極寒の光彩⑥
現在、2作品3日毎の更新ペースを保とうと努力していますが…季節的な体調不良と6月からは仕事が忙しくなりそうなんで、更新頻度を保てるかは微妙です(^_^;)
いつも読んで頂ける方には改めて感謝と更新頻度が低下するかもしれない件の謝罪を申し上げる次第です<(_ _)>
今後ともよろしくお願いいたします。
「さて、仕切り直してだ。当宿のスイートでよろしいかな?」
「……あんなものを見せられてから仕切り直しとか。流石のアタシでも無理があると思うけど」
ストローが若い獣人達の引率責任者であるデスルーラと問題を起こしたトベロス他2名の獣人を計3日の冥獄送り(女神チュンヂー経由)にした後、ストローとテレンス達は3階のフロント前に居た。無論、被害者側であるはずのテレンス達もあに怒りは何処へやら…であり、顔色はあまり良くない。まあ、テレンスに至っては相変わらずのパンダメイクのせいで顔色は判らないが、どこか疲れた表情をしているのは誰の目にも明らかだった。
「スイートに6名で3泊となると…しめて金貨で18枚になるが構わないか? 俺の宿は前払いなんでな」
「勿論。途中で帰ったとしても後で返せ、とかケチ臭い事は言わないから安心して頂戴。ラベンダー」
「はい、金貨で18枚です」
「確かに…おう、メレン。頼む」
「こりゃまた大金だね~…旦那?」
ストローがさして確認もせずに金貨をカウンター内に居たメレンへと手渡す。
「彼女…獣人がこの宿の従業員なのね。随分と信用しているようだけど?」
「ああ。元は商売人らしくてな、色々と助けて貰ってるよ。何せ俺は世間知らずなもんでな?」
「「…………」」
テレンス達は沈黙で返す他なかった。何故ならそれが彼らが知る精霊の逸話の典型だったからだ。精霊から無上の持て成しを受けた者達がどう反応するのか…実はその心を見透かしている精霊が無知な振りをしてその者の善悪を試している。または、単に悪戯心からなのかもしれない。が、結局は大概の者は自身の欲を御せず愚かな結末を迎えることになる。
「ああ、そういえば説明がまだだったが…俺の宿での喧嘩や刃傷沙汰はもっての外。今のところ、そんな利用者はいないが…そういう迷惑な客は俺が強制的に出禁にすることになっているんだ。まあ、その出禁にした連中がどうなったのかは俺も知らないんだが…」
ゴクリと誰かが唾を呑み込んだ。もしかしたらそれは、その瞬間を実際に目の当たりにした者かもしれない。
「あ。悪い、脅してるわけじゃないからな。たださっきの裏で起きたようなトラブルは困るんだ。それで宿泊者からは一応武器とか防具一式を預かってるんだ…どうするね?」
「……従うわ。そもそも、この世界に此処以上に安心で厄介な場所なんてないでしょうし」
「お褒めに預かり光栄だね。……褒められてんのかな?」
ストローの説明(脅し)によってテレンスは腰から2本の帯剣を、ラベンダー達はサックス以外がそれぞれ魔法武器であるスタッフランスを預ける。
「ウリイ、ダムダ。奥にしまっといてくれ。…なに、ちゃんとチェック・アウトの時は返すとも」
不安そうなアップルにストローが微笑みかけると彼女は顔を赤らめてテレンスの後ろに隠れてしまう。それを微笑ましそうにウリイとダムダが見やる。
「それと…その立派なマントはどうするね? 武器じゃないから強要はしないが。3日間俺の宿で過ごすにはヒラヒラと悪目立ちしそうだな」
「…………」
テレンスは無言でストローを睨む。そう、そのマントは青と白を基調としたテレンス家の印象よりも目立つアデクの聖印の意匠が施されていた。
そして、それはアデクを知る者達からは当然否定的な視線の的になる。
なにせ、先ほどの騒ぎでこの3階にはマリアードを含め遠巻きにテレンス達を見やる村人達で溢れかえっていた。ストローにとって甚だ迷惑だが、その一部は帰りに1階のダイニングで飯を食っていく者達なので帰れとは言えない。
だが、そんな視線に晒され、半ば不安そうにラベンダー達から見つめられていたテレンスはおもむろにマントをガバリと外して見せる。
「テレンス様!?」
「いいのよ。ラベンダー…アンタ達もマントを外しなさい。ここにアデクの目は無いわ。仮にあったとしてもこの宿主の前でなんか何も出来やしないわよ」
テレンスの言葉にしどろもどろになりながらラベンダー達は自身のマントを外す。アップルはまだ上手く自分で外せなかったので、ラベンダーがそれを甲斐甲斐しく手伝って脱がせてやる。
「これで満足かしら? 宿主さん」
「本当に預けて良いのかい?」
「貴方は…アタシの心の内がわかってるんじゃなくて?」
「そんな訳あるか。…俺だって、言葉や行動で表してくれなきゃわからないさ?」
その言葉とは裏腹に、ストローのテレンスの隠れた表情を見透かすような態度に思わずマントを掴むテレンスの拳に万力のような力が込められていく。
「「…テレンス様」」
「…………」
「それはアンタにとって大事なものなのかい?」
「…フフ。コレが? こんなものがアタシにとって大切なもの? フフッ。クク…ク…グウウッ!? …こんなもの……こんなものぉがぁあああああああああ!!」
なんとテレンスは突如髪を振り乱すと手にしたその豪奢なマントを力一杯に引き裂いた。さらにビリビリと引き裂くと床に物凄い勢いで投げつけ何度も足で踏みつける。黒い涙を流しながら半狂乱で何度も何度も叫びながら踏みつける。
その光景を目の当たりにした周囲は先ほどまでの騒めきをすっかり忘れて呆然とその様を見ていた。その場にはテレンスの悲しみと怒りに満ちた嗚咽のみが響く。
ただ、マリアードと神殿戦士達が居た堪れない表情で視線を下げている。
「滅びろっ! 滅びろ! お前など滅びてしまえっ!!」
「テレンス様!?」
「テレンス様っ!もう止めて!」
「お願いです、テレンス様。……もうそれ以上、御自身を責めないで下さい…っ!」
『(悲し気な管楽器に似た音)』
息を荒げ、メイクが汗と涙でグチャグチャになったテレンスは涙を流すラベンダー達に抱きしめられるようにしてやっと動きを止める。
◆◆◆◆
「………とんだ醜態を見せてしまったわね」
「いいや、恐らくこれでこの宿にいる間はアンタ達に変な眼を向ける奴はいないはずだ。根はいいヤツらだから。俺もあんな真似をさせて悪かったな? マントなら気にしなくてもいいぞ? アンタ達が一泊すれば勝手に修繕される。俺の宿のサービスなんだ」
「…? どういう事よ?」
メイクが殆ど流れてしまい、さらに悍ましいことになってしまった顔をハンカチーフで覆いながらテレンスがストローの言葉に首を傾げる。
ストローとテレンス達は最上階へ移動していた。
「さあ、お待ちかねのここがスイートだ!」
「「…………」」
「…どこの王宮なのかしら?」
宿の最上階はスイートルームが3部屋あるのみ。実質、ストローのスキルのレベルアップに伴い宿がこの形態に変わってからこのスイートを利用する客はテレンス達が初になる。
その3部屋は観音開きの大扉から入ることができる。悠に4メートルを超える高さの扉にはそれぞれ太陽・月・女神の意匠が象られていた。
「どの部屋にする? 因みに3部屋とも基本ダイニングと寝室とテラスがあるのは同じだが、それぞれ異なる特典があるんだ」
「ちょっと聞くのが怖いんだけど…ちなみにどんな特典なのかしら?」
「先ず右の月の部屋は一泊すると5年分若返る(らしい)。ただ、連泊はススメないなあ~特にアンタの連れはまだ若そうだから3日もすれば赤ん坊か下手すると………まあ、今回は月の部屋にはしない方が良いぞ」
「「…………」」
テレンスの後ろにラベンダー達が速攻で隠れる。
「で、中央の女神の部屋だが、庭に筆記机と文箱があるんだ。そこから手紙が出せる」
「……誰に?」
「女神だよ。正確にはこの北ルディアを管轄してる女神ウーンド様だ。俺をこの世界に寄越した張本人なんだが…知識を司る女神ってだけあって何でも知ってるぞ。今日中に出せば明日の朝には返事が帰って来るように頼んである。俺も3回ほど試してみたから大丈夫だ…あ~と。“俺はどうやったら死ぬのか?”“死者の門を潜った先はどうなってるのか?”“ウリイ達が記念日に欲しいものは?”だったかな? ああ、注意して欲しいんだが。失礼な事…まあ、要するに女神を怒らせるような事を書くことはしないでくれよ? 女神かの神罰は俺でも止める事はできないからな?」
「「…………」」
「……太陽にするわ」
「アレ? 説明は聞かなくていいのか?」
「実質一択じゃない。あ、待って。一応聞くけど、太陽の部屋はどんな目に遭…」
「太陽だな? まあ、説明は中でしよう」
テレンスの質問を遮ってストローはスイートへの扉を開ける。実はストロー自体、初のスイート使用ということでテンションが上がっていた。
部屋の中に踏み込んだテレンス達の口から言葉にならない感嘆の声が漏れる。
そこはまるで伝説の王城の一室。ごく限られら者のみが入る事が許される聖域と言った方が良いかもしれない。そこに置かれ、備え付けられたもの全てがこの世界では人間離れした技術力と芸術性を持っており、たかが間接照明ひとつにどれだけの価値があるのか計りかねる代物だ。
ダイニングには調度品の他に大きな暖炉、ソファ、テーブルとひじ掛け椅子。正面には大きな窓があり外のテラス…というよりは庭園と言って差し支えない場所へと出れるようになっていた。天井は開いていないのにまるで陽の光に溢れ、剪定された木々に狩り込まれた青草、鮮やかに咲く大小様々な花に静かに流れる人口の川と池には水草が浮かんでいる。まだ冬が終わらない時期であるのに春のような穏やかさを隠しもしない楽園だった。
ダイニングの左右には更に計3つの部屋へと続く開き戸があった。
「もうここはアンタ達の部屋だゆっくりくつろいでくれ」
「む、無理です…」
「ハハハ。さて、先ずはコッチが洗面所とトイレ、そして浴場だ」
「「浴場!?」」
ストローが徐に戸を開いた先は脱衣所になっており、その先にはなんと数種類の大きな温泉調の浴槽があった。常に湯が流れており鉱泉のような匂いを含んだ湯気に覆われている。
「す、凄い…」
「テレンス様のお屋敷の何倍も広いよ…それでも皆で一緒に入れるのに」
「入り放題だ。好きなだけ入ってくれ。温泉の素…ゲフンゲフン!変わり湯だから数時間毎に種類が変わって面白いぞ。常に清潔だし、ここで酒を飲んでも大丈夫だぞ? 例え何か起こってもこの温泉には蘇生効果があるからな。…先日、刺身が食べたくて試しに干した魚を入れたら見事にイキのいい鮮魚に戻ったぞ。だから、溺れても死ねん。アハハハ」
「「…………」」
浴場への感動がブチ壊されたテレンス達を置き去りにしてストローは上機嫌にダイニングへと戻っていく。
「で、コッチが寝室だ」
次の部屋はこれまた豪奢なレースの垂れ幕が掛かった特大寝台がズラリと6台並んでいる。
「これなら皆で寝れるわね…楽しく過ごせそうだわ。ありがとう」
「お構いなく、あ。ただ、言い忘れてたが…寝台にはひとりしか寝られない。説明は難しいがそういうものだと理解してくれ」
「……て、テレンス様とまた一緒に寝て欲し、かったです。前みたいにお話、聞かせて貰いながら」
「ああっ!アップルちゃん…!」
テレンスがモジモジとするアップルの可愛さしかない仕草に愛おしさが止まらなくなり思わず抱きしめてしまう。
「なら…こんな事も出来るぞ?」
ストローはテレンス達には見えない不透明な板を指先で弄る。すると6台の寝台がシュルルとまるで粘土か液体のように合体して横に長い特製ベッドへと変貌した。
「調整したからこれなら6人で寝られる。どうだ?」
「凄い…こんなことまで」
「やったあ!」
ストローの計らいにまだ幼いアップルは喜びを爆発させる。テレンスの腕から離れてベッドの上へと飛び込んでしまった。
「フフフ…そんないはしゃいじゃって。でもこれなら3日間、皆で6人。昔みたいに川の字で寝れるわね? アラ。アップル…寝てしまったの?」
ベッドに飛び込んでピクリとも動かなくなってしまったアップルをテレンスが心配して仰向きにさせると爆睡していた。テレンスがいくら揺すっても反応ひとつしない。
「あちゃ~。やっちまったか…悪いが俺の宿のベッドは特別でね。一度横になったら次の朝まで梃子でも起きないぜ」
「え!何よそれ!? …怖いわよ。というかアップルちゃんは大丈夫なの?」
「そりゃ勿論だ。ただ、基本は起こせないから…もしどうしても起こしたい場合は俺を呼んでくれ」
ストローはアップルの肩をトントンと叩いた。
「悪いな、嬢ちゃん。まだ寝るには日が高い、勿体ないぜ?」
「むにゃ? はれ…てれんす、さま?」
「あ~良かったわあ~!」
アップルがベッドからテレンスによって抱き起こされる。
「という訳だ。ベッドの利用は注意は他には特にはない…と思うが、次の朝になったらまるで別人になったみたいに気分爽快になることを保証しよう。なにせ俺の宿はこのベッドが自慢なんだ」
「……本当に別人になってそうで怖いけど。ところで、もうアタシですらお腹いっぱいなんだけど、まだ奥に部屋があるの?」
「そうそう!あの先こそ太陽の部屋の特典なんだ。恐らく3部屋では一番凄いぞ!人気が出ること間違いなし!」
「いやいやいや…他の部屋も相当ぶっ飛んでると思うです?」
「だよなあ?」
満面の笑顔を見せるストローに若干怯えるレタスとマラカイト。
だが、非情にもそんな二人の腕を掴んでその部屋の前に引きずっていく無邪気な精霊宿主。
「さあ、存分に楽しんでくれ! ここが太陽の特典!イメージ・ルームだっ!」
ストローがガチャリとノブを回して開いたドアの先はまるで何も無いただ漠然と何処までも続く熱くも寒くもない真っ白な砂漠のようなまるで悪夢のような空間だった。
「「……え?」」
テレンス達はただただ茫然とその場に足を踏み入れたまま立ち尽くすのであった。