2 決意
俺は茫然としてた。
何時間も、ただ目の前の景色を眺めていた。
遠くの稜線を見ていた。
大自然の美しい景色は、しかし、俺の目には無感動にしてまるで響いていなかった。
この時、凶悪なモンスターに出会わなかったのは幸運だった。
その時、きっと俺は全く抵抗しなかったはずだ。
もういいや。
なんかもういいです。
こんな俺でよかったらどうぞ食らってくださいまし。
そんな気分だった。
ショックは3つあった。
3つもだ。
致命傷にも至るほどの衝撃を、同時に3つも食らったのだ。
そりゃあ、茫然自失にもなる。
まず、仲間だと思ってたあいつらに――
裏切られたことだ。
半年ほどの仲とは言え、俺はあいつらを仲間だと思っていた。
性格的に合わないところもあったし、価値観もバラバラだったけど。
他人同士が集まってるんだから、そんなのは当たり前のことだ。
俺は同じ志を持つ仲間として、時にぶつかりながら、時に本気でいがみ合いながらも、数々の戦闘や紆余曲折を経て、お互いの信頼を築いているつもりだった。
俺は勇者パーティーの一員であることを誇りに思ってた。
そしてみんなの仲間であることにもプライドを持っていた。
だから命懸けで闘ったし、命懸けでみんなを守った。
それなのに。
あいつらにとって、俺は単なる飾りだったんだ。
ダサいと思うから。
見映えがよくないから。
そんな理由で切り捨てられた。
指輪やネックレスと同じ。
コートやブーツと同じ。
俺はあいつらにとって、オシャレアイテム程度の価値しかなかったんだ。
アレンは、仲間を、自分を飾るための装飾品だと考えていたんだ。
そんな基準で仲間を選別していたんだ。
2つ目。
アーシャにフラれたこと。
俺はアーシャが好きだった。
他のメンバーはどこか冷たいところがあったけど、彼女は違った。
物腰が柔らかくて、いつもニコニコと笑いかけてくれた。
俺の中の天使だった。
挫けそうになると、いつも彼女のことを考えて立ち直ってきた。
それなのに。
アーシャも、俺を邪魔だと考えていたんだ。
恋に破れたのは初めてのことだった。
俺は女性とは無縁の人生を生きていたから。
告白もしたことがなかったから、フラれることもなかった。
だから知らなかった。
失恋が、こんなにもキツいことを。
そして3つ目。
俺が、ブサメンであったこと。
俺はこれまで、自分がブサイクであるという自覚が無かった。
確かに背は低い。
太ってもいる。
デコも広い。
だけど、顔の造作は悪くない。
そう思っていた。
しかし。
今、湖の水面でマジマジと見ていると。
……いや。
たしかに、ちょっと……いや、かなりヤバイかも。
パッチリした目だと思っていたけど、俺の目は一重で、しかも三白眼だ。
瞳が小さくてぎょろりとしている。
鼻も高いというよりは横に広がっていて、形も良くない。
歯並びもあまり悪くて、さらに輪郭も下膨れ。
肌質もデコボコしていてちょっとギトギトしていて良くない。
これでどうして、自分をイケメンだと思っていたのか。
思えばこれまでの半生、俺はテイマーとしての勉強しかしていなかった。
他のことには目もくれなかった。
自分の容姿などどうでも良かったんだ。
とにかく調教師としての技術を磨くこと。
それだけを考えて生きてきた。
だから気付かなかった。
俺が、醜い男であったことに。
ぱしゃり。
俺は俺が写っている水面を殴った。
水に写った俺の顔はぐにゃぐにゃと揺れ、やがて形を成さなくなった。
そうすると、段々と怒りが沸いてきた。
あいつらに。
あの人を見た目でしか判断しない、偏見野郎どもに。
俺にどうしろと言うんだ。
仕方ないじゃないか。
こういう風に生まれたんだから。
リドル=オーシャンという男は、こういう容姿の男なんだから。
俺はただ、俺として生きているだけなんだから。
「チキショーーーーー!!!!!」
俺は叫んだ。
森の静寂に、その咆哮は響き渡った。
そうだ。
悪いのはあいつらだ。
俺は悪くない。
1ミリも、絶対的に、あらゆる観点から見て、一点の曇りもなく。
悪くない。
俺は立ち上がった。
そして、空を見上げた。
陽はいつの間にかオレンジに傾きかかっていた。
――見返してやる。
そう思うと、胸が熱くなった。
今よりもっともっと強くなって。
世界最強のテイマーとなって。
そして、他人に優しくなって。
強さだけじゃなく、人間としても成長して。
そして――熱い絆で繋がれた、"本物の仲間"を見つけて。
あいつらを。
アレンを。
そして――アーシャを。
見返してやるんだ。
後悔させてやるんだ。
俺を仲間にしておけば良かったと、そう悔しがるくらいに強くなるんだ。
俺は拳をグッと握った。
その時、ほっぺたに生ぬるい感触を感じた。
横を見ると、ドラゴンの子供である俺の相棒、パチューカが俺の頬を舐めていた。
「……パチューカ」
俺は鼻先がツンとして、目尻に涙が浮かんだ。
そうだった。
俺には、こいつがいた。
パチューカだけは、俺を見捨てなかった。
俺は無言でパチューカに抱きついた。
「そろそろ行くか。相棒」
俺がそう呟くと。
パチューカはキューンと鳴いて、嬉しそうに目を細めたのだった。