11 休憩中にて
「うっそ!? リドルって、勇者のパーティーに居たの!?」
とある日の休憩中。
俺はトマとネメシスと一緒に、客が引き払ったホールで遅めの昼食を取っていた。
セクハラ親父がいるとか皿を割ってしまったとか、二人の愚痴などなんやかやと雑談をしている中で話が俺の前職に及ぶと、ネメシスがいきなり目を丸くして、一際大きな声を出した。
ああ、と俺は頷いて、皿に残っていたボイルされた塩キャベツにフォークを刺した。
「勇者って、あの勇者!? 魔王を倒すとか倒さないとかやってる」
トマも少し興奮気味に身を乗り出した。
「その勇者以外にどの勇者がいんのよ」
ネメシスはトマに軽口を言ってから、はあ、と息を吐いた。
「なによなによ。リドルってば、もしかしてすごい人なの?」
「いや、別にすごくないよ。たまたま知り合いの伝手で仲間に入っただけだし」
「そんな謙遜しないの。なに? リドル、もしかして超エリート? もしかして、すごい魔法とか使えんの?」
「いや、使えない。俺は魔法職じゃないから」
「へえ。じゃあなに? もしかして、戦士なの? 脱いだらめちゃくちゃムキムキとか?」
ネメシスはそう言うと、イタズラ気な顔を浮かべ、俺の身体をベタベタと触り出した。
俺は一瞬、身体を強張らせた。
彼女はときどき、こうやってボディータッチしてくる。
心の底から嬉しいんだけど。
俺は「止めろよ」と言って身を捩った。
「違う違う。俺はテイマーなんだ」
「テイマー?」
トマとネメシスは顔を合わせた。
知ってる? 知らない。 目顔でそんな会話をした。
「テイマーってのは簡単に言うと調教師だ。動物やモンスターを使役して戦闘や移動なんかに役立てる職業」
「へ~。そんなのあるんだ」
「まあ、あんまり重宝されないマイナージョブだよ」
「でも、勇者の目には止まったんだよね?」
トマがコーヒーを飲みながら口を挟んだ。
「まあね。クビになったけど」
「いや、すごいことだよ、それ。勇者って言ったら世界に一人だよ。世界から魔族を駆逐する世界最強の男だもん。さらに性格もきっと崇高で優れてるんだから。この世界を救うために命を賭している聖人だ」
「聖人……?」
ツラツラと興奮気味に話すトマを遮り、俺は思わず口を挟んだ。
「ん? なにか?」
トマは言葉を止め、俺を見てぱちくりと目を瞬かせた。
「あ、ああ、何でもない」
俺はこほん、と空咳をした。
どうやら。
人々の巷間では、そういうことになっているらしい。
別に否定しても良かったんだけど。
クビにされたからと言って、今さら勇者たちのことを愚痴愚痴言うのはカッコ悪い。
まあ――そんな悪人と言うわけではないと思うし。
「でもさ。リドルってば、なんで勇者たちと別れたの?」
テーブルに肘を付きながら、ネメシスが言った。
どきり。
何気ない一言だったけど。
ぐっしょりと、手に汗をかいた。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ触れられたくないとこだ。
「ま、まあ、いろいろあってさ」
俺はごにょごにょと言葉を濁した。
「いろいろって? あ、もしかして、なんか揉め事とか?」
「うん、まあ、いろいろと」
俺はちょっとしどろもどろになってしまった。
「ネメシスさん。止めとこうよ。多分、リドルにも事情があるんだよ」
その様子を見てトマが助け船を出してくれる。
彼は本当に良い奴だ。
「そっかあ。そうよね。何しろ世界を救う旅だもんね。いろいろあるよね」
ネメシスは天井を見上げた。
話題がそれたことで、俺は少しホッとした。
「は。そんなの嘘に決まってんだろ」
声がして、振り返った。
すると、いつの間にか背後の席にコックたちがいた。
その中にはデイドロもおり、彼はだらしなく椅子に座りながら爪楊枝を口に咥えたまま、睨むような三白眼でこちらを見ていた。
「嘘?」
ネメシスは眉根を寄せた。
「そうだよ。オメーらはマジお人好しだな。こいつのナリを見てみろよ。どう見たってウソだろ」
なあ? とデイドロは自分のテーブルに座るコックたちに向かって手を広げた。
彼らは一様に嘲笑するような笑い声をもらし、デイドロに同意した。
「こんなチンチクリンに何が出来るってんだよ。あ? こいつが勇者一行の仲間なら、俺は今ごろ世界を自分のもんに出来てるぜ」
「あんたはなにも出来ないじゃない、デイドロ」
ネメシスはちょっと馬鹿にするようにそう言った。
するとデイドロは明らかにムッとしたように顔をしかめた。
「なんだよ、ネメシス。お前、本気でこのチビの言うこと信じてんのか」
「ええ。だって嘘つく理由ないし」
「理由ならあんだろ」
「なに?」
「女の前で良いカッコしたいんだよ。なあ? ドワ」
デイドロは俺を"ドワ"と呼ぶ。
ドワーフのドワだ。
「可愛い女の前で良いカッコしたいんだよな? いや、気持ちは分かるぜ。けど、今回のはちっとばかり無理があんぜ。オメーが勇者パーティーの一員? ないない。あるわけねーだろ。そんなチビでデブで、一体なにが出来ンだよ。つか、まずサマにならねーだろ。こんな醜いおっさんが世界を救ったらよ」
デイドロはカカカと笑った。
あんたさあ、とネメシスは不機嫌そうに言った。
「いい加減にしなさいよ。いくらなんでも、ちょっと口が悪すぎるわ」
ネメシスの刺すような視線に、デイドロは「う」と怯んだ。
良いんだよ、と俺は言った。
「デイドロの言う通りだよ。普通、俺みたいな男が勇者の仲間なんて、信じられないよ」
俺は口の端でふっと自嘲した。
デイドロの言うことがあまりに図星だったから、嗤うしかなかった。
俺が勇者一行だとサマにならない。
まさにそいつが、俺が仲間を外された理由なのだ。
「見た目なんて関係ないじゃん」
と、ネメシスが言った。
「私はリドルを信じるよ。私って、そういうの分かるからさ」
「そういうの?」
「人が嘘ついてるかどうか。リドルは嘘ついてない」
ネメシスはにこりと笑った。
そのときの笑顔。
俺には女神の微笑みに見えた。
嬉しかった。
なんだか知らないが、死ぬほど嬉しかった。
俺はにやけてしまうのをこらえるのに苦労した。
そうなんだ。
世の中。
分かってくれる人は分かってくれる。
「け」
デイドロは舌打ちした。
「勝手にやってろよ。馬鹿じゃねーのか」
不機嫌そうにそう言って、どかりと隣の椅子を蹴った。
「はいはーい、そこまでそこまでー」
と、その時である。
奥の方からパンパンと手を叩きながら人影が現れた。
「あんたたち、何もめてんのよ。もう直きに休憩時間は終わるよ」
黒いウエイトレス服を着た女の子。
黒髪を後ろにひっつめ、その上に白いカチューシャを付けている。
あれはホールで一番偉い人間であるという証である。
ホール責任者のアスカだった。
彼女は子供の頃からこのホールで働いているらしく、まだ若いのにこのバルではかなり古参であり、また有能な働き者であるため、オーナーや店長に次いで偉い支配人という地位にあった。
「へーい」
デイドロたちはアスカの言葉で、てんでに立ち上がり、さっさと持ち場に帰って行った。
さすがの悪童たちも、上から絶大な信頼を得ているアスカには逆らえないようだった。
「す、すいませんでしたっ! アスカさん!」
トマが立ち上がり、ビシッと背筋を伸ばして敬礼をした。
「別に良いけどさ。あんまりもめないでね。面倒くさいからさ」
アスカはそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。
「はいっ!」
トマはその背中を見ながら、まだ敬礼の姿勢を崩さなかった。
顔が赤かった。
それでいて、嬉しそうに口元が緩んでいた。
トマはアスカに惚れているようだった。
「ったく、デイドロのやつ、どうしようもないわねえ」
ネメシスはまだ納得していないのか、腕を組んでそのように呟いた。
もう良いよ、と俺は微笑んだ。
「良くないって。いや、あいつもさ、良いところはあるんだけど――」
「もう良いってば」
俺は苦笑して、ネメシスを遮った。
「そんなことより、ほら、そろそろ仕込みを始めよう。また怒られちゃう」
そう言って立ち上がる。
実は、そんなに腹は立っていなかった。
俺は心の中でネメシスに「ありがとう」とお礼を言った。
「そう言えばさ」
ネメシスは皿を片付けながら言った。
「リドルって、その、テイマーってやつなんでしょ?」
「うん」
「じゃあさ、なんか動物とか飼ってるわけ?」
「うん。ドラゴンを」
「ドラゴン!?」
ネメシスは驚いて、危うく皿を落とそうになった。
「そ、それ、本当なの?」
「そんなに驚くことじゃないって」
「驚くってば! 私、ドラゴンなんて見たことないし!」
「そうなの? じゃ、今度、紹介しようか?」
「いいの!?」
「もちろん」
俺が頷くと、ネメシスはやったー、と両手を挙げた。
俺は思わず笑った。
ネメシスはリアクションがいちいち大きくて、見ていて楽しい。
「絶対よ!? 絶対、ドラゴン見せてよ!? 今度の休みとかどう!?」
ネメシスは目を輝かせて言った。
はいはい、その日でいいよ、と俺は笑いながら何度も頷いた。
冷静を装っていたけど。
内心はお祭り騒ぎだった。
俺はパチューカに感謝した。
あいつのおかげで。
ネメシスと、デートの約束をしてしまった。




