ストロー・オブ・ザ・マリッジ⑫
今日は何とか書けた、ぜ…!
年末に向って確実に体力が擦り減ってきている…!(吐血)
「何だか、色々あったなあ…」
「そうだね」
少し疲れた表情を浮かべた二人が長い廊下を歩いている。
無理もない。
精霊の力を宿したストローは兎も角、支族化して強靭な肉体を得たウリイとダムダであったとしてもだ。地上でもし先のドアラの"攻撃"を受けたならば一瞬の間に数度は無残に五体が飛び散っていただろう。
いくらこの死者の領域では無限に肉体が祝福されるからといって、精神的な負担までは軽減されることない。
黄金の大蛇のベロの頭から降りた先は長く、薄暗い廊下だった。左右の壁には丈夫な外鍵が付いた頑丈なドアがズラリと並んでいる。
「確か…ウリイの家族が待っている部屋だけが開いてるって言ってたな」
「う、うん」
ストローが頭を掻きながら隣に不安な表情を浮かべて寄り添うウリイにそれとなく尋ねるのだが、何となく返事の切れが悪い。
「緊張するか?」
「そりゃそうだよ!? 生きてる内にボクの死んだ家族に会えるなんて…思ってもみなかったよ!」
「まあそうだよな。アハハ」
「アハハって…旦那様はこんな所でも変わらないよね。それも精霊様だから、なのかな?」
「おいおいおい。前にも言ってるが、俺は元は単なる人間の男だって言っただろう。それは、今でもあんまり変わらないつもりなんだがなあ。それに、俺だって緊張くらいしてるさ。何せ人間だった頃も独り身だったし…こうして可愛い嫁さんを貰うにあたり、ここは男としてそのご両親にキチっと挨拶のひとつでもしなきゃケジメがつかないだろう?」
「……ホント、旦那様は変わってるよね。別にボクはいいとこのお嬢様って訳でもないんだけど」
「それでも騎士として東の王族に仕えてたんだろう? 騎士爵なんて立派な貴族様じゃないか。一般人の俺から見たらそーだよ」
「………一般人って、君がホントにそう思ってることがボクは一番怖いかもしれないよ?」
そんなやり取りをしながら暫く歩いていた二人がふとピタリと足を止めた。
目の先のドアが僅かに開き、その一室から淡い光が漏れ出している。
ついに辿り着いたのだ。ウリイの家族が待つ死者の門の部屋に。
だが、二人が足を止めてしまったのは他の理由が大きかった。
その開いたドアの裾から5つ。人の頭らしきものが生えていたからだ。
しかも耳が横に長く、毛で覆われていた。
「「あ…」」
「「「「「ッ!?」」」」」
思わずストローとウリイが二人揃って声を上げると慌てて頭達が引っ込んでいった。
「ヤバイぞ!バレた。どうする父上」
「何がヤバイだ馬鹿者!吾輩なぞ精霊様と目が合ってしもうたわ! …ど、どうしようエリーちゃあん…?」
「…御主人様。精霊様の御前で家に居る時の呼び方は流石に止めてくださいね? ホラ、もっとしゃんとなさって下さい! わざわざ地上からウリイが会いに来てくれたんですからね。威厳のある父親の記憶しかない娘をガッカリさせるおつもりですか?」
「う、うん…わかったよ…エリーちゃ(ジロリッ) ゴ、ゴホン!わかったぞ、エリザベスタ」
「…しかし、こうして顔を合わせるのも何年振りだろうか? う~む。どんな顔をしていれば良いのだ!?」
「はあ。私もエリザベスタ様と同意見です。可愛い義妹が不憫ですから、ウムワ様もちゃんとなさってくださいね。 ナタンサ様もですよ?」
「わかったよ…スージー」
「なら早く決めた位置取りに戻ろうぜ? ちょっと父上!なんで俺を中央に置こうとしてるんだよ! そこは父上って決まっただろう!そんな眼ををして頼んでもダメだよ!俺が母上に怒られるだろうッ」
開いたドアの隙間からギャーギャーと騒ぎ声が、呆然とするストローとウリイの居る廊下へとだだ漏れである。
どうやら、事前に一応のストローの素性などを聞いていたのかもしれない。
「なかなか楽しそうな御家族。なんじゃあないかな」
「あう…」
頬を掻いてストローが横を伺えば、顔を真っ赤にして蹲るブラド家の末娘が居た。
◇
「ようこそ御出で頂いた!! 吾輩がブラド家の家長にして、今は亡き東の真の王族、クーに仕えし"一騎当千"と呼ばれた騎士がひとり、デオ・ブラドなり!!」
中央のカイゼル髭を生やし金属の鎧を纏ったケンタウルス族の壮年の男が叫ぶ。
だが、直後に脇腹を隣に控えて美しい女性に肘で突かれて悶絶する。
「コホン…大変失礼を致しました。私はそこの妻でウリイの母親であるエリザベスタと申します」
床に頭をついて蹲る夫を一瞥すると何事も無かったように静かな笑みを湛えて淑女の礼をストローへと振る舞う同じくケンタウルス族の女性。ウリイの母親と言うよりは姉妹と言えるほどに若々しい。
「ひぃ… 失礼!デオ・ブラドの息子、騎士のウムワ・ブラドでございます」
「不憫だ、父上…。兄のウムワと同じく騎士のナタンサ・ブラドです」
「ウムワ・ブラドの妻のスージーアールと申します」
部屋には5人のケンタウルス族の男女が居た。これがウリイを待っていた家族達であった。
「ああ、どうもはじめまして。俺がストローです。…ところで、大丈夫なのか?」
「どうかお気になさらずに。どうせ死者なのです。痛みや苦しみなど気の迷いのようなものです。ホラ、御主人様もさっさと立って下さい」
「う、うぅむ…」
家長であるデオが妻のエリザベスタに襟首を掴まれて無理矢理立たされた。
「まあ。色々と話したり、報告したいことはあるんだが…ひとまずはホラ。なに黙ってるんだよ、ホレ」
「あっ…」
部屋に入ってからストローの後ろでむっつりと下を向いて黙っていたウリイが手を引かれて部屋の中央へと躍り出る。
ウリイは数年振りに見る家族に目を瞬かせる。
少しためらいがちに髭を弄っていたデオが口を開いた。
「久しいな…ウリイよ」
「はい。父上…」
しかし、感極まったウリイは言葉に詰まってしまってそれ以上言葉が出てこない。
その視線は徐々に下へと向かう。
「…ずっと。ずっと、あなたを見ていましたよ」
ウリイは母親であるエリザベスタの声でハッとした表情で前を向く。
その優しい笑みは死に別れた、火の手に飲み込まれた城下で最期を見た時と何も変わってはいなかった。
ウリイの視界が暖かいもので歪み。心なしかその距離が近くなる。それとも、彼女の足が無意識に動き出したのかもしれない。
「あの日、お前だけを残して死んでしまった我々はお前が不憫で、不憫で…ずっとここで待っていたのだ。 だが…」
震えるウリイの肩を優しく両親の手が包み込む。
「よくそ。…よくぞ、あの日から続く辛く、苦しい日々を生き延びた! 流石は、我がブラド家の騎士、その血を引く者。我がブラド家の…いいや、吾輩達の娘だ…!」
そっとデオの大きな手がいつの間にか自身とさして背が変わらなくなった娘の頭の上に置かれた。その眼からは大粒の涙が零れていた。
ウリイは長い間、堰き止めていたモノが壊れたかのように泣いた。
ストローはただその光景を目を細めて眺めていた。
◇
「ところで、気になってんたんだが。奥の光ってるデッカイ鏡みたいなモンが死者の門ってのはなんとなく分るんだが。あの部屋の隅にある小さな鏡はなんなんだ」
「ああ。それは"窓"でございます。ストロー様」
「窓?」
感動の再会を果たして落ち着きを取り戻した面々は部屋の中に車座になって座っていた。
部屋の中を見回していてとあるものが目に入ったストローが隣に座っていたエリザベスタに尋ねたのだ。
ストローはよっこらと立ち上がると近づいて壁に備え付けられている小さな丸い鏡のようなものを覗き込んだが、真っ暗だった。
「何も見えないな」
「それは当然です。今は地上に居ませんから」
「居ない?」
「ええ。この部屋に居ますから」
そう言ってエリザベスタ達の視線がウリイに集まった。
「へ? ボク!?」
「そうよ。あの窓は地上に残して来た家族の様子を見る為のものなのよ。まあ、いつでもどこでもとはいきませんけどね」
「ずっと覗かれてたの!?」
「ちゃんとさっき言ったでしょう」
シレっと言ってのけるエリザベスタ。母は強し、である。
「そうだな。見てるだけで結局何もできぬからな。特に、特にだ…吾輩の娘がアデク共に捕えられ、あのミノタウロス族の娘と共にまるで家畜のような扱いを受ける場を見せつけられる時は腸が煮えくり返る思いであった…! まあ吾輩達にはそも腸なぞもう無いのだが」
「ホントです。業腹なのは私達も同じですが、御主人様ときたら毎度、窓を叩き割ろうとなさるので止めるのが大変でしたからね。 ですが、まあ…特にウリイを痛め付けて、この子の脚まで無残にも折ったあの者達は精霊様が罰して下さいましたし。今頃は、冥獄にて裁きを受けているでしょう」
デオは髭と髪を●リーちゃんのパパのように逆立て、隣のエリザベスタ達もレンガの家以下なら吹き飛びそうな鼻息を噴き出して頷く。
「そうか、だが地上の様子を見てたなら話が早い」
そう言ってストローは佇まい正し、デオ達に向って真っ直ぐに座り直した。
その意気にデオ達も思わず姿勢を正し、隣のウリイは顔を真っ赤にしてチョコンとストローの側に寄って座った。
「俺に、娘さんをください」
ストローは目の前に手を突いて、深く頭を下げた。
数舜の沈黙が場を支配した。ストローも生前の人間の頃はいつか俺もこうして他の親に向って頭を下げることになるのか。などとボンヤリと考えていたが、実際にその場になってみればそれなりに緊張していた。例え、相手が既に地上に無く、死者の国の住民だとしてもだ。
返事がないのでそっとストローを頭を上げると、突然に両手をガバリと掴まれた。
しかし、その腕は10本もあった。
「いやいやいやいや!? 精霊様になんて事をさせてしまっているんだ吾輩達は!? エリーちゃんどうしよ!? ねえ!」
「落ち着いて下さい! しかし、ストロー様。母親である私が言ってしまうのも罪深いのですが…家の娘でよろしいのでしょうか? その…お手を煩わせてはいませんか?」
「エリーちゃん!? なんて事を言うんだ!精霊様がここまでの事をして下さってくれてるんだぞ!」
「そうだよ母上! ウリイの貰い手が見つからないってあれだけぼやいてたのは母上だったじゃないか!というかウリイが騎士になるって言い出したあの頃も国中探して居なかったんだから、もうこの際精霊様であるストロー様以外に嫁ぎ先なんてないよ!どうかストロー様!兄であるウムワからも、むしろ愚妹を見捨てぬように平にお願い致します!!」
「ストロー様、ウリイは確かに女にあるまじきはねっかえりですが、騎士としての腕前はこのナタンサよりも良いと評判でした!きっと、ストロー様を守る盾としてお役に立ちます!いいえ、ブラド家の名に懸けて必ず立たせます!」
「………義妹は少しばかり乱暴かもしれませんが、エリザベスタ様と同じく美しく、少しばかり時を頂ければストロー様をきっと満足させてくれるようになるはずです、どうか!」
ウリイの家族達がむしろ必死にストローにウリイを託そうとしていた。
「……もしかして。どうやら宿屋の中や、ここ最近の事は知らないのこもしれないな。ウリイ?」
「た、多分そうかもしれない…」
手を掴まれて動けないストローの視線を受けてウリイが照れてはにかみながら自身の腹部に手をやる。その仕草を見て、デオ達と兄弟達はあのウリイが女らしい顔つきをしているのを怪しいものでも見るかの視線を送って首を傾げ、対照的にエリザベスタとスージーアールは口に手を当てて喜色を表情に滲ませる。
ウリイが照れながら口を開いた。
「エヘヘ…実は、ボク。赤ちゃんが出来たんだ」
◇
「いつ産まれるんだ!?」
「司祭様が言うにはまだ2節しか経ってないらしいから、生まれるのは来年の夏過ぎじゃないかな」
数十分が既に経過しているが、部屋の中は未だに騒がしい。
挙式を挙げることは知ってはいたが、ウリイに子供が出来た事を知らなかったウリイの家族達にはとんだサプライズとなってしまったようだ。
特に酷かったのは、ウリイの父親であり、ウリイの腹の子にとっては祖父となるデオであった。
「でかした!流石はブラド家の娘だ!」というセリフを連発しながら踊っている。
それを見て呆れた表情を浮かべているものの、嬉しそうにウリイに寄り添うエリザベスタと義姉のスージーアール。二人はストローをチラリと見ては何やらウリイに耳打ちしており、その度にウリイは「あう」と呻きながら赤面していた。
「しかし、やはりそんなに嬉しいものかね」
「ハハ…あの幼く、男勝りなウリイが母親にとは、兄である私にも感慨深いのですが。両親、特に父上はお喜びでしょう。私と妻との間には子が出来ませんでしたから」
ストローの問いにブラド家の長兄であるウムワがやや困った表情でそう答えた。
「決めたぞ!エリザベスタ。吾輩は孫が生まれるのをその眼で見届けるまでここに残るぞ!」
「では、私も御主人様とそれまでご一緒しますとも…」
「私達も妹の晴れ姿を窓から眺めるまで門を潜りませぬ。スージーもそれで良いか?」
「勿論ですとも。ウムワ様」
「お、俺は…」
ソロリソロリと部屋の奥へと向かうナタンサの姿があった。
「お待ちなさい」
「ふんげッ!」
「なんと薄情な。それでもブラド家の男ですか。実の妹の晴れ姿を見もせず死者の門の先に行こうなどと」
「…だって。だって、俺だって結婚したいんだよ!? 兄貴やウリイはいいさ!もう相手を見つけたんだから!俺だって可愛い嫁さんが欲しいんだよ!」
「生まれ変わっても男である保証はないと思いますが?」
速攻でエリザベスタに捕まってしまった。
「死者の門の先へ行くのか?」
「ええ。まあ、弟は兎も角…私達は妹とストロー様の晴れ姿を見届けた後に、門の先へと旅立ちます。まあ、輪廻に戻って生まれ変わると言うことらしいのですが。本来であれば、死者の門は世代毎に引き継ぎをして門へと旅立っていくのが普通らしいのです。しかし…ストロー様の支族となった妹のウリイにはもほや定命の存在ではないと聞いています。ですから、私達は皆それぞれが決めたタイミングで旅立つ予定なんです。いずれ、両親が門を潜った後、時が来るまでこの部屋も閉ざされることになるでしょう…」
ウムワが寂し気に笑ってスージーアールを抱きしめる。
「大丈夫。私達は契りを結んだ者同士。きっと、来世でも夫婦になれますから」
抱き絞められたスージーアールが笑う。
「……随分、長居しちゃったね? そろそろ行こうかな。ダムダだって待たせてるし」
「…いいのか? お前が俺にずっと付き合ってくれている限りは、もう…」
「ハハハ。離さないからね、御主人様? ブラド家の女は絶対に愛した男を手放したりしないんだから!」
ウリイの言葉にエリザベスタとスージーアールが何度も頷き、若干デオの顔色が悪くなる。
「……父上。母上。ウムワ兄。スージー姉。あ、それとナタンサ兄もまた会えて嬉しかったよ。また…いやきっと会えるよ。 今度は地上でね…!」
グッっと涙を堪えたウリイが家族に別れの言葉を告げて立ち上がって部屋の外へと向かう。
「……そうだな。我が娘よ、きっといつかめぐり逢える日が来る。我が家族の心は常にお前の傍にあるぞ!」
「ストロー様。娘を末永くよろしくお願いします…!」
「先ずはさらばだ!妹よ!幸せになれ!」
「…幸せになるのよ」
「……生まれ変わったら、俺にお嫁さんを紹介して下さい。お願いします」
そして、手を振り続けるウリイの家族達の居る部屋へのドアが重々しく閉ざされた。
その扉はもう決して、開かないのだろう。
◇
「…………」
「…………」
ダムダの待つ広場へと向かって歩を進める最中、そっとウリイの頭に手が置かれる。
「お前の家族、とっても良い家族だったなあ。俺も会えて嬉しかった」
「…うん」
ワシャワシャと撫でる手が震える手で掴まれギュっとその胸に抱き絞められる。
「…俺達もあんな風に楽しい家庭を築いていこうぜ。ダムダや村の連中とも仲良く。 な?」
「…うん。 …うん! …ボク、幸せだよ…」
ストローにもたれかかるように抱き付いたウリイの目からとめどなくポロポロと涙が零れ落ちた。




