ケフィア、春のパン祭り★後編
連載から1年に向けて…本編百話目の更新を目指し、駆け足で書いていきますが頑張るぞい!(死相)
◤ストロー◢
ケフィアで盛大に開かれたパン祭りの初日を無事終え、その日は俺の宿も輪をかけて盛大に賑やかになった。そりゃ宿泊客がいつもの3倍近くいったし、1階のダイニングもフル回転だ。メレンやクリー達だけでなく村の女衆やウリイ達と鉱山で共に過ごして現在はデス達の集落で匿って貰ってる獣人の女達に手伝って貰ったくらいだ。勿論仕事終わりの賄い(スイーツ多め)と臨時報酬も抜かりない。
……だが忙し過ぎるのも困るから2年目からは繁忙期には人を追加で雇うことも考えないといけないな。マリアード達の見立てだとウリイとダムダは夏の太陽節当たりには産まれるかもしれないとのことだった。
そうか…もう遠くない内に俺ってば父親になんのな…。
なんか思わず泣きそうになったわ。そういや俺がこの村に来てから1年。思えば…色々あったもんだ。
長老とマリアード達。ウリイとダムダ…本当、あん時は嫁さんになるとか思いもしなかったなあ~。そして月の精霊ルナーと会ったあたりからムラゴラドに長老の家族やディモドリ達。そしてリレミッタが戻ってきたら今度はテレンス達…腹いっぱいだな、おい。
「旦那ぁ~!追加の飲み物とサンドイッチお願いします!あ。俺にはあの振る度に味が変わる変な飲み物も下さい!」
「ほいほい。全く、久し振りだってのに遠慮がねーのな?レミラーオ。というか出してる俺が言うのもなんだが、あのキワモノを良く楽しめるな? まあ、一定の数が不思議と出るんだよなあ~アンノウンシェイクは…」
パン祭り2日目は更に広場にテーブルを追加して朝から1階のダイニングも解放してある。ただ、パンやウイナンのエールを出す兼ね合いもあるので今夜の宿泊客以外、料理や酒は1品につき銅貨10枚(日本円に換算して約250円か?)とした。
「イヤイヤイヤ!ガキの小遣い程度でこんな極上の酒や素晴らしい料理を好きに楽しめるなんて知ったら…この北ルディア全員が此処に集まってくるでしょ!」
「この祭りの間だけだからな? んじゃ、俺は注文を…」
「若旦那!アタイが奥に持ってくニャ!」
「お。リン、悪いな。じゃあこのメモを…」
リンは俺からメモを受け取ると走って宿の中へと入っていった。
「というか改めて、初めましてだな。えーと…」
「ああ、旦那。俺の嫁さんのマナトラと娘のキアリだ」
レミラーオと同じテーブルに着いていた綺麗な獣人の女性とまだ幼さが残る少女が俺に向って頭を下げる。
「まあ、今日は祭りだし存分に楽しんでってくれよ? レミラーオ。本当に今日来て日帰りすんの? 部屋ならまだ…そうだスイートが空いてんぞ?」
「冗談! 金貨なんて払えないぜ? それに旦那の気持ちは嬉しいが、親しい仲だからって安い値段で俺達を泊めたりなんかしたら…悪い噂が流れてきっと迷惑掛けちまうしな。 俺達は途中の見張り小屋に泊まってゆっくり集落に帰るからさ。気持ちだけ貰っとくよ」
「そうか? …ところで、こう見ればお前さんの嫁さんと娘さんはベッピンだが…お前さんともリレーとも雰囲気が違うな? というかそもレミラーオもまたデス達とは色と柄が違う」
「柄って…なんか毛皮を売られそうで嫌なんだが。旦那と会った次の日にも言ったが、俺はヤマネコ族だ。スナネコ族とは似てるけど住んでる場所が違ってたんだ。ヤマネコ族は元々このヨーグに隠れて住み着いてたからな。ちなみに嫁のマナはモリネコ族。俺達ヤマネコよりもずっと数が少ない」
「へえ…じゃあ娘さんは美人な奥さん似なわけだ?」
「そうだ。ヤマネコよりモリネコが強く出てるな。というかリレーだってスナネコの戦士とヤマネコの狩人のハーフだぜ? なんせ親父は俺の叔父上殿だったからな…まあ、その両親は戦で俺達の親ともども死んでいないがな」
「そうだったかニャ? アタイはずっとスナネコ族だと思ってたリャ」
またもやしれっとテーブルに同席してチビチビとミックスジュースを舐めるリレミッタが首を傾げる。なるほど、彼女の強さは母親譲りだったようだな。だってレミラーオが戦士って言ってたくらいだし、つまりはリレミッタのように女獣人の身分で戦士を名乗れる強さだったということだろう。
「デス達は?」
「いやあ…暫く戻ってこないんじゃないかなあ~? 俺達もデスルーラ達のあの顔を見た時は驚いたもんだ。きっと今頃は里で女達から求婚されまくってるんじゃないか?」
「そりゃあ悪かった…って、アレ?」
俺はデス達にテレンスの前であんなことをやってのけるほど、やり過ぎたと反省していたんだが…里で求婚? どういうことだってばよ。
「まあ、妥当だリャ。あの目は戦士として一皮も二皮も剥けた凄みがあったニャ~。ダーリンがいなかったらアタイだって放っとかなったかもリャ?」
「そんなに?」
「間違いなくデスが次のスナネコ族の族長で決まりニャ。でもこれで里は安泰だニャ~…あんな生まれだけの軟弱者が長にならなかったことは獣人とっては救いだリャ」
「……まあ、ラザキの奴だって可哀相なもんだったよ。あんだけ皆の前でリレーにボコボコにされちまったらなあ~。今じゃ里の女獣人から生ゴミみたいな目で見られてるくらいだし…同じ男としちゃあ遣る瀬無い。もとは先代の長の息子だってだけで悪い奴じゃないんだよ。 旦那、子供が産まれて落ち着いた辺りで一度ケフィアに連れてきてやってもいいかな?」
「俺は構わねえけど…」
「止めるニャ。諦めの無さだけは戦士顔負けの奴リャ。絶対にアタイに泣きついてくるリャ…」
そんな事を言ってる内にリン達が身重のウリイとダムダも連れて追加の料理を運んで来てくれて、テーブルに俺達の世間話と笑い声が重なっていく。周囲には昨日も居たワインとキャロットの姿もあり、他の冒険者達と意気投合したのか盃を合わせている。
だが、ふと俺が話に夢中になっていると周囲が急に鎮まり返っていたことに俺は気付いた。俺は後ろを振り向くが…誰も居ないぞ?
いや、居た。
俺の足元に五体投地…もはや倒れているようにしか見えない日に焼けた大男だった。
「おわあ!? っていつの間に…だ、大丈夫かアンタ?」
「「旦那様っ!」」
「ストロー! そいつに近付くんじゃないニャア!」
俺の正面に居たリレーが凄まじい形相で叫んだ。良く伺えば大男を囲む人垣の先頭には姿を隠していた覆面装束の神殿戦士達の姿まである。
だが俺が無意識に差し出した手はその大男にそっと両手で包まれてしまった。男はゆっくりと顔を上げて俺に向って口を開いた。
「ああ…! グェンマリダ! 愚かなる我ら咎人を赦し給え…! おおぉ…素晴らしい!目が潰れそうだ。 この卑しき眼にこの太陽の光は眩し過ぎ…る…」
そう言って大男は気絶した。
◆
「いやあ~面目ねえ!オレッちてばこの素晴らしい酒と御馳走!それに女神みてえなベッピンさんの姿に当てられて思わず気絶しちまったぜえ~!」
そう言って俺の前で野太く豪快に笑う大男。どうにか祭りは無事に再開され今は昼をだいぶ過ぎた頃だ。酔っ払った宿泊客は宿の戻り、村の男達も奥さんに引っ張られて家に戻っていった。その為、昼前と比べて人はだいぶ少なくなっている。
どうにもこの男、冒険者らしいのだが怪しさ満点だ。筋骨隆々の肉体になめし革のズボンと上半身は裸に鋲打ちのレザーベストと…かなりワイルドな出で立ちだ。オマケに両腕には凄いタトゥーがびっしりと彫られている。特に胸から左右に延びる女性の細腕が気になる。
だが、そんな奴でも俺の宿の飯と嫁さんを褒められれば、俺だって悪い顔はできないよな~。
相変わらずリレーの表情は険しいが…。
「なあ、アンタ。もしかして、“神隠し”のグエンじゃないのか。あの根なし草で神出鬼没の準ドラゴン級冒険者の…」
「グエン?」
「…………」
大男は背後から掛けられた冒険者の声にピタリと動きを止めて飲み干したルービーのジョッキを静かにテーブルへと置いた。
「なんだ、俺っちを知ってんのかい?」
「こちとらもう冒険者やって長いんだ…アンタの事を知らん方がおかしいだろう」
「そうかい。まあ、俺っちも偶々この村の宿の話を聞いてな? 物見遊山でフラっと寄っただけなんだわ。まさか、こんな祭りをやってるとは思いもよらなかったがな!」
そう言って続けざまに飲む十杯目のルービーのジョッキを軽々と空にした。
「おっと、そんじゃま…俺っちは暗くなる前に麓に下りっとすっか。嬢ちゃん、代金は幾らだ?」
「はニャ!? え、え~とお酒が十杯だから…銅貨で百枚? あ。銀貨1枚!」
「おおそうかい…ちっこいのに偉いねえ~。それじゃ御馳走さん」
グエンは懐から数枚のコインを取り出してジャラリとリンの小さな手の平の上に置いた。最初は大銅貨(銅貨20枚分の価値)かと思ったが全て金貨だった。
「ニャ! オジサン!コレ違うリャ!? 銀色か錆びた鉄みたいな色のヤツだニャ!」
「いいよいいよ取っときな。なんか美味いもんでも仲の良い奴と食ったらいいさ。…オジサンはねぇ~……あんまり金に興味が無いんでなあ」
そう言うとフラリと広場の階段の方に歩いていってしまう。
「お、おい!泊まっていかねえか? シングルならまだ空いてるぞ」
「……ん? いやぁ俺っちみたいなガラの悪い奴があんな聖域に入る事ぁ女神様でも赦しあしねえよ。そんじゃ邪魔したな…」
呼び止めてしまった俺に手をヒラヒラと振って歩いて行く。
「おっと。俺っちもアンタにちょいと見せて聞きたい事があったんだった」
そう言ってクルリと戻ってくると急にガバリとレザーベストを開いた。
「ちょいとコイツを見てくれ。…コイツをどう思う?」
「「うげっ!?」」
急に筋肉男が胸を開くもんだから皆後退る。が、ソレを見て女達は特に顔を顰めた。
「こ、こんな彫り物は初めて見るな…」
「女…だよな?」
「周りに彫ってある文字は何だ? 北ルディアの文字じゃないぞ」
グエンの胸にはまるで抱擁を求めて両手を広げる等身大の女性のタトゥーが精巧に彫られていた。しかも女性は裸で拷問を受けたかのように傷だらけ…目は潰されたのか? 覆った布から血に見える涙が流れている。正直言って悪趣味だな。
だが、不思議となにか引き寄せられる。
「この女性は誰を助けようとしているんだ?」
「……っ!!」
俺が不意に口から零してしまった言葉にグエンが目を見開く。
「ええ…旦那。こんな趣味の悪い彫り物が理解できるんですかあ?」
「ボクには解らないよ。な、なんか…えっちだし」
「う~ん…」
メレンを始めとする女性陣からは理解は当然得られなかった。だが、直ぐにグエンはタトゥーを自慢できて満足したのかパッツパツのレザーベストを閉じて胸をしまった。
「ククク…ああ、グェンマリダ! やはりアンタは人間とは比べるまでもなく本質を見抜けるようだ。 ……おおっと! 俺っちとした事が酔った勢いとはいえ変なもんを見せて悪かったな!それじゃ今度こそお暇させて貰うぜ!じゃあな! ガハハハ…ッ」
「おお、道中気をつけてな」
グエンは一瞬別人のような凄みを含ませた視線を俺に向けたが…俺の気のせいか? 馬鹿笑いしながらノシノシと去っていった。
「おい。藁男、気をつけろ! 奴はアデクの回し者かもしれねえぞ?」
「なんだよワインまで。…そりゃあちょっと変わった奴だけど普通に良いヤツだったじゃんか」
「いやいや…宿主殿。アイツは中央と西方では有名な一匹狼の腕利き冒険者なんだが…結構ヤバイ噂もある男なんだ」
ワインと同席していた冒険者も思案顔で俺に話してくれた。
何故か冒険者にとって最高峰の等級、ドラゴン級に昇進しない準ドラゴン級冒険者のグエン。誰とも組まず報酬次第で北ルディア全土どこにでも姿を現す凄腕の男。
だが、金の亡者という面よりも黒い噂が常に付きまとっている男らしい。
「アイツはどんな方法を使うのかは知らんが…悪党でもモンスターでも関係なく死体も残さず消し去っちまうんだよ」
「いつの間にか最難関の依頼や賞金首の手配書がアイツの名前で消えてるんだよなあ…」
「それに元は俺達と同じ西方の冒険者でアデクとつるんでたって話だ」
「ふうん…そりゃあ変な雰囲気はあったが、悪い奴には思えなかったがなあ~?」
「藁男は人が良過ぎ」
どうにも冒険者達の間での評判は良くないらしい。
「そいつらの言う通りだリャ」
「リレーもか?」
「アイツ…恐らく全力のアタイよりも強いニャ。何というか…強さの底が見えない男っていうか兎に角不気味な奴だリャ。もしかしたらアデクの魔術師とかかもしれないニャ」
「そりゃあリレーの考え過ぎだろ。どう見ても肉弾戦専門みたいなナリしてたじゃん」
「それでもヤバイ…と思うニャア。というか、アイツは端からアンタを精霊だと見抜いてたと感じたんだリャ」
「「精霊?」」
ワインとキャロット、それに居合わせた他の冒険者も揃って首を傾げる。俺は話を誤魔化す為に彼らを一階のダイニングへと誘うのだった。
レミラーオは久々の登場なので、「知らん!こんな奴」と思った方は本編第一部のストロー・ミーツ・キャッツ辺りを読んでみて下さいw
アンノウンシェイクは……アレ?何話に書いたっけかw(^_^;)