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17 残業 2


 と、言うわけで。

 俺とトマのほのかな恋心を漂わせながら始まった深夜の作戦会議だったが。


 いきなり煮詰まった。


 これがもう、見事なほどに、全然アイディアが浮かんでこないのである。


 俺もトマもネメシスも。

 アスカさんでさえも。

 皆、沈黙していた。


 カチカチカチカチカチ。

 深夜のレストランホール。

 静寂になると、ホール奥に設えられた大時計の音がやけに耳に付いた。


 ついさっきまでは大忙しで賑わっていたホールが。

 今はみんなうんうんと唸る声や、時折混じるはあというため息以外なにも音がしない。


 最初からつまづいた。

 なかなかに、重苦しい雰囲気だった。


 まあ、当然と言えば当然である。

 アスカさんはともかく、俺たちは単なる掃除夫とウェイトレス。

 なにかを企画したり、主催したり、そういう仕事なんかしたことがないのだ。


「……いざ考えてみると、盛り上がるイベントって難しいっすね」


 長い沈黙の末。

 トマが口を開いた。


「そんなこと言わないで。もうちょっと考えてみて」


 アスカさんは眉尻を下げて言った。


 俺とトマはまたぞろうーん、と唸り、しばし考え込んだ。

 アイディア、と言われても。

 正直、急に言われてもなにもピンと来ない。

 唯一、パッと思い付くのは店員が仮装して客引きをするとかなんとか、そのくらいだけど――そんなんじゃ、きっとインパクトもない。

 どこの店もやっているだろうし。


 完全に袋小路に入ってしまい。

 俺はチラ、とネメシスを見た。

 すると彼女もかなり考え込んでいるのか、俯き加減で、唇を噛んでいた。

 よほど悩んでいるのだろう、いっそ心地よさそうなほど一定のリズムで、スースーと肩を上下させながら息を吐いている。


 ……って、うん?

 ああ、いや、あれこれってもしかして――


 寝てる? 


「あ、あの、予算とかはどんなもんなんです?」


 俺はこほんと空咳をして、アスカさんの方に向いて聞いた。


「その辺りは割と融通が利くわ」

 アスカさんは親指を立てた。

「オーナーが毎年、豊穣祭のイベントには大盤振る舞いするからね。なにしろこの祭りには店のプライドがかかってるから。本来芸をしてくれるはずだった芸人さんたちにも、かなりギャラを弾んでたはず」

「それなのに、はあ、ドタキャンされちゃったんですか。そういえば、イベンターはどうしてキャンセル出して来たんです?」


 それがさあ、とアスカさんは口を尖らせた。


「あんまり要領を得なくって。私たちは音楽隊を呼んで演奏してもらおうと思ってたんだけど、演奏する人たちが怪我しちゃったとかなんとか。せっかく楽器まで用意してもらってたのに」

「楽器まで? ってことは、演奏家と楽器は別発注なんですか」

「発注先は同じだけどね。キャンセルがあったのは演者さんだけ」

「なるほど。じゃあ、楽器はあるんですか」

「楽器だけね。でも、今から演奏出来る人なんて見つからないし。そもそも、豊穣祭の日は、もうこの街の音楽家は全部予約が埋まっちゃってるし」


 はあ、とアスカさんはため息を吐いた。


「ネメシスちゃん。なにか良い案ないかしら。人の目をパッと集められて、お客さんを惹き付けられるような、何かインパクトのあるもの――」


 と、そこまで言って、アスカさんは言葉を止めた。

 ネメシスが居眠りしてるのに気付いたようだった。


「ネメシスちゃん?」

「ふぁい!?」


 ネメシスはがばりと頭を上げた。


「ね、寝てないよ! 私、起きてたよ!」


 ネメシスは袖でヨダレを拭きながら言った。

 アスカさんはジト目になり、ネメシスちゃん、と声を一段低くした。


「……ネメシスちゃん。残業を頼んでおいてこんなこと言うのもなんだけど、一応、今は仕事中だよ。時給が出てるんだからね。居眠りは感心しないわ」

「ね、寝てないですって! ね!? リドル! 私、起きてたよね!?」


 バレバレであったが、ネメシスは言い張った。

 俺は「は、はい」と曖昧に同意した。

 

「そ、それよりさ、やっぱ難しいよね! いきなりイベント考えるってのもさ! てかさ、なんかさ、こういうのって、なんか懐かしくない? 初等学校エレメンタリースクールとかでさ、文化祭の前の日に学校に残ってるって感じ? こういうの、なんかワクワクするよね? 恋バナする? ねね、アスカさん、好きな男子とかいるの?」


 ネメシスはなんとか誤魔化そうとペラペラと良く喋った。

 アスカさんは「しません」とぴしゃりと言った。

 ネメシスは肩を落として、「ごめんなさい寝てました」と素直に謝った。


 密かに、俺は少しだけ残念に思った。

 ネメシスと恋バナ。

 したかったッス。

 

「そう言えば、ネメシスさん、昔歌手目指してるって言ってませんでしたっけ」

 

 思い付いたように、トマが口を挟んだ。


「歌手を?」


 俺とアスカさんは同時にネメシスを見た。


「マ、マジ?」


 ネメシスは俯き、少し恥ずかしそうに上目使いでこちらを見た。

 それから蚊の鳴くような声で「……うん、まあ」と言った。


 あらま、そうなの?とアスカさんは身を乗り出した。


「ネメシスちゃんが歌手、か」


 アスカさんはそう呟き、しばし黙考した。

 それからうん、と一人で頷いた。


「……それ、結構良いんじゃない?」

「い、良いって、何がですか?」

「だから、ネメシスちゃんが、歌を歌って集客するの。ほら、ネメシスちゃん、とりあえず容姿は抜群じゃない? 歌は聴いたことないからまだ分からないけど、少なくとも、"見た目"はバッチリだわ」

「無理です」


 ネメシスは遮り気味に即答した。


「私が歌を歌ってたのはもう昔の話ですから。もう、トマったら、そんな話を引っ張りだしてこないでよ」

「でも」

「でもじゃないの。それにさ、有り得ないけど、仮に私が歌を歌うにしても、演奏出来る人がいないじゃない。アカペラなんて嫌よ」

「ああ、それなら――」


 トマが応えようとしたとき、突然、ガシャーン、と言う大きな音がホールに響いた。

 俺たちはみな、唐突な爆音に驚いて体を硬直させた。


「……な、なんの音?」

「キッチンから聞こえたわよね」

「はい。な、なんか、お皿が割れるような音だった」


 俺たちは顔を付き合わせ、ヒソヒソ声で話した。


「おかしいわね。今日はもうみんな帰ってるはずだけど」


 アスカさんが、ぞっとしないことを言う。

 

「泥棒……?」


 ネメシスが、ほつりと呟いた。


 ごくり。

 その場にいた全員が、息を飲んだ。



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