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18 残業 3


「俺が行くよ」


 緊張の張り詰める中。

 静まりかえったホールで、俺は3人に向かって言った。


「みんなはここで待っててくれ。様子を見てくるから」

「一人じゃ危険だわ」


 アスカさんが諫めるように言った。


「責任者として、私も行きます」

「ぼ、僕も行く!」


 トマも追従する。

 すると、ネメシスも「あたしも」と真剣な面持ちで言った。


「大丈夫です。こう見えても、俺は元勇者のパーティーの一員ですから」


 俺は胸を張り、ぽんとそれを叩いた。

 

 半ば強がり、半ば本音だった。

 俺は強い、という自負がある。

 じゃないと勇者の仲間なんて勤まらない。

 その自信はあるが、ただそれはやはり、パチューカがいてこそだ。

 俺一人では戦闘力は十分の一以下だろう。


 しかし。

 とはいえ、それでもコソ泥なんかには負ける気はしない。

 少なくとも、このメンバーの中では俺が1番強い。


「でも……」


 そうは言っても。

 ネメシスとトマは納得していない様子だった。


 悔しいが。

 ここでも、やはり見た目が影響しているのだろう。

 確かに、客観的に見て、俺は――


 弱そうだ。


「悪いんだけどさ」

 俺は苦笑した。

「みんなは足手まといなんだ。俺一人なら多分平気だけど、みんなを守り切れるかは分からない。だから申し訳ないんだけど、ここで待ってて欲しい」


 二人はしばらく考えていたが、やがて「わかった」「分かったわ」とてんでに頷いた。


「私はついていくからね」


 他方、アスカさんはそう言い張った。


「私は責任者だから。あなたに何かあったら、すぐに助けを呼ばなくちゃ」


 アスカさんはそう言うと、うん、と大きく頷いた。

 分かりました、と俺も顎を引く。

 仕方ない。

 まあ、彼女一人なら相手が誰だろうと守り切れるだろう。


「それじゃあ、俺の後ろに付いててください」


 そうして、俺とアスカさんは暗がりのキッチンへと向かった。


 §


 携帯用のカンテラの灯を頼りに、瓦斯灯が照らす短い廊下を通って奥へと進む。

 あれから音は完全に止んでいる。

 物音一つしない。

 侵入者が何者かは分からないが、どうやらキッチンで息を殺しているようだ。

 頭の中で想像が膨らむと、少しぞわりとした。


 やがて、観音開きするキッチン扉の前までやってきた。

 カンテラの灯を消し、後ろに控えるアスカさんに「ここで待っていてください」と小声で伝えると、俺はまず、頭だけ室内に入れた。

 暗がりのキッチンに人気はない。

 軽く視認すると、今度は体をするりとすべりこませる。

 それから、足音を殺して中へと進んでいった。

 

 室内は完全に静まりかえっている。

 料理台や調理器具の収納棚に変化は無い。

 となると――先ほどの音は、皿やスプーンなど食器が割れる音だった可能性が高い。

 俺はまな板を盾のように構えながら、さらに進んだ。


「誰かいるのか」


 少し思い切って、俺は声をかけてみた。

 返事は無かった。

 俺は眉を寄せ、ゆっくりと食器棚の方へと歩み寄って行く。


 つと、そのとき。

 目の端に、"何か"が動くものが映った。

 俺は思わず身構えた。 


「す、すいませんですっ!」


 その"何か"は、いきなり俺の目の前の方に方向転換をしたかと思うと――


 そのように叫びながら土下座した。


 §


 子供のように小さな女の子だった。

 ところどころ布のほつれたみすぼらしい麻の服を来た少女。

 小さな体をさらに小さく縮めて、プルプルと小さく震えていた。


「あ、あなたは」


 背後から声がした。

 振り返ると、いつの間にか入ってきていたアスカさんが、怪訝そうな顔をして少女を見ていた。


「し、知り合いですか?」

「知り合いって言うか――一応、うちの従業員」


 俺は眉根を寄せた。

 こんな女の子は見たことがない。


「見たことない子ですけど……一応ってのはどういう意味です?」

「まだ1度も現場には出てないからさ。今日、うちのオーナーが採用した子なのよ。たしか、名前はソフィア。働くのは明日から」


 なるほど。

 そういうことか。

 俺はもう一度、少女に目を移した。

 彼女――ソフィアは相変わらず頭を下げたまま、すいませんすいませんと呟きながら震えていた。

 なんだかとても不憫で可哀想に見えた。


「しょうがない子ね」

 アスカさんは息を吐いた。

「この子、家が無いらしくてね。近くの物置を貸してあげることになってたの。まさか、閉店後に無許可で侵入してくるなんてね」


 明らかに怒っている。

 まあ、当然と言えば当然か。

 何が目的なのかは知らないが、これから働こうという店に勝手に入り込んではならないだろう。

 

「まったく、夕食はたくさん食べさせてあげたでしょう? 食べ足りないからと言って、勝手に店のものに手を出すなんて」


 どうやら、少女がキッチンにある食材を盗み食いしようとしていたと考えているらしい。

 確かに――状況を鑑みるに、それがもっとも自然だ。


「で、でも、よかったじゃないですか」


 俺はあははとわざと明るい声を出した。


「俺、てっきりチンピラみたいなコソ泥が入ってきてるのかと思いましたよ。いやあ、従業員でよかった、よかった」


 あははー、と作った笑い声を出す。


 しかし。

 アスカさんは笑わなかった。

 それどころか、いっそ悲しげな目をしていた。


「馬鹿な子ね。お人好しなオーナーが不憫に思って、せっかく拾ってあげたのに。それを仇で返すなんてね」


 アスカさんは少女を見下ろした。

 少女はやはり、下を向いたままごめんなさいを繰り返している。

 そんな彼女に、アスカさんは冷たく言い放った。


「出て行きなさい。警察に突き出すのは勘弁してあげるから。その代わり、もう2度と、うちのお店には近寄らないように」



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