異世界宿屋、営業開始!
「カウンター奥のドア…裏口か?」
ストローは首を捻りながらもいったん外へと出ていく。
小屋をグルリと眺めながら裏へと周り込む為に移動…しようとも思ったが、小屋の裏は崖を背にしているだけであり、小屋との幅は1メートルもない。
「アララ? てーか裏にあるはずのドアすらも無いんだが? どういことなの…」
カウンター奥のドアは一体どこへと繋がっているのか?
「つーか、狭いけど見た目の建物より中は広いよな? んー倍くらい?」
確かに小屋の外見面積は仮設トイレ4台分。畳なら2枚分あるかないかである。だが、屋内はやはりその4倍以上の面積があるように思えた。ストローは何か詳細はないかとウインドウ画面を出して探した。
「お! 宿の間取りが見れるじゃんか。なになに…レイアウト?」
□□□□P□
□T = □
□ ==□
□■ □
□□□D□□
「ふむふむ。□が壁で、=がカウンターだな。んで、Dが正面のドアで、Tが小さいテーブルと椅子か。そいで■がベッドだな! …P? Pってなんだろ?駐車場?」
ストローは恐る恐るPの位置にあるドアノブに手を掛けると、ドアはガチャリと問題なく奥へと開いた。
「…やっぱり、トリックアートとかじゃあなかったのか」
ドアの向こうは小綺麗なリビングのようになっており、とても近代的、平たく言えばストローの前世の世界における一般的な部屋であった。照明と空調が完備されており、広さは12畳はある。ローテーブルとその周りに人が寝転がれる大きなソファーが三脚、奥のキャビネットの上には何故か黒電話が置かれ、極めつけは壁掛けのテレビである。ちゃんとローテーブルの上にリモコンが置かれている。
「ハハハ! 何の冗談だよ女神様!? いきなり元の世界に戻ってきちまったみたいだ!イヤイヤ流石にテレビジョンは拙いだろぉ~? ファンタジー感が台無しだぜ。しかも電話まで…というかアンティークな電話だなあ~…アレ?プッシュボタンが無い…あの回すのもついてないけどどう使えばいいいんだコレ? まあ、そもそも使えるかわからんし。そだ、テレビは…ポティットナ!」
ストローが呪文と共にリモコンを操作するとテレビの電源が問題なく入り、唐突にドラマ時代劇のシーンが流れ出した。
「ぶはははっ!普通にテレビ見れちゃうじゃん!? イヤーどうなってんだコリャ…」
リモコンで画面を切り替えて行くうちにストローははたと気づく。
「…あ。全部、俺が見たことあるモンばっかだ…なるほど記憶から再現したんだな?」
何か複雑な気分になったストローはテレビの電源を切り、改めて部屋を見渡す。
「更にドアがあるな…」
その部屋の四方には宿屋との出入り口の他に3つドアがあった。
「ここは…お。台所か!でっかい冷蔵庫もあるじゃんか。宿の厨房…ん? …何だコレは?」
シンクに大きな業務用冷蔵庫とその隣の壁には電子レンジのような機械が壁に付いている。
「レンジ…かな? お、何か操作画面が付いてるぞ」
(:無限フードプロセッサー。※材料の提示解析とスキルレベルによってレシピが増加します。現在可能なレシピ………豆腐のようなもの/温or冷。)
「無限…。なんだよ、豆腐のようなものって? …のようなってことは豆腐ではないということでは? まあ試してみるか、とりあえず…冷やし、で」
(チーン♪)
ストローが画面を操作するとものの数秒で軽快な音と共に機械のドアが開いた。その中には木のボウルに入った白い立方体がプルンと揺れている。ちゃんと木の匙も添えられている。ストローはためらいもなくそれを口に運ぶ。
「…うん、豆腐! …のような食感の食べ物だな。美味いけど、コレが豆腐かと問われれば違う気がする。ま、いっか!コレでひとまず豆腐のようなものが食い放題だ。飢え死ぬことは無いだろ。えーとコッチの冷蔵庫にはっと…」
冷蔵庫には水の入ったデキャンタ―がみっしりと入っていた。ストローは特に疑問を抱かずにそれを手に取ると、シンク脇に収納されていたコップに中身を注ぎ、口に含む。
「お!爽やか!柑橘…レモン水か? いいねぇ!」
元の部屋に戻るとテレビの電源を付ける。数年前に見たことがあるようなバラエティ番組の再放送を観ながら、豆腐のようなものを3杯ほど平らげて落ち着いた。
「ごちそうさまでした!…贅沢は言わないが醤油が欲しいかもしれん。調味料、あるかな?」
ストローは先程の厨房?に戻るとシンクに空いた木のボウルと空になったデキャンタ―を置いた…瞬間にそれらが掻き消えてしまった。
「…怖っ。でも、洗い物はコレで解決だな!(サムズアップ)」
冷蔵庫を確認するとデキャンタ―が当然のように補充されていた。これで飲み物の心配も無くなったと再度サムズアップを決める。
呑気に鼻歌を歌いながらストローは意気揚々と次のドアを開いた。そこには風呂と個室トイレ、洗面台があった。
「おお!完璧じゃあないの!致せりつくせりとはこの事か。んじゃあ…残りの部屋はなんだろ」
最後のドアの先は長い通路だった。その直ぐ片端にまたドアがひとつある。
「…ホテルの廊下みたいだな? お!やっぱり中は部屋だ!なるほど個室…カウンター奥は、プライベートルームって事か。よくわからんが、俺の生活空間ってとこだな」
中にはベッドや机、本棚など日用生活品が一式揃えてあるようだった。
「…むしろコッチの方がよっぽど宿屋してんなあ、まあそこは突っ込まないでおこう…」
ストローは静かにドアを閉めた。
「良し!気持ちを切り替えて早速、異世界宿屋、開店準備開始だあ!」
ストローが力強く拳を頭上に突き上げる。
「よっしゃあ!取り敢えず客が来る前に色々と決めるか…宿の名前…ん~…は、後回しで…そうだ!金だっ!宿の利用料を決めなきゃならん。…でもこの世界の通貨なんてしらんぞ。ゴールド?シルバー?そもまだ文明のブの字にも触れてない…仕方ない。はじめてのお客に相談してみっか? …えーと、後は………」
ストローはカウンターに肘をついて思考を巡らせる。とても楽しい時間であった。
「いらっしゃいませ! ………イヤ、なんか媚びへつらうのは俺のキャラじゃあないような気がする…もっと、こう…渋めに…いらっしゃい。 …うん、コレだな? コレでいこう!あぁ~早く客来てくれねーかなぁ~」
ストローはシュミレーションを重ね、楽しい宿屋経営に思いを馳せてその都度、にやけ顔になる。そしてじっと正面のドアを見つめ続けた。
…しかし、現実は厳しいものである。その後3日間、客どころか人っ子ひとり宿屋を訪ねる者はいなかった。
笑顔を絶やさない男、ストローの鋼の心は早くも死に始めていた…。




