか言ってる?」
俺はもごもごと話すソフィアを遮って聞いた。
するとソフィアは「い、いえ、なんでも!」と顔を真っ赤にして言った。
「あ、あの、 ここまでで結構です! わざわざ送っていただいて、ありがとうございます!」
「あ、ああ、そう?」
「はい! 明日も、よろしくお願いしますです!」
ソフィアは腰を折ってお礼を言うと、踵を返して走り去ってしまった。
トテトテと走るその後ろ姿は、とても可愛く思えたのだった。




