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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
76/103

☞ストロー・オブ・ザ・マリッジ【閑話】

注意。もの凄い寄り道感。

本編の続きは明日までに書きます(^_^;)

読み切り短編(無理だったので20話くらい)に挑戦したく色々準備してます。

年明けまでに用意できればいいなあ~(他人事)



 聖歴202年、その終節の14、第二死者の日。

 この日、グレイグスカ全土にて世にも奇妙な出来事が頻発した。


 これは各地にて"死者甦りの奇日"として記録され、数百年先まで語り継がれることになった。


 ◇


 その記録のひとつ。北ルディア大陸、北方のとある村にて。



「うっううっ…」

「もう泣くのは止せ、スレー」


 北方人特有の赤髪を持つ少年が雪が降り積もる広場で泣いていた。それを周囲の大人たちが肩を叩いて慰めている。


 その眼前には焚き木が台座になって組まれており、その上には腕を組んだ無精髭の男が寝かされていた。そして、その眼は二度と開かれる事はない。


 今日はその少年の唯一の肉親であった父親の葬式の日であった。この北方の地では死んだ者の亡骸は土葬せずに火葬にする。それを遺族が見届けることになっている。何故、土葬にしないかと言えばこの極寒の土地では死体は腐らずに残る。すると、それを目当てに危険な獣やモンスターの類が村に近づく事になってしまうのを防ぐという意味もあった。


「それにしてもボブの奴…ひとり息子を残してあっけなく死にやがって」

「確かに嫁さんが流行り病で死んじまってからろくに仕事も出来ずにすっかり腐っちまってたが…これじゃあ、スレーを任せて逝っちまったリュージュも浮かばれねえだろうなあ…」

「…………」


 スレーの父親である死んだボブは、自身の妻を数年前に病で失って以来はすっかり人間が変わってしまった。兵役で蓄えた金子を浪費するだけで酒浸りになり喧嘩沙汰になる事など日常茶飯事だった。だが、昨日の夜だった。それを悲しんだ息子のスレーがいつものように酒場で酔いつぶれそうになっていたボブに向って「俺はこんな父さんをこれ以上、見ていたくないっ!この村を出て、他所で生きていく!」と言って外へと走り出した。それを慌てて止めようと追ったボブは酒場のほんの数段しかない階段で足を滑らせ………頭を角にぶつけてしまい、あっけなく死んでしまったのだ。


「さあ、お別れをしてこい。数日中には俺の伝手で話をつけた工場に向って村を出なきゃならんからな」

「うん……」


 少年にはこの村にもう身内はいない。まだひとりで生きて行くには幼い彼はこの村から離れた工場へと暫くの間引き取られて世話になることになったのだ。

 スレーは村の女達から渡された真っ白な造花を受け取ると、父親の亡骸の胸にそれを静かに置いた。死者の日は別れの日。この日に死者の身内が亡骸に長く触れる事は良しとはされていない。死者が門へと旅立つのを躊躇わせてしまうからだとされている。


 スレーがボブから離れると、残りの枯れ木がボブを覆い隠すように組み上げられ、火の点いた松明を持った男達が互いに頷き合うと、台座の焚き木に松明を突っ込んだ。

 乾いた木々の間から白い煙が上がり、徐々に火の灯りが強まっていく。


 その火を背に、村人達がひとりひとりとその場を後にする。

 スレーは少しの間、それをしゃがみ込んで眺めていたが。彼の世話役の男に優しく頭を叩かれると、立ち上がり、二人揃って背を向けてその場を立ち去ろう…とした時だった。


「アチャタヤタヤタッチャチャタッチャチャチャチャ!?」


 驚いて後ろを振り向くと、男の奇声めいた叫び声と共に火の点いた組み木がガラガラと崩れ、燃え移った火を消そうと雪の上で悲鳴を上げながら転げまわるボブの姿があった。


「父さん!?」

「「ボブが生き返った!?」」


 スレーは焦げ跡が残るボブの胸に飛び込み、何事かと戻ってきた村人が周りを囲んだ。


「本当に生き返ったのか…?」

「まさか、死体が憑りつかれてアンデッドになったんじゃ」

「馬鹿、よりによって飲んだくれのボブをよ。そんなモノ好きな悪霊が居るかってんだ」


 死んだ者が動き出すとなれば、それは決まってアンデッドになったか邪悪な死霊術士(ネクロマンサー)に操られる哀れなゾンビになった時くらいだろう。

 しかし、ボブの顔は完全に生気を取り戻していた。また、意識も正常であった。


「にしてもよお、ボブ。お前さん、そんなに顔をボコボコに腫らしてたっけか? 火傷にはどう見ても見えねえがな」


 よく伺えばボブの顔は青アザや腫れでそれは酷い事になっていた。死に物狂いで火の中から飛び出したとはいえ、こうはなるまい。


「へ? ああ…こりゃあよお、アッチの世界でリュージュにやられたのよぅ」

「「はあ!?」」


 ボブは情けない顔をして頭を掻いた。


 ボブは語った。自分が死んでからここまでに戻ってくる話を…。


 ◆


 ボブは呆然と足元を見下ろしていた。抜け殻となった自分とその胸に泣きつく息子のスレーを。

 何故か周囲は一向に自分に気付かない。どうやら本当に死んでしまったようだと悟った。


 ふと、酒場の外屋根の柱に見知らぬ男が立っていた。何処かで見掛けたことがあるような気がしたが、この村の住民ではない。みすぼらしいローブに農夫が持つ長い柄の鎌を持っている。そんな男が場違いな優しい笑みを浮かべてボブを見ていた。


 ボブは彼が死の使いなのだと何故か理解できた。

 道案内をかってでる彼に、ボブはもう少しだけ息子の傍に居たい。息子をひとりにしたくない。と言ってごねたのだが…。


『…済まないが、君を死者の門で待ってる人がいるんだ。どうしても君に伝えたい事があると言って聞かなくてね。それに、君をこの場に留めておくことは不幸にしかならないんだ。わかってくれ』


 ボブは説得に応じ、後ろ髪を引かれる思いでその男についていった。何度も息子の姿を見たくて振り向きながら。



 ボブは男に自分の死者の門まで案内された。これから自分がどうなるのだろうか?などという事よりも地上にひとり残してきた息子の事で頭がいっぱいだった。

 その為、道中の黄金の大蛇や背に8本の腕を持つ女の事などどうでも良かった。


『ククッ!何ともつまらん男だな。お前には息子を悲しませた罰を与えてやろうかと思ったが…コレでは何をしてもオレ様が満足できるような悲鳴を上げそうにないではないか。まあ良い。罰ならばお前を死者の門の前で待っている者が直接与えてくれるだろうよ? それにしてもダーリン。実に良い判断だったな。ダーリンが導かねば、コイツは息子への未練で地上を延々と彷徨うことになっただろうからな。…何をボーっと見ているんだ? さっさと自分の門へと失せるがいいわ!』


 ボブは8本腕を持った女に自分の門まで蹴飛ばされてしまった。

 その隣で自分をここまで案内してくれたあの男が、孔にシュートされたボブに向って優しく手を振ってくれていた。



 そしてボブは酷い折檻を受けた。

 妻であるリュージュに。

 年若くして自分よりも先に逝ってしまった妻。生まれつき体が弱く華奢であったはずの愛女房である彼女にかれこれ半日近くは殴られていた。出会った最初は感動の再会と先に死んでしまった事の謝罪であったがのだが…そこから先は説教を遥かに超えた暴力の嵐であった。なんでも、死者の領域では生前の肉体の影響なぞ関係ないらしい。体力の底の無い彼女にずっと怒られていた。勿論、死に際に託した息子の件である。激オコである。彼女は泣いていた。ボブを責めたが、しかし謝ってもいた。ただ、拳は止まる事はなかった。


 だが、突如としてその拳は止まる事になる。

 突如、凄まじい揺れと共に空間自体が脈打ち始めたのである。よく見れば自身の門がある小部屋のようなこの空間の至るところから白い光の残滓のようなものがジュワリと湧き立ち始めている。

 ボブはひたすらにそれに動揺していたが、リュージュはハッとした表情でボブの腕を掴む。

 ボブの体がにわかに青く光って明滅していた。


『こ、これは…?』

『間違いないわ。死者の領域と地上とがあやふやになってるんだわ、きっと!』

『なんでだ?』

『知らないわよ!それよりも…あなた!確か死んだのって昨日でしょ?』

『えっ。た、多分…』


 ボブがボコボコになった顔を傾げてみせる。


『ならきっとまだ生き返れるわ!ホラ!この揺れが収まるまでにさっさと地上に戻りなさい!』

『ちょ!? 力強っ』


 リュージュはボブを片手で鷲掴みにすると閉ざされた部屋の内鍵を蹴り壊して彼を担ぎ出した。

 部屋の外はまさに阿鼻叫喚。凄まじい子供のような泣き声の嵐の中で天井への光に向かって無数の青い光がヒュルヒュルと昇っていく。


『やっぱり!私はこの部屋からは出られないけど、あなたなら戻れる!』


 言うがいなやリュージュはボブをその光の奔流に向ってフルスイングで投げ飛ばした。


『うわああああっ!? リュー~ジュ~~~…!』

『お願いよボブ!あの子を!スレーをまだひとりにしないであげて!』



 そうして奔流の中にボブが消え去っていった。


 ◆


「…で、気づけば火の中だったワケさ」

「「…………」」


 火葬の薪木が燃え尽きる中、毛皮にくるまったボブが小さく笑う。

 誰もそんな彼を笑わなかったし、冷やかす者もいなかった。


 だがその話は他の村々まで噂となって駆け、こうして"奇日"の記録に留めらている。



「じゃあな、アイロス(・・・・)。元気でな!」

「ワフッ!ワフッ!」


 ある晴れた空の下。赤髪の少年がソリ曳きの毛長犬に別れを告げると父親の元へと走っていく。

 村の住民が手を振って送り出し、それを親子が手を振り返して答える。


 結局、その親子は村を去った。新たに仕事を求めるという意味もあったが、変な噂から逃れられる為なのか、詳細は明らかではない。

 ただ、その数年後。その親子は北方西部にある土地、アウタームーンの開拓村に根を下ろしたという。安らかな表情のボブの死を今度こそ確かに見届けた少年は既に立派に成長して青年となっていた。そしてその村の娘との間に3人の息子をもうけたという。

 …しかし、その地域のしきたりで男子の名は男親が決めねばならなかった。余り学に長じていなかった青年は、3番目の息子の名付けに相当頭を悩ませたという。ふと、村の外を眺めると村の子供らがソリを曳かせて遊んでいたのが目に入った。そのソリを曳いていたのは…。


 その結果、3番目の息子にどのような名前が付けられたのかは…また別の話である。


 ◇


 また、別の記録を紹介しよう。場所は変わって西ルディア大陸の中央を統べる強国オーガンド。その東にあるブ・ケアレスの街の冒険者ギルドに属する冒険者の記録だ。



 女神マロニーの統べる広大な土地を有する西ルディア大陸。かつては争いの絶えなかったこの地もおよそ百年ほど前からは戦もなく安定していた。理由はとてつもない強大な国が誕生したからである。西ルディアの6割を占める豊かな草原地帯。その中央を独占し、西ルディアに覇を成したのはオーガやトロルの血を引くとされる強王の率いるオーガンドである。長らく領土争いにしわ寄せしていた弱小国は純粋な暴力、そのただひとつによって大陸の端に追いやられた。戦に負けて逃げ帰った王族貴族達はこぞってオーガンドは賊の国。それも粗野なる山賊の国とけなした。ただし、王もその側近も暴力によって解決したものの、とても聡明な者達であった。敗残者を貶めることもなく、むしろ戦い生き残った者達は褒め讃えられ、オーガンドに暖かく迎え入れられた。力が全て。そこに生まれや性別や種族すらも関係ない。その強大な国はとてもシンプルであり、下らぬ駆け引きのない生物の真理のひとつを見出し、実現させたのだ。また、傷付いた民衆は助けを求めて伸ばした手を払いのけるような真似をしないオーガンドという大きな存在に希望を見出して集まり、絶対の忠誠を誓い団結を強めた。これにより、オーガンドは千年を超えても直続く和平を手にすることとなったのだ。



 そんな、繁栄を誇ったオーガンドだが小さな懸念があった。それは人族同士の争いではなく、特にモンスター関連。さらに細かなに言えばアンデッド系のモンスターだ。

 アンデッドのおおよその正体は、外道(モグリ)死霊術士(ネクロマンサー)に操られて放置された哀れな獣や人族のゾンビ。または、彷徨う魂が邪気に転じて悪霊となったものだ。

 特に後者は厄介だった。それもそのはず、先の大戦でかの大破壊から生き残ったものが更に数を減らしてしまった。その数は百年で数十万とも言われる。そして、救われない霊は逃げる様に魔力の溜り場であるダンジョンへと逃げ込んでしまう。特にゴースト系は物理攻撃は効かない上に神聖系の魔術に抵抗力を持つ。増加の傾向を辿るアンデッド達に若き冒険者達は対応に追われ、また無残にも命を散らし、終いにはアンデッドの群れに組み込まれるという憂い目に遭っていた。


 そんな冒険者にとっては暗黒の時代とも呼べる聖歴202年、その終節の14、第二死者の日。とある冒険者達がブ・ケアレスの街からしばし離れた地、ラニ・ザーギョリィにある古代廃城をベースとした遺跡ダンジョンに訪れていた。レイドを組み総勢12名のメンバーで挑んだ。目的は無論、より驚異的なアンデッドが発生していないかの調査である。ベテランのパーティと若手であるが中堅クラスの冒険者パーティ"レッドアイズ"が赴いたのだ。滅多な事はあるまいと思われたが…まさしくそこは彼らにとって死地となった。


『今日は…死者の日か。何か胸騒ぎがする』


 それが震えて膝を突いた新人冒険者を庇ったベテランが遺した最期の言葉になった。


「どうして。どうしてこんな事に…!」


 レッドアイズの新人冒険者であるマットマが震えながら自分を咄嗟に庇ってくれたベテラン冒険者の瞼を閉ざす。その冒険者を含め、周囲の者は誰一人として外傷ひとつない。まるで眠るかのように歪んだ石床に横たわっている。


 絶命の叫び。それが死霊系モンスターの絶叫者(スクリーマー)の最大の脅威。

 気付いた時には遅かった。

 最初に気付いたのはマットマだった。彼は冒険者に憧れてオーガンド国発祥の地とされる観光名所がやたらと多い田舎街から飛び出した。だが、未知の世界は常に危険と隣り合わせ。彼は常に先達であるパーティの仲間からの助言を素直に聞き入れて順守していた。今日だって始めてレイドを組んだが、ちゃんとベテラン冒険者の横に居て指示に従っていた。

 ダンジョンに潜ってはや3日。調査期間も終えて後は街えと帰還するだけとなった。再表層の石造りの通路。もはやキャンプ地は目と鼻の先だった。

 殿だったマットマがふと目先の石像の横に何かモヤリと蠢く白いものを見つけた。何故、先に行った者達は気付かないのか? マットマは疑問に感じたが、これには2つの理由がある。先ず、死霊系のモンスターは干渉しようと意思を持たない限りは常に分散しており、熟練の聖職者でも所在の特定は難しい。今回は討伐ではなくあくまで調査。聖職者のスキルを持つ人員が不足していたのも原因だった。そして、マットマは以外にも霊感に長けていた。そしてソレを最悪のタイミングで見つけてしまった。

 ソレは一見、顔も髪も手足も纏った襤褸切れまでも真っ白な少女に見えた。石像の影にしゃごみ込んでいたソイツは真っ赤な大きな目を静かに開くとそっと立ち上がった。


「ちょっと待ってくれ!そこの石像の影になにかいるぞ!」

「スクリーマー!? こんな地上近くにっ!」

「狭すぎる!躱せないぞ!?」


 一瞬の騒然と混乱の中、前衛は少しでも攻撃を阻止しようと前に出て、後衛は防御態勢を取った。そして一番早い脚を持った斥候役が阿吽の呼吸のようなやり取りの後、出口に走る。この場から生き残って、こんな危険なアンデッドが現存することをギルドに、後続の冒険者に伝えなければならない。それが使命なのだから。


 ほんの一瞬だった。

 その瞬間、前衛の振り上げたウォーピックの刺突部がその顔に叩き込まれる前に絹を無理矢理裂いたかのようなブチリッという音と共に無表情な顔に大きな赤い口が開いた。


 咄嗟にそのスクリーマーとマットマの中間に位置したベテラン冒険者が手に持った剣と盾を放り投げるとマットマに覆いかぶさった。


 マットマには何も聞こえなかった。何故なら、彼は生き残った(レジスト)したからだ。ただただ悲痛ですらある沈黙の中、覆い被さった冒険者の体がズルリと滑り落ちて地面へと転がった。彼はマットマの楯となったのだ。だから間一髪、マットマだけが助かったのだ。


 そう彼らは、マットマを残してひとり残さず全滅したのだ。たった一体の少女の姿をした化け物によって。


 その少女はマットマと目が合うと、薄っすらと笑みを浮かべて不気味に霧散した。そう、コレが最もスクリーマーが恐れられる原因。スクリーマーと総称されるモンスターは戦闘能力は皆無だ。しかし、特定の範囲内…特にダンジョンのように限定された空間内の生物を自身の上げる断末魔によって死に至らしめることができる。死霊系の自爆モンスターなのである。


「ううっ…ごめんなさい。何の役にも立てない俺だけが生き残ってしまった…」


 しかし、出口はすぐそこだ。兎に角、マットマは仲間の亡骸をダンジョンの外まで運ぼうとした。何故ならば…。


『クスクス…クスクスクスッ…』

『フフフ…アハハハ…』


 どこからとともなく不快な腐った風と共に不気味な嗤い声が通路の奥から響いて来た。


「クソ! レイスがもう嗅ぎ付けてきやがったのか…!?」


 レイス。笑う死霊とも氷の生き霊とも呼ばれる代表的なゴースト系アンデッドの総称だ。その正体は死んだ人族の魂だ。呪われて地上に縛られている。その苦しみから抜け出そうと人々を襲い、その肉体を奪う。しかし、相反する魂と肉体は決して結び付かない。肉体は死に、腐り、やがては朽ちて行くというおぞましいサイクルを生み出すのだ。

 このレイス達にとって、地面に転がる傷の無い新鮮な冒険者の亡骸は格好の餌食だろう。


「チクショウ!お前らなんかに皆の体は持ってかさねえぞ!」


 マットマは震える手で腰のショートソードを引き抜いて構えるが、物理攻撃が効かぬレイス相手に勝ち目など端から無い。レイス達もそれが解っているのか、マットマを囲んでせせら笑う。

 マットマの震えが一段と酷くなる。死への恐怖によるものだけでなく、レイスによる死の冷気によって生命力を確実に奪われていっているからだ。


 マットマは涙が滲む眼をギュッとつむる。瞼の裏にはのどかな生まれ故郷の街の風景や家族の顔が浮かぶ。歯が割れるほど食いしばり、ショートソードの柄からギリリと決死の覚悟を決めた音が鳴る。


 マットマが目を見開き、飛び出そうとしたその瞬間だった。


 ドクンッ。


 マットマの足元に横たわっていた冒険者の体が跳ねたように見えた。気のせいなのか、顔に生気がさしているような気さえした。


「ま、まさか生き返ったのか!? それとも既にレイスに…?」


 マットマはふと違和感を感じた。もっとおかしいのはさっきまでの冷気が完全に消えていた。恐る恐る伺えばレイス達は何故か無表情でコチラをボーっと眺めているだけだった。 …むしろ、逆に言い知れぬ恐怖を感じたマットマだった。


『お、おい!大変だ!』


 そこへ通路の壁をニュッと通り向けて飛び出したのはなんと先程のスクリーマーの少女だった。


「こ、このシロチビ!仲間達の仇を討ってやる!」


 何故か酷く動揺しているスクリーマーに決死の覚悟で斬りかかったマットマだったが、即死以外に攻撃手段を持っていないと思い込んでいたのが迂闊だったのか。


 思いっ切り平手打ち(ビンタ)によって撃退されて地に伏せた。


『冒険者はこれだから無礼な奴ばかりだ! 口の訊き方に気を払わんかい!このクソガキ!余はこれでもかつてはこの国のハイ・プリーストの地位におったのだぞ?』


 何故か急にマトモに口を聞き出したスクリーマーを見て絶句するマットマだったがそこへ更に追撃が掛かる。


『おお!姫様っ』

『うむ!皆も正気であるようだな』

「ひへっ!」


 マットマは自分の体をすり抜けてスクリーマーに群がるレイス達に驚いて後退った。


『姫様、これは如何なことでしょう? 生者への憎しみが嘘のように薄れておりまする…』

『平に。我らとて正気を取り戻したのはここ百年振りではないでしょうか』

『そこだ!どうやら原因は分らぬが死者の領域が混乱しておるようだ。それで呪われた我らも人の心を今だけは取り戻せておる。つまり、我らは限りなく現在、死者の領域へと近づいておる!』 

『『おおっ…!』』


 それを聞いたレイス達が手を合わせて神に祈るポーズをしている。神に祈るレイスとはまさにシュールである。


『だがこの異変がどれだけ保たれているかは計り知れぬ。だが、我らが呪いから脱して死者の門を潜れるかもしれぬ千載一遇のチャンスぞ!この期を逃す訳にはいかぬ!』

『であれば姫様。我らはどうすれば…!?』

『案ずるな。女神は我らを救いたもうた! どれ。ひー…ふー…みー……おお!やはりこれは思し召し!余と家来であるそなたら合わせて11人分の扉があるぞ!急げ!』

『『姫様に続け!いざ逝かん!』』


 レイス達は各冒険者の亡骸の上に飛び散ると、徐々に近づいていく。


「な、何をする!?」

『時が無い!どけ、(わっぱ)!』

「ぐえっ!」


 マットマは立ち塞がろうとするが、スクリーマーの拳によって吹き飛ばされる。そしてマットマを庇った冒険者の亡骸の上に浮遊すると、徐々に亡骸へと体を沈めていく。


『よいか、この者らを通して死者の領域と生者の領域…つまり夢の境へと潜行する!そこにはこの者達の魂があるはずだ。それを蹴ってより深い死者の領域へと向かう。そしてこの者達が蘇生した生命波動に乗って領域を突破するぞ!』

『『はっ!』』


 そしてスクリーマー以外のレイス達が完全に冒険者達に潜り込むと亡骸が淡く光を放ち始めた。何故か酷く懐かしいような…それと何処かで嗅いだ事があるような花の香りすら感じ、マットマは見入ってしまった。


『おっと。余計な世話かもしれんがあの光をあまり見るな。アレは死者の領域から溢れた死の精気(スピリット)だ。アレに魅入られると廃人の如き生きる気力を失くす者となるぞ?』

「うっ…」


 マットマは我に返って身を引いた。


『案ずるな。お前の仲間達は死の世界から帰ってくるとも。余達が安楽な死者の国に参る為にな………ところで、小僧。名はなんと申す?』

「…ま、マットマ。 だ…」

『……冗談だろう? 誰だそんな酷い名を付けたのは? まさか、お前トロルか?』

「違うぞ? というか俺の出身はオーガンド中央の街、グリフォンヘッドだ。しかも、俺の名前は英雄から名付けしたと言っていた。酷い名前なんかじゃあない…!」

 

 スクリーマーはマットマからオーガンドとグリフォンヘッドという名前を聞くと高笑いを上げた。そしてひとしきり笑うとズブズブと冒険者の中へと沈んでいく。


『……まさか、本当にあのトロル男が王になど…ハハハ。最期の最後にこんな土産話を仕入れることができるとはな。…マットマ(・・・・)にも長い間待たせた。余を待っていてくれているだろうか…。礼を言うぞ、小僧…。あと、やはり改めて名を変えるが良いぞ…フフッ。アハハハハハ……』


 そう言ってスクリーマーは消え去った。


 そして、その数分後には冒険者達は全員が息を吹き返した。


 皆、それぞれが信じられない面持ちだったが共通したのは夢を見た事だった。皆、それぞれ容姿が違うがハーフエルフが自分に礼を述べてから暗闇へと去っていくというものだった。

 剣兵。盾兵。槍兵。戦士。騎兵。双剣士。重戦士。魔術師。女術士。文官。

 そして、マットマを庇った冒険者が見たのは美しい女ハーフエルフの神官だったそうだ。


 マットマは数年かけて調べたが、オーガンドの戦記の中にあの古城についての新たな文献はなかった。名付け親に聞いてもこの街出身の偉い人物だという事しかわからなかった。

 ただ、オーガンドの初代国王の正体は未だにハッキリとせず、人族だったのかオーガなのかトロルなのかは未だに意見が分かれる。これは各種族の見栄を張っているとも言える。何故なら初代国王は多くの妻を娶ったが、その中でも力を持った御三妃と呼ばれる人物が人族とオーガとトロルの英傑であった為である。ただ、現在は多くの種族が人族を中心に交じり合い、ハーフオーガもハーフトロルも珍しくない存在だ。多少の確執など現代を生きる人々にはさして問題なかった。単に、オーガンドの現国王が万民を守れる大陸最強であれば良いのだから。



 ただ、古い文献にはその初代国王が野戦をまだ繰り返していた時代。その側近に種族こそ明らかになっていないが…マットマの名があった。

 


 ◇



 未だ"奇日"に関する逸話には枚挙がない。

 ただ、聖歴202年、その終節の14、第二死者の日。

 世界各地で死者が蘇る奇跡が同時に多発的に巻き起こったとされる。

 ある者は夢を見ていたかのように棺桶の蓋を開け、ある毒殺された悪徳貴族は「冥獄を見た」と言って毒殺を謀った者達を処刑するどころか金子を与えて召し抱え、別人のような善策を敷くようになり東ルディア大陸で名を残す盟主となったという。



 その日、グレイグスカという世界の裏側で何かあったのは間違いない。



後半はスピンオフ作品のネタからの流れ弾です(笑)

いつ書けるんだろ?3年後?(死亡説)

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