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22 口喧嘩


「なあ、リドル。さすがにそれは通らんのとちゃうか? というか、そろそろもう起きてき。な? もうお昼近いよ。いい加減に、ご飯食べよ」


 パチューカが心配そうな声を出す。

 俺はベッドの上で布団に包まり、呻くように「食欲ない」と言った。


 残業の日から一日開けて。

 今日は休日である。

 俺は朝から起きる気になれず、朝食も食べずにずっとベッドから出ないままだった。

 時刻はもう十時をとっくに過ぎている。

 

「んもう、ええ加減にしぃよ。今さらウダウダ言うても仕方ないやん。もうオッケーしてもうたんやし。ね? 起きてき。一緒にご飯食べよ」


 パチューカはまるで学校に行きたくないと愚図る子供を諭すように言った。

 そして俺はまんま子供みたいに「要らない」と言い張ってさらに身体を丸めた。

 まったくお腹が空いていない。


「明日、アスカさんに"やっぱり豊穣祭の日は休暇を頂きます"って言ってくる」

「はあ? なに言うてんの。そんな理由で仕事を休んでええと思ってんの」

「うるさい。行きたくないったら行きたくないの。つか、あいつらなんでまだこの辺にいるんだよ。さっさと冒険の旅を続けとけよな」

「またそんな子供みたいなこと言うて……」


 パチューカはしょうがないなあと呟いて、人間みたいに、はあ、とため息を吐いた。


 俺はうつ伏せになって、枕を後頭部に押し付けて布団をかぶった。

 もう聞きたくなかった。

 俺は決めたんだ。

 来週の"豊穣祭"には参加しない。

 絶対に。

 誰がなんと言おうと――

 

 アレンたちがやってくる祭りになんか行けるもんか。


「アレンたちを見返すんやなかったん?」

 パチューカは言った。

「立派になって、一人でもやっていけるって、そうやってみんなに自分の力を認めさせるんやなかったん?」

「どのつらさげて会えば良いんだよ!」


 俺はがばりと起き上がり、思わず大きな声を出した。

 パチューカは少し俯いて、「……ごめん」と呟いた。


 室内に沈黙が落ちた。

 雨が降っているのか、窓の外のひさしがパラパラと音を立てている。


 俺は目を伏せた。

 布団を握る手にぎゅっと力が入った。


「……俺は今、場末のバルで皿洗いして糊口をしのいでるんだぞ。こんなんで、どうやってあいつらを見返せばいいんだよ。あいつらは使命を帯びた英雄の旅。俺は雑用係で安月給。オマケに俺は誇り高き龍族のお前を客寄せパンダに使おうとしてたんだ。落ちぶれてんだろ。落ちぶれ過ぎだ」


 はは、と俺は乾いた笑い声を出した。

 

「我ながら情けねーよ。どうしようもない」

「別にええやんか」


 パチューカは穏やかに言った。


「アレンはアレン。リドルはリドルや。リドルは立派にやっとるやんか。もう進む道を違ぅたんや。胸を張ればええ」

「張れねぇよ。お前にも、情けない仕事をやらせるところだった」

「ウチのことはええんよ。ウチは全然かまへんし」

「そんなことはねーよ。俺はどうかしてたんだ。大事な大事な相棒であるお前を、見世物にしようなんて」

「だからええ言うてるやんか。ウチは、あのバル、『パリス』が好きやもん。あそこで働いてるリドルも、リドルを受け入れてくれたオーナーも、リドルと一緒に働いてるみんなも、みんな大好きや。ほら、あの、ネメシスちゃん、やっけ。あの子もええ子やんか」


 パチューカはそう言って、少し無理に笑った。


「……すまん」


 俺はそう言うと、また布団をかぶった。

 情けない話だが。

 なんと言われようと、今のままではアレンたちに会いたくなかった。


 と、その時。

 ドンドン、と玄関の木扉がノックされた。

 乱暴な叩き方だった。

 俺は再び起き上がり、眉を寄せた。

 パチューカも怪訝そうな顔つきだ。


 ――誰だ?


 頭の中で色々と思い浮かべながら、ベッドから這い出た。

 

「おい! ドワ! テメー、いんだろうが!? コラ、さっさと開けろや! ドワ!!」


 ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。

 あまりに予想外な来客だった。

 そして、休日にもっとも会いたくない奴。

 というか、いついかなる時にも会いたくない奴。

 しかし、このままだと近所迷惑この上ない。

 俺は仕方なく、扉を開けた。


「おう、さっさと開けろや。ノロマ」


 声の主は威圧的にそう言うと、俺を見下ろした。

 こいつ。

 一体――何しに来やがった。


 現れたのは俺をドワと呼ぶ荒くれ者。

 バル「パリス」でコックをしている、デイドロだった。


 まさに招かれざる客だ。



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