異世界転生者はYADOYAを望む
やっとこさ本編です。
―異世界グレイグスカ。
そこは諸元の闇の女神たるガイアとその娘たる女神達に創造されし世界。
その異世界の海に浮かぶ4大陸の北ルディアを管理する女神の一柱、知識と衰退を司る女神ウーンドの元にひとりの男が来訪者として召喚された。
そう、異世界よりの転生者だ。
「ようこそ、遠き世界から訪れし転生者よ。異世界グレイグスカへ…」
「…え? ググれカス、って言ったのか…?」
女神の片眼鏡がずれ落ちる。
女神ウーンドは思わずまた勢いだけの姉神から厄介事を押し付けられたと溜め息をついてしまう。
「違います。グ・レ・イ・グ・ス・カ。…グレイグスカです。これから貴方が生きる世界となるのですから間違わぬようになさい」
「はあ。で、此処はどこなんだ? さっきのやたら気合の入った女神様は?」
女神ウーンドは目の前に現れた男を改めて眺める。
本人の要望によるものも含んでいるものの、何とものんびりとした平凡な青年であった。キョロキョロと辺りを伺っている。
「私は知識と衰退を司る女神ウーンド。先ほどまで貴方の相手をしていたのは私の姉であり、この世界の主神でもある愛と自由の女神マロニーです。粗ぼu…あのような性格でさぞ驚いたことでしょう?」
「いいや。俺の姉貴があんな感じだったから、むしろ親しみやすかったよ。そりゃあ女神様っていうから緊張してはいたけどな?」
「…そうですか」
"貴方もこれまで苦労なさったのですね?"という言葉を呟いた女神に男は尋ねる。
「…それで、俺はこれからどうなるんだ? え~…ウーンド様」
「ん? 女神マロニーからの説明があったのではありませんか?」
男は首を横に振る。
「いいや? あの女神様からは何か物凄い剣幕で、頑張れ!好きに生きろ!折角の新しい人生に悔いを残すな! って感じの激励を言われて引っ叩かれたが…」
「…(あの馬鹿女神…隙をみて母様に告げ口しとこう…)」
今度は女神の肩のケープがずり落ちる。
「これから貴方には新たな人生を歩んで頂きます。そこへ何かを私達女神から命じる事は特にありません。女神マロニーからの言葉通り、貴方は好きな事をなして生きて下されば良いのです。…ただ、この異世界であるグレイグスカは、貴方が前世に存在していた世界とは種族・文明共に異なります。貴方の前世で言うところの魔法といった事象やモンスターといった脅威となるものも存在します。…ですので貴方は前の世界と比較してしまえば不自由な暮らしをせざるを得ないかもしれません。…望みはありますか? 新しい世界で成したいことなどは?」
「おお!ファンタジー世界ってヤツなんだな!いいね、そいつはむしろ楽しそうじゃあないか!」
どうやら目の前ではしゃぐ男は余り頭が良くない…まあ、良く言えば前向きとも言えると女神は思った。
「ん~!ん~… っと言っても俺は別に勇者になりたい訳でもないし、モンスターを倒したり無双したいわけじゃあない。争い事は嫌いなんだよなあ、疲れるし。あ、そうだ!"宿屋"なんてどーだろなあ!折角のファンタジーな世界なんだし、宿屋の需要はあるだろ」
「…意外ですね。過去の転生者のように過剰な力を求めない事には安心しましたが…それにしても商売をしたい、ですか…しかもその様子ですと特に強欲な…金銭目当てでもないようですね?」
男は胸を張って女神に答える。
「ああ!モンスターがいるって事はそれと戦ったりする奴がいるって事だろ? そんで宿に泊まれば次の日には完全復活ってスンポーだ!実に楽しそうだし人の役にも立てる素晴らしい商売だ」
「…ん? 貴方が言う宿屋とは宿泊施設の事なのでは?」
「え? そうだけど?」
「何故、宿に一泊するだけで利用者のあらゆる障害が全快するのですか?」
男はキョトンとする。
「だって"宿屋"だろ? ファンタジーなら当たり前じゃあないか!」
「何故なのですか。私にはとても不条理な事を言っているようにしか聞こえてならないのですが…」
男の言う、宿屋とは例のアレである。典型的なゲームのRPGにおけるサクっと利用できてしまう回復ポイントとなるアレである。何故かスタート地点では格安で徐々に利用料が値上がりしていく…そう、アレである。
「…ファンタジー? おかしいですね。彼の前世の世界には魔法や神の奇跡といった事象はかなり稀有であったはず…それなのに彼の心には一切の迷いや偽りは感じられませんね。あるのは絶対の自信だけ…これは、一体…?」
この世界のあらゆる知識を管理する女神ウーンドですら手を顎にやり整った顔を歪めて思考の海を彷徨った。
だが、目の前の男はどこかゲームの設定とファンタジーという概念そのものをはき違えていた。
実に下らないが、本当にそれだけだった。
「まあ、貴方がそこまで自身を持つのであれば、その"YADOYA"とやらは確かに存在しえるのでしょう。…まあ、知識の女神たる私の理解が及ばないからといって何の措置もとらずに貴方を地上に放り出すことはできませんしね。…では、コレを」
女神が手をかざすと、青い光が放たれ男の胸に吸い込まれる。
「おお!?」
「貴方にはスキル…そうですね、仮に"やどや"。スキル・やどやの異能を差し上げます。私を以てしても、十全に貴方の考えるソレを理解できませんでしたが…貴方の今後の努力次第で貴方の願いは叶うでしょう」
しきりに自身の胸をまさぐった男がガバリと女神へと視線を戻す。
「そのスキル?とやらで宿屋が開けるのか!」
「ええ、最初から全ての異能を解放することはできませんが貴方の理想を叶えることは可能でしょう。まあ、あくまで貴方の記憶を参考に再現したものではありますが…」
"おっと忘れるところでした"そう女神は呟いた。
「貴方がまだ肉体を持たない魂だけであった時の要望で、貴方の新たなる肉体をこの世界では普遍的と考えられる容姿としましたが…それに伴い名も改めて貰います。…何か希望はあります?」
男はややうつむいて答えた。
「…ストロベリ…いや違うなあ。うん、ストローかな。何でか分からないけど…頭に浮かんだのはコレだ」
「藁? 変わったモノを名前となさるのですね。特に私からは制約の無き名前ですから問題はありません。…では、転生者ストローよ、貴方がこれから降りる世界は北ルディアと呼ばれる大陸です。どんな場所が良いか希望はありますか?」
男の新たなる人生での名はストローとなった。
そのストローは"ふぅむ"と数瞬、考えを巡らせて答えた。
「いきなり人が多過ぎる場所は怖くて嫌だな。それと俺は前の世界じゃあ都会住まいってヤツだから自然が恋しかったんだよなあ~…もし、叶うなら自然が多いところがいいかな?」
「そうですか。わかりました、その願い叶えましょう…」
ストローは光の渦に巻かれる。
足元にはどこまでも広がる海と4つの大陸が見える。
「…では、また機会があればお会いしましょう。新たな人生を歩む、ストロー」
「女神様、ありがとう!」
女神に笑顔を見せた男が光の粒となって地上へと消えていった。




