14 変化
「おう、リドル。お前、スゲードラゴン使いなんだってな」
「リドちゃん、今度あたしにも見せてよ。パチューカちゃん」
「なあ、勇者ってのはやっぱイケメンなのか? 死にそうになったことあんのか? 世界にはどんなモンスターがいるんだ?」
それから数日後。
バルでは、職場の人間たちの態度が少しづつ変わっていった。
あまり親しくなかったホールのおばちゃんに声をかけられたり、配達の兄ちゃんに質問されたりした。
1番驚いたのは、これまでどこか俺をバカにしてたコック連中の態度が軟化したことだ。
今まで、俺は彼らにとって嘲笑の対象でしかなかった。
容姿の醜い単なる陰キャ掃除夫。
そんな感じだったのが、今は"ドラゴンを使役して世界を旅していた元勇者ギルドの一員"という認識となっているようだ。
もう俺のことをドワと呼ぶものはいない。
俺自身は何も変わっていないのに。
俺の評判を聞いた周りの方が変わった。
「いや、ほんとにすごいんだから! 本物のドラゴンってば! 超カッコいいし、超カワイイの!」
評判を流したのはメネシスだった。
今も昼休憩中、少し離れたテーブルで、ずっと興奮気味に同僚の女の子に身振り手振りをまじえて先日の出来事を話している。
ありがたいことだ。
俺は昼食を食べ終え、コーヒーを啜った。
彼女のおかげで、俺の仕事のやりやすさは格段に上がった。
やはり、職場において人間関係というのはもっとも大事なことの一つだ。
もしかすると、仕事内容そのものよりも大切なことかもしれない。
それを改善してくれたんだから、もう感謝しかない。
まあ――俺は同僚に彼女がいるだけで、仕事に対する活力が沸いてくるんだけど。
「上手く行ってよかったね」
声がして目を上げると。
ランチプレートを持ったトマが立っていた。
「なんの話?」
「デートだよ」
トマは俺の向かいの席に座った。
「デートなんかじゃないって。まあ、でも」
俺はそこで言葉を止め、チラとネメシスの方を見た。
「でも、良い女性だな、ネメシスさんは」
「なに? ますます惚れちゃった?」
トマはニヤニヤしながら言った。
そんなんじゃないって、と俺は短く首を振った。
「そうじゃなくてさ。あの人のおかげで、色々助かってんだ。俺」
「へえ」
「なんつーかさ、職場の人がみんな優しいんだよな。これって、このバルでみんなから慕われてるネメシスさんが、俺のことを良く言ってくれてるからだと思うんだ」
トマは茹でたブロッコリーを口に運びながら、うんうんと頷いた。
「ま、確かに一理あるかもね」
「一理じゃない。十里だ。全部、彼女のおかげ」
「そんなことないよ」
トマは肩を竦めた。
「リドルがみんなに認められ出したのは、リドルが働き者だからだよ。こないださ、オーナーが褒めてたよ。あいつは本当によく働く。拾いもんだったってね」
「オーナーが?」
「そうだよ。他のみんなも同じさ。リドルって、手が空いたら絶対誰かの仕事を手伝うじゃん。しかも、それを恩に着せることもしない。当たり前みたいに手を貸すじゃんか。残業も良くするし、シフトも変わってあげる。そりゃ、みんなに好かれるよ」
お腹が空いているのか、トマは次々にランチを口に入れながら語った。
俺は驚いて目をパチパチさせた。
そんな風に思われていたのか。
全然――気付かなかった。
「だから、ドラゴンとか勇者とか、そういうのは単なるきっかけだったんだと思うよ」
そういうものなんだろうか。
俺は顎に手を当てて、思わず考え込んだ。
果たして俺は、少しは自信を持って良い人間なんだろうか。
――リドルはまだ、世間っちゅーもんを知らへん。
パチューカの言葉を思い出す。
そう。
彼女の言う通り。
俺はまだまだ分からないことだらけだ。
すっかり食事を食べ終えると、トマは「あー食べた食べた」と腹をぽんぽんと叩いた。
「いやほんと、僕、不思議だもん」
「不思議って?」
「リドルって、こんなに良い奴で使えるのに、どうして仲間をクビになったんだろうって。頭も良いし、ドラゴンも使えるし。追放される要素、ゼロじゃん」
そうなのだ。
もしもトマの言う通りなら。
パチューカの言う通りなら。
俺は、どうしてアランやアーシャたちに嫌われてしまったんだろう。
人は見た目でその人間を判断する。
悲しいけれど、どうやらそこに間違いはないようだ。
でも。
ちゃんと中身を知ってもらえれば。
その判断を、変えることも出来るのだ。
なら。
どうして俺はあいつらに嫌われたのか。
俺は下唇を噛んだ。
どれだけ考えても。
その答えは出そうに無かった。
「おう、ドワ。どけや」
いきなり椅子を蹴られて、俺は驚いて飛び上がった。
振り返ると、デイドロが立っていた。
「邪魔なんだよ、ハゲ」
すこぶる機嫌が悪そうだ。
俺は反射的に「ごめん」と謝った。
「オメーよ。マジで目障りなんだよ。いつまでもホールでダラダラしやがって」
「い、いやでも、昼休憩中はここは誰でも使って良いって」
「うるせえ。そりゃ人間の話だろうが。オメーはドワーフなんだから、昼飯は外で食え。裏手に樽があんだろ。あそこで十分だ」
デイドロは睨むように俺を見下ろした。
デイドロだけは、変わらなかった。
今でも前と同じように――いや、前にも増して、俺に対して態度が悪くなっていた。
「テメーもだ。トマ」
デイドロはさらにトマを睨んだ。
「ったく、ネズミ野郎どもが。オメーらみてーな陰キャが偉そうにホール使ってんじゃねえ。分相応ってのがあんだろ。お前らが真ん中にいると不自然なんだよ。お前らみてーな奴らは、俺たちの目に映らねえように隅っこで大人しく固まってろ」
トマは小さくなっていた。
肩を狭めて、俯いて黙っていた。
けっ、と舌打ちをして。
デイドロは踵を返し、行ってしまった。
「ちょっと待てよ」
俺は言い返してやろうと向かって行った。
俺のことはともかく。
トマのことまで馬鹿にされたらだまっていられない。
しかし、すぐに服を引っ張られた。
振り向くと、トマが青い顔をして、首を横に振った。
「止めとこう、リドル」
「止めとこうってなんだよ。あんな風に言われたらムカつくだろ」
「僕は良いんだ。デイドロの言う通りだし」
「そんなことはないだろ。昼休憩中は、ここはみんなの場所だ。オーナーがそう認めてくれてるんだ」
「良いんだってば」
「良くねえよ。俺はまだ新人だから仕方ないけどさ。トマは違うだろう? トマはデイドロより先輩なんだから、ここを使ってなにが――」
「もう良いって言ってるだろ!」
突然、トマは大きな声を出した。
俺は驚いて、口を閉じた。
ごめん、とトマはすぐに頭を下げた。
「もうこの話しは止めよう。それよりさ、僕もリドルの相棒のドラゴン、パチューカちゃん、だっけ? みてみたいんだけど」
トマはパッとすぐに表情を切り替えた。
俺は戸惑いながらも「あ、ああ」と頷いた。
釈然としないが。
トマが怒るなら止めておこう。
俺は席について、デイドロの話はそこで打ち切った。
だけど、その前に。
俺は肩を怒らせてホールから出て行くデイドロの背中を見送った。
俺にはやっぱり、まだまだ分からないことだらけだ。
勇者が俺を追放した理由。
トマが怒った理由。
全然、理解できない。
けど。
それを解き明かす鍵は、彼が握っている。
漠然と、そんな風な気がした。




