ストロー・オブ・ザ・マリッジ⑤
新メニューの詳細については別の話で(笑)
ストローが地上で件のスキルを用いていた頃、そのヨーグの山の地下深くでは…。
「どわああああ!?」
「ガイア様の御怒りだべええ~!?」
「またノーム様がなにか粗相をなされたんだべがあ!?」
地上の地形変化に伴う地震の影響は地上の者だけではなく地下に住まう者達にまで等しく影響を与えてしまっていた。
「ええいっ!鎮まらんかい!これしきの揺れで何を騒いでおるんじゃ!!」
慌て戸惑う者達がその声で徐々に騒ぎが鎮まっていく。それと同時に揺れも収まった。
「フン。儂が粗相じゃと? 馬鹿も休み休み言うんじゃな、お主ら。 …というかぁ~? 儂はこのヨーグの真下からもうかれこれ軽く数十万年は外に出ておれんのじゃぞぉ~? その清く正しいこの儂がじゃあ、……どうして我が母の怒りを買う事ができると言うんじゃあ!愚か者ぉ!!」
「「へ、へへぇ~!」」
地下の大空洞の鍾乳石のような岩石を加工した台座でプンスカと憤慨し、ピョンピョン跳ねるその小柄な老人に周囲の者達がすかさず平伏する。
「しがしぃ…ではノーム様、なしで此度はガイア様ば寝返りを打たれだのでありましょうか?」
「うん? 別に我が母は何もしとらんぞい。揺れたのは上じゃ、上。ヨーグの山の表層だけが揺れおったのよ。……少おしばかり前から儂の髭がムズムズしておったが、どうやら雷のが上できたっちゅう村の周辺一帯を儂から奪ったようじゃのう。支配領域を一部だけとはいえ…こうも簡単に行うとはのう。流石…最強の精霊。大した改ざん能力じゃわい!ヒャホッホッホッホ!」
「ええ!? ノーム様の土地を奪っだんですがぁ!?」
「少しめえに来たブラウニー族が言ってた奴があ?」
「そらあどえれえ奴が来ちまっだだなあ~」
何故か面白そうに笑うこのヨーグ一帯を治めているはずの大地の精霊ノームに困惑する面々だったがそこへまた別の者達が掛けて来た。
「「だ、大変だぁ~!」」
「どった?」
「さっきの揺れで…大昔にオラ達の御先祖様が塞いだ山道へ出る穴が開いてまっだよお!」
「「うぇえ!?」」
どうやら秘匿していた地上へと繋がる道が開いてしまったようだ。だが自身の眷属達が慌てふためくなく中、当のノームは胡坐をかいてニヤリと笑った。
「雷のめ…コレが狙いだったのかのう? まあええ。良い暇潰しになるじゃろうて。 …フム。儂はこの場からこれ以上、地上近くへとは動けんしのう。下手をすればあの陰険女神に見つかってしまうからの。仕方ないわい、先ずは物見の者を出すとしようかの」
◆◆◆◆
「みんな、お疲れさん!」
「「お疲れ様でしたぁ~」」
ストローの音頭に周囲の女達が答える。もう外は夜の闇でとっぷりと暗くなっていた。この宿に時計はないが、恐らくは10時を跨ぐくらいだろう。
先程まで溢れていた喧噪ももはやなくなった。宿泊客は早く風呂に入りたいなどで自分の部屋へと引き払って行ったし、酔っ払った男達も千鳥足で自身の家…中にはストローによって与えられた新しい家へと帰って行ったからだ。
そして、今夜だけではなく今後はよりこの宿1階のフロアがダイニングと化したことでこれ以上に食事や酒を求める者達が押し寄せることになるだろうと考えられた。主な理由はメニューの増加だった。ストローは今夜全部の料理や飲み物を出した訳ではなかったが、前と比べると提供できるようになったレシピは3倍以上になっていた。更に提供できるようになった酒の種類も増えた事がより拍車を掛けた。最後には新しい酒を口にした麓の村アンダーマインで酒造を営む長老ラズゥのひ孫であるウイナンが出所や作り方を教えて欲しいとストローに泣きつくも、ストローの常套句である「知らんな」に絶望し、怒るラズゥと父親であるミーソスに引きずられながら帰って行った。
「にしてもこれから女衆が手伝ってくれるならありがたい。でも良いのか? 手当がそれだけで」
「若旦那!コレ以上は流石に貰い過ぎますよお。昼と夜だけ、皿洗いもなし、賄いで料理まで出して頂けるんですから!それで賃金まで出すなんて若旦那の宿だけですよ?」
メレンが豪快に笑いながら片手で摘まんだ半銀貨を見せる。半月型の銀貨で半銀貨。価値も銀貨の半分とそのまんまだ。
「メレンがそう言うならなあ。リンもクリーもそれで良いのか?」
「ウチはあんなに美味しいご飯が食べられるだけで十分なのニャ~!」
「は、はい…」
ネコ系獣人の少女リンと線の細い少女クリーもメレンと同じ意見のようだ。というよりもウリイとダムダと同じ場で働けるのが嬉しいのだろう。
「俺はウリイとダムダの代わりに注文を聞いたり、配膳が出来ればそれで良かったんだが…」
「あ。まただよ…旦那様!ボクもウリイもちゃあんと言ったでしょ? 子供が出来ても産まれるまで普通に働くからねってさ」
「そうですよぅ!旦那様が働いてるのにぃ、俺ぃもウリイも奥に居るだけなんて真似はできませんよぉ? それに厨房には俺達ぃしか結局出入りできないですしぃ」
この世界の女性はどんな種族においても妊娠した女性は普段通りの労働をするのが常識になっている。勿論、場合にもよりけりだが。女性への扱いが決して良くはないこの世界では自分が荷物になってしまう事を多くの女性が恐れているからとも言える。
「わかってるよ!あれだけ話し合ってもダメだったんだからな…ただし、無理だけはするんじゃないぞ」
ストローと二人のやり取りをニヤニヤしながら見てる女衆だったが、リンが何かに気付くと裏口の扉を開いて外の広場へと出ていく。
「どおしたんだい? リン」
「今…外に誰かいたニャ。というかさっきリン達がご飯を食べてる時から視線は感じてたんだけど…多分、この村の連中じゃないのニャ!」
メレンがリンを猫のように捕まえて宿の中に戻って首を傾げる。
「すまないねえ若旦那、どうもリンは妙に鋭いところがあってねえ。まさかこの村に賊が入り込むようなことは無いと思うんだけどねぇ…」
「……いや、良いんだ。どうやら流石に様子見に来たらしいな。というか腹でも減ってんのかね? 普通に入ってきてくれれば歓迎するんだがなあ。仕方ない…」
ストローは何かに勘付いたような表情を浮かべて椅子から立った。
「なあダムダ。悪いが追加の料理を出してくれないか? あと酒もな。できれば少し冷めても味が落ちないヤツがいいな。ん~取り敢えず2・3人前でな」
「は、はい。わかりましたぁ!」
「ボクも手伝うよ? でもさあ、その料理…どうするの?」
外の様子を伺うストローにウリイが尋ねる。ストローは腰に手を当て夜空を見上げて悪戯めいた笑みを見せた。
「……なに、今夜は月が綺麗だろう? 新装開店の願掛けも兼ねて我が友である月の精霊への供え物、さ」
◆
翌朝。
「ああ~!」
朝日が射すテラス席にウリイの声が上がる。
「ちょっと見てよ!料理の皿がピッカピカのまっさらだよ!? お酒も空っぽだ…」
「まさかぁ、その月の精霊様が召し上がったんですかねぇ?」
「……いいや。そうであったらアイツにも救いがあるんだが、料理を堪能したのは別の奴だろうなぁ」
ストローが気まずそうに頬をポリポリと掻いた。
「なんだって!? それじゃあ精霊様への捧げ物を失敬した罰当たりが居るってことだよね!そんな奴はボクが捕まえてふんじばってやるよ!」
「いや、ウリイ。そうじゃなくてだな…」
怒り心頭で鼻息を荒くしたウリイを宥めようとストローが声を掛けたところだった。
「「た、大変だぁ~!」」
そこへ村の方角から階段を駆け下りてくる者達がいた。新たな住民となった者達のまとめ役でもあるディモドリだった。
「おはよう。どうしたんだよディモドリ? それに皆して」
「大変ですストロー様! 今朝、まだ使用してない家をあらためようしたら中に得体の知れない連中が居て…」
どうやら昨夜の訪問者達は、その日の内に帰ってはいかなかったようだ。




