夜の散歩へ
筆者も覚えてるかどうか怪しいのでココでおさらい。
異世界グレイグスカの1年は300。
1週間は7日じゃなくて10日。
30日毎の10節。
始節・雪割節・大地節・花の節・太陽節・嵐の節・収穫節・星の節・枯れ節・終節
春:雪割節・大地節・花の節
夏:太陽節・嵐の節
秋:収穫節・星の節・枯れ節
冬:終節~始節
夏と冬が短い、とても暮らしやすそうな世界ですね!(白眼)
「…さて、これからどうするね?」
今夜はマリアード達に宿の周囲に人払いを頼んでいる。やはり、ブラックトロール…ディコン達を恐れる目が少なからず存在している為である。まあ、明日になり真実が明らかになれば今後を特に心配する必要もなくなるとは思われるが…。
ストローはこの余暇をどう過ごそうかと、宿の従業員であり妻である二人に尋ねる。
「どうするって言ってもなあ…」
「うん…あの、じゃあ…」
今夜の宿の利用客はブラックトロール3人と2階のムラゴラドとロトスアンだけだ。既に全員がベッドに横たえ、至福の眠りについている。したがって、もう今日に限ってはストロー達の仕事はないと言える。まあ、通常の宿屋では考えられない業務ではあるが。
そこへ、おずおずとロビーのソファーに腰かけていたダムダが上目遣いでストローに提案を出す。
「そのぉ、今日はぁもうお仕事は無さそうですし。…たまには3人で一緒に…」
「おおぅ!? ダムダのくせに随分と積極的じゃあないか!いいだろう勝負だよ! そうだ!ご主人様、今日は2階の部屋も空いてるから…気分を変えてそこで…どうかなぁ~?」
「ちょっと!? ちぃ、違うよぉ!3人で散歩でもしないかって俺ぃは言おうとしたんだよぉ!」
「ええ~?」
ストローはそのやり取りを見て肩を落とすと無言でウリイに近付き、その可愛い額にデコピンをお見舞いする。
「痛いよ!?」
「……ウリイ。奥以外でご主人様はやめないか。あと2階の俺達の利用は駄目だ!! …まあ、完全防音、完全耐衝撃だけどな。それでも一昨日の朝の件からだが…基本、この宿のベッドで寝た者は俺が起こすまで次の日の朝の決まった時間の前後まで起きない。だが、ダムダが悲鳴を上げた時、階下のブラザー・ぶち達が飛び起きたっていう話。…俺も可能性を懸念すべきだったが、支族化したお前達でも利用者を起こせるのかもしれない。今後…夜間はなるべく宿の中では静かにな? あ。ダムダの案は採用だぞ。まあ、人払いしてる手前、広場くらいまでだが…外に出てみようか?」
「わあい」
涙目のウリイとは対照的にダムダは嬉しそうだった。理由はダムダが人目が気になって外出する機会がウリイと比べて少なかったのと、単純に奥のPゾーン以外で3人が一緒に出歩くこと自体が嬉しかったのだろう。
「じゃあボクは旦那様の右だよ~♪」
「し、失礼しますぅ」
ストローは両手に花…というと疑問が残る。なにせ、ストローの背丈は180近かったが、ウリイとダムダは頭一つ分そのストローよりも背丈があったからだ。
4本の脚が長く、腰の高いウリイと腕を組んでいるというよりは…脇に腕を差し込まれて若干持ち上がってしまっている。ダムダに関しては胸部の凶器によって左顔面を強く圧迫されてしまっている。仲良く歩くというよりは、ルンルン気分の二人にストローが連行されて行くという見方が…正しいとも思えたことをここに加筆しておく。
ストロー達はもう一度階下と2階を伺ってから宿の玄関を潜った。
(カランカランカラン♪カラン…♪)
三人連れだって宿の外、夜の広場へと出た。
清浄な澄み切った夜間特有の空気が肺を満たす。
そのまま、広場の中央まで軽い足取りで歩いた。
息を吐けば白い。涼しいのをとうに超えて寒いとすら感じるが、無理もない。ストローがこの村を訪れて半年近くの月日が経とうとしていた。季節は既に秋だ。昼に見渡せるブルガの森は鬱蒼とした緑を湛えているが、それでも雑木は枯れて色を付けている。随所で美しい紅葉を見せていた。
正確な暦では聖暦202年、枯れ節に入ったところだ。まさに四季でいうところの冬手前の秋といった季節なのだ。本格的な冬が到来するのはこの次の節である終節と次の年の始節だった。
中央ルディアの気候と似たこのケフィアの村では積雪量はそれほど多くはならないと住民達から聞いてストローは安堵していた。
「……にしても、この世界の月は近いっつーか。…デカイなあ。10倍以上は大きく見えるんだが?」
「「…………」」
夜空に浮かぶ満月に感嘆の言葉を漏らすが、何故か両隣の二人が沈黙している。
「引力とか大丈夫なのかな? というか月が黄金色だなぁ…改めて見ると凄いな!流石はファンタジー! 月の表面のデコボコまではっきり見えるじゃ…ん? 二人とも、どうした? ウリイ…? ダムダ…?」
「「……フゥー!フゥー!」」
両側から吹き付ける息がやけに熱い。ストローが身動きした瞬間に急に二人に地面へと倒され、押さえ込まれる。
「ごあっ!? 何をす…」
そこには瞳を血走らせた2体の牝獣の姿があった。全身から湯気を上げる程の熱気に口からは涎さえ垂らし、姿は既に支族化していた。
「お前ら急にどうした!?」
「御主人様!もうボク我慢できないんだ!御主人様!御主人様!!好き!好きすきすきぃ!だいっすきだよぉ!?」
「フー…フー…!俺ぃ…なんだか体が熱くてぇ…変なんですぅ。旦那様…お情けぇ…!!」
ストローは様子が急変した二人に戦慄する。
「ハッ!」とストローが視界を広場の出入り口へと向けると、そこには覆面装束が2名見張りに立っていた。だが、必死の形相のストローと目線が合うと慌てて両手で顔を覆った。
「違う!そうじゃない!!」
ストローは必死に助けを求めて手を振る。
それを見た2名は暫し顔を寄せて話をした後、腕をクロスさせてからペコリと頭を下げる。そして自分達が邪魔にならぬようにその場から姿を消してしまった。なんという気の利いた者達なのだろうか。
「くそ!積んだ!?」
ストローは処置無しと天を仰ぐが…やはりこの状況は少し異常だと気になったところで、空に浮いているはずの月に違和感を感じた。
「……さっきより、月が近寄ってきてないか?」
その言葉をストローが口にすると、月の表面が歪んで光った。
『あ。…やっぱりバレちゃったかあ♪』
野獣と化したウリイとダムダの顔の間から顔を覗かせていたのは全身から金色の鱗粉を纏った幼げな妖艶な笑みを浮かべる幼女だった。




