1 追放
「あの、リドル、ちょっといい?」
名もない森の奥深く。
次の村へと移動する途中の湖の畔で、俺は仲間の一人、魔法使いのアーシャに声をかけられた。
その時、俺たちはそこで休憩を取っていて、みんなてんでに体を休めていた。
俺は俺の使役するドラゴン「パチューカ」と共に、湖の景色を楽しんでいた。
パチューカは水を美味しそうに飲んでいて、俺は新鮮でひんやりとした空気を肺に入れ、とても気分がよかった。
だからそのとき。
アーシャに声をかけられて少しテンションも上がった。
おう、どうした? と俺は言った。
「あのさ、リドルってさ、その、なんていうか」
アーシャは少し言いにくそうだった。
だが、俺はここに至ってもまだ不穏な空気を感じとれずにいた。
なんだこいつもしかして愛の告白か? なんてちょっと期待すらしていた。
アーシャは美人だった。
もう半年ほど一緒に旅をしているが、俺は少し、いやかなり、つかぶっちゃけメロメロに、アーシャに惚れていたのだった。
「なんだよ。なにか言いたいことがあるならハッキリ言えって」
俺は髪の毛をかきあげた。
まだ、自分ではどちらかと言うと、イケメンの部類だと思っていた。
「じゃ、じゃあ、ハッキリ言うね」
アーシャは胸に手を当てて、ごくりと息を飲んだ。
その緊張に、俺のほうもドキドキしてきた。
やべえ。
こりゃあ、本格的に告られそうだ。
そう思うと手に汗が滲んだ。
俺は今まで女に告白されたことはない。
つか、女とまともに話したこともあんまりない。
だから勘違いしていたんだ。
「リドルさ、パーティーから抜けてくんない?」
アーシャは言った。
俺とアーシャの間に沈黙が落ちた。
森の中は急にしんとした。
遠くで鳥がキーキーと鳴くのが聞こえた。
「……は?」
予想外だった。
意想外だった。
あまりに唐突な不意打ちだった。
「え? ……え?」
俺はアーシャを2度見した。
「それ、一体どういう意味?」
「あ、も、もちろん、私一人の意見じゃないわよ? みんなで話し合って決めたんだから」
アーシャはあたふたしていた。
冷静を装っていたが、俺の脳内はもっとあたふたしていた。
彼女は一体、何を言っているのか。
ここに至ってもまだ、アーシャの言葉が腑に落ちて行かない。
「え、えっと、なに? 俺、みんなになんかした?」
俺は言った。
すでに顔には脂汗が滲んでいた。
「い、いや、そういうわけじゃなくて。リドルは別に、その、全然悪くないんだけど」
「じゃ、じゃあどうして、俺をパーティーから抜けさせたいの?」
「それはその、なんていうか」
アーシャはチラと俺を見た。
上から下まで舐め回すように、じっくりと。
「な、なに?」
「いやあの、なんていうか、リドルって、ちょっと個性的な見た目してるよね」
「え?」
「ほ、ほら、ちょっと髪の毛が薄いし、背も低いし、あとなんていうか……ちょっとぽっちゃりしてるし」
「あ、ああ、そうかな。気にしたことなかったけど」
「気にしたことなかったの!?」
アーシャは刹那、驚いたような顔を見せた。
ズキリ。
その表情が、どういうわけか心に刺さった。
「いや、ごめんなさい。とにかくそういうわけで、リドルには仲間を抜けてもらいたくて」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんだよそれ。そういうわけって、どういうわけ?」
「いやだから、その、ウチって割りとみんなカッコいいじゃない? 勇者のアレンも戦士のデルモンテも、僧侶のマリアも。美男美女揃いっていうか」
「あ、ああ、まあ、そうかな」
「だからその、なんていうか、一人だけその中に仲間外れがいるっていうか。間違い探しの間違いが混じってるっていうか。シリアスな王道少年漫画の中に、一人だけシュールなギャグ漫画のキャラが混じってる感じっていうか」
「間違い探しの間違い?」
俺は眉を寄せた。
まさか、それが俺だって言いたいのか?
いや、確かに今のパーティーは美男美女だらけだ。
俺はその中では"少しだけ"容姿で劣っているかもしれない。
しかし――それはあくまでも"少しだけ"だ。
一般レベルで言えば俺だってどちらかと言えばイケてるほうだ。
目だってパッチリしてるし、鼻だって割りと高い。
どう見たって不細工とはいえないはずだ。
「いや、お前ブサイクだから」
と、そのとき。
背後から声がした。
振り替えると、勇者のアレンがいた。
「アーシャ。こういうのはハッキリ言ってやった方が良いんだよ」
「で、でも」
「まどろっこしいのは余計にリドルを傷つけるんだ」
アレンは俺の前に進み出た。
「リドル。俺たちの旅のコンセプトは"世界を救うヒーロー英雄憚"なんだ。永遠に後世に語り継がれるような、伝説になるために旅をしてるんだ。だからお前には抜けてもらう。お前がいると"お笑いパーティーの異世界漫遊記"とか"チンドン屋ギルドの面白珍道中"とか、そんな話になっちまうんだよ」
ごめんな。
アレンはそう言うと、俺の肩にポンと手を置いた。
真っ直ぐな瞳。
俺を、じっと見つめている。
分かってくれ。
そう視線で訴えかけている。
俺はヨロヨロとよろめいた。
こ、こいつら、マジで言ってんのか?
本気で俺をそんなくだらない理由で追い出そうとしてんのか?
俺はすーはーと大きく息を吸った。
すると、少しだけ頭が冷えた。
そうすると、ようやく彼らの目論見が分かってきた。
そうか。
そういうことか。
……つか、そういうことであってくれ。
俺は祈るような気持ちで、ひきつるように笑った。
「な、なーんだ! お前ら、本当人が悪いなあ!」
俺はわざと大きな声を出した。
「ドッキリか! ドッキリなんだろ!? はあ、ほんと、お前らのイタズラ好きにはまいるぜ! ったく、いくら暇だからって、そんな子供みたいな真似すんなよ! デルモンテとマリアもその辺に隠れてるんだろ? んで、【大成功】って書かれたプラカードもって現れるんだろ!? はあ、ほんと、勘弁してくれよ! お前ら、お前ら……ほんとに人が悪い……ぜ……」
俺は必死にその場の空気を冗談に変えようとしていた。
しかし、アレンもアーシャも、一向に顔色を変えようとしなかった。
真剣な、いや、いっそ悲しげで悲壮な表情で、俺を見ていた。
「とにかく、そういうことだから」
アレンはそう言うと、もう一度俺の肩をポンと叩き、俺の前から姿を消した。
それに続いて、アーシャも俺の横を通りすぎた。
そのとき、小さな声で「ごめんね」と言うのが聞こえた。
そうして。
俺は森のど真ん中で。
パーティーを追放されたのだった。