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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第二部~雷の精霊シュトローム
98/103

☞ウイナンとブンコの馴れ初め話

取り敢えず閑話です。

本編100話まであと5話…!(^_^;)



 テレンス達がストローの宿を訪れる少し前の話である。


 ストロー達の挙式によって年末年始が建村以来、最も盛大に賑わったケフィアであったが、流石に始節の中頃になれば雪も深くなり本来あるべき冬の光景が戻っていた。


 基本的にケフィアの短い冬の間、住民達は外に出ず内職に精を出す。単に仕事が無く飲んで過ごす者だっている。それは、麓のアンダーマインも変わらない。

 そんな中、その日は外様からの宿泊客も居ないということで3階のラウンジにストローとお腹も目立つように大きくなったウリイとダムダ。そして、ストローの頭に顎を乗せて嬉しそうにしているリレミッタ達とこのケフィアの長老にしてドラゴンスレイヤーの一族の末子たるラズゥとその一族というか本家筋というのか、ラズゥの孫であるアンダーマインの長たるミーソスとその息子でエール工房長であるウイナン。その妻のブンコとラズゥにとっては玄孫にあたるオーディン家の末裔の少年チクア達がそれぞれ長い特大ソファに腰を掛けて向かい合っていた。


「…また今日は大勢で来なすったなあ、長老?」

「今日もお主に頼みたい事があっての。儂の一族は皆連れてきたぞい」

「そういやスンジだって長老の一族じゃないの?」


 ストローの言葉に渋々ウイナンが答える。


「まあ…そのスンジは俺の従兄弟に当たるんだがなあ…」

「アイツはオーディン家の名前を名乗ることはないでしょう。何せ、スンジの父親は私の弟なんですが…村が貧しいなどという理由でまだ幼いアイツを残して母親を連れてどこかへ逃げてしまいおったのです。今頃…どこかで野垂れ死んでおるでしょう!我がオーディン家の恥ですな…」

「ふうむ。儂も気に掛けてスンジをケフィアに置いておるのだがのう? 儂にとっては我が子同然なんじゃが、アイツはそれを恥じておるようでのう…一時期は酒浸りになったりと、スンジの嫁になったギューには苦労を掛けておるわい」


 ミーソスに次いでラズゥが大きな溜息をついて窓からスンジ達が居るであろうアンダーマインへ続く入り口を見やる。現在ケフィアはマリアードの直接の上司に当たる大地の大司祭であるドリキャスと共に多くのガイアの徒と神殿戦士達が常駐している為、常日頃彼らによって村の内外は警邏されているので門番であるスンジの仕事は無いのだが、それでも彼はもうひとりの門番であるゴッボ(因みに彼は強制的に精霊信仰者(ガイアスター)達に彫刻仕事をさせられている)と違ってこの粉雪が降る最中でも鼻先を赤くしながら門番の仕事を全うしていた。


「ところでストロー…話は変わるんじゃが…」

「またか? だから何度頼まれても…」

「頼む!儂に変わってケフィアの長になってくれ!」

「「お願いします!本当にお願いしますっ!!」」


 ストローはその様に天井を思わず仰いだのでリレミッタの顎がズレて顔面に落ちる。

 ラズゥ達は示し合わせたかのようにストローに向って頭を下げる。

 しかも、ラズゥの両隣に居たウイナンとミーソスに至っては土下座しており、その姿をチクアが複雑な表情で見ていた。


「おいおい…何も孫、ひ孫揃って」

「お願い致す!我が祖父は今年中にもこのケフィアを出ると言って聞かぬのです!」

「ストロー様にケフィアを治めて貰わないと…親父も長老の変わりをする位なら隠居するって言うんだ…。かと言って俺がケフィアに出張ると工房を放ったらかしになるんだよなあ~」

「アンタは単に村の長をやりたくないって日和ってるだけじゃないのかい?」

「ひえ」


 ウイナンの妻である女傑ブンコが隣からウイナンの顔をジロリと睨む。


「すいませんねえ。藁の旦那さん、うちの男共はラズゥ様以外はだらしないばっかりでね」

「無理を言うなよブンコ…俺と親父の世代からなんて普通の人間なんだぞ? 長老みたいな超人と一緒にしないでくれよ…。まあ、だから親父だっていい歳だし。俺がアンダーマインの長を継ぐことは俺だって不本意じゃあないんだよ」

「というわけなんじゃよ…ストローよ。後生じゃ…儂はこの村を我が一族に委ねようと思うとったが、この有様でな。儂も長老から単なるラズゥとなって残りの余生を父上達の後を追って世界を見たいのじゃよ! 頼む!チクアが成人するまででも構わん」

「う~ん…」


 ストローは腕を組んで唸る。


「受けたらいいんじゃないかリャ?」

「「リレー?」」


 ソファの後ろからストローの肩の顎を乗せているリレミッタから思わぬ援護射撃。


「どうしてそう思うんだ? 俺はまだケフィアに来てから1年も経ってないんだぞ?」

「だってストローが一番強いからだニャ~。強い奴が群れの頭になるのは当然の義務だリャ」


 リレミッタの考えは何ともシンプルだった。


「アタイはもうストローの女になったから断れるけど、山の奥にあるスナネコ族の集落なら次の長はアタイで決まりだったニャ~。…だから揉めに揉めてウリイ達に先を越された訳だリャ」

「それじゃあ、スナネコ族は困るだろう」

「んニャ。デスが居るから大丈夫だリャ」

「そうなのか。デスの奴も最近忙しそうだしなあ~」


 そのデス達がそう近くない内に激高したストローによって冥獄送りにされてしまうなどとは今は未だ誰も知る由も無かった。


「わかった。わかったよ!」

「…受けてくれるのかの!?」

「やった!やった!これで俺はブンコに殺されずに済むぞぉ!」

「旦那達の前で何言ってんだい!(バチコンっ)」

「ぐはあ」


 少し顔を赤らめたブンコに背中から張り飛ばされてしまうウイナン。


「あくまで代理だぞ? 俺はこの村の長なんてガラじゃないよ。チクアが成人するまでだからな? 俺は誰かに威張ったりするのは苦手なんだよ」

「ガイアの徒達から崇められる精霊だったり、村の在り様を簡単に変えて見せたり…十分過ぎると思えますが?」

「「それは同感だな(だニャ)」」

「解せぬ」


 何故かその場にいたストロー以外がアンダーマインの現長であるミーソスの言葉に力強く賛同するのであった。



 ◆◆◆◆

◤ウイナン◢


 今日俺は家族と共にストロー様の宿に居る。家族と言うか一族というのか…。


 今は長老であるラズゥ様と親父の奴が肩なんか組んでストロー様のエール…正確にはエールとは似て非なるルービーという名前の酒だがな。村の連中と一緒になって騒いでいる。

 何でもストロー様が俺の息子のチクアが成人するまでの間だけケフィアの長の代理を承諾してくれた祝いだと言うのでまだ寒いってのにケフィアの全員とアンダーマインから半分以上が登ってきてるよ…呆れたなあ。まあ、長老の奢りだからって遠慮ない連中だな。でも問題は無いんだなコレが。信じられない事に旦那の宿じゃ美味い飯は勿論、この極上のエールやそれ以外の酒すら食い放題の飲み放題なんだよなあ~。普通はとっくに破産してる。


「ところでさ。ウイナンとブンコはどういう経緯で出逢ったんだ?」


 ストロー様が絡み酒になり始めた長老とスンジ達から逃げて俺達のテーブルへとやって来た。全く…長老といい、スンジといい酒癖だけ見ればソックリじゃないか。そこを指摘すれば『お前の造る不味いエールじゃ酔うほど飲めない』と同じ嫌味まで言って返すほどだ。


 ここで下手な事を言うと俺の命が危ない…。

 隣のブンコを横目で見るもブンコは何かを思い出しているかのように酒の入ったグラスをボーっと見てるだけだった。まあ、出会い自体は別に普通…いやあ~普通かあ~? まあ、親父達も知ってる事だし隠すこともないか。



「アレはもう十年以上前の……」


 

  ◆



 俺はひとり腐ってヨーグの山道を降りていた。

 

 腐っていたのは何故か? それは俺が長老と親父に峰にある村のケフィアでの寄り会で駄目出しを受けたからだ。


 俺は自分が生まれたアンダーマインが好きだった。そりゃとんだ辺境の山にある麓の村でしかないし、年間どれだけの行商が通るだろうか? 寂れた村だよ…オマケに山の上のケフィアは長老が年に一回、俺達の先祖らしいオーディン家の鎮魂を願う儀式…というか酔った長老が一晩中泣き喚くだけの為にある大穴の広場が無駄にあるだけだ。そんな陰気な村なんて例え旅人が近くを通ろうとも村に入らず素通りしていく。

 だから、俺は村興しの為に親父の古い蔵を改造して酒造所を造りたいと寄り合いで勇気を出して言ったのだがその二人には笑われてしまった。


『そんな事よりも早く嫁を連れてこんか!』

『そうじゃぞ早く儂にひ孫…はお前じゃったから早う玄孫を見せんか』


「……なんて事言われたってなあ~。てか俺が村興しを考えて何が悪い!そりゃあ…俺は酒造りは素人さ。でも、それ以外に村でやってる事なんて小人の赤茄子の作付けくらいじゃないか!坑道からはもう何も採れやしないし…山の湧き水があるからやれるものって言えばもう酒くらいしかないじゃないか…!」


 俺はさらに肩を落として山道の途中で足を止めるとドカリとその辺の岩に腰を降ろし、眼下にあるアンダーマインの村を眺めていた。


 別にやりたい仕事がないから趣味でやってる酒造りをやりたい訳じゃない。本当は最寄りの町では高く取引される果実酒(ワイン)を造りたいんだが、ワインには税金が掛かる。その税はかなり高いし、何とか息を吹き返そうとした貧しい村々がワインを売る前に税で潰れた話なんてザラだしな。だからエールにしたんだ。まあ、町中で酒造したら流石に無税とはならないが、運が良いのか悪いのか、ここは中央辺境の村だ。アデクのあくどい商人共にも気を付けてるしな。

 だが、エールは思った以上に難しい。そして美味くない…。まあ、でも昔に親父に連れていって貰った祭りの市で出されたエールとはどっこいくらいまではきてるはずだ。だが、エールは水代わりに飲まれているくらい安い。設けるならそれなりに量を作る必要がある。兎に角、上の村から親父が帰ってきたら酒造所の件を説得して、手伝ってくれる村人を探そう。


「……しっかし、嫁さんは…もう無理だろう。俺もう30超えたしな~。俺がオーディン家の末代か…いや、スンジがいたな? あ…でもアイツはきっとオーディンの名を継ぐ気はないんだろう。滅多に麓にも降りてこないしなあ」


 俺はある意味で酒造所よりも難しい案件に思わず頭を掻きむしる。だって仕方ないじゃないか。村の外に出ずに畑と酒造りをチマチマやってたらもう三十路の男やもめになっていたんだから。


「それに…村の外から嫁さんを連れて帰ってくるとか、時代遅れもいいとこだろう」


 我がオーディン家の男は俺の爺さん代、つまり長老の息子の代から若い時に旅に出て伴侶を見つけてくるという謎の習わしがあるんだ。無理だろ。どんだけ物騒な世の中だと思ってるんだ。

 俺の爺さんはいいさ。何たってドラゴンスレイヤーだと言う長老の血を半分は引いてんだ。超人については俺も思う所はあるが、百を超えて軽々と山道をスキップしながら昇り降りできるのは流石に人間離れしてるとは思う。だが、俺の親父であるミーソスからは話が違う。親父はほぼ普通の人間だ。それは本人も俺に口酸っぱく諭してきたからな。

 なんでも親父も若い頃は長老達の姿を見て来たのか自身も超人といきった時代があったらしく冒険者として一旗揚げようと成人したその日に中央の王都ウエンディに旅立ったそうだが、その5年後に泣きながらアンダーマインへと帰ってきた。冒険者仲間に遠路はるばる連行されて。


『悪いが、ミーソスは冒険者としての才能はない』

『ミーソス。このままだといつか死ぬぞ。トレント級にすらなれんだろう大人しく故郷に戻れ』

『悪い奴じゃないんだが…それだけに死なせるのが不憫でね。でも、田舎田舎って帰るのを嫌がってたけどいいところじゃないのさ?』


 その時、自身を置いて帰ろうとする冒険者仲間に長老と祖父母がドン引きするほど泣きついた親父だったが、『なら残って結婚してくれるなら冒険者でも何でも辞めてやるよ!!』と自棄になった親父の言葉を真に受けた女盗賊が自分の妻であり俺の母親になろうとは当時の親父も思ってなかっただろう。


「はあ~~~~~っ」


 親父は運良く外から村に帰ってこれたさ。けど、俺達の一族が皆無事でアンダーマインやケフィアに残ってるわけじゃない。スンジを残して母親を村から攫ってったスンジの父親は、親父の兄弟とは思えないほどの出来の悪い奴で嫌われ者だったし。他にも何人かは此処で生涯を終えずに村の外へ出て帰ってこなかった。


「だが、俺が今更村の外に嫁さん探しの旅に出る? 冗談じゃない!剣すらマトモに振ったこともないのに」


 俺は独り言ちていると急に近くの山の斜面が崩れ落ちるような音がしたので咄嗟に立ち上がって身を屈める。


 落石か? 滅多にないがブルガの森の方の山道はここ数年でかなり崩れたとスパイスベリーを採りに行く村の衆からよく聞いている。


「しまった。考え事をしてる内にすっかり暗くなってしまった。もう麓までは大した距離じゃあないが、先ずはランタンに灯りを…」


 俺が腰のベルトのランタンに手を伸ばした時だった…。


「うっ…うう…」

「え!?」


 近くから人の声がして思わず飛び上がってしまった。しかも、女の声のような気もした。


 俺は暗くなりつつある足元に注意しながら声の元にソロソロと近づいて行った。


「お、おい。大丈夫か…?」

「ぐぅっ…だ、誰かいるのか?」


 やはり若い女の声だった。しかも、聞いたことがないハスキーさを感じさせる声だったから村の住民ではない? 外から来た旅人が山道から滑り落ちてきたのだろうか。


 近づくと暗がりに中にシルエットが露わになってくる。……女の割にやたら体が大きいような気がするのだが俺の気のせいだろう?


「良かった…無事か? ちょっと待ってくれ。今、灯りを…!」

「ま、待て!私の事は放って直ぐにここから逃げろ!私は大丈夫。少し足を挫いてしまっただけだから…」


 俺はランタンの灯りを点ける。


 灯りで暗闇から浮かび上がったのはこの辺じゃあまり見かけない顔つきの大柄だが日焼けした肌と大きな瑠璃色の瞳が美しい女性だった。



 思えば、これが俺とブンコの出会いだった。



 ◆◆◆◆

◤???◢


 私はアデクの私設部隊。その秘密工作兵のひとりだった。


 だが私は東方の荒廃地でアデクに拾われた孤児だったが、単なる使い捨ての駒でしかなかった。


 私の任務は東方の親獣人派の王家クーで暴動を起こすこと。要するに獣人亜人を完全な支配下に置きたいアデクにとって目障りな存在を切り崩し、消すことだった。


 私は東方に長年に渡って潜入し、工作はほぼ完了した。数年後にはこの東の王都で暴動が起きるだろう。どれだけの被害が出るのか…最初は何の感情も持たなかった私だが、このアデクの毒牙がまだ届いていない場所で暮らしている内に心変わりしていった。特に女の一兵卒として王族の近くに居た私に親切にしてくれたケンタウルス族の騎士であるブラド家には大変に世話になった。それに気さくなクーの王は私に生まれたばかりの姫殿下であるパラル様を抱かせてもらう事もあった。


 その者達が平和に暮らすこの場所が……!



 私は拾って育ててくれたアデクを裏切った。後悔は無い。


 私が持ち出せた物証は僅かだが、少なくともアデクに対抗できる存在…精霊信仰者(ガイアスター)の有力者に手渡す事さえできれば陰惨な仕組まれた暴動を阻止できるかもしれない。


 私はひたすらに時間稼ぎと逃げ回り、ブルガの森を突っ切りヨーグの峰に潜り込んで数節しのいでいられたのだが…力及ばず。最期には仲間だった者達に打ち取られ山の峰から身を躍らせた。


「…死んだか?」

「馬鹿なヤツだ。ここまでにしてやったアデクの恩を忘れるとはな」

「……気持ちは解らんでもない。所詮いくら人殺しの道具になれと言われ続けても、俺達は人間だ。長年一緒に暮らしていれば、情も移るし、…自分が並の人間に戻れたような気もするだろうさ。ま、俺達には端から人に名乗れる名前すら与えられていないがな」

「おい。それ以上は言うなよ? ……奴が盗んだものは全て回収できた。我らもまだ東方での任務がある、戻るぞ!」


 全身にゴムのような素材と艶消しの軽鎧を身に纏った集団が闇へと消えていく。だが、最後にひとり残った者が暗闇に閉ざされつつある崖下を見やって呟く。


「どうせ、俺達は死ねば同じ冥獄行きだ。俺達が死んだらその時は好きなだけ俺達を殴りな…」


 そしてヨーグの山々と私の意識も闇に閉ざされる。



  ◆



 気付けば命は助かったが、暫くの間はマトモに動けそうにない。


「お、おい。大丈夫か…?」


 誰だ! …追手じゃない。この辺に住んでいる者か?


「ぐぅっ…だ、誰かいるのか?」

「良かった…無事か? ちょっと待ってくれ。今、灯りを…!」


 しまった!思わず安堵して返事をしてしまったが、まだ追手が近くに居ないとは断言できないではないか!?


「ま、待て!私の事は放って直ぐにここから逃げろ!私は大丈夫。少し足を挫いてしまっただけだから…」


 だが、その人物は灯りを点けてしまった。

 …何だか頼りなさそうな平凡な村の男だった。しかし、私の姿を見るなり彼の表情は激変した。


「足を怪我したのか? …ってそれどころじゃねえだろ!? 全身傷だらけじゃないか!よく助かったもんだ。安心しろ、麓には薬師の婆さんも居る!明るくなったら上の村の司祭様を呼んでこよう。さあ、早くこの山を下りよう!」

「おい、待っ…」


 だが、体力の限界だったのは私にはその男の腕を振りほどく力すら残っておらずまた気を失ってしまった。


 どこか下側のほうから何かを圧し潰してしまったかのような感触と『ぐはあ』という男の悲鳴が聞こえたような気がする…。



 目覚めると朝になっていて私は全身を薬草と包帯でグルグル巻きにされて寝かされていた。


 何故かその隣ではあの男が父親らしき男に『儂は嫁を貰ってこいとは言ったが、嫁を()ってこいとは言っとらんわ!この親不孝者め! この傷をつけた娘さんにはどう詫びをするつもりなのだ!?』と説教を受けていた。


 そんな事があって私はその男の計らいもあって村に匿って貰えることになり、1年後にはその男ウイナンの妻として村に受け入れて貰った。


 出身やら名前は…山で大怪我をした時から思い出せないと嘘をついてしまったが、そのお陰で義父であるミーソスから娘が生まれたら付けたかったという“ブンコ”の名前まで貰えた。



 結局、私が村から身動きできない間に東方で暴動が起こってクー王家は滅びてしまった…いや、私が…アデクの者によって滅ぼされてしまったのだ。私はそれを悔やんでも悔やみ切れないが、その分この村で働いて罪を償いと考えて生きた。



「きっと…きっと、大丈夫だ。上手くいくはずさ。俺が一生お前の傍にいるからな!」



 隣で私との馴れ初め話ですっかり顔を赤くしてしまった男が、チクアを身籠った時に東方を思い出して落ち込んでいた私に掛けてくれた言葉だ。そんな事を思い出すとグラスの底にウイナンの顔が映るんだ。



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