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21 提案


「こちら、ソフィア=クレイア。明日からキッチンで雑用係として働くことになってるの。二人とも、よろしくね」


 キッチンの掃除を終え、先ほどの顛末をトマとネメシスに説明した後、アスカさんはソフィアを二人に紹介した。

 ソフィアは大袈裟なほどに頭を下げ、よろしくお願いします! と大きな声で挨拶を済ませた。


 トマはサムズアップして爽やかに「よろしくね」と笑顔で応えた。

 トマは新入りに優しいやつだ。

 俺の時もそうだった。

 ここで働くようになって分かったことだけど、これがなかなか出来ないことのようだった。

 みんな、新人にはそれなりに厳しいものだ。

 つまりトマという人間は、根っこの部分が優しいやつなんだ。


 他方。

 ネメシスはちょっと様子が変だった。

 いや、別にソフィアを嫌ってるとか拒否してるとかいう風ではないのだが、なんというか、少し訝しげに彼女を観察している感じだった。

 知り合い? と聞いてみたが、そうではないらしかった。

 ただ、時折首を傾げながら、ソフィアをジロジロと値踏みするように眺めていた。


「それでね、リドル君に頼みたいことなんだけどさ」


 そしてアスカさんは、ようやく話を"俺へのお願い"の方へと移した。

 はい、と俺は少し緊張して頷いた。

 

「実はさ、さっきみんなでイベントの話をしているときに思い付いてはいたんだけどさ。あの、なんていうか、ちょっと言いにくくて」


 珍しく、アスカさんが言い淀んでいた。


「アスカさん。ハッキリ言ってください」

 俺はキッパリと言った。

「アスカさんの言うことなら、俺は出来るだけ応えますから。ノーなんて言いませんよ」


 そう、とアスカさんは唇を噛んだ。

 そして、「嫌だったら断ってね」と前置きしてから、ようやく話を始めた。


「ズバリ。リドル君の飼っているドラゴン――パチューカちゃん、だっけ――を、豊穣祭で店のイベントに使ってみたいの」

「パチューカを?」


 予想外の言葉に、俺は思わず顎を突き出した。


「うん。いや、あの、君の大事な相棒を客寄せパンダみたいに使うのは、ちょっと失礼かなと思ったんだけどさ。正直、ドラゴンのショーなら、かなり派手だし、市井の人たちの耳目を集めると思うの。きっと話題になる。だからその、お願いできないかな」


 お願い、とアスカさんは手を合わせてお願いした。

 

「なるほど。その案、すげーいいんじゃないかな」


 少し首を傾げながら、トマが言った。


「リドル。僕からもお願いするよ。パチューカちゃん、僕も見てみたいし」


 な? と、トマもアスカさんに倣って頭を下げた。


 うーん、と俺は少し考えた。

 店の宣伝に協力したいのは山々だ。

 俺はこのお店のために全力で尽くしたい。

 心からそう思ってる。


 しかし。

 パチューカのこととなると、やはり少しばかり、慎重になってしまう。

 パチューカが有名になってしまうと、もしかしたら何か良くないことも起きるかもしれない。

 名を売る顔を売るというのは、リスクと利益が紙一重だ。

 コインの裏と表。

 俺自身がどれだけ危険になっても構わないけど、俺のせいでパチューカに無用なリスクが生じるのは嫌だった。

 

 ただ――と、俺はくすりと自嘲気味に笑った。

 恐らく、パチューカはこんな俺を鼻で笑うだろうな。

 あんたは考えすぎやわ。

 そんなことくらいでウチに危険が及ぶ訳ないやん。

 ええよ。

 やってあげる。

 そう言って笑うはず。


 それに――


「ズルいですよ、アスカさん」

 そう言って、俺は肩を竦めた。

「こんなの、断れるわけないじゃないですか。だって、俺が断ったら、ソフィアへの罰則がかかるんでしょ?」


 アスカさんは少しバツが悪そうに「まあね」と言った。

 俺は参ったなと後頭部をガリガリと掻いた。

 ほんと、抜け目のない人だ。

 この人は、やることなすこと全て計算づくなわけだ。


「分かりました。やります。パチューカと相談して、あいつがオッケーしてくれたら、ですけど」

 

 やった、とアスカさんは胸の前でパチンと手を打った。


「ありがと! はあ、良かった! これで、豊穣祭の出し物は決まったわね! あとは、そうね、ネメシスちゃんの歌をどうするか。バックバンドの当てさえあればなんとかなる――」


 アスカさんはそこまで言って、言葉を止めた。

 ネメシスの様子が少し変だった。

 彼女はまるで目を奪われたかのように、ソフィアをじっと見つめていた。


「ネメシスちゃん?」


 アスカさんが問いかけると、ネメシスは「あ、ああ、すいません」と物思いから醒めた。


「どうしたの? さっきから。ソフィアがどうかした?」

「いや、その、アスカさん、この子、キッチンの担当だって言ってましたよね?」

「ああ、うん、そうだけど」


 それがどうかした? とアスカさんは怪訝そうに聞いた。

 ネメシスはうーんと唸った。


「いやー、なんていうか、それって、なんかもったいない気がするんですよねー」

「勿体ない?」

「うん。ほら、リドルもトマも、よく見てよ。このソフィアちゃん。小さいけど、超美形だよ」


 ネメシスはそう言って、ソフィアを指差した。


 俺とトマとアスカさんは一瞬三人で目を合わせ、それから、一斉にソフィアの方へと目をやった。


 ソフィアは刹那、その視線から逃れるように身をよじった。

 いきなり大人三人に見つめられて恥ずかしくなったのだろう。

 顔がほのかに赤くなっている。


 言われてみれば――と、俺は目を凝らした。

 言われてみれば、ソフィアの顔の造作はとても整っていた。

 髪がボサボサで肌も汚れていたから気付かなかった。

 彼女の顔は、まさに美形そのものだった。

 目も鼻も口も。

 まるで人類の理想を模した彫刻の雛形のようであった。


 そういう目で見れば。

 ため息が出そうなほどに美しい顔立ちだ。

  

「ね?」 

 と、ネメシスは何故か少し自慢気に言った。

「どう見てもホールに出して給仕をさせた方が良いでしょ? キッチンの人手が足りてるなら、この子をホールでウロチョロさせるだけでも、店に華が出るわ」 


 アスカさんは顎に手を当てて、うんうんと短く数回頷いた。


「……確かに」

「ね?」

「うん。この子、ゆくゆくは看板娘になれるかも。ネメシスちゃんの後継者になれるかも」

「え? 私、看板娘だったの?」

「あら。自覚無かったのね」


 アスカさんはクスクスと笑った。


「よし。決まりね。ソフィア、あなた、明日からネメシスちゃんの下について、ウェイトレスの仕事を習いなさい」


 アスカさんがソフィアの肩をぽんと叩くと、ソフィアは一瞬戸惑ったあと、は、はいっ、と大きく頷いた。


「うーん」


 すると今度は、トマが唸った。


「なんだ? どうかした?」


 トマの隣にいた、俺が聞いた。


「いやさ。リドル、この3人、見てよ」

「いや、見てるけど」

「なにか気付かない?」

「なんだよ。別に、何も変なとこないけど」

「いや、ほら、この3人。かなりレベル高くない?」

「レベル?」

「見た目の話だよ」


 そういうと、トマは目を細めた。


 俺は改めて、アスカさん、ネメシス、ソフィアを見た。

 うむ。

 確かに。

 こうしてみると、なかなかの美少女揃いである。


「というかさ、ウチって、割とみんな美人だと思ってたんだよね。だから、なんていうか、ちょっと可愛い衣装着たら、それだけで、結構目を惹くと思うんだよな」


 なるほど。

 それは言えるかもしれない。

 アスカさんはバル「パリス」には武器が無いと言ってたけど。


 別に、何か特別なことをする必要も無かったのかも。


「おー、みんな、まだのこっとったか」


 と、その時。

 奥の方から、聞き覚えのある少ししゃがれた声が聞こえた。


「アスカもおるな。あー、良かった良かった」


 少しお腹の出た身なりの良い紳士。

 ここバル「パリス」のオーナー、シャイン=クレバだった。


 オーナーはごま塩頭をぽんぽんと叩きながら、俺達のいるテーブルに近づいた。

 俺とトマは思わず立ち上がった。

 するとオーナーは「ああいいからいいから」と言って、近くの椅子を引き、そこに腰掛けた。


「ネメシスちゃん。コーヒー」


 アスカさんがすぐに指示を出す。

 へーい、とネメシスは席を立った。

 その背中に「ありがとねー」とオーナーは手を振る。


「オーナー、どうしたんですか。こんな時間に」


 いやね、とオーナーは苦笑した。


「実はちょっとしたニュースがあってね」

「ニュース?」

「ああ」


 そこで、ネメシスがコーヒーをカップをオーナーの前に置いた。

 すまないね、と言って、オーナーはがぶりとそれを飲んだ。

 それから一息おいて、次のように言った。


「実は今度の豊穣祭なんだけどね。どうやら、ちょうどこの町に逗留しとる、勇者一行様たちが視察にやってくるらしいんだよ」


 俺を追放した勇者たちが――


 "豊穣祭"にやってくる?

 

 その一報を聞いて。

 俺は一瞬、心臓が止まった気がした。



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