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12 乙女心と親心


 ふんふんふーん。


 調子の外れたリドルの鼻歌が部屋に響いている。


 さっきから。

 リドルはずっと鏡の前から動かない。


 こんな彼を見るのは初めてだ。


 櫛を持って少ない髪の毛を後ろに撫でつけている。

 ネクタイを整えている。

 髭の剃り残しがないかチェックしている。


 リドルは――浮かれている。


 パチューカはそれを横目に見ながら、どこか落ち着かない気分だった。

 なんだか少し胸がザワザワする。

 ハッキリ言うと。

 ちょっと嫌な感じ。

 パチューカはちょっと拗ねていた。


 今日はリドルがバルで勤め始めてから初めての休日である。

 やっと取れた休みの日。

 本来なら喜ばしい日だ。

 リドルには一日、思い切り羽を伸ばして欲しい。

 これまでのストレスを少しでも発散して欲しい。

 そのためなら、ウチはどんなことでも力を貸す。

 自分に出来ることなら何でもする。


 そのように考えていたのだが――


「いやー、悪いな、パチューカ。どうしてもネメシスさんがお前に会いたいって言うからさ」


 リドルはすっかり鼻の下を伸ばしている。

 ウキウキしてる。

 そのだらしない顔つきが。


 ムカつくのだ。


 パチューカはむーと口を尖らせて、ふんとそっぽを向いた。

 

「……あのさぁ」

 パチューカは小声で言った。

「今日さ、うちも行かないといけない?」

「うん?」


 リドルはせっせと忙しなく動かす手を一旦止め、鏡ごしにパチューカを見た。


「パチューカ。いま、なんか言ったか?」


 パチューカは目をそらし、ううん、と小さく首を振った。


「なんでもない」


 駄目だ。

 こんな意地悪なこと考えちゃ駄目。

 リドルはいま、やっと立ち直りつつある。

 ネメシスとかいう女がどんな人間か知らないけれど。

 その人のおかげで、彼はまた自信を取り戻しつつあるんだ。


 大好きなリドルが。

 こんなにも楽しそうにしているのだ。


 それを。

 私が邪魔してどうする。


 パチューカはよし、と気合いを入れた。

 切り替えよう。

 今日は、徹底的にリドルのアシストをしてあげるのだ。

 

「リドル」

 と、パチューカは言った。

「せっかくの休みなんや。同僚との会合なんや。今日は、めっちゃ楽しもな」


 リドルは刹那、少し訝しげにパチューカを見た。

 しかしすぐに笑顔に戻り、おう、と親指を立てた。


「なんかすまねぇな。お前を仲間内の懇親のために使ってるみたいで。ネメシスさん、」

「ええんよ。彼女、楽しんでくれるとええな」

「うん。でも、お前をネメシスさんに見せるの、俺も楽しみなんだ」

「楽しみ?」

「ああ。お前は俺の自慢の相棒だから」


 リドルはにこりと満面の笑みを浮かべた。


 そうだ。

 この笑顔を守るんだ。


 ネメシス、か。

 いいじゃない。

 私がその小娘を見定めてあげる。


 リドルに相応しい淑女レディーかどうかを。



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