ストロー・オブ・ザ・マリッジ⑩
趣味の動画編集やセールで爆買いしたゲームに現を抜かしている間にPVが1万を超えていました。
私なぞが書いている作品を拝見して下って誠にありがとうございます。<(_ _)>
ブックマークして下さってくれている方にも改めてお礼申し上げます!
ストローが死者の門へと向かって半日近くが経過したケフィアの村のとある一角。
その他の家々より少しばかり離れた小屋に何故か黒装束の者達がまるで亡者の様に集まって中を覗き込んでいた。その熱量によってもはや冬と言ってもよい季節であるにも関わらず、そこだけは真夏にも似た熱気がむせかえっていた。
そう、その家はブルガへのアーチ門の門番であるゴッボの家だった。
現在、彼は日課の門番の仕事をしていない。否、したくても許されなかったのだ。ちなみに、彼の代わりはブラザー・ダースとシスター・ベスに次ぐ実力者の覆面戦士達が代行している。例え、山賊の数百人が強襲してきたとしても特に問題はないほどの鉄壁な守りを築いていた。
「素晴らしい…!」
マリアードが手に取った木工像を慈しむ。それは地母神ガイアの胸像であった。
顔を真っ青にして滝のような汗をかいているゴッボがついさっき仕上げた作品である。急ぎで作った割に細やかな仕事も完璧に終わっており、既に速乾性の塗薬が施され神聖とも思えるような優しい艶を帯びている。
「ゴッボ。いえ、ゴッボ殿。あなたは今後、我らガイアの徒においてその名が語り継がれることになるでしょう…」
マリアードが隣のまだ若いガイアの徒の青年にそれを手渡し、作り笑顔ではない、凄みを帯びた本来の表情でゴッボにそう語り掛ける。だが、現在の彼はそれに返事を返す事もできずに必死に石材に向ってノミを振るっていた。彼は既に次の製作依頼である石像に取り掛かっているのだ。その顔から溢れる汗を隣の妻であるピラもまた必死になって拭っている。そのピラの汗も酷く、それを別のガイアの徒によって優しく拭かれていた。だが、夫を止める事はできない。何故ならマリアードから無理矢理に報酬を前払いで握らせられていたからだ。下手をすれば王都で屋敷をひとつふたつ買えるかもしれない大金だった。
彼らがここまで必死になるのも無理は無い。
ゴッボの小屋の中にはマリアード以外にもガイアの徒が20人近くはスシ詰め状態になっており、ゴッボの手元に向って小動物なら確実に死に至らしめることができる熱視線を浴びせていたからだ。まあ、単に小屋の中がこの人口密度でもってサウナのようになっていたのもあるが。
「ううっ、素晴らしい…! ドッペ様にもお見せしたかった…グスッ」
「……泣くのはおよしなさい。ドッペ様は既にガイアの下に向われたのですから。ただ、道中に最期までストロー様に謁見できないことを無念に思っていた事には同情を禁じえませんが」
ドッペ老は老衰により、マリアードからの召集を受けてすぐに亡くなってしまったガイアの徒の重鎮のひとりだ。若き頃は"変幻自在のドッペ"と呼ばれ、北ルディア全土において神出鬼没の諜報員として恐れられた人物でもある。
マリアードはガイアの像を抱いて涙を流す青年の肩を優しく叩くと、人混みなどまるで関係ないかのようにスルリとすり抜けて小屋の外へと出る。冷たい外気を肺いっぱいに吸い込んで気を静めると、何気なく普段から裾に隠し仕込んでいる金属製のワンドをおもむろに取り出して眺める。
「………ゲンガー様。 ……おっといけませんね、私としたことがドッペ様の件で少しばかり感傷的になってしまいましたか」
マリアードは記憶にある老修道女の顔を思い出して珍しく顔を綻ばせると、手にしていた金属製のワンドを仕舞った。そのワンドはマリアードが神殿戦士時代の師でもあり、まだアデクに囚われたいた彼をガイアへと導いてくれた大恩人でもあり、先のドッペ老の姉でもあるガイアの尼僧ゲンガーから彼に送られた品だった。
そしてゲンガーは先代の"魔術師潰し"。歴史の長いガイアの徒でも最凶と呼ばれた女傑であった。マリアード自身は未だ彼女の足元にすら及ばないと思っている。それほどの偉人であった。
「もしも、私がストロー様達に随行していく事が許されるのであれば… いいえ、私としたことが迷いごととは情けない。今の私には大事な仕事があるのだから。偉大なる精霊がこの地に根を下ろし、我ら人類と強固な絆で結んで頂けるように手助けをするというこの世界に生きる者を担う大事な仕事が…!」
マリアードがそう独り言ちて自身の見下ろす拳を強く握りしめたところに、麓の村から駆け上がって息を切らせた黒装束達が歩み寄ってマリアードに手にするものを手渡す。
マリアードはそれらをひとつひとつ吟味して満足気に頷くと、またゴッボの小屋へと入って行った。
その腕には追加の石材が10個ばかり抱えられていた。
◆◆◆◆
◤ストロー◢
長い浮遊感…いや、落ちてるんだろうけど。こんなに長い間落ち続けた事なんてないしな。そういやテレビで見たスカイダイビングとやらはこんな感じ…な訳ないか。こんな事を考える余裕なんてないくらいのスピードで落ちてるっぽかったし、何より俺達は決まったスピードでゆっくりなのかは真っ暗でわからないが、まるで深いプールに沈んでいくかのような感覚だ。
だが、しばらくボーッとしてると急に浮遊感が消えて、俺達は本当の意味で落っこちた。
俺達の落下先は何かとても柔らかいものだった。
毛? いや金色の髪の毛か? 俺達はまるでトランポリンで跳ねるようにその弾力に弾かれて地面へと転げ落ちる。
「いったい何の上に落っこち………まさか、毛の生えた小山かと思ったが…こりゃあ何だ?」
俺達は半球状のドームのような空間に落ちて来たようだ。天井を見上げれば丁度天井中央に俺達が落ちて来た穴が見える。
だが、問題はそこじゃない。その穴の真下にはこの空間の4分の1は占めるほどの巨大な…上下に動いているか多分生き物だろう、金色の長い毛で覆われた丘? いや、山だろうか? 信じられないが巨人が蹲って寝ていた。髪の毛の間から突き出ている陶磁器のような白い脚を見る限りでは多分、女なんだろう。
「御主人様っ!?」
「どうした!?」
ウリイの声に驚いた俺は彼女が指さす方を見ると、そこにはその金色の山から生えた同じく金色の鱗を持った大蛇が首をもたげて俺達をジィっと見下ろしている。
「蛇ぃ…?」
「どうか、落ち着いて下さいまし」
ダムダがその大蛇を見て怖かったのか俺に飛びついたところで俺達は背後から話しかけられた。振り返ると暗闇の奥からコツリ、コツリ…と黒い修道服姿の女が近付いてきた。万人を安堵させる満点の笑顔なのだが、俺はどこか薄ら寒いものを感じた。この表情といい、雰囲気といいどこかで…?
「あなた様方がノーム様の仰っていた雷の精霊シュトロームとその奥様達ですね? 私はゲンガーと申します。甚だ新参者ではございますが、恐れ多くも冥獄にて女神チュンヂー様の側近を務めさせて頂かせております…どうか、お見知りおきを」
「ああ、どうも」
そう言ってペコリと頭を下げる。あ、腕をクロスさせてるからもしかしてガイアの徒の関係者か? まあ、その信仰対象そのものの中?に居るんだから本場の人なのか? 何か少し混乱してきた。
てっきり、この人が一瞬、ノームの爺さんが言っていた女神かと思ったが。その部下らしい。
というか冥獄?
「ここって死者の門じゃないのか?」
「いいえ? あなた様方がノーム様の開けたガイアの細道を確かに通って辿り着かれた此処は死者の門に間違いありませんよ。現にあなた様方の後ろに控える御方こそ死者の門の番人であらせられる女神。ケル様ですしね」
俺達はゲンガーの目線を追って振り返った。しかし、俺達の顔の前に大蛇が間近に居た為に飛び上がった。
「「わあっ!?」」
「フフフ…弟から聞いた通り。不敬ではありますが、良い意味で精霊様とは思えませんね。まるで本当に人間の男性のようですね。まあ、でなければ精霊という存在がそうも容易く妻を娶ることなどもないのでしょうが。その方はベロ様です。常に眠ることなく死者の門を見張る女神ケル様の尾の尊蛇ですよ」
なんと尻尾だった。女神と言えばウーンド様やマロニー様のように美しい人間然とした容姿をしてるものかと思っていたがこんな感じの女神も存在するとは驚いた……なんて思ったがウリイ達を焚き付けたあの真っ黒(性格じゃなくて外見そのものが)女神がいた事を失念していたなあ。
「チュンヂー様は所用で少し遅れますが、間もなく御着きになることでしょう。私はチュンヂー様がお越しになるまでですが、あなた様方のお相手をさせて頂きます。ストロー様、改めて此度はその御姿を拝見が叶う事を心より感謝致します。……特に、ストロー様の御所では我が愚かな弟子が大変な世話をお掛けてしているようで私としても大変に心苦しく…」
「弟子? 誰のことだ」
俺の足元に膝を突いてペコペコしだしたゲンガーに俺は口を挟んだ。
「はて? 死者の門をくぐった同門の徒達からは、確か今は生意気にもケフィアの村にて司祭などという身の丈にあわぬ地位に就いていると聞いていたのですが。ブラザー・メイジ…ああ、マリアードという名をご存知ありませんか?」
「「…マリアード!?」」
俺達は揃って驚愕の声を上げた。
「やはりご存知で。あの愚か者は地上では健在でしょうか? どうぞ、今後とも御側で働かせて…」
「いやいやいや!というかあのマリアードの師匠?って割に…アンタは随分と若いようだが」
俺は首を傾げた。そう彼女は若かった。種族は恐らく人間だと思うんだが、ハタチかそこら辺にしか見えない。マリアードの詳しい年齢までは知らないが、どう比較しても彼女と比べればひと回り以上は年上だろうな。
「ホホホッ!精霊様は本当にユニークでいらっしゃる。私も人生が終わった後でもそんなお世辞を言われたのは初めてでございますよ? ここに居る神々以外の者達は皆等しく死者なのです。その姿は魂の姿、肉体の老いなどは反映されぬと解っておられるというのにそんな事を仰って頂けるとは。まあ、基本そうなのは死後も何らかの活動を続ける私のような者に限られますが」
え。 そうなの? 全然知らんかったよそんな情報は。
「…随分と楽しそうではないか」
俺達はその声でゲンガーの来た方向を見れば、またひとり女が暗闇からコチラに向って歩いて来た。しかし、今度は一目で異質な存在であることに気付いた。
「これは、チュンヂー様。…本日はもうお仕事は宜しいので?」
「ククク…オレ様が張り切り過ぎると"修道服を着た悪鬼"とまで呼ばれたオマエの仕事がなくなってしまうだろう?」
「嫌ですわ。そんな昔の通り名などを口に出されては。私だって恥を知る心はあるのですよ?」
「ククッ!悪かった悪かった。どれ、オレ様も挨拶させて貰うとするか」
ゲンガーを押し退けるように前に出て来た女は軍服帽に黒いレザーと迷彩柄のボンテージ姿というとても過激な姿だった。俺だけではなく、その姿にウリイとダムダも押し黙ってしまう。いや、彼女達はその艶姿に気圧されたのではなく、彼女の背後を見て息を呑んだのかもしれない。
彼女の背中からはキリキリと軋んだ音を立ててワキワキと蠢く機械仕掛けの腕が8本も生えていたからだ。それらの手にはそれぞれ、鞭。鋭い針。トゲの付いた首輪と鎖。血の様に赤い蝋燭。巨大なペンチのような道具や摺り鉦のような物騒なものまで何種類もの拷問道具らしきものが取り付けれている。
「お初にお目に掛かる。雷の精霊シュトロームよ。オレ様が冥獄を仕切る女神、チュンヂーだ。ん? クックックッ…オレ様の遊び道具に興味があるのか? 何なら少しばかり付き合ってやらんでもないぞ? どうだ?」
「あ。結構です」
俺は即答。すると女神は一瞬だけつまらなそうな顔をして腕を背中へと畳んだ。
「まあ良い…お前達の事は地上にいる愚弟から聞いているしな。今日はお前の妻ふたりの家族に面会したいそうだな。なに、俺は上にいるあの役立たずを久しぶりに揶揄えて気分が良いんだ。お前達の願いを叶えてやれるくらいにはな」
この中では一番背の高い(ハイヒールを履いているからかもしれん)女神チュンジーが俺達に舐るような視線を巡らせるとズカズカと中央へと歩みを進める。どうやら、あのケル様っていう女神に用があるようだな。
「では、皆様。チュンヂー様。私は恐縮ですが皆様をチュンヂー様に引き継いで頂き、冥獄へと戻りたいと思います。まだ本日分の仕事を残していますので…」
「ククッ。余りお仕置きに力を入れ過ぎるなよ? オマエが担当した奴らは数十年は反応がつまらなくなるからな。何をしても呻くだけでグッタリだ」
「フフフ…それは私が生前にかなり世話になった豚達だからでしょう」
そのやり取りは俺に流れる血をヒヤリとさせるのには十分だった。
というか確かにゲンガーは一見線の細い美人修道女にも見える。が、両手には黒曜の如き重厚なガントレット。腰には赤黒い色の禍々しいモーニングスターを吊っていた。
……赤いんじゃなくて、アレは乾いた血の色だと気づいてしまったが俺は顔を背けた。
「ああ、そういえばチュンヂー様。私の弟であるドッペはどうしていますか?」
「ん? 先日から訪れているあのオマエの同門の徒か。奴なら昔馴染みの悪党に挨拶して回るとはしゃいでいたぞ。全く…姉弟揃って良い性格をしているな?」
「お言葉ですが、チュンヂー様。私は愚弟のように陰湿な真似は生涯してきた事などないのですよ。そもそも私はこれでも相手は必ず一撃で苦しみから解放してきましたし、慈悲深いとまで言われたものです。 おっと、御止めしてしまい申し訳ありませんでした。ストロー様も今度も我ら同門の徒をよろしくお願い致します。では…」
ゲンガーは綺麗な所作で一礼をすると、背を向けて腰からモーニングスターを抜き放ちながら暗闇と歩み去って行った。 …怖い。
「…オレ様には少しばかり真面目過ぎる部下なんだが。しかし、愛するダーリンが連れてきた者を無下にすることもできなくてな」
チュンヂー様が表情を緩めて蠱惑的に身を捩った。へえ、女神様にもそういう相手とかいるんだな。というかこの女神様に限っては意外だ。なんか男とか皆奴隷って感じだし。
「さて、先ずは死者の門に関してオレ様は直接の担当じゃない。そこで寝こけている妹のケルを起こさなければ話が始まらん。おい!ベロ。ケルを起こせ!」
ベロと呼ばれた蛇がその言葉に従ってスルスルと自身の繋がった巨体に戻ると必死にそれを突いて起こそうとする。なんか知らんが健気だな。
「うっ うぅ~ん…あと、5年…ムニャムニャ…」
鈍い反応を示した巨体が何やら可愛い声で寝言を言うと寝返りを打った。
その衝撃で俺達は吹っ飛び、舞った埃がチュンヂー様に思いっ切り降りかかった。
ビキリ。何やら聞こえてはいけない音がチュンヂー様から聞こえた気がするぞ。もうちょっとウリイとダムダを連れて離れよう。
「……さっさと起きろ!この寝坊助がッ!!」
チュンヂー様のレザーブーツから凄まじく強力な蹴りが放たれ、それを受けた巨体が吹っ飛んで仰向けにひっくり返った。女神ってすげえなあ~。
「って!?」
「御主人様は見ちゃダメ!」
ウリイに目を塞がれてしまったが、一瞬だけ見えた。
仰向けに転倒し、身体を覆っていた金髪がまばらにはだけて見えたのは全裸の女体だった。しかも丁度俺達に向って両脚を広げた状態になったので色々と丸見えになってしまったのが問題だろう。あと、あのデッカイ尻に潰されたベロは可愛そうだとも思った。何故か親近感すら覚える。
「クッ…やっと起きたか、ケルよ」
「ううん…うぅ~ん。あれえ? チュンヂーじゃないか。おはよ~」
「相も変わらず抜けているなオマエは。少しはベロを見習え」
「ベロ? ああ~ゴメンね。僕達のお尻の下敷きになっちゃってたのかあ」
俺がやっと目を塞いでいた手を離してもらうと、目の前には滝のように長い金髪を垂らした巨大な女神が居た。目を擦り、女の子座りしているようだが…俺の今の宿よりもデカイ。その色々と…。
「えっ? き、君達はちゃんと死んでないじゃないか~。良くないなあ~。どうしてこんな所に落っこちてきちゃったの? あのねえ、本当なら死んだ者以外はここに来ちゃダメなんだよ? 今回だけは内緒にしてあげるから帰りなさいね。ちゃんと死んでからここに来るように。後、そこの君はもしかして精霊かなんかかな? ダメでしょ~。この場所に生き物を連れてきちゃ~!何考えてるの~。メッ!だよぉ~?」
「……阿呆め。ベロがオマエのデカ尻で潰されていたから情報が伝達しなかったのか? そこにおるのは精霊とその妻達だ。オレ様が許可して今回は特別にそこの女達と死に別れた家族とを会わせることになった」
「あ。そうだったんだ~!勘違いしちゃったよ。エヘヘ…」
そのあんまりにもノンビリした口調に何だか気が抜けちまったよ。
「やっと解ったか。で、それぞれの死者の門まで案内をしてやれ。その為にさっさとキングも起こせ」
「ん。わかったよ~。仕事だよ~キング~。起きて~?」
女神ケルが自分の左肩部分をポンポンと叩いた。するとゴリッと骨が擦れるような鈍い関節音と共に髪の毛の中からなんともうひとつ顔がモゾモゾと出て来やがった。
「お~う。チュンヂーの姉御じゃあねえか。オイラを起こすなんざ暫く振りじゃあねえか?」
「久しいな、キング。先ずは…そうだなそこのケンタウルス族の方から探してやってくれ」
チュンヂー様がウリイに向って顎をしゃくると、新たに出てきたキングと呼ばれた巨大な顔がウリイに近づけられる。ウリイはその圧倒的な威圧感に身を固まらせる。
「スンスン。うん、魂の匂いは完全に憶えたぜ。コイツの身内の匂いもオイラの記憶にあるから問題ない。道筋はベロが案内するから上を歩いて辿って行けば間違いないぜ」
そう言って自信ありげに胸を逸らせるキング。その顔はケル様の容姿に似ているが目つきが鋭く八重歯が目立つ。それに頭からは狼にもにた獣の耳が生えている。
双頭の巨人か…何かの話で聞いたことがあったような気もするが、目の前に存在するとサイズ的に圧巻だな。
いつの間にかベロがスルスルの伸びていってドームに無数に開いている孔のひとつに頭を突っ込んだ。コレを橋のように渡っていけということか?
「ボ、ボクの家族に会えるの!?」
「らしいな」
「あ、ありがとうございます!女神様っ!」
「おっと泣くなよ? オレ様は悔し泣きや悶絶してる様や苦悶の表情を眺めることが至高だが、逆にうれし泣きとか感動シーンとかは大嫌いなんだ! 泣くならオレ様の見えないとろで自分の男の胸に好きなだけ泣き付け」
眼を潤ませて礼を言っているウリイをそんな酷い理由でチュンヂー様は手で制する。とんでもないなこの女神様。今度、ノームの爺さんにまた美味いモンでも持ってってやるか…。
「ところで、ミノタウロス族の方はコイツ達が戻ってくるまでここで待機だ。精霊は対象外だが、自分の死者の門に行けるのは本人だけなんでな」
「はぃ。じゃあ俺ぃはここで待ってますぅ」
ダムダは若干プルプルしながらベロの上に乗った俺達を見送る。震えているのはチュンヂー様がやけに好色的な目でダムダをジロジロ見ているからだろう。根っからのイジメっ子なのかもしれない。多分、大人しくて反応が良い奴が無条件で好きなのだろう。
「よし、じゃあウリイの両親に挨拶してくるか」
「うん!」
俺とダムダは寄り添いながら路となったベロの上を歩いて孔へと向かう。
ってるはずだったのだが。
気付けば、何故か俺の目の前にはニヤニヤした笑みを浮かべる巨大な女神の顔があった。
その頭からはケモ耳が飛び出しているが、デカ過ぎてイマイチ萌えない。
どうやら俺はキングに片手で掴み捕られてしまったらしい。
「ごっ 御主人様!?」
「クッ…仕方の無い奴だ。キング、何をしているのだ?」
俺をまるで目新しい人形のように俺を弄ぶキングがニヤリと嗤う。
「だってよお、オイラ興味があったんだよ。何とも精霊らしくないこの男にさあ。それも既に女を二人も侍らせてんだもんよお。まあ、本来の姿じゃあないにしても…よく見りゃ顔も悪くないぜ。なあ、姉御。この仕事が終わったら… オイラにコイツをくれよ」
「キング!何を言ってるの~? 僕達にはもう旦那様がちゃんといるじゃないか~」
「ハンッ! 違うね。ミノミス様は姉御とケル…オメエの男だろう? オイラが仕事以外で顔を出す事なんざ稀だしよお。いっつもオメエばかり独り占めしてるじゃあねえか。だから、オイラだって自分だけの男が欲しいのさ」
「何て事を言うんだ!ミノルは僕達や他の皆も平等に愛してくれてるんだ!彼を離して早く謝れ!」
「嫌だね!」
「おわわわっ」
「おいおい、妹よ。女神として示しがつかぬだろう…」
何故かケル様とキングが頭だけで喧嘩を始めてしまった。どうやら首から下を現在コントロールしてるのはキングらしい。俺は手に持たれたまま激しく上下に振り回されて次第に気分が悪くなってきた。 吐きそう……。
「頭だけでもオイラに敵うもんかよ!喰らえ!」
ゴツン。
「痛ギャ!」
キングがケル様にまさかのヘッドバッドをかます。どうやら痛覚とかは別らしい。それとも首から上だけなのか…どうでも良いから離して下さい。お願いします。吐きそうなんです。
だが、俺の願いが通じたのかその手がピタリと止まる。
ゴチン。だろうか? 頭突きで傾いたケル様の後頭部が右肩部分に当たってしまう。その瞬間、ケル様もキングもサッと顔から血の気が引いていく。
「しまった!? ケル!キング!支配権を奪われる前に互いに頭突きして気絶しろぉっ!」
「「ダメだ!もう間に合わ…」」
その言葉を遮るようにしてケル様の右肩からモゾリと小さな少女が顔を出す。ケル様と比べてだいぶ幼い印象を受ける眠たげな顔をしている。そして、その額の左からプクゥっとタンコブが生えた。そしてその気だるげな瞼が全開に見開かれた。
「止せっ! ドアラっ!!」
チュンヂー様が必死の形相で叫ぶ。
それと同時に嵐を凝縮したような絶叫がケル様の右の頭から間欠泉のように爆発し、大地を、空間を、魂を揺らした。




