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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第二部~雷の精霊シュトローム
95/103

 極寒の光彩⑦

まさかの寝落ち!? 昨日は仕事のハードさと体調不良で家帰ったら速攻で寝て起きたら今日の昼でした(絶望)

従ってゴブリンの更新も明日になります。許してけれっ!

あ。あと一応は極寒の光彩編は次話でラストの予定です(^_^;)


「この世界の果てのような場所で何をしろっていうのよ…」


 テレンスが渇いた唇を無理矢理剥がすようにして声を漏らす。



 無理も無い。現在、テレンス達は見渡す限り空以外は白い砂漠のような光景が果てしなく続いている場所に居た。むしろ仮にも宿屋(・・)の部屋からこんな異空間に出ておいて冷静でいられる事を手放しで褒めてやるべきすらであるだろう。


「そりゃあ…このまま砂遊びをしてボンヤリ過ごしても問題ないんだが、それじゃあ飽きるだろ? このイメージ・ルームは、平たく言えば自分で臨んだ場所を再現できるんだ」

「「再現?」」

「そうだな…砂を適当に掴んで頭の中でその場所を想像してみてくれ」

「……そんなことで? まあ、試してみましょう」


 テレンスは恐る恐る足元の砂を掬い上げると拳を握る。すると、拳の中の砂が風も無いのにスルスルと勝手に抜け流れていき、虹色に輝きながら宙を舞ってその景色を変えていく。


「「なっ!?」」

「お~…立派な屋敷じゃあないか。アンタ達の家なのかい?」


 テレンス達の目の前に現れたのはなんとここから離れた南方王都ヴァンナにあるテレンス家の屋敷であった。


「凄ぇ! 一瞬でテレンス様の屋敷まで帰ってこれたのか!?」

「竜車で何日も掛かる距離のはずなのに…」

「…………」


 テレンスは直ぐに違和感に気付いたが、レタスやラベンダー達はその光景に呆けている。


「残念ながら現実じゃないんだな、コレが。あくまで再現なんだ」

「え? でも屋敷の庭には…コッペ達やブルーの御爺ちゃんまでいるよ!?」


 アップルが屋敷の前で遊び回る幼い獣人と亜人の子供、そしてそれを優し気に見守る老獣人を指差す。それに気付いた屋敷の者達が笑顔でテレンス達に手を振るので、アップル達も思わず手を振り返したり「お~い」とか「皆変わりない~?」と声を掛けてすらいる。


「よく見てくれ…俺は知らんが、屋敷の周り以外は何も無いのかい? 王都って割には俺の居るケフィアよりも殺風景な場所なんだな?」

「「あ…」」


 流石にテレンス以外にも気付いたようだ。それが蜃気楼のような幻であると。


「確かに…屋敷だけで他の建物もないです」

「幻なのか?」

「ああ、だが再現できるものは五感で味わうことはできるんだ。試しにお前さん達もやってみたらどうだ? 例えばまだ行ってない場所とか」


 ストローの提案にレタス達が顔を見合わたが、テレンスが笑みを浮かべて頷くのでそれぞれが手に砂を取った。


 最初にその姿を現したのはトロールのマラカイトの砂だった。


「おお~本当に現れたです!? これが僕達が住んでいた森………」


 マラカイトの前には鬱蒼とした森の間からやや原始的な住居が見える。


「マラカイト。もしかしてお前が住んでいた場所か?」

「です。…ただ、僕も物心ついた頃にはテレンス様の側にいましたです。それに、誰も居ないです…話通りなら皆北方の方に逃げていってしまったから、無理もないです…」

「そっか……お!今度はアッチに俺の砂が吹いていったぞ!?」

「レタスはどんな場所を願ってんです?」


 今度はレタスの手の砂が流れて別の光景を創り出していた。


「「うわぁ~」」


 その光景にテレンス以外の何故かストローも混ざっていたが感嘆の声を上げた。


 色づいて熱を帯びた砂の先には広大な海が広がっていたからだ。


「これが海かぁ~!」

「ってアンタ。海も見た事ないわけ? 精霊なのに…」

「そうわ言うがなテレンスとやら、俺はこの世界に来てからまだこのケフィアの山とブルガの森しか知らんぞ?」

「……精霊ってのは随分と偏屈なのね」


 ストローとテレンスがそんなやり取りを交わす中、昂る感情を抑えられないレタスとアップルが海の中へとバチャバチャと走って行く。


「うおっ! 冷てえ!? 本物の水だ!」

「ぶぇ! この水、ショッパイ!?」

「お~いマラカイト! お前も来いよ!気持ちが良いぜ?」

「い、いや…僕は冷たい水は苦手です。 …? レタス。あの人たちは誰です?」

「あん?」


 水かけ遊びを止めた3人の視線の先に漁でもしていたのか網を曳いた十数人の姿があった。しかも全員がネコ系の獣人で、取り分けその何名かはレタスと同じくシャム族であった。

 レタス達が眺めていると、その者達も歩みを止めて暫くレタス達…いや恐らくはレタスのみをジッと眺めていたが、プイと目を逸らすとまた網を曳いて行ってしまった。


「何です?」

「知らねえよ。……ただ、テレンス様が俺を拾ってくれた場所が東方と南方の境にある海の近くだったって言ってたから。もしかしたら…俺の赤ん坊の頃の記憶だったのかもな」

「残念ながらこれは再現なんでな。例え人が居ても干渉する事は出来ないぜ」

「…………」


 ストローの掛け声でレタス達は思案の海から抜け出して振り向く。

 何故かテレンスがその網を曳いていた獣人達を凝視していた事にレタス達は疑問を持った。


 しかし、突然吹き込んだ冷たい風に飛び上がりその疑念は何処かに吹き飛んでしまう。


「「寒いっ!?」」

「だ、誰が出したんだ! この冷気はテレンス様の魔法じゃないぞ!?」


 いつの間にか別の方角に氷で閉ざされた猛吹雪の雪山があった。


「サックス!」


 レタスは咄嗟にその雪山に身を埋める仲間に声を掛けたが、彼はその毛皮を雪に覆われながらも山に向ってひたすら重低音の管楽器ような叫びを繰り返し放っていた。


「サックス…」

「そう言えば、サックスは生まれ故郷の北方の山ではぐれた所を捕まって、珍しい種族だからってアデクの奴隷商に売られたって聞いたです」

「そうなのか…なら、サックスは俺やマラカイト達と違って故郷に戻りさえすれば家族がいるかもしれねえのか…」

「あ。そうだったです。アップルの砂はどうなったんです?」

「あー…何も起きなかったよ。テレンス様に助けて貰うまでずっと…鉄の箱の中、だったから。故郷とか、わからないし…行きたい場所とか、想像できなかったもん」

「「…………」」


 アップルはサックスと同じく珍しい東方付近の島に隠れ住むと言われるコウモリ族の少女だ。だが、彼女はまるでアデクの商人の間で見世物のように日夜扱われ酷い虐待を受けていた。そのせいで、本来は左右の腕にある皮膜に魔力を通わすことで浮力を得て自由に飛び回れる恐るべき夜の狩人でもあるコウモリ族であるのにも関わらず、虐待で負った傷が元で両腕の皮膜が正常に機能しなくなってしまっていた。


 だが、彼女の小さな手から滑り落ちた砂は色こそ変えなかったが空を舞い、レタスやマラカイトの側を通ると真っ直ぐテレンスの下へと流れた。


「…だから。行きたい場所は、皆と、テレンス様のいる場所!」


 そう言って砂浜から走り出すとアップルはテレンスの胸に向って飛び込んだ。


 はずだったが、不意に彼女の右腕だけが浮き上がってしまい、テレンスを超えた先の砂に頭から突っ込んでしまったのだ。


「「アップル(ちゃん)!?」」


 テレンス達は慌ててアップルの下に駆け付ける。


「ぶへえ! ぺっぺっ…!」

「どういう事…? アップルちゃんの羽根は魔力の管が歪んでしまって浮力を得られないはずなのに…!」

「ああ。さっき半端に起こしちゃったからなあ~ちゃんと一晩寝れば治るよ?」

「「っ!?」」


 何気ないことのようにストローが両手を頭の後ろに組みながら歩いてくる。


「どんなダメージも傷も状態異常も一発さ! 言ったろ? 俺の宿の一番の自慢がベッドだってな」


 ストローがニヤリと笑う。


 信じられないがこの目の前の男がホラを吹く事は無いと嫌でも知ってしまったテレンスは目端に涙を浮かべてアップルを抱きしめた後、ガバリと何故か近くにいないラベンダーの姿を探して周りを見回す。そして彼女の後ろ姿を見つける。


「ラベンダーっ!? これでお前の羽根も元通りに……っ」


 テレンスは声が出ない。


 ラベンダーの視線の先には草原が広がっていた。そこの小高い丘の上に小さな小屋のような家がポツンと建っていた。その側には井戸と手作り感溢れる子供用のブランコがあった。


 その家の前には3人の人影が穏やかな表情で立っている。ひとりは精悍な顔つきの日焼けした男で、もう二人は背中から翼を生やした二人の女性だった。



「ラベンダー……」



 ◆◆◆◆



 明くる日。テレンス達は万感の思いで朝を迎えることになった。


 過去の傷から飛行能力を失っていたラベンダーとアップルの翼が完全に復活したからだ。


 ラベンダーは実は有翼人とのクォーターであり、背中に出し入れ自由な翼があった。だが、問題もあった。この宿のベッドで寝た者はあらゆる傷と状態異常が取り除かれる。つまり、過去の同じく西方冒険者パーティ“暖かい色彩”のメンバー、ローズがそうであったように奴隷紋は状態異常とみなされ跡形もなく消え去っていた。テレンスはむしろそれこそ滝のような涙を流すほどフロントに居たストローに膝まづいて感謝した。


 だが、テレンス達はいずれアデクの本拠地でもある西方へと帰らねばばらない。


「…アンタ達を此処に置いていくわ。旅先で死なせてしまった事にすればアタシがアデクの連中から無能だと笑われるだけで済むから」

「嫌です!テレンス様!?」

「俺達を置いて行かないで下さい!」

「「テレンス様!!」」 


 しかし、ここで思いもよらぬ解決策を思いついた者が居た。


「『奴隷の振り(・・)をしてぇ!』」


 ダムダの支族としての能力はある意味万能の域に達していた。

 言霊の力でラベンダー達の首元にほぼ遜色ない奴隷紋が浮かび上がる。それをひとつひとつテレンスとマリアードが触れて確かめる。


「……凄いわ。これなら私の友人(・・)である彼女以外には気付かれないわね。例え、彼女が気付いたとしてもバラすような真似はまずしないでしょうし」

「アデクの“六色魔道”が一色にしてアデクの粋…黒魔導士ですか? 確かに…これならば私クラスの兄弟姉妹か、余程奴隷紋に精通している者でなければ判別できないでしょう。流石はストロー様の細君のおひとりであられる!」


 ダムダはストローとウリイに褒められて照れ照れになっていた。


「まあ、念の為にこの子達の装備を新調したって言って首を隠せる装備に変えるわ。アタシの目の前でこの子の奴隷紋を検めようなんて輩はそうそういないでしょうし…アナタ達、本当にいいのね? この村の人達はアナタ達も此処に住んでいいって言ってくれてるのよ。アタシに義理なんて感じずにここで安全に…」

「「私(俺)(僕)達はテレンス様と死ぬまで一緒です!!(強い管楽器の音)」」

「アンタ達……アタシには出来過ぎな子供達よ…っ!」


 こうしてストローに拍手されながら抱き合うテレンス達は2日目も夢のような時間を過ごした…。この世のものとは思えない素晴らしい料理を楽しみ、部屋に戻ってイメージ・ルームで広い草原の中でラベンダーとアップルの飛行訓練をしたり、皆で砂浜で遊び、雪原では雪遊びをした。疲れれば皆で穏やかな(テラス)に出て揺れる葉音や川の音を聞きながらテレンスが幼い頃からしてくれる物語を皆に聞かせた。テレンスとレタスは恥ずかしがったが、家族だからと皆で一緒に風呂にも入った。


 そして、2日目はあっという間に終わった。


「テレンス様?」

「ああ、ラベンダー。まだ寝てなかったの?」

「はい。私以外は皆はしゃぎ疲れて先に寝てしまいました」

「フフフ…今日は楽しかったものね。私もこのお茶を飲み終えたら休むわ。アナタは先に御休みなさい」

「…では、お先に失礼します。テレンス様」


 ティーカップを口に運ぶテレンスに席を立ったラベンダーが頭を下げて寝室へと向かう。


「…ラベンダー」

「はい?」

「……アナタの背中の羽根。良かったわね、綺麗だわ…まるでアナタの母親のように…」

「ありがとうございます…テレンス様! おやすみなさい…」

「ええ。おやすみ、アタシの可愛いラベンダー」


 ラベンダーは肌着の後ろから伸びる羽根を少し恥ずかし気に動かしながら寝室へと入っていった。


 

 その暫く後、寝室に眠る5人の前に立つテレンスの姿があった。


「……例え、アタシに何かあろうとも。偉大な精霊様ならこの子達を見捨てるような真似はしなわよね? あの南方の火山に居るという炎の精霊のように、ね…」


 そう言ってメイクも無い素顔のテレンスが悲し気に微笑ながらラベンダーから順にレタス、マラカイトと5人の寝顔を愛おし気に撫でて行く。


 そして、ひとり奥のイメージ・ルームのドアを開いて中に入る。


「……やっぱり、そうだったのね」


 ドアの先はその前日にあった家のある草原に、集落のある森、そして海を望む砂地と家屋だった。


 だが、前と違うのは草原と小屋、森は集落もろとも、海辺の家屋は破壊され燃やされていた。その炎で海が真っ赤に染まっている。


「ここは常世ね…精霊に招かて訪れた者を望む場所へと連れて行く。 …そしていずれ戻れなくなる。人間が恐れてならない禁忌の地。……なるほど。確かに()が戻りたいあの日の場所ばかりだ…」


 そこには普段の道化染みたホアイト・テレンスではない顔の男が居た。


 不意にその男がドアの方へ振り向いた。


 ドアの先には静かな寝息を立てる愛する子供達の姿がある。


「愚かな私を許してくれ……子供達…!私は…私は、お前達の側で生きる事など許されない咎人なのだから!!」



 そしてドアは閉められた。



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