家族の再会
◤ラズゥ◢
儂はエイとデスの奴に羽交い絞めにされて家まで担ぎ込まれてしもうた。
「全く!どいつもこいつも儂の邪魔ばかりしおってからに! もうよいわ!寝る!寝ちゃるわい!!」
儂は渋るエイを部屋から閉め出して寝間着に着替えると、ボスンッと藁とボロ布だけの寝台に飛び込んだ。
…硬いのう。ストローの宿のあの極上の寝台の寝心地を味わってからは、前までは密かに儂の自慢じゃった村で唯一の寝台じゃったがのう。寝起きが辛くてかなわん。贅沢を言えば毎日ストローの所に泊めて欲しいくらいじゃ。
まあ、普段から村の連中がタダ同然で飲み食いさせて貰ってるようなもんじゃし、そんな厚かましい事は言えんのう。
「う~む」
儂は寝返りを打つ。
「……エイの奴も出てったようじゃな」
家の外への戸が静かに開いて、その後に微かに男の声が…まあデスの奴じゃがな。
ふう…あの二人ものう。前から仲が良かったが…ストローがあの二人を嫁にした事に当てられたのもあるんじゃろう。まあ、若いしの。こんな山の上で男女の楽しみなぞ知れておる。
…だがのう。流石に儂の家の裏では止めて欲しいんじゃがのう。まあ、前までの逢引きの場所が広場じゃったから仕方無いのかもしれんがの。今度…ストローに部屋を貸してくれぬかこっそりと相談してやるかの。
儂は寝台の裏にある隠しスペースの中に手を突っ込みそこにあるものを拾い上げる。
それは一振りの小剣じゃ。
一族の長たる儂の父ディコンが大剣を。兄のハンペリオンが幅広の刃剣を。そして末の子たる儂が持つ剣こそが我がオーディン家。そのドラゴンスレイヤーの証…。
儂は剣を胸に抱く。
「はあ…。情けないのう。あれから悠に百年以上が経つというのにのう。思えば、あのブラックトロール達には何の罪もなかろう事はわかっておるというに…」
ついさっきでの広場での儂の愚行が頭に浮かんだ。
儂から罵声を浴びせ掛けられ、恐らく沈んだ表情を浮かべたブラックトロール達の姿。思えば、奴らとてあの邪竜の被害者じゃろう。確か…父の話では、彼奴は陽の光を浴びれば長く生きられぬからあの穴の底の闇で邪竜に侍ることしか出来ぬ者達であると。
しかも、此度はあの広場から飛び降りたとかいうとんでもない魔術師の青年?をあの深い穴の底から地上へと送り届けてくれたのではないか。儂は本当に愚かだのう…これではオーディン家の名折れではないか。 ……よくよく考えてみると、あの飛び降りた者はよく生きておったのう?
「ふうむ。そういえば父達の最期を伝えにきてくれた時も…幼い事もあったのだろうが、儂は無礼な真似しかせなんだな。同じ者ではなくとも申し訳がないのう…。儂も流石にまた彼奴に再びまみえる程はもう長くはないじゃろうし、どうにかして非礼を詫びたいものじゃが。今夜はもうあの広場には近づけないしのう…朝日が昇る前には彼奴も穴へと帰ってしまうはずじゃ。 よっしゃ!ここはひとつ儂も朝日が昇る前に広場へと向かい、なんとか頭を下げさせて貰うとしよう。よし決めた! なに、早起きなぞ年寄りの最も得意と、する…しもうた、今日はちとストローの所で飲み過ぎた、かの………」
儂は剣を抱いたまま寝てしもうた。
◆
… ……! …ゥ! …ズゥ! ラズゥ~! ラーズゥ~!!
誰かが儂の名を呼んでいる。
ああ、夢だ。最近は家族の夢も見なくなったのだが、こんなにも鮮明に声を聞いたのは久しいのう。
父上…母上…リオン兄上…どうしてかのう。あの広場で出遭った彼奴と姿が重なるのはのう。
… ……! …ゥ! …ズゥ! ラズゥ~! ラーズゥ~!!
それにしても煩いのう。何度呼べば気が済むんじゃ?
『『ラズゥ!!私達はここに居るぞぉ~!』』
◆
「んばあ!?」
儂は思わず軋んだ寝台から飛び起きてしもうた。
「ハァ…ハァ…? なんじゃ、夢かよ…」
儂が目を覚ませばそこは儂の自室じゃった。足元には家宝の剣が落ちている。
閉じた窓の隙間から朝日が漏れている。
「しもうた…!儂としたことが迂闊じゃった…。彼奴はもう宿から去ってしもうただろうのう。兎に角、宿に向かうか…」
儂が足元の剣を拾い上げようとした時じゃった。
「… ……! …ゥ! …ズゥ!」
「んんっ!?」
確かに聞こえたぞ。アレは!あの声は…!?
「ラズゥ!!私達はここに居るぞぉ~!」
儂は手に取った剣すら放り出し、裸足のままで外へと走り出た。
…家族が! 父上が!母上が!リオン兄上が!儂を呼んでおるんじゃ!?
「はえ!? ちょ、長老様ぁ~~~!!」
儂の家の暖炉の前で誰かが居眠りしとったようじゃがもうどうでもいいわい!
◆◆◆◆
「お、おい…」
「ああ。ここ最近は無かったんだがなあ~。ちょっと長老どうなさったんですか~?」
朝日と共に目を覚ましたケフィアの村の住民達が自分の家から水を汲みに出てきたところに、この村の長老にして齢百五十を超えるかもしれない老人であるラズゥが杖も持たずに寝間着姿で爆走してくる。
「家族が儂を呼んどるんじゃああ!!どけぃ!うおおおおっ!!死者の門が開いて我が一族が儂を迎えに来たんじゃああああ~~~~!!」
そうやって村人数人を軽く跳ね飛ばした長老は常人離れした脚力で聖堂前の小路ををカットして広場への道へと砂埃を巻き上げながら走り去っていった。
「「…………」」
「いててて…」
「大丈夫かあ?」
「それにしても今日の長老はヤバかったなあ…寝間着姿に裸足だったぞ?」
「藁の旦那が来てからはだいぶ落ち着いてきたと思ったんだがなあ~。まあ広場には旦那がいらっしゃるから大丈夫だろ?」
長老が定期的に暴走する事はままあった。しかし、今回の様子はかなり異様であった為か皆の顔が若干引き攣っている。
ラズゥはただひたすらに走る。
家族の声は何故か知らないが宿のある広場から聞こえた。そう確信していた。
涙も鼻も涎もお構いなし。ただただ駆ける。
「ゼエハァ…!ち、父上ぇ~!!母上ぇ~!リオン兄上~!!」
ラズゥが叫びながらまだ薄っすらと冷たい霧が覆う広場へとたどり着いた瞬間、思わず足が止まる。
そこに居たのは同じく涙を流す三人。どこかラズゥと同じ面影を感じる者達だった。
それもそのはず、そこに居たのはあの日…幼いラズゥを地上に残して穴の底へと降りて行ったディコン、モーガン、ハンペリオンがその時のままの姿で立っていたからだ。
「「…ラズゥ!?」」
「おおぉ…!」
ラズゥはヨロヨロと両手を前に出しながら三人に一歩、また一歩と近づいて行く。
「これは夢であろう。…だが良い。お願いだ…女神よ!精霊よ!どうか儂からもう家族を奪わないでおくれ。夢ならば覚めないでおくれ…!」
ラズゥの両目からブワリと涙が溢れる。
「ラズゥ!ラズゥ!!」
その手を人間の姿となったモーガンが駆け寄って掴み、愛しくラズゥの身体を抱いた。そこへディコンとハンペリオンも駆け寄り涙を流す。
「母上…!? 父上…リオン、兄上…よもや、夢では…ないのか?」
「ラズゥ…」
ハンペリオンがラズゥの目元を拭い、優しく肩を抱いた。
「ラズゥ…途方もない長い間、お前に寂しい思いをさせてすまなかった。我らは精霊様の御力で再びこうしてお前に会えることが叶ったのだ。もう、お前が泣く必要はないのだ我が息子、ラズゥよ…我らは、今! お前の下へと帰ったぞ…」
「…ただいま。ラズゥ」
ディコンもまた一筋の涙を流し、モーガンが涙を流しながら笑みを浮かべて愛しい我が子を抱擁した。
「…うっ うわぁぁああぁあ~あんうわぁあああぁぁ~あんあん!!」
その朝、宿の前では百年以上の時を経て再会を果たした者達の泣き声が村中に響き渡った。
ひとりは、男の。もうひとりは母親の。まだ若さが残る青年のもの。
そして、もうひとりは老人のものではなく、幼い少年の声だった。
えがったなあ、長老…。
ラズゥとオーディン家は正直この話が書きたくて登場させた人物達でもありました。




