ストロー・オブ・ザ・マリッジ⑭
通信障害などで何故かPCからアクセスできなかったりと、ここ最近トラブルが続いていましたが何とか本編の第一部を書き終えることができました。(^_^;)
次の更新は年末年始あたりになるかと思いますが、今後ともよろしくお願いいたします!
多分、間にまた別作品を書いたりするかもしれません(笑)
◤ストロー◢
「リ…リリ・リッ、リレミッタ!?」
「……ここであったが、百年目だニャアアアア!!」
雪に埋もれたデスの背から獣人の女が俺目掛けて飛び掛かってきやがった! ひいっ!?
俺は一瞬、この村に来る前のトラウマが蘇り目を閉じてしまった。
が、俺のすぐ前でガキンッと何かと何かがぶつかり合った音が聞こえる。
俺が目を開けると、眼前にウリイとダムダの背中があった。
「ウリイ!? ダムダ!?」
「大丈夫? 旦那様」
どうやら情けないことにリレミッタから俺を二人は守ってくれたようだ。
「グニュニュニュ…ッ! とんだ泥棒ウマと泥棒ウシだリャ!! アタイがなかなかこの村に戻ってこれなくて歯噛みしてる隙に…アタイの男を寝取るだニャんてリャ!!」
リレミッタは凄まじい殺気を放って四つん這いに近い臨戦態勢を取りながら歯をギシリと鳴らした。正直言うと、ワイバーンの2百倍くらい怖いです。
「ね、寝取…っ!? ボク達はストロー様の立派なお嫁さんだよ!ちゃあんと女神様からの許可だって貰ってるんだからね!」
「そ、そうだよぅ!」
ウリイとダムダも強気に言って返すが、その驚異的な殺気に気圧されてか腰を低くして警戒態勢をとる。
「ブハアっ! そうだぞ!落ち着け、リレー! コイツらは旦那にアデクのクソッタレ共から命を救わ…」
「黙るニャ」
「れてぶふぉ!?」
何とか雪の中から顔を抜き出してリレミッタを説得しようとしたデスだが、哀れにも容赦ないリレミッタからのストンプ攻撃を受けて雪の中へと再度沈んだ。
「…問答無用だニャ。アタイは戦士だニャ。取られたものは、奪い返すにゃ!!」
「ぐっ!アイツ…ただの獣人じゃない。御主人様!ボクは本気出すけど許してね! だって、君を黙って奪われるくらいなら…ダムダ!」
「う、うん! 旦那様ぁゴメンナサイ!!」
「おい、止せよっ!?」
俺は咄嗟に二人を止めようとしたが、支族化して竜の尾を得たウリイの尻尾に吹っ飛ばされた。
「来い!」
「負けないっ」
「いい度胸だニャア!!」
仄かに毛色に灯りを宿したリレミッタがウリイとダムダにパンチの雨を、キックの嵐をとお見舞いする。文字通りの百裂の連撃に二人は防御に徹するが、徐々に後ろへと足がずり押されていく。
「もう…怒ったよ!?」
「んニャ…っ!? フギャッ!」
業を煮やしたウリイが支族化の能力である光速体当たりをリレミッタに放つ。拳と蹴りの壁をすり抜けてきたまさかの攻撃に不意を突かれたリレミッタがもろに撥ねられて空中に身を躍らせる。
「リレミッタ!」
馬鹿! 流石にやり過ぎだろう!?
だが、リレミッタは猫のようなしなやかさでバランスを取り戻し、まるで高飛び込みの選手のようにクルクルと身を屈めて回転する。
「……効いたニャア。 やるじゃニャーか!!」
リレミッタがニヤリと獰猛な笑みを浮かべると。より一層、身体の光が強くなった。
と思ったら、空中でピタリと動きを止めると、その場で地面を蹴ったかのように跳躍し、目にも止まらぬ速さでウリイへと肉薄する。
「うわッ!?」
ウリイもその動きには面食らったようで怯んだ。
「『 ―気絶してぇ!!― 』」
リレミッタの拳がウリイに届く寸前にダムダの叫びがその動きを停めた。
「ぐっ…ぎぃ…!」
トサリとリレミッタが苦渋の表情を浮かべながら雪の上へと崩れ落ちる。
「た、助かったよ…ありがと、ダムダ…」
「ハアハア…! 俺ぃもギリギリ…だったからぁ」
二人はリレミッタを見下ろしながら安堵の息を吐き出した。
「………てか。コイツ強すぎんだろ!? 何者だよ!」
「そりゃあ、強えよ」
「おう。デス、生きてたか」
ムクリと雪から這い出たデスの奴がヘトヘトの表情を浮かべながら胡坐をかいた。
「それにしても、なんでリレミッタの奴…急に襲い掛かってきやがったんだ?」
「……それは後から本人に聞いて欲しいところだな。俺からはチョット、な」
デスはリレミッタに哀れな視線を送った後、軽く咳払いする。
「こう言っちゃあ、カッコがつかねえがな。獣人は男よりも女の方が強いんだよ、大体はな? でだ、リレミッタは俺達の縄張りで唯一"戦士"を名乗れる女なんだ。恐らく、単純な喧嘩の強さだけだったらこの大陸じゃあ10本の指に入るぜ。ちなみに、俺は生まれてこの方、リレミッタ以上に強い獣人を知らん」
「マジか…」
俺的にはこの異世界でチーピィ達ブラウニーを除けば初めて出遭った異性ということもあり、複雑な心境だが。まさか、そんなに強者だったとは…。
「旦那はイマイチ、ピンとこねえかもしれねえがな。獣人は魔力が極端に低いとか、魔術が下手だとかは間違いなんだ。そりゃあ人間や他の亜人と比べたら少ないけどな。物心ついた頃には勝手に魔力が肉体強化へと使われちまってる。さっき、リレーの奴の毛が光って見えただろ? アレが証拠さ。と言ってもあんな風になるのはリレーの奴が生まれつき魔力が桁違いに多かったかららしいぜ。オマケにコイツの強化されまくった身体能力は"空を蹴る"ことすらできる。ってソレもさっき見せたろ? 戦場じゃ"飛天のリレミッタ"なんて呼ばれてるしな…」
まあ、支族化したウリイとダムダと対等以上にやり合ってる時点でもう普通じゃなかったけど。
…というか、やり合ってたあの二人もかなり疲れてって…なんかフラフラしてないか?
「お、おい!?」
二人は急に支え合うようにして座り込み、その姿も光の鱗が剥げていくように支族化前の姿へと戻った。
「大丈夫か?」
「う、うん…なんだか息が変に上がっちゃってさあ。チョットだけ調子がおかしいんだよね」
「俺ぃも…さっきも前みたいにちゃんとした声を出せてないと声を感じましたぁ…。もしかしたら…」
ダムダの視線が自身の腹部へと向けられる。
「恐らく、子供が出来たことで支族化への影響が出てきてるのかもしれないな。詳しいことはわからないけど、後で女神様に聞こう。それと、結果的には良かったかもしれないが…しばらく支族化はするなよ?」
俺の言葉に二人は頷く。
…待てよ? ダムダの奴、たしか十分な…。
「んニャアアアア!」
「おわあ!?」
「「旦那様っ!?」」
俺は背後に近付いてきた者に抱き抱えられてしまう。
「グニャハッハッハッ! もらったリャ! このままアタイと一緒に山の里まで行くのニャ!」
「待て! クソっ…仕方ない」
俺は咄嗟に放電するイメージを思い浮かべて、バチバチと青白い光を放出する。それをリレミッタに纏わせて地面へと磁力を操作する。
「ブニャ!?」
リレミッタは地面へと潰れ、俺はその前に転がり落ちる。
「リレミッタ…少し落ち着いて話をしようぜ。なあ?」
「ニュギギギ…! こんなんじゃアタイは止められないのリャ…!」
なんとリレーの奴は髪の毛や尻尾など、全身の毛を膨らませると徐々に地面から起き上がってきやがった。恐らくだが、膨れ上がった毛先から俺の電磁波を分散させてやがる。拙いな…。
「頼む。これ以上の力を使っちまうと俺はお前を傷つけちまう。そんな事はしたくない。それに俺は身重のコイツらを放っておくことはできない。お前が俺を好いてくれてるのは嬉しいが、お前についていってこの場所から離れることは悪いができない…」
俺がそう言うと、目に見えてリレミッタから怒気というかオーラが急速にしぼんでいく。
俺はもう暴れまいと、完全に拘束を解除する。
「……狡いニャ…」
リレミッタはポツリと呟き、地面にポツポツと何かが零れ落ちる。
「リレミッタ…」
「狡いニャ! 狡いニャア!? ストローはアタイが一番先に唾を付けといたんだリャ! アタイだって里に報告したら直ぐにアンタの処に戻ってきたかったリャ!アンタの女にして欲しかったリャア!? でもダメだったニャ! 長達は皆して認めないって言うリャ! 何日も何日もお願いしたリャ!でも認めてくれなかったリャ!それどころか"お前ののような危ない奴を外にホイホイ野放しにできるか"なんて言ってアタイを力づくで長の息子と契らせようとしたんだリャ!だから全員まとめてぶっ飛ばしてやったニャ! そしたら今度は南の戦に出れる戦士がいなくなったニャと泣きつくリャ!仲間を見殺しにはできないリャ!だから、我慢して遠く離れた土地で戦って、やっと帰ってきたニャ…ニャのに、グスッ…ニャのに…!デスから引っ手繰った文にはアンタが知らない女達と契ったと書いてあったのリャ!? アタイはもう我慢できずにここまでやってきたのニャ! …アタイだって、…アタイ…だって…」
俺の前にはグスグスと涙ぐんで膝を突いたリレミッタがいた。
…そうか。お前はそんなにも俺の事を考えてこれまで過ごしてきたのか。それに引き換え、俺はお前のことなんて…。そりゃあ裏切者だな。最低だわ、俺…。
「どうしたら、俺を許してくれる」
「…………」
「気が晴れるんなら、俺を好きなだけ八つ裂きにしても良い。ただ…あの二人には」
「……さっきは冷静になれなかったから気付かなかったニャ。…二人ともアンタの子供をもう胎に預かってんだリャ? …そんな相手にもう何もできない、ニャ…」
「そうか……… なあ?」
「…なんだリャ?」
俺は涙目になったリレミッタの目線と真っ直ぐになるように座る治すと、後ろのウリイとダムダに目配せする。
二人は暫し、互いに視線を合わせ考えていたが直ぐに諦めたような笑みを浮かべて頷いた。
…そうか。
俺は改めて、リレミッタの大きな瞳を覗き込んだ。
「もう知ってるかもしれんが、今節の最終日、この村で俺はあの二人と挙式する」
「…知ってる、ニャ」
「もし…。もし、お前さえ良かったら… 俺と、結婚しないか?」
「ッ!?」
その場の空気が止まる。わかる。我ながら最低な言葉を吐いた。
ついでにお前も俺と結婚しない?
そんな失礼な事を言い放った愚かな男がここにいるんだ。
まあ、殴られて気が収まればそれで…ってアレ?
目の前のリレミッタは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。一瞬キレたかと身を竦めたが、どうも様子がおかしいな? 何かをずっと我慢して歯を食いしばっているし…手の甲の皮が引き千切れそうなほど抓っている。
「……なあ。リレミッタ、もういいんじゃあねえか? お前は良く戦ったよ」
「ニャ!?」
リレミッタがガバっと自分の横に立っているデスに顔を向けた。
「そりゃあ、お前は一番の戦士さ。そりゃあ間違いねえよ。でもなあ、片腕だった俺が…逃亡奴隷だった俺がよ、お前よりも弱い戦士である俺がこんな偉そうなことを言うのはお前には業腹だと思うが…聞いてくれ。 もう、十分に戦っただろ? お前もいい加減、女として幸せを手に入れたっていいんじゃあねえか? そうだろう。そこの旦那はお前が守らなくてもいい数少ない男だろうさ。だからお前が無理くりに里へ攫って、戦士を続けていく必要だってないはずだ…」
「……ダメだリャ…!まだ、ダメだリャ…!アデクに殺された仲間の仇を…!アデクに攫われた仲間をひとりでも多く救い出すまでは…!せめて、せめて次の大戦までは…アタイの誇りに懸けて戦士を捨てることは、できないニャア!!」
リレミッタが歯を食いしばって言い放つ。
「おい、デス。戦ってどういうことだ?」
「……詳しいことまでは教えられない。だが、近けりゃ来年に西方のアデク共の本拠地に俺達獣人と反乱勢力の連合軍で戦が起こる。俺もその戦に出る。多分、コレが最後の戦になると思うがな…リレーも、その戦に出る気でいる。だが、獣人の女が里から他所に嫁いだ時は戦死であることを捨てなきゃならん決まりだ」
そう言ってデスは灯りの点いた長老の家を目を細めて見る。恐らく、エイの事を想っているのだろう。
「そうか…まあ、色んなしがらみやらケジメがお前さん達にはあるんだろう? 俺も話に聞いてるだけだが、アデクは嫌いだ。でも、俺は決して力を貸すことはできない。…それは身内に関してもだ」
そうやって俺はウリイとダムダを見やった後にリレミッタへと視線を戻した。
「………ニャア。それが当然リャ。アンタをアタイ達の戦に巻き込むことなんて最初から許してなんかないリャ」
「それでも、お前はその戦が終わったら、俺達のもとへ帰ってきてくれるか?」
俺の問いかけに、俯いていたリレミッタが顔を上げる。
「リレミッタ。俺はお前が嫌いなんかじゃないし、むしろ好きなくらいなんだが。それに…その耳と尻尾をもっと堪能させて欲しいし、責任とやらも取らなきゃならんしな…」
「フッ…フフフ…そうだったリャ。アンタにはアタイを雌にした責任をとってもらわなきゃ、だニャ…わかったリャ。必ず、アンタのとこへ帰ってくるニャ!」
リレミッタから伸ばされた腕をそっと掴む。
「よし! じゃあ結婚だ!」
「ニャア!?」
「ええっ!? だ、旦那!?」
俺はリレミッタの腕をとったまま勢いよく立ち上がり、そのままリレミッタも立たせる。
「んじゃ、婚約だ。だから、リレミッタにも挙式には出て貰うぞ」
「へ? どういう事ニャア!?」
先程のまでの剣呑さが嘘のように顔を赤くして目を回している彼女がとても愛おしかった。
正直言ってどうだろうとは思うが…俺は彼女の事を思っている以上に好きになってしまったようだ。
「つまりだな。ん~…周囲の者達にリレミッタはもう俺のモノだって宣言するってことかな?」
「ニャア!? ニャ、ニャア!?」
リレミッタは極度の興奮からなのか尻尾を振り回して飛び跳ねている。
「…マリアード」
「…はい。既にお傍におります」
「ニャ!?」
やはり、流石はマリアード。もう俺なんかよりもよっぽど精霊かなんかじゃないの?
「もう日が無いんだけど、悪いんだがリレミッタの結び衣装を準備して欲しいんだよな。あの針子さんのビイって子に連絡できるかな?」
「勿論でございます。直ちにご用意致しますので、ご心配なさらずに」
マリアードがニッコリと笑って頭を下げて、そのまま風の様に去っていく。
「ウリイ。ダムダ」
俺はまだ顔から湯気を出しているリレミッタを連れて二人の下へ向かう。どうやらマリアードの側近達が世話をしてくれたのか、毛布に包まってさらに暖かいお茶のようなものが入ったカップまで持たされている。
「改めて、リレミッタだ。彼女は俺をこの村まで案内してくれたデス達の仲間なんだ。もし、彼らが俺をここまで連れてきてくれなかったら…こうしてウリイとダムダと出逢う事もなかったかもしれないな…相談もろくにしないで急に話を進めて悪かった。これからは仲良くしてくれ」
「身重の女に拳を向けるだなんて…戦士の恥だニャ…。いきなり襲い掛かって申し訳なかった…ニャ」
俺から離れたリレミッタが二人に向って土下座する。だが、すぐに優しく二人によって助け起こされる。
「ボクも…というかあんなに強いなんて犯則だよ!? あ。ボクはウリイだよ。ボクとダムダは元は奴隷でね。この村の近くで殺されそうになったのをストロー様に助けて貰ったんだ」
「俺ぃは、ダムダですぅ。俺ぃ達はリレミッタと呼んでいいですかぁ?」
「……リレー。親しい者からはそう呼ばれてるニャ…」
どうやら女達は女達でどうにか丸く収まりそうだな。
◆◆◆◆
西暦202年、終節の第三ガイアの祝日である30日。
西暦202年を締めくくる最終日、ケフィアの村は快晴であった。
その日、本来は人気も無く、ただ静かに終わるだけの日であったはずが、今日は村中に人が溢れているではないか。
ケフィア村の全住民は誰一人としてこの冬は下山していない。それどころか、麓のアンダーマインからほぼ全住民がケフィアに登ってきていた。更にそれに加えて、山の里からケフィアに訪れているスナネコ族獣人を始め、元奴隷だった獣人達の姿もある。
特に4階建ての宿の裏手にある広場はより人々でごった返している。その過半数が黒衣の服を纏った精霊信仰者の者達であった事を加筆しておく。
そして、宿に隣接するガイアの新たなる神殿からその日の主役達が顔を見せ、広場は更なる歓声と感涙に咽ぶ声が上がった。
その喧騒の中央にはヘラヘラと普段と変わらぬ笑みを浮かべる男。流石にいつものような野良着にベストと咥えた藁一本という出で立ちではなく。まるで王族の儀礼衣装のような上等なスーツを身に纏っている。
その両手には幸福からか涙を流して笑み崩れる花嫁の姿があった。
ひとりは黒髪と茶色い肌が結び衣装に生える美しいケンタウルス族の女性。
もうひとりは、幸せそうに自身の主人と見つめ合うミノタウロス族の女性。
そして、さらにもうひとり。男によって呼ばれたスナネコ族獣人の女が居た。
着なれないフワフワした衣装に戸惑いながらも男の下へと辿り着き、その肩を優しく抱かれて満面の笑みを浮かべていた。
こうして広場で拍手喝采が鳴りやまぬ中、周囲に向って4人は手を振って応え続けたのだった。




