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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
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 ストロー・オブ・ザ・マリッジ⑪

ついにミノミス先輩(外伝候補筆頭)の登場です。

◤ストロー◢


「「「びえええええええええええええええぇぇぇ!!?!」」」


 人は突然のハプニングに遭った時、走馬灯というのだろうか…妙に頭が冴えるというか。変に一瞬だけだが冷静になれるものだと思ったよ。


 人は飛行機のジェットエンジンの中に放り込まれたらこんな感じなのだろうか? と。


 勿論、フル稼働時だ。まあ、実際にやったら細切れになって燃えちまいそうだがな…だが、実際に俺達は眼前の巨躯をもたげた幼女の恐らく泣き声(・・・)によって肉体をバラバラに砕かれそうになっている。


 あ、ダメだ… 意識が…?


 (:外部からの驚異的な干渉を確認。アバターの維持に障害発生。内包する膨大なスピリットが放出される可能性あり。現状況ではコントロールを取りも戻せる可能性は皆無です。:アバター強制解除までカウントダウン開始。 10…9…8…7…6…)


 俺の意思を無視して目の前に出現した半透明のウインドウを俺が理解できる間も無く、俺は何かに掴れ引きずり込まれると共に、あの耳が詰まったかのような感覚を覚えた。


「ククッ。危なかったな…? こんな母様の奥深くで神ですら(・・・・)消滅させられるお前に暴走でもされたらそれこそ大破壊の二の舞になるだろうからな。大事ないか?」

「ゴホッ ゴホッ…一体何が起きたってんだ…!?」


 俺は転がり起きる。よく見れば俺の手足がひび割れ、中から青緑色の光が漏れ出している。その光にゾッっとするものを感じる。

 そうか…やっぱり俺ってば本当に精霊ってヤツなんだなぁ…。

 俺が周囲を伺えば、俺は女神チュンヂーの足元の転がっていた。光の幕のようなものが機械の腕を柱のようにして天幕のように俺達を覆っていた。どうやらあの殺人音波から俺達を守ってくれてる結界のようだな。そして俺はチュンヂー様の背中の腕の一本に掴まれてこの中に引っ張り込んで貰って助かったっと……アイツらは!?


「ウリイッ!? ダムダッ!?」


 俺はチュンヂーの後ろに倒れていた二人に慌てて駆け寄る。

 

 ………傷が、酷ぇ…!!


 二人はグッタリとしており、口や鼻、耳に至る処から出血しており、全身を血に染めていた。

 俺はウリイの手をグッと握る。 …握り返してはくれなかった。


 俺の視界がジワリと滲んで電流のようなノイズが奔る。



 俺は あいツヲ ゆル セナイ…!!



「落ち着けッ!? 精霊たるオマエが感情を怒りに委ねるな! オマエの女達はここでは決して死なぬ!」


 俺はその声で我に返る。


「おっ? おおっ!?」

「ウーンド姉様も危なっかしい奴を雷の精霊などにしたものだな…。はぁ。愚弟から聞いていなかったのか? 生者は地上でしか死ねん。そういう定めなのだ」


 見る見る内にウリイの顔から流れ出ていた血がまるでビデオを巻き戻したかのように戻っていく。そして、微かにだがその瞳が開かれる。


「ウリイ!無事か!?」

「……ごしゅじんさま?」


 俺はホッと溜め息を吐き出して全身から力が抜けてしまった。ダムダの方も見れば同様だった。

 俺はウリイの頬に手を伸ばして気付いた。

 俺の腕はバキバキにひび割れていて今にも崩れて剥がれそうになっていた。だが、俺が冷静になったからだろうか。嘘のようにひび割れは治っていく。


「……先ずはオレ様の妹達が失態を引き起こした事を詫びる。咎無きオマエ達を巻きんでしまってスマン。だが、ああなったドアラを鎮めるのは骨が折れるぞ。言葉通りにな?」

「…ドアラ? あの泣き喚ている、あの子? …がかぁ?」

「そうだ。我が妹ケルの第三人格であるドアラこそが12女神最強の一柱。この世界全てに輪廻する魂を制御できるほど、その神域出力は大姉上すら上回る。だが、最も負担の大きいドアラはその膨大な出力によって害され、精神が赤子同然のように脆弱になってしまっている。それ故に完全に力をコントロールする事はできないし、滅多な事で起こすことすら許されていないのだ。それにオレ様は攻めるのには自信があるが、防御は苦手でな…徐々に増していくドアラの力にどれほどまで耐えられるものか…」


 チュンヂー様が腕を組み、歯をギチリと鳴らして未だ泣け叫び続けながら手足をバタつかせるドアラを睨んでいる。

 俺達を守る光の幕を支える8本の機会の腕も嫌な機械音を上げながら徐々に降下しているようにも見える。


「止められないのか?」

「無論、止めるさ。でなければ…もう管理障害が始まってしまったか。見てみろ」


 チュンジー様が顎をしゃくると孔が無数に開いたドームの所々がまるで生物のように脈打ち光の泡のようなものが湧き出し始めた。


「うわ!? なんじゃありゃあ!まさかこの建物は生きてるのか?」

「建物? 生きているか、だと? クックックッ…寝言は寝てから言え。宿屋なのだろう? ここは我らが母たるガイアの胎内の奥底だぞ。当たり前だろう。問題はそこじゃない。ドアラが完全に魂の制御を放棄した反動で死んで日の浅い魂から地上へと這い出し始めやがった…このままだと地上は生者と死者の区別がつかなくなるほどに入り乱れ、第2の冥獄となるだろうな」

「まさか死んだ人間が生き返るのか!?」

「そうだ。だがそんな事はオレ様にとっては大した問題ではない。生き返ったところでいつかは死ぬのだから、魂はまた回収すれば良い。まあ、まだ鎖で縛っていないオレ様の新しい罪人(ペット)達を逃がしてしまうのは惜しいがな。オマエはオレ様のダーリンであるミノミス神がかつて数千年前にこの異世界に召喚されたオマエの同郷だと知っていたか?」


 ミノミス神? あ。ケフィアに初めて来た時にデスの奴が言ってた聖堂の側にあったあの石像のことか。

 だが、俺の同郷。つまり地球人だったことなんてのは初耳だ。俺は黙って首を振った。


「…まあ、ダーリンは大姉上の暴挙でとんだ貧乏クジを引かされてしまったわけだがな。それでも数百年の苦労の末に手にした功績とパンデミア姉様の件で…現在のような神となってオレ様とケルの夫にもなったわけだが…。だがな、ダーリンが争いを決して望まない稀有な存在だったというだけで、他に召喚された者達はマロニー姉上の使徒として地上で神命を全うした」

「神命?」

「モンスターの討伐だ。勘違いするなよ? この世界固有の存在ではない、歪な門を潜り抜けてグレイグスカに紛れ込んだ異形どもだ。元居た世界を滅ぼすほどの奴らさ。人類の絶滅を防ぐ為にオマエ以外の精霊に事に当たらせた事も何度もあったが…どれも相性が悪かった。奴らは魔力、つまり精霊の力を自身に吸収する事ができたからな。それ故に、その対応として使徒達を呼び出したわけだ」


 チュンヂー様はヒュルヒュルと昇って行く青白い光の渦を見ながら眉間に皺を寄せた。


「…そんな苦労を掛けて滅ぼした奴らの魂はこの世界、つまりこの死者の門の奥に封印してある。だが、こんな状態が続けばいずれ解き放たれ、復活を果たした奴らは地上を滅ぼすだろう。奴らはこの世界の存在ではないから奴らの死者の門は存在しない。他の者達ように門に縛り付けておくことができないからな。クククッ…これではシーヤ達に千年はネチネチと小言を言われそうで嫌になるな」

「イヤ、笑いごとじゃないだろう…」


 だが、無情にもドアラの喚き声は大きくなり、揺れも比例して大きくなる。


「クッ…ダーリンさえ居れば…! だがもはや、これ以上は持ちそうもない。悪いが付き合って貰うぞ?」

「えっ?」


 機械仕掛けの腕を持つ女神が本来の両腕を左右に伸ばす。すると周囲に灼熱の熱気が溢れる。


「オレ様の力で暴走したドアラを死者の門ごと冥獄の炎の壁で包んで封印する。なに、数百年ほどの我慢さ。いや、バカンスとすら言っても過言ではないぞ? 最初は少し暑苦しく感じるかもしれんが、慣れればオレ様の冥獄も実に愉快で楽しい場所だ。少しばかり金臭いかも知れんがな…クックックッ…」

「嫌だよ!?」


 凄んだ笑みで俺に顔を近づけるチュンヂー様の背中から溶岩のようなものが滴りはじめた時だった。


「アララ…こりゃあ、大変な事になってるじゃないか? チュンヂー」

「だ、ダーリン!?」


 いつの間にか幕の外にフラリとフード付きのローブを着た男が立っていた。片手には大きな鎌を持っている死神のようなスタイルだ。しかし、その顔は柔和で穏やかな男としか思えない印象を受ける。


「ドアラ、困った子だ…チョット待っててね。泣き止まさせてくるよ」

「うん…ダーリン」


 チュンヂー様がウットリとした表情で頷く。

 何故か俺達も黙って同じ様に頷いてしまった。というかこの泣き声の嵐の中であんな穏やかに喋っているのにハッキリと聞こえるのだろうか? 不思議だ。


 男はフラフラとまるで風で飛ばされた綿草のような足取りで暴れるドアラに近づいて行くと、手に持った鎌を真一文字に振るった。


 すると、嵐は嘘のように消え去った。 って、ホントにあれだけ幕越しでもビリビリ響いてきていた衝撃波をまるで感じないんだが?


 いつの間にか光の幕は消え去っていた。振り返れば安心し切った顔のボンテージ姿の女が顔を赤らめて立っている。


「ドアラ」


 キョトンとして表情をして泣き止んだ少女がゆっくりと視線を男へと向ける。


「あ!ぱぱだあ~♪」

「ただいま、ドアラ。可愛そうに…額をぶつけてしまったのかい? 痛かっただろうに」


 男が優しく少女…といっても巨人サイズだが、その額を優しく撫で始めた。

 ドアラは自身の親指を咥えて男の顔を幼い子供特有の視線でジィーっと見つめていたが、やがてその瞳はトロンと瞼を閉ざしていく。


「疲れただろう? おやすみ…ドアラ」


 ムニャムニャと安らかな寝顔となった少女はモゾモゾと黄金の髪の中へと戻っていった。


「……さて、大丈夫か? ケル。キングも」

「ううっ…助かったよ、ミノル」

「…………」


 疲れた表情を浮かべたケル様が男に向って礼を述べるが、隣のキングはバツの悪そうな顔をしている。


「で。どうしてこんな事になっちゃったのかな」

「そ、それは…」

「…オイラだ」


 耳をヘニョリと垂れさせたキングが俯いたまま口を開いた。


「オイラはがそこの男にチョッカイを掛けて…止めようとしたケルと喧嘩してドアラを起こしちまったんだ。すまねえ、旦那…」

「ふう。喧嘩の理由はそれだけじゃないような気もするが…まあ良いや、ホラ。ちゃんと謝ったのかい?」

「えっ。 ご、ゴメンナサイ…」


 キングが俺達に向って頭を下げたので俺は慌てて頭を振って応えた。男は満足そうにそれを眺めてウンウン、なんて言ってやがる。…すげえな。いくら夫だからって女神に頭を下げさせてるんだぞ?


 そうか、コイツが… ミノミス、神か…。


「偉い偉い。流石はキングだ。僕達もすまないとは思っているんだ。余程の緊急時にしかドアラの力は使えないから、君には普段の制御の大半を任せてしまっているからね。 そうだ…この前の休みに麦畑の皆でお菓子を焼いたんだよ? マンナが是非に君に食べて欲しいってね」

「へ?」


 優し気な表情に戻ったミノミスは懐から綺麗な布包みを取り出して、頭を下げたままのキングの目の前で開いて見せた。焼き菓子かな…レンガみたいにも見えるが。

 …しかし、あのキングのサイズ感と比較すると刻みベーコンの切れ端にしか見えんな。


「お菓子!?」

「ケル。駄目だよ? 約束しただろ、次はキングの分だって。 ホラ、キング。あ~~~ん…」

「あ、あ~~~ん」


 ミノミスは呆けた表情で素直に口を開けたキングの舌にコロンと焼き菓子を置いてやった。

 体を起こしたキングが無表情でポリポリと菓子を咀嚼し飲み込んだ。暫しの沈黙の後、文字通り滝のような涙を流しながら目にも止まらぬ速さでミノミスを掴み上げると、ゴシゴシと頬ずりを見舞った。


「ゴメン!ゴメンよおぉぉぉぉ!! オイラもう浮気なんてしないからあぁぁ!」

「え。浮気…?」


 逃げられないミノミスに更にキスの雨を降らした。隣のケルも負けじと参戦していた。


「クッ。クク…グギギィ…!」


 俺の後ろでチュンヂー様が鬼のような形相で震えていた。 …アレに混ざりたかったんだろうか?


 数分後。やっと解放されたミノミスがフラフラとコチラに向って歩いて来た。大丈夫か?

 俺はそっとポケットから取り出したハンカチを差し出した。

 

 何故ならミノミスはすっかりキングの涙と鼻まみれになっていたからだ。女神に向って不敬だろうが、少し、なあ…?


「使うかい?」

「ありがとう。…ああ、直ぐに乾くから心配しなくても良い。それと、はじめましてだね。僕はミノミス。人間だった頃…正確にはこの世界に来る前の名前がスミ・ミノルでね。同郷の君になら通じるだろ? 何でか知らないけどコッチの世界の人には別世界固有の言葉が上手く通じなくてね…それでミノミスという名になったというわけさ」

「俺の事はストローって呼んでくれ。後ろは俺の嫁さんのウリイとダムダだ」

「そうかい。二人ともよろしく」


 ウリイとダムダは神であろうミノミスに普通に頭を下げられた事に動揺して急いで頭を上下させる。


「ハハハ。そんなに畏まらないでくれ。僕だって元は単なる人間なんだからね。…さて、今回はわざわざ死者の領域にまで来てくれた君達に迷惑を掛けて申し訳なかった。それと、特に同郷であるストロー君とはもう少し話したかったが、先の騒動で地上では多少なりとも混乱が起きたはずなんだ。悪いが、僕はもう地上へと仕事に戻らなきゃならない。ケルとキング。彼らの事を頼んだよ?」

「うん」

「もちろんさ!」


 ミノミスが笑顔で頷き、俺達に会釈した時だった。ミノミスが背後から何者かに襲われ覆い被さられた。


「オレ…()も一緒に行くぞ!久々にデートとやらに興じようではないか! な!」


 襲撃犯はチュンヂー様だった。その表情はもう我慢がならぬ…とか言いそうな表情で歪んでいる。

 だが、その背後には見知った人物が既ににじり寄っていた。


「なりませんよ」

「クッ!? ゲンガー、か…いつの間に戻ってきた?」


 チュンヂー様が慌ててミノミスから顔を離す。


「アレほどの混乱があって異変に気付かぬとおっしゃいますか? 無理でしょう。不躾ながら、ミノミス様は最も多忙な上級神。チュンヂー様と逢引きなどなさる暇などないでしょう」

「グッ!? おのれゲンガー…側仕えの身でオレ様にたてつこうなどと…」

「ミノミス様に嫌われても知りませんよ? それに、冥獄も混乱の余波を多少なりとも受けております。冥獄で沙汰を待っていた者達も何人かは地上へと逃げてしまいましたよ? 特にあの東ルディアの貴族は惜しかったですね、色々な意味で。代々の当主が磔にされてる様を見て顔を青くしていたので虐め甲斐があると私も期待していたのですが…。そういう訳でチュンヂー様にもお戻り下さい。私が代わりにここに詰めさせて頂きますので。それとも三柱の姉神様達に陳情を申した方がよろしいでしょうか?」


 マリアードの師匠であるという尼僧のゲンガーがツンと女神の溢れ出す怒気をいなして返す。


「グギギギ…! フン!仕方ない。ダーリン、デートはまたの機会という事にしてくれ。そういうわけだ。オレ様は一足先に冥獄に戻るぞ。さらばだ、ストローよ!」


 去り際にミノミスの頬にキスをしてから上機嫌で暗闇へチュンヂー様は消えていった。

 モテモテじゃないか、ミノミス先輩は。


「ハハハ…恥ずかしいところを見せてしまったね。さて、僕も名残惜しいが地上で罪も無い者を彷徨わせる事はできないんでね。機会があれば、また会おう」


 そう言ってミノミスも薄光と共に姿を消した。

 って、また会う機会ってなんだよ。死ぬ時かな?


「おい」


 キングが話し掛けてきた。 あ。すっかり騒動で忘れてたわ。


「おっ、そうだな。じゃあ行こうぜ、ウリイ」

「う、うん。 …今度はボクの旦那様を取らないでね?」

「うっ…悪かったよお」

「旦那様もぉウリイも気をつけてねぇ?」

「ああ、行ってくる」


 俺達は黄金の大蛇であるベロの背に再び乗ると、今度こそ孔のひとつへと向かって歩き出した。



 ウリイの家族が待つ死者の門へと…。



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