☞とある冒険者のチェックイン
◤????◢
「このベッドを見りゃあわかるだろう? 宿屋だよ。ここは」
男はニッコリと笑ってベッドを指さした。
………は?
「なな、ナニヲイッテヤガルンダ?」
俺は自分でも可笑しくなっちまうような声を出しちまった。仕方ないだろう? だって目の前の男は"宿屋"なんて言いやがったんだからよお…。
ここは何処だ? もし、街外れか最悪街道近くの廃れた村だってんならまだ宿屋のようなモンがあったっておかしかぁねえが、ここは本来人間がホイホイ来れる訳がない魔境の森なんだぜ!? 上位の冒険者でもちょいとその辺を散歩するだけでモンスターの腹ン中でおねんねだぞ…? そんなところで宿屋? 目の間で藁を咥えて笑っている男は気が触れているとしか思えねえ。イヤ、もうこんな場所で傷だらけの俺を見てニコニコしてやるんだからもう間違いようもなく狂人の類だよな…。
俺はもう体に力が入らなくなっちまってカウンターにもたれかかる。
「お、やっぱり泊まるか? …そうだ、聞きたいんだが普通の宿屋に一泊するとどんだけ取られるもんなんだ?」
「はあ? はじめて宿屋を開く訳でもあるまいし一体何を言ってやがるんだあ…(ああ、血が足りなくて目が回りやがる)…ハァハァ。普通に飯無しの素泊まりでも銀貨3枚は取られるもんだろう? しかも、あんな御貴族様くれえじゃあねえと使えない寝台なんかじゃあ…」
俺も何故か知らんが馬鹿正直に答えちまった。
「ほ~銀貨か。銀貨、銀貨なのか… じゃあ、1泊銀貨3枚でいいぞ」
「………はあ!? 何を馬鹿なこと(あ。もうダメだ…分かるわ)…うっ。そんな事よりアンタに頼みてえ事があるんだ…!」
俺は腰の財布袋を外すと男の胸に乱暴に押し付ける。…銀貨で百、金貨も入ってるから文句ねえだろう。
「…全部くれてやる。ハァハァ…俺が死んだら、装備も持ちモンも好きに売り払ってくれて構わねぇ… 頼む…ここから西に10日、王都ウエンディの冒険者ギルドに俺の全財産が預けてある。それを…プフル…孤児院に預けてる俺の妹に渡してくれ…頼む…この証明書があればギルドの連中は応じる…た、頼む…妹に…」
俺は震える手で証明書を懐から取り出す。冒険者にとってコレは命と同じくれえの価値があるもんだ。決して他人に渡せるものじゃねえ… へっ、何がドラゴン級冒険者だ…死んじまったら何の意味があるってんだ。俺の唯一の肉親である妹の無垢な笑顔が目の前に浮かぶ…プフル…すまねえ!すまねぇ…!涙がボタボタと頬を伝って床に落ちる。
だが、目の前の男は俺に財布袋の中身を見て首を傾げる。なんだ、まさか足りねえって言いやがるのかよ?
「おい、なんか袋に百枚くらいは入ってんぞ? それにコレって金貨じゃあねえのか? それに小さな宝石もあるぞ? …なあ。俺はこんなにいらん、銀貨3枚でいいんだぞ? …それともこの袋で銀貨3枚とやらの価値なのか?」
………オイオイ!こいつマジか!金の価値も知らねえんじゃあねえのか!? …こんな奴に最後の頼みを聞かせるんじゃあなかった…スマン、プフル…。
「まあいいや預かって置く。お釣りはちゃんと出すぜ安心しろ。…っと兎に角ここに名前を書いてくれ、決まりなんだ」
名前? 証文か何か? 若造の俺がこんな大金持ってやがるもんだから怪しんだのか…というのはさっきの振りか。意外と気の置けない相手だぜ。
俺はもう抵抗もできずヨロヨロとノートに名前を書いた。…もう、動けん…。
「よし書けたか? ほー、鑑定ってこーいうのなんだな。 …フムフム、ボーゲンさんね? お、意外と若いんだなハタチかよ。んで、ウエンディのトロール級冒険者で総合番付じゃあ3位と…これって結構凄いんじゃあないの? アンタ、ボロボロだけど腕が立つんだな?」
「…なっ!?」
どうしてそんなことまで知っていやがる!? 歳は当てずっぽうで、俺の等級は証明書を見たからわかったのかもしれんが…番付までなんで知ってるん、だ…
気付けば床の上だった。…俺はもはや立っていられなくなり倒れたようだ。これで、お終いか…?
「おおっと! ヤバイなHPが1割切っちまったみてーだな? しかも毒まで喰らってたのか…そりゃあ辛かったろうに、さっさと寝かしてやればよかったなあ~」
男が俺の肩を担いだ。もう目が開けられねぇ…とても、眠い…
「…ハァハァ、俺はこのまま、…でいい。…冒険者の最後、モンスターの腹の外で…しかも五体満足で死ねるんなら本望だ…それに、…こんなゴロツキの血で綺麗なシーツを、汚すのは…わ…るい…」
「気にすんな。さっさと寝ちまいなよ」
俺は男にベッドの上に放り上げられたらしい。まるで水に放り込まれたように体が沈み込むようだ…信じられないほど柔らかなものに俺は包み込まれる…
「…ありがとう」
俺は生まれて初めて、心の底から人に感謝の礼を言ったと思う。こんな幸福だったことなど未だかつてなかった。
…冒険者なんて辞めて、貧乏でも妹と一緒に暮らしていればよかった…妹が笑ってさえいれば、それだけで良かったはずなのに…
………プフル…。
俺が目を覚ました時、また、妹の顔が見られるだろうか?
(ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃーん♪※例のBGM)
俺は信じられないくらい上等な寝台の上で目を覚ました。ムクリと上半身を起こすと寝台から降りて立ち上がる。
…もう何の痛みも感じないし、苦しくも無かった。
「…ああ、遂に死んぢまったのか。ハァ~馬鹿な人生だった…。…しかし、あんな最期を迎えられたんだ。俺を看取ってくれたアイツに感謝しなくちゃあなあ。…プフル。あの藁男が無事に約束を果たしてくれればありがてえがな…」
俺は床をじっと眺める。 …ん? 床は、板張りだ…
「おはようさん」
俺は声の方に振り向くと、ドシャっと金の詰まった袋が俺の手元に放り投げられた。
「ホレ!お釣りだ。悪いが、出張サービスはやってないんだ。可愛い妹さんには自分の足で会いに行ってくるんだな?」
カウンターの奥から、藁を1本口に咥えた男がにやけ面で俺を見ていた。