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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第二部~雷の精霊シュトローム
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☞白魔導士、ホアイト・テレンス

久々に閑話です。次話から今回登場するテレンスが本編に登場します。お楽しみにw



 話はストローがこの世界に降り立つ2年ほど前に遡る。


 舞台は西方の王都ヴァンナ。悪名高いアデク教の建前(・・)での本殿は中央王都ウエンディにあるのだが、それを表も裏でも牛耳るアデクのメッカ。その悪鬼達が巣くうのがこの商業が盛んな臨海都市である。



「…何よその鱗は? テラテラと光ってくれちゃって。スケイルフォークの奴隷がどうしてこの栄えある西方本部の冒険者ギルドで…納屋(・・)以外に居るのかしら? 目障りだわ…早く出て行きなさい」


 西方で最大の冒険者ギルドのメインラウンジでその男が発した言葉である。


 男の名はホアイト・テレンス。トロール級冒険者パーティ“極寒の光彩”唯一(・・)の冒険者。

 身の丈は悠に190センチを超える。筋肉質な身体を漆黒の魔獣革のアンダーウェアに包み。ウェーブ掛かったプラチナの長髪を後ろに流している。そして、目の覚めるようなアデク教の意匠のマントを靡かせていた。

 そして、最も異様なのはその形相。顔面を白粉で全て塗り隠し、目元のみをパンダのように眉墨で塗ったメイクを施している。初見の子供ならまず間違いなく泣くほどのトラウマとなるだろう。


 エメラルドにも似た色艶を持ったスケイルフォークの女性…名をローズというのだが。彼女はその男にただただ恐縮するばかりで何も出来ず、言えずにいた。


「何か言ったらどう? 全く気持ち悪い子ねえ~。言葉も知らないのかしらあ?」


 男がローズの態度に焦れて手を伸ばしかけたその時だった。


「くの野郎がっ!!」


 2階との踊り場から火の玉のように飛んで来た、ブドウ色の髪の青年がその男を殴りつけたのだ。男は咄嗟に反応していたようだが、まるでワザと受けたかのような動きで2、3歩よろめいて後ろに下がった。


 それまで嘲笑を含ませてそのやり取りを傍観していた者達も流石にその若猪の所業に慌てふためく。


「アデクの氷野郎!てめえ、何うちの大事な仲間にちょっかいだしてんだあ! あぁっ!? ローズのことを気持ち悪いだとお~? お前の顔の方がよっぽど酷えじゃあねえか!金持ちなんだから鏡でも見やがれ!!」

「大丈夫? ローズ」

「ゴメンナサイ…ワイン様。キャロットさん…」


 頭から湯気が出るほどいきり立った同じく西方冒険者パーティ"暖かい色彩"のリーダーの斧使いのワインと仲間の小柄ながら怪力を誇るキャロットがローズの下に駆け付ける。その当時はまだ駆け出しの最下等級のゴブリン級であった。


「このムラサキ頭! 誰に喧嘩売ってのかわかってんのかあ!?」

「駆け出しのゴブリン級の癖してテレンス家に噛みつくなんざイカレてやがる…巻き添えは御免だぜ!?」


 ギルド内にひしめいていた冒険者や職員が波が引くように逃げていく。それと同時に近くか外に待機していたのだろう、男のパーティメンバーもまたその場に駆け付けた。


 男は「……なんだ、ちゃんと可愛い名前があるんじゃない」と周りに聞こえないような声で囁くと乱れた髪を何ともなしに撫でつける。


「…っ!? テレンス様!」

「御無事ですか!テレンス様!?」

「おのれ!よくもテレンス様に無礼な真似を!!」

「お怪我は!テレンス様!?」


 やって来たのはまだ若い女に同じく幼さが顔に残る獣人達だった。それぞれが場に似合わない上等な軽防具に男と同じ青と白のマントを羽織っている。だが、その首にはしっかりと黒い首輪のように複雑な術式が刻まれていた。そう彼女らはこのヴァンナではさして珍しくも無い冒険奴隷だったのだ。


「落ち着きなさい…この坊やにじゃれつかれた程度でアタシがどうにかなるはずもないでしょうが。…あなた達も、もう武器を降ろしなさい。ここは冒険者ギルドの中枢なのよ? それが御法度なのはもう何度も教えてるでしょ」

「「…………」」


 その言葉でやっとその奴隷達は手にしたスタッフランスを下げる。それを目の当たりにしてワインは益々眉間に皺を寄せる。

 その装備してもこの奴隷達の存在は異質だった。そもそもこのアデクの影響が強い冒険者達の奴隷の扱いは下の下も良いところで人権すら無いに等しい扱いをする者達すらいる。

 だというのに、当然のようにワイン達以上に上等な防具を身に纏い、武器を携帯することすら許されている。ローズを同等に扱うワイン達ですら戦闘以外でローズに武器を持たせる事を公に許されていないというのにだ。さらに目が付くのはその得物だ。スタッフランスは高価な魔石を使用した歴とした魔法武器だ。その価値は軽く金貨百枚(約2千万円)を超える代物なのはまだ冒険者としては未熟さが残るワインですら理解していた。


「今日のところはこのホアイト・テレンスの名において寛大にも許してあげるわ、坊や。さっさとその子を連れて出ていきなさい」

「………けっ。アデクの獣人狩り筆頭の白黒(・・)魔導士様にしちゃあ随分とお優しいじゃあねえか?」


 ワインの一声に場に残ったベテラン冒険者や2階から駆け下りて来たギルドマスターが血の凍るような表情をして固まる。


 そう、駆け出しの冒険者風情が…否、このヴァンナでその男を知る者ならそんな口を聞いてはならないということを誰でも知っているのだ。


 男の名はホアイト・テレンス。トロール級冒険者パーティ“極寒の光彩”唯一の冒険者。他のメンバーは彼が所有(・・)する奴隷だ。だが、そんな肩書きなどどうだった良いのだ。冒険者なんてものは彼にとってただの息抜き。暇潰しなのだ。

 テレンス家。そう彼は家名を持ったアデクの傀儡貴族だった。

 最もアデク上層から信頼厚く有能と視られている強力無比の魔術師の家系。

 そして、アデク教の名の下に行われる獣人迫害の最前線に立つ男こそがこのホアイト・テレンスを現当主とする…アデクの最大戦力“六色魔導士”が一色。祖父の代から続く白魔導士の座に君臨する恐るべき魔術師だった。

 彼がその気にさえなれば例えこの場の冒険者が束になって襲い掛かったとしても…数秒後に砕け散った氷の肉片となって果てるだろう。それだけの実力者であり、そも彼はパーティとしての等級がトロール級というだけで、彼自身は既に西方では最上級のドラゴン級冒険者として扱われているだ。


「貴様…!口の訊き方を知らんようだな…」


 テレンスの取り巻きのひとり、黒と白金毛の淡いコントラストが特徴的なネコ獣人のシャム族の少年がスタッフランスを手に構えて剣呑な表情を浮かべて牙を剥いた。


 しかし、その刹那。パンッ!と乾いた音がラウンジに響いて床にスタッフランスが転がった。テレンスがその獣人の少年に鋭い平手打ちを放ったのだ。


「…レタス。奴隷の分際でわきまえなさい。アタシの顔に泥を塗る気?」

「……申し訳ございません。テレンス様」


 レタスと呼ばれた彼はさっと床に落ちたスタッフランスを拾うとテレンスに向って平伏する。他の奴隷達も同様だった。だが、周囲はひとりの冒険者を除いてさも当然とそれを見ていた。


「お前…馬鹿かっ! 自分の仲間に手を上げ…おわぁ!?」

「馬鹿はお前だよ!?」

「ヴァンナの白魔導士相手に喧嘩ふっかけるとか!頭湧いてんのか!?」


 ワインは後ろから首根っこを掴まれ引きずり倒されると周りの冒険者やギルド職員達にボコボコにされる。流石にコレはワインに非が有るとキャロット達も傍観している他なかった。


「申し訳ございませんっ!テレンス様! この馬鹿にはしっかりと公の場で愚かさを償わせますのでどうか平に…っ!」

「はんっ。だから言ったでしょ? そこの坊やを許すって…聞こえなかったのかしら? ギルドマスターも耳が遠くなったんじゃない? 後進にそろそろ席を譲ったらどうかしら。アタシ達はもう要件も済んだから屋敷に引き上げるから…さあ、行くわよ」

「「はい!テレンス様!」」


 必死に自分の立場を守る為に縋りつくヴァンナのギルドマスターを無視してテレンスは玄関へと向かって歩いて行く。


「いいこと? 罰則を科すにしてもそこの坊やにはフツーの対応にしなさいよね。このテレンス家のアタシが下らない騒動で冒険者を私刑になんかしたらいい笑われ者だわ…」



 最後に未だに冒険者の手に噛みつくワインを微笑ましく見ながらトロール級冒険者パーティ“極寒の光彩”のホアイト・テレンスはギルドから去って行った。



 因みにワインは冒険者のライセンスを剥奪こそされなかったものの、それなりの額の罰金を科せられることになってしまう。テレンスに対してというよりは、媚びへつらうギルドの者達を見てよりアデクに嫌悪感を持つことになったのは言うまでもない。



 ◆◆◆◆



 ヴァンナの閑静な一等地にテレンス家の広大な敷地を持つ屋敷が建っている。ここヴァンナでは王城とアデクの総本山である城と同等の大屋敷に次いで大きな建物だが、一般の住民がこの場に立ち入る事はテレンス家によって許されてはいない。 その理由は…。


「これはホアイト坊ちゃん。お帰りなさいまし」

「「テレンスさま~おかえりなさ~い」」


 テレンスの敷地の大きな門が開かれた先にテレンスの帰りを待ちわびる者達が大勢居た。

 年老いた執事服の獣人。そして様々な種族の幼い獣人達がテレンスの足元に群がる。


 その喧騒が始まると同時に門が閉じられる。締め切られた途端、テレンスは急にガバリと隣に居た獣人に覆いかぶさる。先の獣人の少年レタスだ。


「ううっ…!アタシの可愛いレタス。ゴメンねえ~アタシったらなんて酷い事を…! 痛かったでしょ? 直ぐに回復魔術を掛けてあげるからねっ」

「俺こそスイマセンでした…テレンス様を馬鹿にされた気がしてついカッとなっちゃって…」

「…もうっ!ほぉんとおにお前は可愛いアタシの息子だわぁ!!」


 長身の筋肉男にハグされてキスの雨を降らせられるレタスだったが…特に嫌がることなく笑っている。涙でメイクの眉墨が流れ出し、他者から見れば既に相当なホラーの形相になってしまっているのにも関わらずだ。

 周囲の獣人達も同様だった。そう、赤ん坊の頃からテレンスの側にいる若い獣人達にとって…彼は実の親以上の存在だったから。


「ねえ~どうしてテレンスさまは泣いてるの~?」

「どこかいたいの~? おくすり飲む~?」

「……違います。テレンス様はね、私達を守る為に色々と…そう本当に色々と尽力なされているんですよ」

「ラベンダー…」


 ラベンダーと名を呼ばれ、テレンスに同行していた人間のように見える娘が地面にしゃがみ込んで幼い獣人の子供達の頭を撫でてやっている。


 テレンス家が戦や略奪で成果を上げる度にこの敷地は大きく広くなっていった。公に敷地に家屋を連ねて屋敷にも獣人達を奴隷の名目で囲うようになったのはテレンスの祖父の代の頃からだ。つまり、この場にいる獣人達は皆アデクに囚われた奴隷達なのだ。だが、城下の奴隷のように絶望の表情を浮かべる者は誰ひとりとしていなかった。これは長年、彼らがテレンス家によって手厚く保護されているからである。


「テレンス様。先程のギルドの一件は…あのスケイルフォークの彼女を助けて上げたのでしょう?」

「まあね…性質の悪そうな冒険者に絡まれそうになってたから、ついね。 …でも、あの子。何処かで見た事があるのよね~? 何処でだったかしら…」

「テレンス様」

「アラ? どうしたのアップルちゃん」


 アップルと名を呼ばれたのは同じくテレンスの護衛のひとり、闇を見通す金色の大きな瞳に腕に翼のような皮膜を持つ亜人。人間よりも数倍五感に優れるコウモリ族の少女だった。


「あのローズってひと…最近冒険者ギルドに出入りしてるアデク教の神官を何だかずっと見張ってるみたいな…気がした。…だけ、かも…しれません」

「ふうん。確かサンドって名前の男の子じゃなかった? 結構可愛い顔してたしアデク教には勿体無い子なのは確かだったわね…(やっぱり暗部の出なのかしら…?)…悪いんだけど、次にギルドで見掛けたら…マラカイトかサックスと一緒にちょっとだけ探ってくれる? あ。くれぐれもあのスケイルフォークの子には気取られちゃダメよ? 必要以上に近付くのもダメ。わかったわね?」


 テレンスの言葉にアップル達は力強く頷いて見せる。


「…ごめんなさいね。私の子供達。…もう少しの辛抱よ。きっと、近い内に東方に隠れた反乱軍が本腰を入れてアデクに戦いを挑む時がやってくるわ。いつか必ずあなた達をこの牢獄からアデクのいない自由な世界へと連れて行ってあげるからね…!」

「ほっほっほっ…同じ獣人の同胞達には申し訳ないのですがな。私達はこんな素敵な暮らしと庭まで付いている牢から出たいとは思いませんがなあ?」

「それは…そうですね!僕達にはテレンス様と同じ場所で暮らせるだけで幸せです!」

「「あたしもぉ~」」

「それには違いない!」


 テレンスを囲んだ獣人達から笑い声が漏れ出し、テレンスを包み込む。


 テレンスはその光景に涙を堪えながらひとりひとりハグしていく。そうして一連の流れが終えてから皆で手を繋ぎながら屋敷へと入っていくのだった。



 これが、巷では冷徹なアデクの魔術師と畏れられるトロール級冒険者パーティ“極寒の光彩”唯一(・・)の冒険者。ホアイト・テレンスという男の姿だった。



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