極寒の光彩⑤
とんでもないネタバレをします。
今話で最大の被害者はデスルーラ君です(笑)
◤デスルーラ◢
……ああ、最悪だ。
なんでこんなことになちまうんだよお。
2巡(20日)振りにケフィアに戻れたんで、俺も受けれていたのかもしれない。
藁の旦那…って人間の振りした酔狂な精霊様なんだが、あのスナネコ族最強の女戦士、“飛天”のリレミッタを簡単に嫁にしちまった。流石は精霊だ。怖い者なんてきっとないんだろう……もし、俺らがリレーから色目なんて使われた日にはこの世界の果てまでも逃げ出すだろう。本気で。
そんな事もあってか最近はやけにエイの奴がその…積極的になった。まあ色々な意味で、な…。
恥ずかしながら、俺達スナネコ族がこの山に逃げ込んだ頃にはまだ彼女の事を成長の早い俺達獣人族と比べたら小便臭いガキだと思っていたのだが…実際は俺よりも2つ年上だった。
俺はアデクの獣人狩りに一度は捕まって奴隷になった。危うく首に奴隷紋を刻まれるところだったが…近隣のシャム族の最期の抵抗戦の隙を突いて逃げ出したんだよな。
そして、死に体で辿り着いたのがこのケフィアだった。
そっから、レミラーオ達と合流するまで何年か村で世話になった。最初は俺にマトモな口も聞けなかったのに……いつの間にかお互い好き合うようになっちまってた。でも、こんな時代じゃ人間と獣人がくっついても不幸になるに決まってる。俺は何度も村から離れたが……結局は惚れたアイツの居るこの場所に戻ってきちまう。
だが、今やこのケフィアは精霊…というか藁の旦那が守ってくれている。今の北ルディアで恐らく一番安全な場所かもしれないな。
…俺の失った片腕が生えて来て、旦那が精霊だとわかった頃からかな。エイが俺を村長の家の裏で押し倒すようなったのは……。イヤ、俺だって男だヤルときはやってやるさ! …8対1くらいで。 俺が1の方な…だから幸せばかりでもいられない。今年か来年に恐らく大きな戦がある。アデクと俺達獣人が主軸になる反乱軍とのな…。俺は戦士だ。親父から譲られたデスの名に懸けてアデクを倒し、皆を守らなけらばならない! それだけに…この村に残すエイの事が不憫だ。仮に俺の仔を孕んだりしたら…彼女はどうなる? 人間は獣人の女達と違って気紛れに子供が出来ると聞くしな。司祭のマリアードにも相談したりするが…結局は毎日を必死に生きていればそれで良い、という答えしか返ってこない。
「何やら…現実逃避をされているようですが、急いでください」
「はっ!? わ、わかってる!」
俺は村長の家で挨拶し、エイと再会していた矢先だ。この鬼のような顔をしたマリアードが扉を蹴り破って入って来て連行されている最中だ。
向かう先は…村の元祭事場と言えば良いのか迷うが…現在は藁の旦那の宿…宿だよな? その宿の裏手になった場所だ。
……そして、最悪なのが最近この山の集落に合流した奴らで俺の下に今は連れている若い獣人トベロス達が問題を起こした事だ。
しかもだ、手を出した相手は俺の村を間接的に襲撃したアデクの最強格の魔術師!あの“極寒”テレンスの従者だと!? ふざけんなっ! この村を戦場にする気かぁ!!
そして!そしてそして!最も!最も最悪で絶望的なのは、それを知って一番怒ってるのが…旦那だという事だ……詰んだ。
あの複数のワイバーンをあっさりと俺達の前で消して見せた…あの旦那を怒らせた? そりゃあ、司祭だってこんな顔するだろ!
俺が着いたらトベロス達は既にあのワイバーン同様に消し去られているかもしれん…。
エイ。スマン…!俺は今日、常世へ行ってしまうかもしれん。 なんか泣きそうになってきた。
◆
「おう、デス…何やってんだよ」
「…………」
俺はその場に着いた瞬間、全身の毛が抜け落ちるかと思った。
赤い宝石のような瞳…野良着の隙間や裾から覗く青く光る痣…それに触角みたいに蠢く額から生えている数本の雷。
…旦那は、普段の旦那とはまるで別物だった。
あの司祭が俺の隣で微かに震えている。旦那の後ろから心配そうにウリイとダムダが様子を伺っていることからして…村の人間に対してあれだけ甘い旦那も今回ばかりは本気で怒ってるんだろう。
「この馬鹿共がっ!!」
俺は兎に角、トベロス達3人を牙が欠けそうなほど力一杯本気でぶん殴った。その後首根っこを掴んでその傷を負わせたシャム族らしき獣人の前に引きずり回すと頭を無理矢理に下げさせる。
そして、俺はガバリと旦那に向けて土下座する。
「すまねえ!旦那っ!俺が連れて来た奴らがとんだ騒ぎを起こしちまった。でも、どうか許してやってくれ!コイツ等は見た目こそ立派だがまだ十にもなってないガキなんだ。生まれたのだってこの山にやってきてからの奴だっている!アデクに対しても浅い考えしかまだ持ってない…この場にいなかった俺の責任だ!」
「…そうか。 デス、ならお前も悪いのか? なら…連帯責任だな」
「………っ!」
旦那の額から角のような雷が伸びてきてバリリっと音を立てる。もう駄目か…!
「ね、ねえ!ストロー!デス達にあんまり酷いことしないで!消しちゃったらエイが泣いちゃう…」
その時、後ろのウリイがガバリと旦那に抱き付いて止める。俺達の為に勇気を出してくれたんだろう…涙が出る。
「ウリイ…そんな事するわけないだろ? 罰として暫く地面に足がつかないようにしてやろうと思っただけだぞ? あの空と地面が逆さになる楽しいヤツ」
「そ、それってぇ…この前、旦那様がふざけて見せたくれたヤツじゃ…?」
「ええっ!? あんな酷い事をする気だったの…?」
「あ。ウリイまで…わかったよ、俺じゃやり過ぎるってんだろう? じゃあ、俺以外の他の奴に頼むよ」
どうやら、ウリイ達が旦那との間に入ってくれた事で旦那の怒りは収まったようだ。姿が元に戻っていく…いや、本当の姿はさっきの方か?
……それにしても、本当に旦那は俺達に何をする気だったんだろう。
「では、この一件は私が預かってよろしいでしょうか? ストロー様」
「ん~そうだな。 イヤ、チョット待った! 悪いがちょっと待っててくれ!」
「あっ 何処へ…!」
司祭が止めるも旦那は宿の中へとスタスタ歩いていってしまった。
「痛そぅ…ちょっと動かないでくれん?」
「え…」
いつの間にかダムダ達がテレンス達のところに居た。
「『治って』」
「うわっ!?」
ダムダが一瞬だが支族の姿になってシャム族の少年の顔に向って不思議に反響する声を放った。すると、みるみるうちに額の傷口が塞がっていったぞ…!?
「な…治ってる。額の傷が…!?」
「す、凄い!レタス兄の傷がっ!」
「フフフ…良かったぁ」
「アタシのレタスの為にありがとう。……貴方、さっきの姿は。貴方達は亜人じゃないのかしら?」
「ん~。元はボクは単なるケンタウルス族、ダムダはミノタウロス族だよ? まあ、旦那様と契りを交わして精霊支族になったけど」
「精霊…の支族…そんなことが、本当に…!」
テレンスが思わず口に手を当てて驚愕する。
「お待たせ」
そこへ旦那が帰って来る。ものの数分くらいしか経ってないが?
「あ。ちょっとさあ…悪いんだけどちょっとスペースが要るんだよな。もうちょっと離れてくれ。もうちょっと………まあ、そんなとこかな」
旦那は「良し」と安全確認をした後、急に拳に凄まじい雷を纏った。
「「ええっ!?」」
「ちょっと揺れるぞ~? オラアああアァああああああぁっ!!」
そのまま地面に向って拳を振り下ろすと凄まじい衝撃と共に地面に黒い渦巻く穴が開いた。なんじゃありゃア!?
「ストロー様、何をなさって…!?」
「ああ、もうすぐ出て来るよ ってほら来なすった!」
「あぎゃああああ!?」
その穴からイキナリ小柄な爺さんが飛び出して来た…もう訳がわからないぜ。
「よお、爺さん!久しぶり」
「くラアッ!? ストロー!この戯け者がっ!! あんな乱暴な方法で儂の下まで直接穴を開ける奴があるかあっ! 儂のチャームポイントの髭が危うくデザインパーマになるとこじゃったぞ?」
「イヤ、ゴメンて。だって電話したらチュンヂー様が速攻でそうしろって凄むからさあ~? 悪かったってば。今日は奢るからさ、好きなだけ飲み食いしてってくれよ」
「フンッ!相変わらず儂の事をないがしろにする趣味の悪い女神じゃわい。…ところで、後からカモミール連れて来たいんじゃが。いいかの?」
「ああ、いいよ。好きだなぁ~爺さんもぉ~?」
「ぬははっ!お主こそ、そこな別嬪の他にもうひとり嫁にしたそうではないか。え? 後で儂にも見せよっ」
「アハハ。爺さんには敵わねえなあ~」
……やけに旦那と仲の良い爺さんだな?
「す、ストロー様…そちらの御方はもしや?」
いつの間にか…イヤ、あの衝撃で流石に騒ぎにならん事はないか。村の住民の他に宿の隣にあるガイアの徒の神殿とやらからゾロゾロとローブ姿の者達が出て来ていた。その中で震えているのは司祭と…確かのその上司のドリキャスだったか?
「ドリキャス老。ああ~紹介がまだだったな? この爺さんが大地の精霊、ノームだぞ」
「おっす!儂、ノーム。今日は地上で久々に世話になるからよろしくの?」
「「あ…あ…あっ…!?」」
その瞬間、地面にひれ伏したガイアの徒達からの歓声と咽び泣きする声が広場、恐らく山の遠くまで響いた…。
「おおっ…!このドリキャス…この日をどれ程夢見たことであろうか…!! 我らの旅は此処で終わった!」
「「ドリキャス様!」」
滝のような涙を流すドリキャスを見て俺達は呆然とするしかなかった。
「…え~。なんじゃの? こ奴ら」
「ああ。大地の精霊を崇めてるって言ってたから爺さんのファンじゃない? それも熱狂的な」
「マジで? い、いやあ~照れるんじゃけど? まあ、伊達に精霊の祖なんてやっておるしのぉ…握手は下手したらスピリットが流れ込んで爆死させるかもしれないからのう…サインくらいだったらしてやってもいいんじゃよ?」
「怖っ…爺さんそんな事できるのか?」
「イヤイヤ、お前さんみたいに支族や眷属以外にも加減が出来る方が異常なんじゃが?」
「な、ならば…どうか老骨の宝にノーム様のご加護を…!」
まるで普段とは別人のようなテンパり具合でドリキャスが懐から彫像を取り出してノームに手渡した。
「お!凄いじゃん!? なにこれ滅茶苦茶出来がいいんじゃけど! 我らが地母神が見事に象られておる…」
「ああ、それ。コレを貸したんだ」
「って…お主それオリハルコンじゃん!? な、なんでお主がそんなものを…(ゴクリ)」
「この山に来る途中でブラウニー達に会ってさあ。仲良くなって、宿代に貰ったんだよ」
「妖精族の癖して何と欲のない連中じゃ…」
「そういや、山の中に入ってったけど。どうしてんだろ?」
「心配無用じゃ。奴らなら儂に挨拶していきおったわい。ドワーフ達よりも深い場所に住んでてのお~。なんか変わった食い物を育てておるとか言っとったかのう?」
「あ!懐かしいなあ~。確かオピとかいう木かなんかだったと思う。なあ、爺さん。宿でそれを出すからさあ。今度会ったら俺が会いたがってった話してくれないか?」
「オッケー」
これが精霊と精霊の会話なのか…? だが、司祭達は涙を流してそれを聞き入っており、中には鬼気迫るような表情で羊皮紙に今の会話を記録している者も居た。
「…む。来おったわい。嫌だのぉ~…ストロー。お主は少し離れておい」
「え。なんd」
『随分と、オレ様が居ない間に楽しそうにしてるじゃないか? ええ?』
「実際、お主が来なければ楽しいままじゃもん」
そこへ穴からもうひとり、異形の大女が半身のみを地上へと飛び出させた。その瞬間、世界が赤く染まった。ノーム様はその女の背中の腕に掴み取られてしまった
「はよ帰らんか。地上まで冥獄に変える気か?」
『フン。相変わらずの減らず口だな…愚弟よ。まあ良い。オレ様は今日はストローの頼みでやって来たのだ』
「女神と上級神で地上へ行き来できるのはお主とお主を嫁に貰ってくれた奇特なミノミス神くらいじゃろうて」
『だ、誰が奇特だっ!オレ様のダーリンを愚弄する気か? 八つ裂きにしてやるぞ』
「そこじゃ! ケルは死者の門を制御するのに仕方ないにしてもじゃぞ? お主とミノミスにはまだ一柱も子をもうけてはおらんじゃろ。儂でさえかつては我が子らに囲まれて暮らしておったというのにの~」
『何を言うか! そ、それはオレ様は仕事が忙しいからであって…好き勝手していたお前と一緒にされては業腹だ』
「仕事ぉ~? 馬鹿を言うでないわ。お主のは単なる趣味じゃろ!それも悪趣味な。愚かな魂の更生なぞ無駄じゃ!強制的に死者の門を潜らせて浄化してしまえば良いんじゃ。それにのう…パンデミア姉上とミノミスの間にはあれほど数多の子が生まれておるではないか? 少し前にも息子のひとりが儂のところに来ておったが…あやつは良くできる奴じゃった~。他の連中も殆ど出来が良い下級神ばかりじゃろ。それに比べて…お主ときたら…」
『ヌウウウウゥ~!!』
なんとその大女は女神だった。それも死んだ悪党が行く冥獄を司る女神だったらしい。
…………。
というかなんでそんなヤバイ女神がここにいるんだ?
その女神は余程腹が立ったのか、睨み合っていたノームを地面に投げつけた。
「ふんべっ!」
『もう良いわっ!お前の相手をする為にオレ様は来たのではないからな…おい!ストロー! お前が俺に冥獄へ連れて行く事を願ったその4人の獣人とはどいつだ?』
「「げえっ!?」」
俺達は思わず飛び上がった……のが悪かった。ニヤリと顔に亀裂が入ったかのように微笑んだ女神の腕から生える鉄の腕で俺達は4人共に掴み取られてしまう。
「だ、旦那ぁ!冥獄なんてあんまりだあ~!?許してくれえぇ!」
「「うわぁ~嫌だぁ~!?」」
『クククッ…いたぶり甲斐がありそうな奴ら。実に楽しみだ…!』
「「ひいっ!」」
終わった…。俺達は怒らせてはならない存在を怒らせてしまった。これはその報いなのだ。
「ちょっと。チュンジー様…俺はチョットだけデス達の根性を鍛えてやって欲しいって頼んだだけなんだが?」
『わかっている…安心しろ。お前はもう身を以って知っているだろう? 生者である彼奴らは死者の領域では決して死なぬ。残念だが』
「「残念!?」」
「あんまり無茶したらミノミス先輩に言うからな? じゃあ、チュンヂー様。1日間、デス達をお願いします」
『たった1日…3日はくれ。オレ様が楽しめないだろう? それに獣人である彼奴達ならきっと会えて嬉しい者も居るだろうしなぁ…では、彼奴達は3日後の朝に返すぞ』
「「旦那(精霊様)!お慈悲ぉおおおお~…!」」
「あっ」
俺達はこうして冥獄へと引きずり込まれたのであった。
◆◆◆◆
「相変わらず身勝手な奴じゃて…ストローもなかなか酷な事をしよる。常世に送ってやった方が余程楽だったのではないか…ヨッコイセ」
「ま。帰ってきたら飯でも食わせてやるとするさ…」
女神チュンヂーに叩き潰され、地面から剥がれ起きたノームが髭を扱きながらストローを見やる。
「って訳だから。アンタ達もアイツ達を許してやってくれないか? 身内の俺達じゃなくて女神のすることならアンタ達だって文句も出ないだろ。なに、チュンヂー様は見た目は怖いけどなかなかに出来たひとだよ」
「買いかぶり過ぎじゃ、ストローと。あやつは単なるサディストじゃぞ」
ストローはその場にいる全員の顔をが青ざめているのにも気にせず笑顔でレタスの肩をポンポンと叩く。
「………わかったわ(※若干震え声)」
「ひゃ、ひゃひ」
レタスに至っては既に気絶寸前だった。
「マリアード達もそういう事だ。今後は宿でトラブルが起きたらなるべく自力で解決するようにするけど…また、何かあったら迷惑を掛けちまうかもしれないな。今後も頼むよ」
「か…かしこまりましてございます!」
広場ではウリイ達とテレンス達以外の殆どがストローにひれ伏している。
「大袈裟だな~。さてと!申し訳なかったな。さあ、仕切り直して宿に入ってくれ!部屋に案内しよう。ウリイ、ダムダも準備を手伝ってくれ~。スイートは使用上、俺か支族のお前達にしか扱えないからな~」
「うん!」
「はぁい」
ストローは朗らかな笑顔を浮かべて階段を昇っていき、ウリイ達も後を追う。
「…はあ~~~~~。貴方達も今日の事を忘れずに胸に刻んで起きなさい。……デス達は敢えて犠牲になったのです。何よりも精霊の怒りを買う事を恐れなさい…それを忘れぬよう」
マリアードとドリキャス達が立ち上がり、ガイアの徒に一言二言告げると無言で解散していき、広場に残ったのはテレンス達のみとなった。
「…テレンス様」
「行くわよ。下手に待たせて、さっきみたいな事になったら堪らないわよ…サックスはまだ宿の前で待ってるみたいだしね」
「は、はい!」
「何だかオデ達、とんでもない所に来ちゃったみたいです?」
「言うな。マラカイト。……だが」
レタスはふともう消えてしまったあの黒い渦孔の位置を見やる。
「今日、最も不幸だったのは…彼らだったな…もし、先に俺が手を出してたら。俺達が代わりに冥獄に行かされていたかもしれない」