13 デート
「あはは! すごいすごい! カッコいい!」
街の中心から少し離れた郊外にある小高い丘の上。
カルストの町並みが眺望出来る空に、ドラゴンのシルエットが飛んでいる。
優雅に。
そして、力強く、旋回している。
「パチューカ! 反転して宙返りだ!」
俺はそのように指示を出し、それからピュイと指笛を鳴らした。
するとドラゴンは言われた通りにその巨体を翻し、さらにその場でくるりと縦向きにとんぼ返りした。
さらにパチューカは長い首をもたげてさらに上空へと浮き上がり、かと思うと急降下してきて、俺たちの目の前を横切った。
パチューカのアドリブだ。
大迫力の彼女の動きに、ネメシスは「すご……」と感嘆の息を漏らしてし、胸の前で手を組んだ。
一通りの演舞を終えると、パチューカは小型化して俺たちの元に戻ってきた。
陸地に着地すると彼女は小型化し、俺の肩に留まった。
ネメシスは目をキラキラさせながら祈るように両手を組んで、パチューカを見つめながら、「はあああ」と長い息を吐いた。
「どうだった?」
俺はドヤ顔気味になって言った。
パチューカは、相変わらず美しかった。
パチューカのことが誇らしかった。
「綺麗……本当に綺麗だった」
よほど感動したのか、ネメシスは目を潤ませた。
「本当にすごかった。ドラゴンという生き物がこんなにも神秘的だなんて」
「でしょ? でも、パチューカは中でも特別なんだ。贔屓目じゃなく、彼女は世界一の美竜だ」
ネメシスはうんうんと何度も大きく頷いた。
「リドル。キミってば、本当に、本物の勇者の仲間だったんだね。かんげきしちゃった」
「すごいのは俺じゃないさ」
「ううん。リドルも、パチューカちゃんも、両方すごい」
「はは。ありがとう。こいつを褒められるのは、自分が褒められるより嬉しいよ」
俺はそう言って、パチューカの頭を撫でてやった。
パチューカは目を細めた。
いつもならキューンと鳴くのだが、ネメシスがいて緊張してるのか、今日はそれはしなかった。
「さて。これからどうしようか」
俺は言った。
正直、これからのことは何も考えていなかった。
というか、考えても仕方が無かった。
俺はこれまで女の人とこうして二人きりで遊んだことが無かった。
だから、デートというものはどうすれば良いのか、よく分かってなかった。
俺はチラとネメシスを見た。
彼女は気持ちよさそうにうんと伸びをしていた。
いつも違って麻のシャツと綿のパンツルックというラフな格好である。
サイズがやや小さいのか、身体を伸ばすとへそがチラリと見えた。
ううむ。
いつものウェイトレス姿も良いけど――
……私服も良い。
俺は今日。
ますます、ネメシスのことが好きになってしまった。
「どうしよっか。ご飯でも食べる?」
「ご飯?」
「私、お腹減っちゃった。あ、そうだ。そのあと、パチューカちゃんに何かプレゼント買って良い?」
「プレゼント?」
「うん。今日のお礼。パチューカちゃん女の子だから、そうだなー、リボンとかブローチとか」
「いいの?」
「当たり前じゃん! そのくらいさせてよ」
ネメシスはどんと胸を叩いた。
よかったな、と俺はパチューカを見た。
パチューカは、少し間を置いてから、キューンと鳴いた。
そうして、俺たちは食事に出掛けたのだった。
§
「ちょっとここで待っててくれ」
昼食を取り。
ウィンドウショッピングを済ませた、午後3時すぎ。
カルストの中央広場噴水公園。
リドルはパチューカにそう言い残して、ネメシスの方へと向かって行った。
恐らく。
これから夜のデートに誘うのだろう。
上手く行けば良いけど。
パチューカはそのような老婆心を以て二人の様子を眺めていた。
今日一日。
パチューカはネメシスを観察していた。
彼女がリドルに相応しい女性なのか。
男を誑かすような悪女ではないのか。
或いは男を惑わせる魔性ではないのか。
見極めるつもりだった。
結果としては。
ギリギリ及第点、と言ったところだろうか。
ネメシスは明るくて快活で裏表のない人間だった。
とても美人だし、リドルに対しても最低限の礼儀は持っていた。
食事の仕方や仕草など少し育ちの悪いところも散見されたが、まあ、許容範囲だった。
そしてなにしろ。
可愛らしい。
あれなら女子に免疫のないリドルが惚れてしまうのも仕方がない。
ネメシスという女の子は動きがイチイチ可愛くて、そしてやたらボディタッチが多い。
恐らくは無意識におけるスキンシップなのだろうが、だからこそ性質が悪い。
そして、時折見せる上目遣いの潤んだ瞳。
サバサバとしてるのに、ときどき、キュッと口許を結んで強烈にキュートな表情を見せる。
あの顔を見たら。
男はイチコロだ。
しかもこのあざとさが天然ものなのだ。
リドルならずともドキドキしてしまうに違いない。
悪い女ではないだろうけど――
軽く魔性が入ってる。
一言で言うと、かなり佳い女、というわけだ。
けどまあ。
許せる範囲かな。
パチューカの審査はこのような感じであった。
つまり、応援するかしないかで言えば。
ギリギリ応援するくらい。
と、そのように判断しながらも、パチューカはハラハラしていた。
リドルとネメシスは何を話しているのか、まだ交渉中である。
やはり、リドルには落ち込んで欲しくない。
正直、初めてのデートで夜の食事に誘うのは少し性急な気がしないでもない。
上手く行くかは微妙なところだろう。
けど。
パチューカは驚いていた。
リドルは思ったよりずっと積極的だ。
もう、完全にあの出来事から立ち直っているのかもしれない。
しかし。
それだけに。
ここは、上手く行って欲しい。
ネメシスがリドルの食事の誘いを受ければ。
それは更なる自信に繋がる。
そう。
リドルに必要なのは、とにかく"自信"なのだ。
人間は自己肯定なくして前には進めない。
パチューカの見る限り、ヒトというのはそういう生き物だ。
脳が他の生物より発達しているおかげで、不安や恐怖を敏感に感じ取り過ぎてしまうのだ。
だから。
自信が必要なのだ。
行動を起こすには、「自分は動くに足る存在である」という確信がなければならない。
それがなければ普く不安に押し潰されてしまう。
そんな脆弱で儚い生き物。
それが人間である。
リドル。
頑張りや。
パチューカはまるで母親の如き視線で、リドルとネメシスを見守っていた。
§
そして、それから約5分後。
ようやく二人は話を終えたようだった。
リドルとネメシスは互いに手を振り、別れた。
そしてそのままリドルは小走りでこちらに向かって走ってくる。
――駄目やったか。
パチューカは長い息を吐いた。
まあ、仕方がない。
こんなものだ。
さて。
どうやって慰めるべきか。
パチューカはいろいろと考えを巡らせていた。
あんまり落ち込んでないと良いけど――
「おいっす。ごめんな、待たせて」
だが。
意想外にも、リドルはあっけらかんとそのように言った。
強がっているようにも見えない。
「それはええけど――ネメシスのほうはええんか?」
「ん? 良いのかって、なにが?」
「夕食に誘ったんやろ? あかんかったんか?」
リドルは一瞬、よく分からないという風に小首を傾げた。
それからすぐに、ああ、と得心が入ったように頷く。
「違うよ。今日はありがとうってお礼を言ってた」
「なんや。誘ってへんかったんか」
「そりゃそうだろ。俺にそんな度胸あると思うか?」
「……ない」
「だろ?」
リドルはクスクスと笑った。
冷静に考えればそうである。
女の子とまともにお付き合いしたこともないリドルが。
いきなりディナーに誘えるわけがないのだ。
残念なような。
ホッとしたような。
「でも逆に、向こうから誘われちまったよ」
「……え?」
パチューカは驚いて目を丸くした。
「ゆ、夕食に誘われたんか?」
「うん。せっかくだから夜ご飯もどうって。美味しいお酒のお店知ってるんだって」
「ほ、ほんならなんで? まさか、断ってしもたん?」
「うん。断った」
リドルは躊躇いなく、頷いた。
あちゃー、とパチューカは頭を抱えた。
「アホやな、リドル。ほんま、なにしてんねん。こういう時は、しり込みしたらあかんねん。恋愛、ちゅーんはな、押せる時に押さんとあかんねん」
「そうかもなあ」
「そうかもなあ、じゃないねん。ったく、ほんまにリドルは奥手やな。ええか。恋心、言うんは、どれだけ長いこと一緒に時間を過ごしたかが大事なんや」
「もう分かったって。でも、しょうがないだろ。今日はもう、予定があるんだから」
「予定? なんや。予定て」
パチューカは小首を傾げて聞いた。
するとリドルはパチューカの手をとり、ぎゅっと握った。
「俺、今日はお昼からはお前と二人で過ごそうって決めてたんだよ。ずっと働きっぱなしだったからさ。パチューカとも話が出来てなかったし」
「な、なんやて――?」
「ごめんな。いつも遅く帰ってよ。一人で退屈してないか」
「そ、そんなことないけど」
「今日はお詫びに何でも言うこと聞くからよ。久しぶりに、思い切り遊ぼうぜ」
リドルはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
「な、なんやそれ。わ、わけ分からへん」
どうやら、パチューカの心はすっかりリドルにバレていたようだった。
彼は、パチューカのことを一番に考えていた。
「ん? どうかしたか?」
リドルが顔を覗き込む。
なんでもない、とパチューカは思わず顔を背けた。
そうしないと、涙で濡れた情けない顔をリドルに見られてしまうと思ったから。




